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里見さん家の事情


知らないはずの夢を



ずっと見続けている





バッと目を覚まして上半身を起こせば、荒くあがった息遣いと、全身にびっしょりとかいた汗。


ああ・・・まただ


またあの夢だ。


知りもしないのに、記憶に残っていないのに、またあの夢を見る。

どんな夢かもわからないのに、恐怖だけが押し寄せてくる。


ぎゅっと手を握り締めて、額に当てながらブツブツと呟く。

自分に言い聞かせるように。

安心させるように。


「・・・ぶ・・・大丈夫・・・大丈夫・・・」


大丈夫だと・・・何度も何度も呟けば、大きく早く脈打つ心音も落ち着いていく。



コンコン



自分の気持ちを落ち着かせていると、部屋をノックする音が聞こえて、数秒後に見慣れた顔がドアを開けて覗き込む。


「健ちゃん・・・?母さんが朝ご飯出来たって・・・」


優しく微笑む彼女の視線が俺をとらえて、それから少し眉をひそめる。

そのまま俺のところに歩み寄ってきて、ベッドに腰掛けると汗のせいで俺の額に張りついた前髪を優しくかきあげながら心配そうに言った。


「また辛い夢見たの?」


俺を心配する声に、俺は笑顔を作って笑う。

けれど彼女にはそれすら見破られ、俺の頭を引き寄せて抱き締めた。

グラビアアイドルをしているだけあって、豊満な胸に埋もれてしまう俺の顔。

欲情とかそんなことではなくて、ただそれが落ち着いた。


「無理しちゃダメよ?」


「うん・・・ありがとう姉さん」


俺が静かに呟けば、姉さんは俺の頭を何度も撫でてくれる。

泣いている子供をあやすように、優しい姉の態度に感謝の気持ちがこみあげてくる。



「・・・姉さん?兄さん?」


新しい声が聞こえて、抱き締められながらそちらを見れば、弟の龍介が俺たちを見て、姉と同じように歩み寄ってきた。


「兄さん、また夢見たの?平気?」


「ああ、平気だよ。ありがとう龍介」


俺が姉の腕の中から抜け出しながら言えば、龍介は心配そうに俺の頭をポンポンと撫でる。

本当に、俺は甘やかされてる。

申し訳なくて、それでもうれしいと思ってしまう。

何よりも俺を大切にしてくれる家族が、俺は大切だ。


「あら、朝からラブラブね♪」


「私とママもラブラブだろう?不満かい?」


うれしそうに呟く言葉に少し拗ねたような声。

続けて聞こえる新しい声の主達に、姉は少し不機嫌そうに言った。


「皆来ちゃったら意味ないじゃない。私がジャンケンで勝って健ちゃんを起こしにきたのに・・・」


「だってぇ・・・ママも健ちゃんに早く会いたかったんだもーん」


「父さんもだ。最近、忙しくてなかなか健太郎の相手が出来なかったからな」


涙ぐむ母親と、偉そうにふんぞり返る父親。

それを見た姉弟は、左右から俺を抱き締めながら両親に言った。


「私だってようやく写真集の撮影が終わって日本に帰ってきたのよ?一ヵ月も健ちゃんに会えなくて淋しかったぁ」


「僕も・・・。全国ツアー終わって、健兄に会いたくて打ち上げにも出ずに一目散に帰ってきたんだよ?」


家族はどれだけ自分が多忙だったかを競い合うように言う。

うちは誰もか知る芸能一家。


父は有名な人気映画俳優で渋い日本気質の役が似合っている男のなかの男と言われる名俳優。

母は有名女優でテレビでは性格のキツイ高貴な役回りで、普段ののんびりとしたギャップから人気は高い。

姉は人気グラビアモデルをやっていて豊満なFカップの胸で世の男を魅了する。

艶やかなお姉系が売りで、時々見せる艶っぽく綺麗な笑顔が人気。

弟は人気アイドルグループSTEPのメンバーで、家一番の稼ぎ頭。

普段はのほほんとした優しいやつだけど、テレビでは物静かでクールなイメージを売りにしている。


そんな家族が全員集まる機会がなかなかない。


休日には仕事を入れずにできるだけ家族で過ごそうという提案を父が出したものの、事務所は本人の意思に関係なく仕事を立て続けに入れてしまう。

