大陸南西、国境の町及び戦場にて:7
どスランプで読んでくださってる皆さんに申し訳が多々ないレベルの超遅筆&文章ガッタガタガタガタキリバ状態……リハビリとは何だったのか ※軽く誤字修正
「ひ、あっ」
倒れた兵士の手から拾い上げた剣を逃げ遅れた兵士の背中に突き立て真上に振りぬく。どさりと音を立てて地面に伏したそいつの服で剣にこびり付いた血と脳漿を拭き取りつつ周囲を見渡す。周囲にあるのは倒れた椅子や机と、錯乱して襲い掛かって来た奴等の死体のみ。生きてる人間はもう一人もいない。
剣を床に突きたて、空いた手で己の胸元をまさぐる。そこにしまっておいた重々しい鉄の鍵束を取り出し、既に息絶えた兵士達に返してやった。もう十分に見せて、教えてやったのだから、これ以上持っている意味はない。むしろ動くたびに落としそうになるのに気を使う分邪魔なだけだ。
「さ、仕上げと行くか」
突きたてた剣の柄を再び握り、壁に掛けてある基地内の図案を2,3度見直し、よく覚えてから歩き出す。
逃げ遅れた兵士がいないか気配を探りながら進み辿りついた先は勿論、残った兵達が総力を結集して護っているであろう正門などではない。そこからほどよく近い、物見台の傍に作られた小さな倉庫だ。
誰もいない事を確認して腰を下ろし、懐から1番のお荷物を取り出す。握り拳大の黒い球体であるそれは、鋼の外殻を飛散させて周囲を破壊する魔獣の体より採取された、熱によって発火し爆発的に膨張する体液を元に錬金術をもって生成された薬剤で、固形化された事により気化膨張の精度こそ落ちたものの、ある程度の耐熱性を獲得し熱源の接触から膨張開始までに時間差を持たせた物体。早い話が、魔獣を原料にした爆薬だ。
これを、この倉庫と一体化している外壁に穴を開けて突っ込み爆破すれば、壁面の材質や厚みから考えて人間が通れるくらいの穴を開けるのは十分可能だろう。むしろ威力を持て余して上部まで崩れ出さないかの方が心配だ。崩れた瓦礫が山積みになっていては、外からあいつらを呼び込むよりも速く、わざわざ鍵を見せて正門を意識させてそちらに向かうように仕向けた兵士達が来てしまう。
とはいえ、今更打てる手は他に無い。今できるのはせいぜいうまい事都合よく崩れてくれる事を祈り、もしもの場合は数百人を相手に1人で足止めをする覚悟を決めるくらいだ。
切り捨てた兵士から奪った剣を投げ捨てる。これも西の国で作られた中々の一品だが、煉瓦で出来た壁面を切り落とすには少々役者不足だ。腰に下げていた自分の剣を抜き、両手で軽く握ったそれを腰だめに構えゆっくりと息を吐く。
鋭く、深めに2閃。それ以上は使えない。力を誇示して残る兵の平常心を乱すため先程指揮官を剣ごと切り捨てたのと、拳士に剣を打たせた事を考えればそれ以上使えば既に疲労している剣への致命傷になりかねない。
肺腑の中身を全て吐き出し、息を止める。その瞬間、背筋にぞわりと薄ら寒いものが駆け抜け、振り返った。
「……よぉ兄ちゃん」
「こんにちは」
7歩ほど遠くの倉庫の入り口。黒尽くめの少女と共に居た若い男が、そこに立っていた。
俺は今すぐ逃げ出したい衝動に駆られていた。対峙してるだけで全身の毛穴から汗が噴出してくる。生まれ持った本能と、培ってきた経験が揃って危険を告げてくる。殺気を感じているわけではない。柔和な笑みの下に悪意や害意を秘めているわけでもない。むしろその逆だ。この男には微塵も気配がない。
いや、それは少し語弊がある。性格には気配自体は微かながら感じている。消え入りそうな小さなものがゆらゆらと揺らいでいるような不思議な気配だ。だが、その気はこうして対峙しているにも関わらず、微塵も俺に向けられていない。虚ろに、周囲全てに向けて散漫に広がるその気配はおよそ人間の発する気配ではなく、それがひたすらに不気味で恐ろしい。
「やー、よくここがわかったね」
右手に剣を握り左手に短刀を隠し持ち、床に置いた爆薬を軽く蹴飛ばして部屋の端まで転がし、重心を落としながら努めて平静に笑いかける。こちらの動きに気付いているのかいないのか、鞘に収められた剣を片手に握るその男は表情の失せた顔でただこちらを見つめ続けている。
「一人だけ集団から離れていく足音が聞き覚えのある足音だったんで」
