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大陸南西の農村にて:2

「僕が悪かったからさ、明日からは本当にすぐ起きるから機嫌直してよ」


 あいつが三、四歩分ほど後ろから出来もしないことを言ってくるのが聞こえた。俺は振り向かず、今日の収穫物を詰めた麻袋を肩に担ぎなおし、進む足を速めて置いていこうとするが、あいつも置いていかれないようにと同じくらい速度を上げる。最初から追いつくつもりがないだけで、まだ随分と余裕があるようだ。鬱憤を舌打ちに乗せつつも、仕方なく応える。


「それを聞くのはもう今日で9回目だし、その事だけでイラついてるんじゃねーよ」

「じゃあ何で?」

「……寝ぼけて遅れてやってきた奴が欠伸交じりで俺よりも作業が捗ってるのが腹立たしいだけだ」


 言いつつ、肩越しにあいつを覗き見る。あいつはきょとんとした顔で、俺の担いでいるのと同じ重さの麻袋を両脇に二つずつ、平然と抱えて歩いていた。


「いやぁ、もう随分と慣れてきたからね。それに任されてるのは単純な力仕事だけで難しい事はやってないし」

「物心ついてからずっと家の手伝いしてる身としては、たった10日で追い抜かれるのは結構な屈辱なんだけどな」


 10日……そう、もう10日になる。このへらへら笑う得体の知れないひょろっちい兄ちゃんが村にやってきて、あんな事が起きたせいでうちの仕事を手伝うようになってから。

 ふと、空を見上げる。抜けるような空は、あの日と同じ透き通るような青色だった。






 それは10日前の事。

 俺が親父と一緒に村からちょっと離れた街道沿いで山菜を集めていたら、道の向こうからあちこち軋む音が聞こえてきそうなオンボロ馬車がやってきた。

 そっちの方向から村にやってくる客は珍しいので、二人してその馬車を眺めていると、御者台で手綱を握ってる男が暢気そうな顔で寝ているではないか。馬車が進んでいく先の道は少し外れると結構急な坂となっている。

 危ないと思い、親父が一言声を掛けた。御者台にいたあいつは目を覚まし、俺達に挨拶をすると握った手綱をくいっと引いた。そうするとそれまで真っ直ぐ道なりに進んでいた馬が急に踵を返し、真っ直ぐに坂へと歩き出し、あいつの「あれ?」という間の抜けた言葉と共に、そのまま馬車を引き連れて落ちていった。






「……10日経って見ても、こんな風にしみじみと思い出すような事じゃないなぁ」


 肩に担いだ麻袋を倉庫の棚に積みながら溜息をついた。

 その後、馬や咄嗟に飛び降りたあいつは無事だったものの、坂道から転げ落ちた荷台はあちこちが壊れてしまった。人のいい親父はそれを修理してやると言い、さらにその間うちに泊めてやる事にした。そこであいつが、そこまでして貰うならしばらく農作業の手伝いでもさせてくださいと申し出た結果が現状だ。

 畑仕事なんかしたことがないと言っていたが、このご時世にたった二人で旅をしていただけあって、力があるのか要領がいいのか。今ではご覧の通り、悔しさを噛み締めさせられているというわけだ。

 と、10日ぶりに思い出してみた所で、ついでにそれの事も思い出した。


「そういやもう10日になるけど、あの真っ黒は本当に放っといていいのか?」


 転がり落ちた馬車の中から真っ黒な布の塊が出てきた時は酷く驚いたものだ。服装もさることながら、顔も見えていないのに全身から怒気が立ち昇っているのがありありと見えたから。親父が馬車を修理してやると言った時にも、礼の一つも言わずに、あいつに向かって「馬車が直る頃に戻る」と、地獄の底で揺らめくような恐ろしい声色で告げたきり早足に村から出て行ってしまった。

 それを問われて、さしものこいつも眉根を顰めた。


「んー。あんまり大丈夫じゃないかもね。今回は流石に何回も嫌味を言われるかも」

「いやそうじゃなくて、身の危険とかだよ。この辺は魔獣の類は出ないけど、野犬くらいはうろついてるんだからあんまり一人にしとくのは危ないだろ」

「あぁ、そっちは全然大丈夫。万が一にも何も起こったりしないよ」


 笑いながらパタパタと左右に手を振る。その仕草には本当に、僅かな一片の不安もない。実は仲が悪くて、あわよくば消えてしまえ等と薄らぐらい思惑を持っているのか、あるいは……。


「……あの黒いの、そんなに強いのか?」

「んー。まぁ、間違いなくこの大陸で彼に喧嘩を売る野生動物は一匹もいないね」


 と、腋に抱えていた最後の麻袋を下ろしながら、冗談染みた言葉をさらっと告げてきた。それが本当かどうかは知らないが、目の前のそいつが本気でそれを言っているのは理解できて思わず息を呑んだ。

 そういえばあの転がり落ちた荷台の中にいたのに、服に埃はついていても怪我をした様子はなかった。成る程、こいつの言が本当かどうかはともかくとしても、そんな身のこなしが可能なら野犬如きは一人だろうが素手だろうが追い払うのは容易いだろう。


「……俺も、そんくらい強ければ」


 そんな事を考えていたからか、つい口からそんな馬鹿な言葉が漏れた。


「君は強くなりたいのかい?」


 やはりというか、あいつが不思議そうな声を上げる。そりゃそうだ。強さなんて物は普通片田舎の農家の倅が求める物じゃない。そう、普通なら。

 それを態々説明するのも面倒だと思い、適当に誤魔化す言葉を捻り出そうとする。


「あの」


 と、そこで俺のでもあいつのでもない声が上がる。話題を切るのに丁度いい、とほっと一息つきつつそちらを見る。

 そして、目に入った物を見て息を呑んだ。

 そこにいたのは人。それも、遠くを見れば10や20ではなく、2、300は下らないだろう大勢が列を成しているのが薄らと見える。老若も男女も問わないそれは、旅行者の一団では説明がつかない。


「あんたらその数、まさか……」


 それが意味する所を察して、意図せず上げた声が震えを帯びる。先頭に立っていた壮年の男は、無言のまま沈痛な面持ちで頷いた。

 眩暈を感じて、背を倉庫の壁に預ける。それを見ていて、蚊帳の外で呆けた顔をしていたあいつも事情を察したようだった。

 彼らは皆ここから更に西にある唯一の集落、隣国との国境の町の住人達。

 魔王討伐のすぐ後、戦後復興の混乱に乗じて俺達の国に宣戦を布告した西の国から最も近い場所に住んでいた奴等だった。

書くのにつまるつまる。見切り発車はよくないですね。

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