だからこうやって休日に皆が揃うのは本当に久しぶりで。


俺の部屋に集まった家族に、俺がクスクスと笑みをこぼせば、安心したようにつられて笑いだす。


「ありがとう皆。大好きだよ」


俺に抱きついている姉と弟を抱き寄せて言えば、入り口で立ったままの父さんと母さんも俺のもとに歩み寄ってきた。


「ママも健ちゃんが大好きよ」


「当然だ。健太郎は俺の自慢の息子だからな」


「僕も健兄が好きだよ」


「私もよ。大切な大切な弟だもの」


次々と答えてくれる家族に、俺は小さく頷いた。

少しだけ微笑んで。

でもその俺の笑顔に家族が眉をひそめていることに気がつかずに。


「ありがとう・・・」



しまった。

約束の時間より10分も過ぎてる。

慣れない洋服を着て走りながら携帯電話で現在の時間を確認する。

何度も行っている健太郎の家への道のりが、今日はやけに緊張してしまう。


昨日の学校の帰り道、健太郎が珍しく神妙な面持ちで家に遊びにこないかと誘われた。

いつものノリで二つ返事をすれば、健太郎は少し困ったような淋しそうな笑顔を見せる。

何事かと思って尋ねれば、自分の家族に会ってほしいとの事だった。

嫁に貰われるわけではないが、やはり彼氏の家族と合うのは緊張する。

そういうのは初めてだし、何よりも好きな相手の家族だから余計に意識してしまう。

指定された日取りが休日ということに、私はさらに困ってしまった。

実は私、洋服を一着も持っていないのだ。

外へ遊びに行くとなれば、大抵が学校帰りの放課後なので制服で遊ぶ。

健太郎の家へ行くのも放課後ばかりだったのでそれも制服だ。

家では着物を着ているので、まあ本当に洋服を持っていなくて。


学校行事なんかでどうしても洋服を着なければならなかった時は、いつも真由羅に借りていた。

だから本当に一着も持っていなかったのだ。


さすがに着物で行くのもおかしいかと、健太郎の申し出を受けてすぐに真由羅に泣き付いた。

真由羅は呆れてせめて一着でもいいから買えと脅され、今の服を着ているわけだが。


「変じゃないかなぁ?」


健太郎の家の前について、自分の身なりを気にする。

真由羅がセレクトしてくれた洋服だからおかしいことはないだろうが、着慣れないものはやはり違和感を感じる。

淡い緑色のタンクトップにフリルがついた黄色のキャミソールを重ね着し、お尻が隠れるほどのベージュ色のロングカーディガン。黒い細身のジーパンに、薄い黄色のパンプス。

胸元には健太郎から貰ったネックレスをぶら下げて。

ズボンなんて体操服以外で履いたことがないし、違和感がありすぎてどうも意識がそっちへ行ってしまって。


とりあえず緊張をほぐすために健太郎の家の門前で深呼吸をする。

インターホンを震える指で慣らせば、数秒後に健太郎が顔をのぞかせた。


「あ、すまん遅くなって」


私が謝れば健太郎は無言のままトテトテと歩み寄ってきて私の両手を握り締める。

その反応にどう答えればいいのかわからなくて彼の顔を見上げれば、いつもしていない眼鏡をかけていて。

ほにゃぁーっという力の抜けそうな効果音がついちゃうくらい幼い笑顔を見せた。


「私服(洋服)姿も可愛いぃ」


ちょ・・・とだけ、引いた。

というか正直言えば照れ臭かった。

なんかいつもの健太郎とは違い過ぎるから。

いつものカッコよさや頼りがいのある男って感じが全然しない。

本日の彼はどうやら可愛さが上回っているようで。

ニコニコと柔らかい笑顔を向ける健太郎に、思わず頬を染めて視線をずらす。


・・・いかん。


直視できん。


「あ、あははは・・・ありがと」


私が半ば棒読みでそうつぶやけば、健太郎はそのままギューっと私を抱きしめた。

よくもまあ自分の家の前で堂々とこんなことができるもんだ。

恥という言葉を知らないのかコイツ?


私は慌てて健太郎を引き離しながら顔を見上げると、彼は少し照れくさそうに微笑んだ。


「家、入ってよ。家族が待ってるから」


「うん」


「あ、それと一つ忠告」


・・・?


