誓い
小人に見つからない様に辺りを警戒し、アンデットを探し始めて丁度2枚目の布切れを使おうとした時、微かだが人の呻き声が聞こえた。
アンデットか?いや生きた人間かもしれん。
よく耳をすませば、この奥を左に曲がった所から聞こえるのがわかる。
不安だが、ある程度近づいて様子を見るしかないか。
足音を立てぬよう足元に注意を払い忍び寄った。
近づいて見ると生者ではない事がわかった。なぜなら、呻き声を上げるぐらいなら多少息は荒れていても可笑しくない筈だ。しかし、そう言ったものは聞こえない。
きっとアンデットだ。
ただアンデットが俺を襲わないという確証は無い。されど、試しもせず此処で退くのは情けない。
大丈夫だ、いざと成れば逃げれば良い、そう言い聞かせ通路へ飛び出した。
其処で目に映った呻き声の主は、好きだったあの子に何処か似た少女だった。
ただ少女の麻布のワンピースはズタズタに、両腕は上腕骨の半ばから切り飛ばされたように無く、片足は歪に折れ、首には人の手で締められた様な痣、端正な顔立ちだったであろうその顔は所々膨れ上がっており、何も収まっていない眼孔が酷く同情を誘うそんな有様だった。
……ド畜生め、胸糞悪いことしてくれやがってッ‼
なんだってこんな酷い状態にされたのか分かってしまった今、行き場のない憤りの無い怒りが荒れ狂ったように身体を駆け巡った。
出来るなら今すぐでも、これをやった畜生をとっ捕まえて惨たらしく殺し喰ってしまいたい。
そうでもしないと、この怒りどこへ向かえばいいんだっていうんだ。
あぁ、彼女は死のその時迄、いや死んでも尚自分を嬲った奴を恨んでるんだろう。
だから、アンデットに堕ちてしまったんだ、きっと。
其れなのに、片足が両腕が使えない為に立ち上がれずに居るんだろう。
何て報われないんだ……
俺が、俺が君の願いを叶えよう。
君は俺の一部になって願いが果たされるその時まで一緒に居よう。
だから、イタダキマス
彼女の胸へと手を伸ばし、肋骨迄指を差し込み一気に胸を開く。
主だった抵抗は無く、引き裂かれた中には二つの肺に守られるかの様に黒く変色した心臓が収まっていた。
優しく心臓を両手に掴み口へ運ぶ。
流れ込む微かな暖かみが彼女だと信じて。
途絶えぬ咀嚼音が反響し坑道に響き渡る中、俺の食事が始まった。
___発動『業の対価』
◇◇◇
最後の骨を噛み潰し呑み込んだ。
もう、彼女がいた痕跡はワンピースだけになった。燃やして上げたいが、火が作れない今その時が来るまでポーチへ入れておく。
「あ……」
彼女がもたれ掛かっていた場所には、鈍い光を反射する金属片、字の様なものが彫り込んであるから恐らくネームタグだろう物が落ちていることに気づいた。
此れは畜生を見つける手掛かりになるかもしれない。
元からどう見つけるかなんて考えてなかった。いや、考えれなかった。
ただ、奴はまた来る。
おっさんが俺を見つけて喜んだように、ここは金が稼げるんだ。
金に困れば来る筈だ。
来た生者の誰が奴かを知れなくても、片っ端から喰ってやればいい、そう考えていた。
だが、このネームタグが有れば如何にか分かるかもしれない。いや、如何にかしてやる。
徹底的に嬲り生きたまま食われる恐怖を味合わせてやるよ、絶対に!
