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第13話

 あの日々を思い出すと、今でも喉が詰まる。呼吸がスムーズに出来なくなり、軽い過呼吸のような状態に陥る。

 今まで私が、犯人がどうなったのかを母に尋ねなかったのは、ただただ恐かったからだ。

「お母さん。私に犯人のことを話してください」

 受け止める。

 恐怖は消えない。でも、聞いても聞かなくても怖いものは怖いのだ。

 自分の影のように、私の後ろを常について回るのだ。逃れられないなら受け止め、理解しよう。

 見て見ぬふりだけの日々はもう終わりにしよう。

 母は私の真意を読み取ろうと見開かれた目で見つめる。

 私はその目を怯まずに見つめ返した。

 ふと閉じられた目蓋が再び開けられたとき、母はふんわりと微笑んだ。

 そして、口を開いた。

 怖くてどうしても聞けなかったあれこれを、私の様子を注意深く窺いながら母が語る。

 私はそれを何かの物語を聞いているように無心で耳に入れていた。

 予想をしていた、というより知っていた。

 若い男だった犯人は、まだ未成年だったかもしれないと、同じくらいの歳になって気付いた。

 日本は未成年者に寛容だ。人を殺したわけではない。何人かの女の子に恐怖を与えた男は、若者の未来をと考えられた法律に守られて大した罰は与えられない。

 その何人かの女の子の未来を奪ったかもしれないのに。多大な傷を残したのに。

 不公平だと思う。

 私たちの被害と男の罰と重いのはどちらか。被害者にしかそれは解らないだろう。

 私はまだ軽い方だ。決定的な傷を負わされていないのだから。だが、私以外の被害者は相当な傷を追っている。人生の道筋を外れてしまった女の子もいただろうと思う。

「那津子? 大丈夫?」

「大丈夫です。犯人がどこに住んでいるのか知らないのは少し不安ですが、私は一人じゃありませんから」

 中村君の笑顔を思い出すと、呼吸も楽になって、嫌な汗もスッと引いていく。

「無理はしないで。焦ったっていいことなんてないんだからね」

「はい」

 焦りがないと言えば嘘になる。

 何の不安も抱かずに中村君の隣に立ちたいと思う。

 母と話しているときに父が帰宅した。

 中村君のことは私の口から父に伝えた。

 苦虫を噛み潰したように、顔を歪めた父だったが、ぼそりと、良かったな、とだけ呟いた。

 拗ねてはいるが決して反対はしない。

「お前が決めたならいい。母さんからとても良い少年だと聞いている。なによりお前が誰かに好意を抱くことが出来たのは喜ばしいことだ」

 顔は喜んでいるようにはとても見えないが。

 女の子の父親は複雑な心境だと聞くが、父も例外ではないようだ。

「ありがとうございます」

 父に微笑みかけると、苦笑いに近い笑みを浮かべた。


**********



 俺と有馬が付き合い始めたことにクラスメイトたちはすぐに気付いたようだ。

 詮索してくることはなく、近からず遠からずといった絶妙な位置で見守ってくれている。

 その理由は恐らく、俺と有馬には他とは違う二人だけの空気感があるからだろうと思う。

 普通の恋人同士にはない、大きく言えば絆のようなものが、クラスメイトたちに一目置かせているのだと俺は考えている。

 俺と有馬が付き合い始めてまだ間もないが、彼女が無条件に信頼してくれているのが全身から伝わってくる。その感情が揺れないようにと俺は願うのだ。

 そんな俺の願いを嘲笑うかのように事件は起こった。

 隣町で起こった通り魔事件。

 その犯人がじわりじわりとこちらに向かって近づいて来ているようだった。

 女子高生をターゲットにしたその通り魔の犯行の被害者は全て共通した特徴を持っていた。

 肩までの黒髪に眼鏡をかけた高校2年生。

 その特徴は有馬と酷似していた。

 1件目は、物騒だなと思うくらいだったが、2件3件と続いていくと疑問が湧いてくる。

 まるで誰かを探しているように見えなくもない。

 目的の人物に辿り着くまで無差別に傷付けているように思えてくる。

 あの犯人は有馬を探しているんじゃないか。

 そんな嫌な予感が胸を過る。

 嫌な気分を噛み潰しながら、再び発生した事件の報道を見ていると、携帯が鳴りだした。

 有馬母からの電話だった。公園で話したあの日、何かがあった時のためにと携帯番号を教えておいたのだ。

 まさか、この報道されている女子高生が有馬だったんじゃないだろうか。

 冷や汗が背中を流れ落ちた。

 俺の只ならぬ気配を察知したのか、隣りで宿題をやっていた弟がこちらをいぶかしげに見ている。

 何があったのか、どうして携帯に出ないのか。そんな疑問が弟の表情から窺える。

 取らぬわけにはいかないが、嫌な報告を受けるのならば取りたくはない。

 鳴り続く携帯を拾い上げ、耳にあてた。

「はい」

「中村君? 那津子の母です。急に電話してごめんなさい。でも、あなたに話しておいた方がいいと思うの」

「有馬に何かがあったわけじゃないんですね?」

 俺の普段よりは幾分低い声に、有馬母はくすりと笑った。

「ごめんなさい。急に電話したからあの子に何かあったと誤解させてしまったのね。今はまだ何もないわ」

 今はまだ。

 その言葉がひどく気にかかった。それではまるでいつか必ず何かが起こると言っているようなものではないか。

「今は……まだ、ですか」

「ええ、今はまだよ。あの子の事件を担当した刑事さんが今も気にしてくれていてね、連絡をくれたの。最近発生している連続通り魔事件の犯人はあの男だろうって。そして恐らくあの男はあの子を探している」

 探している、ということはまだ有馬がどこにいるかは断定していないのだろう。ただ、有馬の今の特徴を心得ている。どう探り出したのかは知らないがそれを犯人は知っているということだ。

 はっきりと対象を確認する前に犯行に及ぶ。しびれを切らしての犯行か。それとも、有馬を引っ張り出すための犯行か。そうであるのなら、有馬が現れるまで見ず知らずの女子高生が被害にあうことになるのだ。

「有馬はそのことを知っているんですか?」

「知っているわ。今は部屋に閉じこもって、出てこないわ」

 すぐにでも飛び出して彼女に寄り添いたいが、あまりにも時間が遅すぎた。

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