健太郎の言葉に少し首を傾げれば、健太郎は口元を手で押さえて困ったような表情を浮かべる。


「うちの家族、ちょっと特殊だから気をつけてね」


「うん・・・?芸能一家なんだろ?」


「そういう意味じゃないけど・・・まあ、百聞は一見にしかず。入って」


言葉の意味を理解できないまま健太郎に背中を押されて入っていく。

見慣れた筈の玄関が少し怖い。

靴を揃えながら脱いで、話し声のするリビングへ向かうと、そこにいた全員が会話をピタリと止めて私に視線が集中する。

嫌な視線じゃないけどやっぱり人の視線は嫌い。


歪な感情が生まれるから。


ごくりと生唾を飲み込みながら、私は決心したように挨拶をした。


「あ、初めまして。健太郎君とお付き合いさせて頂いてる如月優花といいます。よろしくお願いします」


まるでオーディションのような挨拶をして。

深々と頭を下げて、再び顔を上げても家族からの視線は私を品定めするようにマジマジと向けられて。

どう反応すればいいかわからず困った顔で健太郎を見上げれば、健太郎はしかめっ面で家族の方を見たままだった。


「・・・っきゃぁぁぁ!!可愛い!!」


その声にギョッとして家族の方に向き直るも、影が視線に飛び込んできた途端誰かに抱きつかれる。

グリグリと頭を撫で回されながら頬擦りされ、もう何がなんだかわからない。

呆然と立ち尽くしたままの私から、その私を撫で回す犯人を健太郎がベリッと引き離してくれて。


「あーん!なにするのよ健ちゃぁん!!」


「彼女困ってるでしょ。お母さん」


健太郎に腕を捕まれながらもバタバタともがく女性。

ようやくしっかりと彼女の顔を見ることができたと思えば、えらいギャップに驚いた。

人より少しだけふくよかな体つきと、釣り上がった目。

真っ黒なクルクルと巻きのかかった髪を後ろでお団子に結い上げていて、それはどこかのお話に出てくる意地悪な継母そのものの容姿。

それなのにあの甘えた可愛い態度はなんだよオイ。

嫌いじゃないけど正直ついていけないんですが。


「ごめん優花。これうちの母親。里見祥子で芸名が浜崎昌子って名前」


「うふふっ宜しくね優花さん」


柔らかく微笑む彼女に、私は少しだけ頬をひくつかせながらももう一度小さくお辞儀をする。



・・・・・・!?!?!?!?!



「ぶぎゃっ!!!」


「何やってんだよ姉さん!!!」


挨拶した途端、次のお出ましだ。

突然服の上から胸を揉まれたかと思うとじーっと私の胸だけを見つめる綺麗な女性。


金色の入った緩やかなカーブを持つロングヘアーをなびかせて。

体のラインがしっかりとわかる黒のタンクトップから見える谷間は女性の私から見てもすごい。

ってかこの人ノーブラじゃないか?

家族の前でしかもこんな薄着でノーブラなんて、どういう人だよ?

短パンジーンズからのびる長い足も見物だ。


「優花ちゃん。胸いくつ?」


「はいっ!?あ、え?Hカップですけど」


「うっそー!私より大きいじゃん!揉ませて!!」


「ひぃぃぃ!!!」


両手をわしゃわしゃとさせて詰め寄ってくる彼女に、私は後ずさりをして胸元を隠す。

何だいきなり!?


「姉さんストップ!!ったく・・・」


彼女は、健太郎に阻止されてブチブチと文句を言いながらも私に向き直るとにっこりと微笑んで自己紹介した。


「あたし、健ちゃんのオネーチャンの里見瑠璃子って言うの♪グラビアモデルやってまーす!」


なんか知ってる気がしないでもない。

あれだよね?