「やば!」
思わず握り締めた手を慌てて開き、ネームタグが変形してないか確認した。
よかった、大丈夫だ、あ、中指の傷が治っている。
そうか、捕食で傷は治る事は証明されたのか。また、彼女は俺を襲わなかった。恐らく同族には反撃しないという事も証明された訳だ。
次はLevelだな
『ステータス』
【Level】 9/60[限界値]
【種族/階級】アンデット:ゾンビ[覚醒体]
【固有名】
【STR】 81
【DEF】 67
【INT】 101
【MR】 114
【AGI】 75
【HP】 214/220
【MP】 88/277
new『業の対価』
new『エスヴァルド大陸共通語』
Levelには変わりないが、何だろうかこの2つの項目は……
どうして増えたんだろうか。試しに意識為れば更に詳しい情報が見れた。
『業の対価』___同族を捕食する度に一定の確率で相手のスキルを奪う。
『エスヴァルド大陸共通語』___一部の民族を除きよく使用される公用語。
『業の対価』か……
いつ取得したのだろうか、あの青年を食った時か?ただ、『エスヴァルド大陸共通語』は彼女から『業の対価』により得た事は確かだろう。
兎に角『業の対価』は使えるな……
今は強く成らねばならない時だ。
少し落ち着けば分かる、奴はこんな場所で快感を貪るぐらいだ、恐らく小人なんて歯牙にも掛けない程の強さが有るのだろう。
今のままでは、例え奴を見つけても殺す處か殺される。
そうならない為にも、先ずは小人を殺せる様に、俺を襲ったあの二匹を八つ裂きにするぐらいに強くなるんだ。
膨れ上がる感情のまま、糧になるアンデットを探しにまた奥へと進む。
警戒を続けたまま少し歩くと、頭蓋骨に皮が張り付き目も鼻もなく、全身を引き摺られた様なボロボロの布を纏った小柄のアンデットを見つけた。
近づいて見ても、これと言った反応は無く頭を掴んでも反撃はない。
やっぱりあの仮説は正しいな。
ほっと安堵し、掴んだ頭を捻じり取った。
と同時にぬるま湯を飲んだ様な暖かみが包む。
そういや、この暖かみの正体は何だろうか。彼女のとは幾分暖かみと流れ込む時間が違う。一番可能性が有るのは『経験値』だが、どうなんだろうか?
ああっ、もう食事に集中しよう。
邪魔だと布切れをどかせば、殆ど肉はなく皮のみと言った身体を目に捉えた。
ミイラに近いか?
骨に付いた微かな肉を舐め取り、すぐに食べ終えた。
___発動『業の対価』
今ままでは、気づかなかったあの無機質な声が脳内に響く。
直様、ステータスを開く。
【Level】 11/60[限界値]
【種族/階級】アンデット:ゾンビ[覚醒体]
【固有名】
【STR】 96
【DEF】 80
【INT】 118
【MR】 132
【AGI】 86
【HP】 244/244
【MP】 300/305
new『マーキング』
new『投擲』
『業の対価』
『エスヴァルド大陸共通語』
2レベ上がったのか。やはり、あの暖かみは『経験値』に違いない。という事は、個体差がある訳か。そりゃあそうか。俺の様にLevelがある訳だろうし、捕食出来た個体も当然経験値を得れるわけだな。それとも、『生前』が関係しているのか。此れは、俺の様な個体に会わない限り解決しないか。
あ、スキルも2つ取得されているな!
