大陸南西、国境の町及び戦場にて:8
スランプ絶賛続行中
意識を極限まで引き絞り、眼を剥き耳を澄ます。相手の攻撃は正に神速、見てからでは当然、攻撃に移る初動から予測しても尚回避が間に合わない。思考を読み、目線や息遣い等の僅かな動きを全て見逃さず、攻撃の前に範囲から抜けていなければそこで終わりだ。
駆け寄る足から力を抜き、体勢低く四足で這う間一髪ほど上を敵の剣が横一文字に薙ぎ払い、四足の力で横に跳ねたすぐ後、剣が床に抉りこまれた。更に瓦礫と化した床の礫を跳ね上げながらの追撃。体を逸らして剣に触れるのだけは避け、拳大の石礫が体に打ち込まれるのを歯を食いしばって堪えながら、背後に倒れ込む体に引き摺られるように剣を振るう。狙いなど無くただ一番速く振りぬける場所を全力で奔らせたその剣は振り上げた腕を半ばまで切裂く軌道で襲い掛かったが、あろうことは奴は腕を引くのではなく、飛来する剣先よりも速く歩いてその範囲から抜けた。
剣の届く間合いではないがまたすぐに距離を詰めて来ることは想像に難くない。一瞬の内に受け攻めの展開を思索し、僅かに空気が揺らぐのと同時に背を軸に足を引き、上下逆さに立つ。先程まで両足のあった場所が爆音と共に舞い上がる粉塵に覆われたのと同時に両腕で地面から跳ね上がるとそこを剣が真横に薙いで粉々に散った床石の埃が尾を引いた。
宙に浮きながら体を回し、死角を突いて後頭部に踵を叩き込む。避ける素振りはない。見えていない、気付いていない。当たる。踵が頭部に叩き込まれる一瞬前の確信は、確かにそれが微かに頭部に触れる感触の直後、有るはずの手応えと共に消失した。
ぞわりと戦慄が湧き上がる。確かに蹴りが後頭部を捕らえるのを見た。そして、気付いていなかった攻撃を触れてから頭を下げて避けるのも見てしまった。こいつは見えている攻撃には絶対に当たらないどころか、見えない攻撃に当たってから避けられるのだ。
驚愕に硬直していた思考が活動を再開すると同時に、既に相手が次弾の構えに入っている事に気付く。見えていなくても直接触れた事でこちらの位置を把握したのだ。
実力の差等という今更解りきっていた事で動きを止めた自分を罵倒しながらそいつの手元目掛けて足を伸ばす。それがそいつの体に届くより先に、振りぬかれた剣の根元が爪先に触れ、凄まじい剣圧に微かに引っかかっただけの足先に引き摺られ宙を何度か回りながら背後の棚に叩き込まれた。
全身が粉々に砕かれたかのような激痛。喉の奥から込み上げる血反吐を吐き散らしながらも、構えた剣先で相手を捕らえ続ける。この絶好の起にもそいつは攻め込んではこなかった。冷たい瞳でこちらを見下ろしながら、僅かずつ距離を詰めてくる。
腰を上げ、地に足をつけると同時に激痛が走る。どうやらほんの少し引っ掛けられただけの左の爪先はそれだけで砕かれてしまったようだ。あぁして軌道を逸らさなければ天井まで跳ね上げられていたとはいえ、この代償は余りにも高い。ただでさえ極限まで精神を集中してなんとか避けられていたのに、この足ではもう長くは持つまい。それに今ので少しばかり物音を立てすぎた。おそらく正門に集まっている兵士達の何人かはここに誰かいるのに気付いただろう。誰か一人でも確かめにくればそれで終わりだ。百かそこらならまだしも、500を越える兵を続けて相手をしていくのは……まぁ、目の前の相手と戦うのに比べたら随分と気楽ではあるものの……厳しい物がある。
状況はほぼ詰みに近い。この状況から目的を達成するには、正門から兵が向かってくるよりも先に、目の前の自分よりも遥かに強い化物を殺害するしかない。今まで生きてきて最も絶望という言葉の似合う状況と言っていいだろう。
しかし、それでも止まるわけには行かず、俺は切札を切る。