クラスの男子が写真集見て騒いでた、今一番人気グラビアモデルのRURIさん。

間近で見れば見るほど美人さんだけど。


「あーあ、あたしも優花ちゃんみたいにもう少し胸大きくなりたいなぁ」


そういいつつ自分の胸を堂々と揉み始める瑠璃子さん。

それを見た健太郎が呆れた表情で言った。


「これ以上大きくしてどうすんだよ」


「だってぇ、健ちゃん巨乳好きでしょ?」


「でかけりゃいいってもんじゃないよ」


「えー?でも優花ちゃんの胸大きいじゃん。揉みがいあるでしょ?」


「触ってません」


「マジぃ?!じゃああたしの胸揉ませてあげるっ!」


「いらないよそんなの」


「ひっどーい!昔は山ほど揉んでた癖に!!」


「グラビア目指して胸を大きくするから手伝えって言ったのは姉さんでしょう。隆介にも揉ませて挙句の果てには父さんにまで揉ませたくせに」


「男の手で大きくするのが一番だと思ったんだもの!」


「早く彼氏作りなよ・・・」


なんちゅーすさまじい話を平然としているんだろうか。

瑠璃子さんも瑠璃子さんだが健太郎も健太郎だ。

女の色気に対して免疫があるのはお姉さんのせい(おかげ?)か。


「でも優花さんって、その体系だとナース服似合いそうですよねぇ?」


「・・・はい?」


ほえっとした声に振り返れば、健太郎に似つかないのんびりとした眼鏡姿の男の子。

とは言っても健太郎より少し小さいほどの長身で、茶色の髪をなびかせながらニコニコと私を見る。

健太郎は瑠璃子さんとの言い争いをやめてため息をつけば、彼の肩にポンと手を置いて言った。


「これ、弟の龍介。自称コスプレマニア」


「初めましてぇ。弟の里見龍介です。STEPってグループで歌手やってます。好きなコスはスッチーさん♪」


「は・・・はぁ・・・」


気の抜けた返事をすれば彼はニコニコと微笑んでそう遠くもない私に向かって手を振ってくれる。

彼も何度か見たことはある。

同じ学校内にいる健太郎の噂には劣るけど、人気ナンバーワンのアイドルグループ。


その中でも人気なのが彼、里見龍介ことRYUの存在。

クールなイメージで誰をも寄せ付けない、そんな・・・


「まだ見る目ないわねぇ龍ちゃん。優花ちゃんはきっとスーツの方が似合うわよ。女教師ってやつ?」


「そうかなぁ?絶対お色気ムンムンのナースの方が似合うけど」


瑠璃子さんの言葉に、真剣に悩み始める龍介君。


そんな・・・そんな人がコレですかっ!?


つーか話題はソレしかないの!?


「こらこら、優花さんが困ってるだろう?」


穏やかな笑い声と聞こえてきた低い声に全員がいっせいに振り返る。

もちろん私も反射的に振り返ってしまって、そこにいたのはまだ紹介されていない最後の一人だった。


「初めまして優花さん。いつも健太郎がお世話になっています。映画を主に俳優をやっている里見龍一郎です」


「あ、どうも」


少し間の抜けた返答をすれば、龍一郎さんはソファに座ったまま穏やかに微笑む。

あ、よかった。

この人はまともそう・・・


「あれだな。優花さんは受けかい?攻めかい?」



「・・・はい?」



「父さん!!?」


「いやー父さん思うに、優花さんはあれだな。攻めのような振りして受けだね!」


そういってガハハと豪快に笑う龍一郎さんに私はもう唖然とするしかない。


「隠れMなの優花ちゃん?まあ、やだお父さんと一緒ねぇ♪」


「私がMなんじゃなくて、母さんがドSなだけだよ」


「あらやだお父さんたら♪」


その会話を聞いて健太郎以外の家族があははっと笑う。


うん。


ようやく理解した。


健太郎の言う“特殊”の意味。

テレビでよく見る顔ではあるけれど、中身は全然違うってやつ。

芸能人だからってわけじゃないけれど、人としてコレを特殊と呼ばずなんと呼ぼうか。

言っちゃあなんだがこの家族で唯一まともに育ったのは健太郎だけなのか。

よくがんばったな。

本当、素直にコイツを賞賛してやりたかった。

健太郎はため息をつきながら私に振り返ると、もう一人の家族の存在を付け足した。


「本当はもう一人母方の婆ちゃんがいるんだけど、今ぎっくり腰で入院してるんだ」


「そうなのか?大丈夫なのか?お婆さん」


「うん。気が強い人だからぎっくり腰程度でポックリ逝っちゃうような人じゃないよ」


今、サラリとヒドイこといわなかったか?