早速以前の様に詳しく表示させる。
『マーキング』___己の魔力を対象に掛けた時、対象の位置を随時知覚出来る。持続時間は消費するMPに比例する。
『投擲』___投擲時、補正が掛かる。
此れは良い収穫だ。
投擲により中距離攻撃の手段を得たし、マーキングが有れば、死角何て無くなる訳だ。あと隠し部屋の位置も覚えれる。
引き続き、小人には警戒しアンデットを探そう。
◇◇◇
___発動『業の対価』
「ガッフ〜」
此れで4人目だ。
流石に食い過ぎた。胃に溜まった空気が多いのかよく出る。
あ、今尿意も便意もないことに気づいたが、俺が食べた物は消化されているのだろうか。
あぁ、現状出口のない疑問だ。
いつか、俺の疑問は全て解決するのだろうか?この世界とこの肉体は一体何なんだ。
もう、考えるのは少し辞めよう。
要約業の対価が発動したのだ。
スキルを確認しないとな。
項目の多いステータスを除きスキルだけを表示出来ないかな。
new『体術』
『マーキング』
『投擲』
『業の対価』
『エスヴァルド大陸共通語』
お、出来た。
此れで視界がスッキリした。
ステータスを表示すると、視界がほぼ埋まってしまって不便だった。
さてと、体術はどういうものだろう。
『体術』___身体に補正が掛かる。
武術とかそう言った類ではないのか。
投擲も体術も慣らしてから使うべきか。
一旦隠し部屋に戻るか。
床に落ちた布切れを回収しながら、戻ると人一人分の骨の山を見つけた。
俺が食ったアンデットの骨は何かに使えると思ってポーチにいれてある。当然嵩張る骨は捨てて有るが。
だから、ここに骨があるということは何者かが置いて行った訳だ。
アンデットか?それとも小人?
クギャッギャギャ
この嗄れた特徴的な声……
後ろへ振り返ると赤黒いナイフを持った小人が飛びかかって来ていた。
咄嗟の事に反応が遅れ、ぶつかった衝撃が身体をよろめかせる。
上手く着地した小人は右手に構えたナイフで俺の左腿に、刃を突き刺した。
痛みはないものの、完全にバランスが崩れ倒れてしまった。
立ち上がろうと左腕を地面についた次の瞬間、小人は待ってましたとばかりに身体に飛び乗り、ナイフで左腕を床に縫い付け左足で右腕を抑え込む。
クッ!力の差が大き過ぎて振り落とすことが出来ない。
そして、喜悦に浸るその顔を俺の顔へと近づけ鼻を噛み付いた。
ヒッ‼
生前に引きづられ、荒い呼吸が始まり、思考が乱れ始める。
幸い包帯のお陰で、噛みちぎられ無かったが、此の儘では直ぐに頭をかち割れてしまうだろう。
あぁ、復讐も疑問も解決出来ずに終わるのか。
そんなので良いのか?
良い訳ない。
この身には、彼女がいるんだ!
必ず必ず彼女に誓った復讐を……‼
両足を上げ思いっきり地面へ振り下ろす。反動で上体が上がり小人は前上がりの様に転げ落ちた。
直様、異様な早さで右腕に刺さったナイフを抜き取り、無防備に曝け出した背中に突き刺す。
身体が軽い……
醜い悲鳴が坑道を満たし、床に刺さる感触と小人が暴れるのが伝わる。
まだだ。
頭を押さえつけ固定、首へ歯を突き立てる。
ボリボリと骨を噛み断ち引き千切ると、溢れ出した血が晒された食道に溜まり始めた。
そこへ口を付け啜った。
悲鳴は擦れた呼吸音へ変わり、身体は痙攣し始める。
今の悲鳴で仲間が来るかもしれない。
血と肉で傷口は埋まったので、ナイフを抜きポーチへ。そして熱湯を注ぎ込まれる様な熱さが身を包む中、小人を担ぎ隠し部屋へと急いだ。
◇◇◆
小人の追跡を恐れ、途中の分かれ道の片方に小人の血をぶち撒けておいた。そこからは傷口に布切れを押し込んでおいたから、大丈夫だろう。
とりあえず、俺を襲った憎き小人の死骸を喰って回復に務めるか。
やっぱり生きている方が美味い。おっさんには劣るが、この瑞々しさは中々のものだ。
あまりにも瑞々しいので、直ぐに食べ終えてしまった。
個人的には、腿が一番美味しい。
そういや、最初に腿を狙われた。
倒れてからのあの手際の良さは、良くアンデットを狩っているのでは無いだろうか。
つまり、小人達の主食はアンデットなのか?
