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大陸南西の農村にて:3

 昼間晴れていたはずの空は月も星も、雲で遮られ夜闇は限りなく真っ黒に近い。未だに話し合いの続く集会所から蝋燭の明かりが漏れ、薄らと照らされた広場の隅でぼうっと空を見上げていた。

 西の町の住民達は、やはり戦火に巻き込まれぬように避難してきた奴等だった。数を揃えるため急ぎ兵として徴用された若い男だけを残して逃れてきたのだという。

 今までも5人、10人という少ない数で度々避難してきていたが、最後に残っていた住民が全て逃れてきたという事はつまり、いよいよもって戦が始まるという事だろう。……いや、ここまで来るのにかかる時間を考えれば、もう始まっていてもおかしくはない。


「……っ!」


 心中に得体の知れない感情が湧き上がる。腹の奥から込み上げてきたそれは、体中を駆け巡って心臓を締め付ける。 恐怖? 憤怒? 憎悪? わからない。ただどうしても気持ち悪くて、それを誤魔化そうと両手で頭を掻き毟った。


「なんで……魔王がいなくなって、平和になったんじゃなかったのかよ……」


 そう口にしながらも、どこかこうなっても当然かもしれないとも思っていた。

 元々、人間同士の大きな諍いが無かったのは、100年近くも前、乱世の時代の最後の勝者となった大陸中央の大国が睨みを効かせていたからだ。その国が魔王に滅ぼされ、直後は魔物との戦いでそれどころではなかったが、その問題も解決すれば残るのはかつて争っていたほぼ対等の力関係の国々だ。またかつてのように、世界の支配を求めて争いあう関係に戻るのも仕方ないのかもしれない。


「そんなわけあるかよ……!」


 そう心中に浮かんだ思いを、拳を地面に叩きつけて否定する。


「そんな……そんなくだらない理由でなんで……」


 衝撃による痺れと地面の冷たさが宿った握り拳で2度、3度と地面を殴りつける。それでも気は晴れず、何度も、何度も。

 大きく一度地面を殴りつけ、息を吐く。熱を帯びた拳を胸に抱くと、自然と涙が零れてきた。袖で目元を拭っても、視界の歪みが納まらない。


『正直、町が陥落するのは時間の問題だろう』


 集会所の会話を盗み聞きしている時に、西の町の町長だという男の憔悴した声を聞いた。

 国境向こうの国は鉱山と鍛冶で成り立っている国だという。世界的に有名な武具、防具から、伝説や神話など実在が怪しいものを除けばその9割以上がその国で出来たものだと西の町の町長は言った。同時に、それらの武器を使いこなす人材も抱え込んでいると。

 魔王との戦いでダメージを受けているだろうと言っても、それは世界各国どこも同じ話だ。ならば戦力で勝る相手に同じ条件での戦いで勝てるはずが無い。また、同じ理由で他国の救援も望めないだろう。単独で戦っても勝てないなら、他国と徒党を組んで数で押すしかない。おそらくは東側の国境の向こうや、西の国を飛び越えた北側の国々ではもうその動きに入っているだろうが、到底間に合いはしないだろう。それどころか、この国が攻められている間に立ち位置を整える時間が出来たと喜んでいるかもしれない。

 それに、この国が滅びるまで攻め続けるとは思ってないのかもしれない。今のうちに領土を増やし、他国に対して優位に立とうとしているだけで、精々町や村の二つ、三つも攻め落として終えるつもりなのだろう。そう思っている可能性もある。いや、実際そうなのかもしれない。まさか、大陸中が不安定なこの状況で国を滅ぼす事はしないだろうし、そこまでくれば侵略の途中で他国も止めに入るはずだ。

 なんてことはない。戦はそこまで激化しない。戦は止まる。

 俺達の住むこの故郷の村を含む、いくつかの町々を消し去るだけで


「……っく、ぅう゛ぅぅ……」


 頬を熱いものが伝っていく。全身を巡り胸を締め付けていた途方も無い悲哀が目から溢れて止まらない。

 おそらく明日、西の町の住民達と合流してこの村を捨てて逃げ出す事になるだろう。生まれ育ち、これまでずっと暮らしてきて、これからもずっとそうだと思っていたこの村を。

 毎日毎日、親父の手伝いをするだけで、同年代の知り合い一人いない、何もないつまらない村だが、それでも俺が今まで生きてきた全てだった。

 まるで体が半分に裂かれるようだ。憤り、立ち上がりふざけるなと叫びたくても、足はぴくりとも動かず、喉から出てくるのは呻き声だけだった。

 わかってしまっているんだ。もうどうしようもない事を。

 まるで全身がバラバラにされた様。これを今までずっと味わい続け、対に自分の故郷を捨てさせられた西の町の住民達の心は、一体どれほど擦り切れてしまっているのだろう。考えたくない。これ以上の苦しみなどわからないし、わかりたくない。

 ただ泣く。泣き続ける。

 それだけしかできない、そうするしかない自分の無力さがどうしようもなく憎かった。

 その時、ざっ、と。座り込んでいる俺の目の前に誰かが立った。顔を上げるが、ただでさえ暗いのに涙で歪んで何もわからない。袖で目元を拭って、もう一度見上げる。


「あんた……」

「やぁ」


 枯れ果て、ガラガラと鳴る俺の声にそいつはすっと手を上げながら小さく返した。

 暗闇に紛れて表情も見えない。それでもなんとなく、そいつは困ったように笑っている気がした。

1話分には足りないかもなーと思っていたらまだ終わらなかったでござるの巻

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