強烈な家族の紹介にさっそく頭痛がしてきたところで、龍一郎さんが口を開いた。


「まあ、立ち話もなんだろうから座ったらどうだい?」


龍一郎さんの言葉に健太郎は空いているソファへの移動を促す。

私は素直にそこに座ると、健太郎があまり距離をあけずに横に座る。

祥子さんはパタパタとキッチンに慌てるようにして行って、お茶の準備を始める。

それを少しだけ文句をいいながらも無言で手伝う瑠璃子さん。

龍介くんと龍一郎さんは仲がよさそうに話し始めて。


酷くうらやましいと思った。


芸能人だとか関係なしに、当たり前の家庭がそこにあったから。

両親がすぐそこで笑っていて、姉弟が仲よく助け合っていて。

健太郎は幸せだろうな。

こんな家族の中で育ってきて。

こんな素敵な家庭の中に生まれて。

どうしようもなく自分の家庭と比べてしまう。


私には家族なんか“なかった”。


爺さんは頑固で私を視界に写さないようにしていた。

父と母は私が知らぬうちに亡くなってしまった。

妹の真由羅はつい最近まで私と血がつながっていることを知らなかった。


ずっと欲しかった。


神様だと崇められ、人は近づかない、時には異端者と罵られて冷たい視線の中を生きてきた。

それでも強く。

誰よりも強く生きたいと望んだ。

笑って、笑って、笑って、笑って、本当はどう笑うか忘れてしまうほど笑って。


笑いつかれて一人で泣く日もあった。


誰にも悟られないように、ただひっそりと泣いて。


唯一の家族と言える十六夜達が私を抱き上げて静かに泣かせてくれた。


「優花?どうした?」


ハッと我に返れば、健太郎が心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいる。

私は慌てて笑いながら健太郎に言った。


「いや、すまん。ぼーっとしてた」


「そう?ごめんねこんな家族で。変に緊張したでしょ?」


「したかも」


私が正直に答えれば、健太郎は一瞬キョトンとした顔をして次の瞬間にはブッと噴出して笑い始める。


「っくはははっ!もう馬鹿正直!!」


クスクスと笑いが止まらないように唇をかみ締める健太郎を、家族は唖然と見つめる。

その様子が少しおかしいと感じながらも、キッチンから出てきた祥子さんからジュースの入ったグラスを受け取って、一口飲む。

祥子さんが全員の前にグラスを配り終わると、龍一郎さんの隣に座って一息ついた。


「ねえ優花ちゃん」


「はい」


健太郎の笑いがようやく収まったところで祥子さんが私をまっすぐ見ながら名前を呼ぶ。

静かに答えれば、全員の視線が私に集中してそれでも穏やかに微笑んでいた。


「私たちのこと、あなたの目から見てどう思った?」


多分それは容姿とかじゃなくてこの家族について・・・ということだと思う。

全員の顔を見渡して、最後に健太郎の顔を見れば健太郎は真剣な表情で私の言葉を待っていた。

私は静かにみんなに向き直って口を開く。


「ありきたりな回答かもしれませんけど、暖かい家庭だと思いました。すごく穏やかで・・・心地いい空間だと」


ただ素直に。

まっすぐに意見を言えば、みんなは安堵の表情を見せる。

健太郎だけは少し浮かない表情をみせているも、家族はそれに気がついているのかいないのかわからない雰囲気でお互いの顔を穏やかに微笑みながら見合わせていた。


「あ、そうだ健太郎。牛乳買ってきて頂戴」


「はぁ?今?」


「そう、今よ」


「なんで急に」


「飲みたいの」


「飲みたいって・・・」


「あ、健兄。買い物行くならポッキーお願いします」


「私、アイスー!チョコのやつね!」


「父さんタバコが切れてたんだよ。いやー助かった」


突然の祥子さんの申し出から、健太郎に次々と飛び込んでいくお使いの依頼。

健太郎は少し困りながらも私に申し訳なさそうな顔をすると、立ち上がって素直にリビングをあとにした。

家族は玄関のドアが閉まる音を確認すると、大きくため息をついて体を崩す。

私はわけがわからないまま不思議な顔をしていると、祥子さんが申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんなさいねぇ。折角健太郎に会いに来て下さったのに追い出したりして」


「え?追い出したんですか?」


わけがわからないまま聞き返せば、祥子さんは困ったような表情を浮かべて龍一郎さんを見る。

龍一郎さんも、ううん、二人だけじゃない、瑠璃子さんだって龍介君だって同じように困った表情を浮かべて顔を見合わせ、それから私の方を見た。


「健太郎から何かうちの事情は聞いてるかね?」


「え?何のですか?」


龍一郎さんの言葉に私はもう一度わからないという表情を浮かべれば、龍一郎さんはやっぱりという表情を浮かべてソファにドカリと寄りかかった。


「あの子は気難しい子だし、何より優しい子から優花さんに言わないかもしれない。でも黙っておくわけにもいかないからな」


「・・・はい」


私が静かに答えれば、皆は真剣な面持ちになって眉をひそめる。

なんかまじめな話なんだろうとは察しがつく。

健太郎を追い出してまで私に話したいことってなんだろう。

とにかく話を聞かなければならないと、私が体制を整えれば龍一郎さんが落ち着いた声で話し始めた。


「健太郎はね・・・私達と血が繋がっていないんだよ」


「血が繋がっていないというのは・・・」


「健太郎は孤児だったんだよ」


・・・孤児。


「丁度10年前だ。私が映画の撮影にアメリカの方に渡っていた時。なかなか撮影が順調に行かなくてイライラしながら町の路地裏を歩いていたら、健太郎がそこに居たんだ。あの子は全身血塗れで酷い怪我をして倒れていた」


龍一郎さんが静かにつぶやくと、今度は祥子さんが口を開く。


「私もその時一緒について行ってたんだけどね。そりゃもう驚いたわ。龍一郎さんが慌てて撮影現場に戻ってきたかと思ったら血塗れの男の子を抱いているんですもの」


「本当、焦ったんだよ。アメリカは頻繁に事件事故が起きる場所だったが、自分がそれに出くわすとは思っていなくてね。すぐに病院に連れ込んで警察にも来てもらった。目を覚ましたあの子は何も覚えちゃいなかった。自分の名前も、年齢さえも」


つまり記憶喪失って事・・・?

