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勇者の旅は終わらずに  作者: ネキア
最終話
26/35

大陸北西部の町にて:3

 些か唐突ではあるものの、私は今いるこの北西の国の在り様について思い起こしていた。

 北西の国は両隣である西の国、北東の国と同じく自己生産能力が極端に悪い。土の悪さに吹き抜ける潮風、そして凍える寒さが緑の萌芽を拒んでいる為だ。

 必然、糧を得る為には他国から大量の食料を買い付ける必要があり、三国はそれぞれにその対価と成り得る一点に特化した技術を追求した。西は大陸最高の鍛冶技術、北東は大陸唯一の魔道院。そして北は畜産業だ。家畜を飼うだけと侮るなかれ、その妙技は魔王の台頭により凶暴化し人を襲い始めた獣達を、それでも半数程は平然と飼い慣らし続けたという驚異的な実績がある。

 しかし、隣国とは違いそれでもまだ国を潤わすのには財貨が足りなかった。上質な肉の安定した供給は確かに他国では真似ができないものであったが、哀しい事に、両隣二国の物とは違い、絶対必要な物というわけではなく、替えも利いてしまうのだ。

 だから北の国は、鍛冶の国や魔道大国と呼ばれる二国とは違い畜産の国とは呼ばれない。外貨を得るために特化させたもう一つの特色の方。つまりは、旅人の国と呼ばれる。

 要は発想の転換。外から持ってこれないならこちらから取りに行けばいいだけの話だ。北西の国はどこの国、どこの町でも役所や酒場で細々とやっているような、仕事の斡旋という物を国が自ら国家規模で行った。内部の物を消費せず、僅かではあるが外貨を流入し、僅かずつだが貧困に喘ぐ生活から抜け出していった。

 ようやく人並みな暮らしができる程度まで行き着いた時、今度は外から人が入り込んできた。主に何らかの理由で住んでいた場所を追われた者を中心とした、力はあるが職が無いという連中だ。労働力の確保という観点では悪い話ではなかったが、元々国民を養う事ができずに始めた事業であり、無闇に人員を増やしては元の木阿弥となってはしまわないか。

 受け入れるか、突っぱねるべきか慎重に議論を重ね、前者を選んだ。そうして北西の国は旅人の国と呼ばれるに至ったのだ。

 そういった成り立ちの国であるから、国民は様々な国の出身者が揃い、見た目から北西の国の民だと判別するのはまず不可能と言える。また、そういった類の人間は大概がいわゆる『腕自慢のあらくれ者』であり、王都近辺ならさておいて今通っているような辺境にいるような輩はおおよそその類の人間だ。加えて、特にその気の強い人間は他国では犯罪者として扱われ逃げてきた人間も多くちょっとした事で暴力沙汰に発展したり、更には貧窮が原因で再び犯罪に手を染める事も稀にだがある。

 


「だからよぉ兄ちゃん、怪我したくなかったら俺らが優しく忠告してやってる内に有り金全部と後ろの女置いてきなってんだよ」


 要するに、今この馬車を取り囲んでいる連中はその類の最たるものの中の稀な例という事だ。

 馬車の前に3人、脇に1人ずつ弓を構え、後方……つまり私の目の前には、下卑た笑みを浮かべた男が2人の計7人。女連れの優男一人に対しては人数も装備も少し物々しすぎる。恐らくは元々7人で行動していて通りかかった者を手当たり次第に襲うつもりだったのだろう。それで勇者を引き当ててしまうのだから全く持って哀れな奴等だ。


「嬢ちゃんよう、アンタの男ビビっちまって声も出ねぇみたいだぜ」

「あんな腰抜け捨てて俺らんとこ来なよ。イイ目見さしてやんぜ?」


 ヒャハハ、と品の無い笑い声を上げる2人組。間合いの外から踏み込んでこないのは慎重なのではなく、ただ単にこちらを侮っているだけなのだろう事がその隙だらけのマヌケ面からありありと察する事ができる。


「おい」


 声を上げると、笑い声がぴたりと止んだ。知性の欠片も感じられぬ顔を見たくないので視線を逸らしているが、おそらくはこちらを見ているのだろう。そいつらをきっちりを無視したまま、続けて口にする。


「先に言っておくが、こっちに手を出すなよ」


 そう、はっきりと言い聞かせた。

 品性の無い二人組はそれを聞いた途端、全身に余りにも解りやすい怒気を帯びる。


「んだその口の利き方は。こういう時は『何でも言う事聞くから手を出さないでください』だろうが」


 腰から肉厚のナイフを抜き、逆手に握り荷台に踏み入ってくる。本気で突き立てるつもりだ。脅しではなく、またそれができる事自体を脅迫に用いようとするわけでもない、ただ激情のままとりあえず刺そうとしている。