となると、小人≧アンデットでこの二種しか居ないのか?
いや、小人を主食としている奴もいるかもしれない。
もっと警戒する必要があるな。
更に今回の様な事を再び起こさぬように平常心を心がけないと。
反省はここまでにして、あの身の軽さは異様だった。
あれが体術の恩恵か。
もっとスキルが必要だな……
彼女との誓いがなければ今頃諦めて小人に喰われていただろう。
俺の心の支えは誓いだけだ。
◇◇◇
むせ返るような酒の匂いと入れ混じった男女の淫臭、悲鳴に似た女の喘声。六畳もない部屋の大半を占めるベットの周りには、幾つもの酒の空き瓶と複数人の肌着、そして死体の様に眠る3人の女が転がっていた。
「っん! ……ぁ、あっ……っんぐぐ…っあああああ!」
悲鳴のような喘声と一緒に腰を浮かせ、身体を震わせる。
そして、力無く横たわり軽い痙攣を起こし始めた。
「ッチ!! コイツも失神しやがった。4人も買ったのに、誰も持ちやしねぇ。此れで高級娼婦とは笑わせてくれんなぁ……」
女は身体を持ち上げら、他の3人と同様床へ落とされた。
イラついた男は近くの机に置いていた酒を取り、素手でコルク栓を抜き口につける。
「酒は悪くねぇんだよなぁ……」
瓶を持ち上げ飲み口に口を付ける所謂ラッパ飲みで飲み干して行く。
「んぁ〜、悪くねぇ……」
「ハイハイハイ、一気飲みの余韻に浸っている所悪いけど、今回の上納はどうなんだい。ねぇ、こんな高級娼館で4人も買って、良い酒呑んでるんだから、きっと名付きの魔物を狩ったんだろうね?」
何処ぞから現れた、目元を隠す無地の白い仮面に黒の山高帽にスーツ姿の青年が、ベットの脇に棒のように突っ立っていた。
「……シュクリナか。こういうのはやめろって言ったよなぁ」
眉を顰め、かったるそうに呟き掌から色も大きさも様々な結晶を出現させて行く。結晶が手から溢れ落ちベットに結晶の山を作った頃、出現が止まった。
「おぉ〜、中々の量だね! では、頂きます」
シュクリナの手が結晶の山に伸び、溢れんばかりに掴んだ結晶を嚥下して行く。
結晶の山はどんどん小さくなって行き、拳大の結晶を残し他は全てシュクリナに飲み込まれた。
「んむっ、ふぅ……ご馳走様でした! うん、今回は、瑞々しく爽やかだったから、森の魔獣だね?」
満足した顔つきでそう言った。
「おう、そうだが何でコイツは食わねぇんだ?」
残った拳大の結晶を掴み男は尋ねた。
「あぁ、それには魂が宿ってるからね。君に復讐したいって言う魂がね。そういうのは美味しくないし僕を乗っ取ろうと身体の中でじゃれついてくるから面倒でね」
「ほう、じゃ此れは換金に回して良いんだな?」
「ダメダメ、其れは貰っていくよ」
「ッチ!! ほらよ」
男はシュクリナに投げ付けると青年に当たる寸前、青年の後ろにある空間が小さく歪み、
其処から伸びた舌が結晶を絡め取った。
「グーバ君、体内精製宜しく」
青年の声に反応するかのように、部屋に蛙の声が響いた。
「じゃ、僕はこれで ! ロメロ君次も期待してるよ〜。あ ! 最後に教えてあげるよ、君さ無意識に汗を媚薬そのものに変化させてるよ!! 」
どこか引きつったよう笑う青年はズブズブと床に沈んで行った。
「ッチ、相変わらずキメェ野郎だ……。口直しに、また奴隷でも買っか。前のは迷宮で殺してしまったからなぁ……ヒヒヒ」
お食事のシーン入りますか?