・・・なんか今ものすごい秘密を聞かされている?

ようやく事の重大さがわかってきた私はなんとかそのことを理解しようと必死に頭をフル回転させる。

私が唖然として聞き続けていると、瑠璃子さんと龍介君はぎゅっと手をつないで話を聞き続けている。

この人たちもちゃんと知ってるんだこのこと。

少しだけ気まずい気持ちになった。


「事件性の関与を調べたけど、その時代にアメリカの警察が抱えていた事件は一月に600件以上もあった。大した調べもせずに捜査は打ち切りになって健太郎は施設に送られることになったんだ」


「何もしゃべらない、何も知らない、ただ闇の中にいるあの子をどうしても放っておけなくて、私達が引き取ったのよ」



どんな・・・



どんな気持ちだったんだろう。



自分のことも何もわからず、大人達の都合で身元を割り出すこともできなかった健太郎。どんな事件に巻き込まれたのかもわからないままの自分自身を、健太郎はどう思ったんだろう。


「引き取ったときはそりゃあもう大変だった。マスコミに騒がれるわ、不倫だ、浮気だとまったく関係のない噂まで立って。でも私達は諦めなかった。私達が周囲に振り回されてしまったら健太郎はどんどんと自分を追い詰めていくからな」


「最初は口も聞いてくれなかったけれど、2、3ヶ月もするうちにずいぶんと懐いてくれるようになってね。ただそれが嬉しくて幸せだったのよ・・・“私達は”」


そういって悲しそうに口を閉ざしてしまった祥子さんの肩を、龍一郎さんは優しく抱き寄せる。

祥子さんもそれに甘えるように龍一郎さんの肩に頭を預けた。


「健太郎は私達に気を使っていたんだ。自分を拾ってくれた人たちに心配させてはいけない。期待に答えなければならない・・・。誰も期待なんかしちゃいない。ただ素直に育ってくれればと願っていたのに・・・」


つらそうに、ただ辛そうに話す龍一郎さん。

その横ですすり泣きを始めた祥子さんに私は何もいえずにいれば、今まで黙っていた瑠璃子さんが口を開いた。


「健ちゃん、不思議なくらい完璧パーフェクトでしょう?あれはそういう理由があったのよ。誰よりも優秀で、誰よりも素敵に、誰よりもやさしく、誰よりも頼りがいのある男。周りの人たちはいつの間にか健ちゃんをそういう風に見つめて、健ちゃんもそれに答えるのに必死になっていて・・・」


「健兄の笑顔はどれもこれも作り笑いだった。どんなに褒められてもどんなに喜ばせても、絶対素直に笑わない。俺たちの前でも同じだった。同じ屋根の下に住んでいるはずなのに、絶対自分の本心を見せない・・・。それが健兄だ」


瑠璃子さんの言葉に続いて龍介君が悔しそうにつぶやく。

ただそれだけなんだけど、健太郎がどれだけ家族に愛されているかとてもよくわかった。

血の繋がりがない家族に健太郎なりの感謝の気持ちの表し方だ。

そしてとても似ているんだ。


私と健太郎が。


人の愛し方を知るくせに、自分の愛され方を知らない。


私が笑顔で人を繋ぎ止めていたように。


健太郎は努力で人を繋ぎ止めたいと願った。


自分を見て欲しいからじゃない。


自分の周りから人が離れていくのが怖いから。


一人が怖いから努力して、笑って、がんばって、人から嫌われないようにしている。


でも近寄ってきた人間は自分じゃない自分を見る。


特別視されて意味もなく敬われて。


何もないちっぽけな自分の存在に。


嫌気が差してくる。


それでもやめられない。


笑顔を


努力を


ただ一人になりたくないから



私が物思いにふけっていると、龍一郎さんは険しい顔から一変して穏やかな表情を見せる。


「だけどね優花さん。私達は本当に君に感謝している」


「・・・私に・・・ですか?」


驚いた表情で聞き返せば、全員はゆっくりとうなづいて微笑みながら私を見つめる。


「あの子が、あんなに素直に笑ったのはいつ振りだろうと思うほどだ」


「健ちゃんがね、私達に紹介したい人がいるって言ったときはもうどうしようかと思ったのよ?」


「変な女に捕まったんじゃないかと思って内心焦ったけどさ」


「でもあの子のあんな顔見るの初めてだからすぐに安心した」


次々と出てくる不可解な言葉に、私が首をかしげると、代表するように瑠璃子さんがふっと微笑んで。


「すごく穏やかに笑うのよあの子。とても照れくさそうに。すごく嬉しそうに。あんな顔されたら誰だって貴方に会いたくなるわ」


・・・知ってる。

本当はすっごく可愛く笑うやつだってこと。

この人たちは私よりもずっと長くいるのに、健太郎のそういう表情を見られなかったんだ。

それは・・・



バンッ!ドカドカッ!バタンッ!