 腰掛けていたこちらの襟首を掴み上げ、掲げたナイフを振り下ろす。軌道からして狙いは顔面か首筋か。こんな見るからに貧乏所帯の旅人を捕まえて、実質唯一の金蔓となる女を一時の感情でふいにしようとするとはつくづく度し難い。

 小さく溜息をつき、襟を掴むそいつの指の一本を握り逆側に捻じ曲げた。小気味のいい音が立ち、力の抜けた手から抜け出し、その間際にナイフの軌道上に置いてくる。体重の乗った肉厚の刃は止める事叶わず……いや、持ち主の呆然とした表情からすると、恐らくは止めるという思考すら浮かばずに真っ直ぐそこに向かい、ぞりりと音を立てて指を三本根元から切り落とした。正常な思考を取り戻されるよりも先に、そいつ自身の腕の影に入り込み、拳を開いて死角からの掌打を顎に打ち込む。盛大に頭部を揺らされた男はぐりんと目を剥いて荷台の中に倒れこんだ。


「こ、このアマ!」


 残っていたもう一人が怒りに顔を赤く染めて襲い掛かる。手に持っているのは樫の棍棒か。一瞬なんとも渋い武器を好んで使うものだと思ったが、握りも構えも出鱈目な所から見るに、こいつは仲間内でも一番の下っ端でただ単に一番安い武器を押し付けられただけなのだろう。挙動も遅く、読みやすい。後を取るまでも無く先に急所に一撃を入れれば御仕舞いだ。

 一瞬の後、相手が踏み込んでくるであろう場所にあたりをつける。身長差から考えて最も打ちやすく効果的なのは鳩尾か。急所ではあるが一瞬で意識を奪える場所ではない。念入りに踵を叩き込むべきだろう。

 そう考えて前に一歩を踏み出した時、腹部が焼けるような痛みに襲われ図らずも動きが止まる。止まったその体勢は丁度、無造作に打ち下ろした棍棒が最も威力を発揮する位置だ。

 上体が落ちすぎて避けは間に合わない。衝撃を最小限で受け流そうと右手を頭上で斜めに構え、それと同時に棍棒がその破壊力を存分に振るおうとした。

 瞬間、棍棒が根元から粉砕した。ほぼ同時にそれを握っていた男の掌の中心部から真っ赤なものが飛び散り、丸くくりぬかれたように穴が開いた。

 男が悲鳴と共に地面に崩れ落ちる。腹を押さえながら馬車の前方を見ると、前にいた3人と両脇で弓を構えていた2人は、それぞれ違う姿で地面に伏している。そいつらの真ん中で、左手にいくつかの小石をつまんだ勇者が暗い面持ちで地面に転がって絶叫する男を見下ろしていた。はっきりとは見えなかったものの、棍棒と掌を貫いたものは、おそらくあの小石で相違あるまい。

 とりあえず、気を失っている男と掌を押さえて咽び泣いている男を揃って荷台から蹴落としてから勇者に向き直り、その目をじっと睨みつける。


「言ったはずだ。こっちに手を出すな、と」


 そして、一度口にしたその言葉を再度勇者に投げかけた。


「ごめん。でもまだ怪我が治ってないし、つい」

「負傷しているからこそだ。こんなお遊びのような相手ではなく掛け値なしの窮地に陥った時、自分の体がどの程度の稼動に耐えられるかわかっていなければどうにもならん」


 申し訳なさそうに顔を伏せる勇者に鼻を鳴らして背を向け、未だ直りきらぬ腹部の火傷を服の上から押さえつける。もうあれから二月も経つというのにこの有様。想像以上に深刻なようだ。蹴り技全般に加えあまり体を捻るような挙動はできないだろう。


「それよりも、まだ町には着かないのか。予定より2日遅れているぞ。まさか迷ったというわけではあるまいな」

「イヴじゃあるまいし、予定よりも進むのが遅いだけだよ。そろそろ……ほら、見えてきた」


 血の脈動に合わせて疼く痛みを顔に出さぬよう、平静を装いながら荷台に腰を下ろして尋ねた言葉に、再び馬車を動かし始めた勇者が少々聞き捨てなら無い言葉を交えながら答えた。いちいち突っ掛かるのも面倒で、その言葉をあえて聞き捨て進路の先を覗き見る。薄らと掛かる霧の向こう、確かに山や岩場とは違う、人工的な形の影が見えた。


「ふむ、これなら昼には着きそうだな」

「いや」


 その言葉に勇者が首を横に振った。と、同時に馬車が動きを止める。何事かと勇者に目を向けると、黙って馬車の前を指差した。指の先には息を荒げて座り込んだ老馬の姿。


「たぶん、夕方まで掛かるんじゃないかな」


 苦笑いを浮かべた勇者がそう告げると胸の裡になんとも言い難い感情が去来し、腹にあてていた手を頭に添えてはぁと深く息を吐いた。

まだ町に以下略

さっき気付いたけど最終章だけ話じゃなくて章になってたので修正しました

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