懐から一本の投げナイフを取り出す。他国産の量産品で、刀身に紅い彫り物までしてある武器としては最低級の粗悪品だ。が、これこそが確かに俺の切札の一枚なのだ。
開き直り、咆哮と共に前に踏み出す。折れた足の痛みを文字通り踏み越えながら、ゆったりとこちらを見据えるそいつに向かって左手の投げナイフを放る。
投げる、ではない。一度足を止め、下からふわっと何かを投げ渡すかのように柔らかくそいつの目の前に放る。
そいつが宙のナイフに視線を向ける一瞬に覚悟を決め、眼前の敵から完全に意識を外しナイフだけに意識を集中する。
ナイフを放った左手を突き出しながら脳裏に描く。その刀身に刻まれた図形と古代文字の意味を。手を離してようが事象を想起。叫ぶ。
「Glitter!」
刀身に刻まれた真紅の紋が浮かび上がり、その名に従い眩く煌くと同時に全身から力が抜けていく。他人の築いた術に血を塗りこめ無理矢理精神に繋ぎ、門外漢でありながら身の程を越える魔法を用いた代償だ。意識が跳ぶかと思うほどの虚脱感を、折れた足を地面に叩きつける激痛で強制的に現実に呼び戻す。
目の前の相手が唐突な光の瞬きに確かに眼を奪われているのを確認する。無理矢理起こした術を更に強制的に破棄。頭と胸を襲う釘を打ち付けられるような鈍痛を堪えながら左手を剣の鍔に添え、留め具を外す。目釘が外れ、鍔が落ち、刀身を水平にした剣の下半分が分離した。
二刀一対。これが最期の切札であり、西王国の誇る錬鉄技術の集大成である世界最高の剣の本当の姿。
腕を交差させ、逆手に握った左の手で右上方から首筋を突き、順手に握った右の手で左下方から脇腹を斬り上げる。
相手は未だ視力を回復させていない。当たる前に避けるのは不可能。また、剣の軌道から当たってから避けるのもまた不可能。前、後、左、右、上、下、いずれに避けようともどちらかの剣が体に沈む。
左右の剣が同時にそいつの肌に触れた。瞬間、きんと甲高い音が響く。左右の両の手、どちらにも体に切り込む感触は無い。そいつは、目が眩んだまま鞘に納められた剣の半ばを握り、剣先で右の突きを払い、柄と鍔で左の切り上げを引っ掛け止めていた。
策を行使し、嵌め、隙を作り一方的に全身全霊の攻撃。完全に目論見通りに進め、尚倒すことは叶わない。
だが、それでもまだ絶望はない。予想通りかつ予定通りだ。
俺は両手に握る剣をその場に残して1歩後ろに飛ぶ。右手で腰にあるそれを抜き、未だ完全に視力の戻らぬそいつに、黒く小さく、無骨なそれを突きつけた。
拳銃。未だ開発途中であり、射程が短い上に一丁一丁がまったく異なる癖であらぬ方向へと弾を飛ばす欠陥兵器だ。
だが、その癖も同じ物を使い続け、完全に把握できたのならば問題は解消される。
これが切札ならぬ、奥の手。まさしく正しく、最後の手段。
狙いは首と胸。この銃の癖は距離が離れるほど右下方に逸れる事だ。西から東に抜ける際の幾十もの銃撃戦の経験が反射的にそこに当たる場所へと銃身を向ける。
息を止めると音が止んで色が消える。余分な景色が崩れ落ちていき、やがて時間すらもが静止して自分の意識と引鉄に掛けた指だけが稼動を許されている。
集中の極致。剣閃の応酬では至れなかったそこにこんな時になってようやく踏み入った事に溜息をつきたい衝動に駆られるが、生憎と呼吸は自由になっていなかった。
凍りついた世界の中、唯一視界に映る白黒の人影をじっと見つめる。
どうなるにせよ、これで御仕舞い。
引き金にかけられた指をゆっくりと絞り、同時に世界が動き出す。空気が爆ぜる音が辺りに広がった。
主人公チートすぎワロタ
というか冗談抜きで強すぎて戦闘が書きづらい……誰だよこいつこんな強くしたの! ふざけんな!