けたたましい足音にリビングにいた全員がそちらに視線を向ける。

そこにいたのは汗だくになって荒く息を吐く健太郎で。

手にはちゃんとコンビニの袋がぶらさがっているのを見て、龍一郎さんは驚いて尋ねた。


「は、早かったな?」


その問いに答えるでもなく健太郎はズカズカと歩いてくると、手に持っていた袋を中央に

あるテーブルに乱暴に置くと、ギッと龍一郎さんを睨んだ。


「俺の居ない間に変な話されても困るんでね」


威圧感のあるその視線に、龍一郎さんは少し怯えながら「そうか・・・」と呟く。

特に変な話は聞いていないはずだがなぁ?と思いながらも恐る恐る健太郎に視線を向ければ、健太郎も険しい表情でこちらを見た。


「優花、俺の部屋行こう」


「え、だって・・・」


私が戸惑いの声をあげるも、健太郎はおかまいなしに私の二の腕をつかんでソファから無理矢理立ち上がらせる。

それを見て龍一郎さんが慌てて健太郎に言った。


「もう少し私たちと話しててもかまわんだろう?」


「勝手なこと言われても困るんだよ」


「それはお前が・・・」


「大きなお世話だよ」


冷たく言った健太郎の言葉に龍一郎さんがグッと口をつぐんでしまう。

私はその言葉にカッとなって健太郎の頬を殴った。



バチンッ!!というけたたましい音に、殴られた本人も見ていた家族も唖然とする。

健太郎は殴られた頬を押さえて私を睨んだ。


「何すん・・・」


「ふざけんなクソッタレ!!それが親に対する態度かっ!!」


「なっ?!何で優花が怒るのっ?!」


「私はお前を紹介してやれるる親はいないっ!!」


私の怒鳴り声に健太郎はハッとした表情を私に向ける。

私の言葉を理解したのか、家族は難しい表情を浮かべた。


「勝手に話は聞いたのは悪かったよ・・・」


「・・・聞いたの?俺の出生の話」


不機嫌そうに尋ねてくる健太郎に私は申し訳なく小さく頷けば、健太郎は大きくため息を吐いて前髪をかきあげた。


「おしゃべり・・・」


「・・・でも健太郎は聞いてほしかったんじゃないのか?」


「いずれは言うつもりだったよ。自分の口からちゃんと」


「それは今日じゃないのか?」


「何で?」


何でもかんでも不機嫌に答える健太郎に私は気持ちを落ち着かせながら言った。


「家族に会わせるってことは、私に何か助けて欲しかったんじゃないのか?」


私のその何気ない言葉に、健太郎は驚いたような表情を浮かべて。

話を聞いてから思ったことだけど、家族内で問題があるから第三者の私に立ち合わせたんだと考えていた。

問題というのは大げさかもしれないけれど、健太郎が悩んでいるんじゃないかと思ったから。


「そうなのか健太郎?」


真剣な面持ちで健太郎に尋ねる龍一郎さん。

戸惑いからか視線を漂わせる健太郎に、祥子さんが続けて尋ねた。


「そうなの健ちゃん?」


心配そうに尋ねてくる祥子さんに、健太郎は少しうつむいてからすぐに笑顔を向けて家族に言った。


「ごめんね。今は話せない。今度ちゃんと話すから。今日はただ本当に優花を紹介したかっただけだから。本当に・・・ごめん」


辛そうに、辛そうに笑う健太郎に、私は視線を家族の方へ向けて静かに言った。


「馬鹿ですねコイツ。意味もなくテンパってる」


「ばっ!?健太郎を馬鹿呼ばわりする人は初めて見たよ・・・」


「じゃあ私は貴重な一人目ですね。録音しなおします?」


「是非」


「話がそれてるよ」


私の言葉に過敏に反応した龍一郎さんに、龍介君が静かにツッコミを入れる。

クスクスと笑いながら私が話を戻そうとすれば、健太郎は落ち着きながらも私が次に繰り出す言葉を不安そうに待っていた。

でも私は何を言うでもなく、隣に立つ健太郎をただ見上げて、ニッコリと笑みを浮かべる。

それからトンと健太郎の胸元に額をぶつけて目を閉じた。


「言葉なんていらないんだよ健太郎」


「え?」


「言葉なんて必要ないんだよ。大切な人には心で答えな。それがお前に出来る恩返しだと思えばいい」


そう言って静かに健太郎の胸元から離れて健太郎を見上げると、彼は真っ赤な顔をしながらも静かにうなづいた。

それから健太郎は私をそのまま抱き寄せて、家族に視線を向ける。


「今度我侭言わせてくれる?」


さっきよりも穏やかな声で尋ねる健太郎に、少し戸惑いながら、でも初めてみる健太郎のちゃんとした笑顔に家族は同じ表情で答えた。



「ふぅ、疲れた」


部屋に入った途端、自分のベッドに転がり込んだ健太郎を見て私は思わず笑みを漏らす。

確かに疲れたなぁと思いながらベッドの袖に腰掛けると、健太郎は寝転んだまま私の顔を見てクスッと微笑んだ。


あのあと、家族でまたゆっくりとリビングで話をした。

健太郎の出生の話はあれで終わりで、家族はまた特殊な話を持ち出しては私をネタにして健太郎を困らせていた。

話し込めばいつの間にかお昼を過ぎていて、気を利かせたわけではないけれど健太郎以外の家族は急な仕事が入ってしまい一人、一人と外出していった。

龍介君は家を出る時には変装をしているらしいけど、見せてもらえなかった。

どうやら企業秘密らしい。

さっきまであんなに騒がしかった家の中が放課後遊びに来るような静けさを取り戻す。

落ち着いたところで健太郎の部屋に移れば、急に気が抜けてしまった。


「確かに、あれを同時に相手にできる健太郎はすごいな」


「でしょ?どんな変人でも免疫ついてりゃ平気になるよ」


思わずなるほどと納得してしまう言葉に、私は素直に噴出してしまう。

健太郎は起き上がることなく私の腰に抱きついて自然と膝枕をするような格好になる。

甘えてくる健太郎が可愛くて頭をなでてやれば、健太郎はくすぐったそうに目を閉じて私の手から伝わるぬくもりを感じ取っていた。


「ありがとう優花。何もなかったはずなのに随分すっきりしてる」


「そうか?それはよかった」


私が笑顔で答えれば、健太郎は目を開けて顔を浮かせる。

チュッと軽い口付けがあったと思えば、少し恥ずかしくなって健太郎から視線をはずした。


「可愛い優花」


「お前、最近口説き言葉が寒いぞ?」


「本当のことを言っただけだよ。別にお世辞でもなんでもないし」


クスクスと膝の上に寝転びながら笑う健太郎に私は膨れ面を向けてジーッと見つめた。

綺麗な青み掛かった髪がサラサラと私の膝の上に踊る。

眼鏡の奥にある瞳はまっすぐに私を見つめて離さない。

整った顔立ちも、ゴツゴツした男らしい手も、長い足も悔しいぐらいお似合いな奴。

もう少し健太郎が嫌味な奴だったらよかったかもしれない。

そしたら少しは間を持たせるような悪口だって言えるかもしれないのに。

本当、完璧主義者っていうのは怖い。

褒めることしかできないわけじゃないけど、惚れた弱みというのか文句が言えないのが正直なところ。

何も言えないでいる私に、健太郎は上半身を起こすと、私の体を自分の膝の上に向かい合わせになるように乗せて抱きしめた。


「好きになったのが優花で本当によかった」


「そ・・・そうか・・・」


「うん。すっげぇ好き」


「ぬぉっ・・・」


「優花は?言ってくれないの?」


ねだるような甘い声に、私がうっと言葉を詰まらせれば健太郎は意地悪っぽく微笑んで私に口付ける。

さっきみたいな軽いものではなく、舌を絡める深いキス。


「んっ・・・ふっ・・・」


「言わないの?」


唇をつけたまま尋ねてくる健太郎に、私は細目を開けて困ったような視線を送る。

そんなの恥ずかしくて言えない。

そういう言葉は時々じゃなきゃ有り難味がなくなってしまうし。

素直になれない私に、再び健太郎は深く唇を押し付けて、そのままゆっくりとベッドに私を押し倒した。

私が驚きのあまりに唇をずらして健太郎を見れば、健太郎はキスするのを諦めたように私の首元に唇を這わせた。


「ひゃんっ!!ちょっ!?健太郎!?!」


「言ってくれないならこのままヤッちゃうよ?」


なんちゅー究極の選択を迫ってくれるんだこのクソガキ。

私が戸惑っているも、健太郎はお構いなしに服の上から私の体を舐めるようになでまわして。


くっ・・・上等だ。


「絶対言ってやんない!」


「じゃあどっちが先に音を上げるか勝負だね?」


「上等だこの野郎。気持ちよくなきゃ一生言ってあげないからね?」


「それは頑張らなきゃね」


お互いクスクスと笑みを漏らして。

それからゆっくりと優しいキスをすれば。


互いの存在を確かめ合うようにゆっくりと体を重ねた。



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