「えー、お兄ちゃん他人の足音とかいちいち覚えてんの? それはちょっと引くわー……あ、ひょっとして昼間会った時からもう俺の事怪しいと思ってた?」
「疑ってたのは私の方だ」
倉庫の入り口の脇から女の声が漏れてくる。男の背中越しに黒い修道服を着た少女が腕を組み壁を背にしているのがちらりと見えた。
「えー、嘘だぁ。くーちゃん絶対うまいこと誤魔化されてたでしょ」
「お前は私がお前を疑う事を過剰に警戒しすぎた。お前は私の気配を読んで近寄ってきたのに気付かせない為に、去り際、聞いてもいないのに血の臭いについて言及してきただろう。まぁ、あえて聞かなかったのはお前がどう出るか確かめるためだったのだが、お前も腹芸は余り得意ではないようだな」
「うぐぅ……だってしょーがねーじゃん俺そういうの本職じゃねーしさー。ちぇっ」
口ではこともなさげにそう言うが、内心で毒づく。己の手際の悪さと、こうして対峙していても未だ虚ろな気配を漂わせている目の前の男に。
「あなたは」
「あー、言わなくていい言わなくて。何言いたいかはわかってるからさ」
言葉を遮り、隠すのを止め露骨に戦闘態勢を取る。気付かれなければ奇襲できるかと思ったが、どうやらこいつは全部気付いていて無防備にしているようだ。目線でなんとなくわかる。なら隠そうとしても無駄に疲れるだけだ。堂々と構えればいい。
「……あなたはどうしてあんな事をしたんですか」
「言わなくていいってのに。言われても俺、答える気ねーしさ」
会話を続けようとするそいつの言葉を再度突っぱねる。そいつは初めて表情を曇らせ、少しだけ俯く。
「最初に会った時、あなたはあんな事をするような人には見えなかった。もちろん今も。何か理由があるんでしょう?」
そう言ってそいつは縋るような視線をこちらに向けてきた。それは相手の胸の内を掻き乱す、肯定以外を許さない下からの脅迫だ。
俺はふぅと胸に溜まった息を吐き出す。そして一度構えを解き、剣の切っ先を床に突きたて、左手で短刀を弄びながら答える。
「そんな事聞いてどうすんのさ。俺がはいそうですって言ったら俺を許してくれんの? ここの兵士の皆さんや遺族達にそういうわけなんで黙って許してやってねって俺の代わりに説得する? それとも、そうですかわかりましたって俺を手伝ってここのやつら殺して回ってくれちゃったりするわけ?」
そう言うと、そいつは再び困ったように表情を曇らせた。恐らくはちゃんとしたそれっぽい理由を述べたとしても同じ顔をしたに違いない。俺はそのまま言葉を続ける。
「理由なんてくだらない事聞くなよ。人殺しなんて、どんな理由があっても許される事じゃないんだ。だって殺された側はもう許すことも許さない事も選べないんだから。大層な理由があったとしても、それを聞き出して満足するのは生きてる奴等なんだ。殺された当人は無関係の所で解決したらそれは卑怯ってもんだろ。だから俺は殺した理由なんか絶対に教えてやらないし、謝罪も一切しない。他人に理解された事はないけどそれが俺の礼儀だからな」
しんと辺りが静寂に包まれる。俯いているそいつの前で短刀を上に放り投げては受け止め、また投げては受け止める手遊びを繰り返しながらそいつを見ていた。
やっぱりこいつは子供だ。人間の綺麗な部分しか見ていられない無知な子供。
人殺しの理由を聞いたのも、きっと俺の是非を問う為ではなく、俺が是であると己に思わせるためだったのだろう。
気が進まない。以前にも思ったが、こんな子供が戦うのを見ると思うととてつもなく気が重くなる。
そいつが苦虫を噛み潰したような表情で伏せていた顔を上げた。俺はそちらに目を向け、同時に弄んでいた短刀を取り落とす。そして足元まで落ちたその短刀の柄尻を蹴り上げ、同時に床に突き立てていた剣を掴むと同時に体を右に捻り、顔面目掛けて蹴飛ばした短刀と同時攻撃を放つ。
短刀の狙いは顔。刃が都合よく顔を切裂いてくれる期待はしていない。本命の剣閃を覆い隠すための目晦ましだ。剣の軌跡は短刀よりもやや下、切っ先が丁度首筋を通る血管を半分ほど引き裂く程度を狙って振りぬいている。
何もこれで決まるとは思っていない。ただの小手調べだ。この攻めをどう対処するのか傾向を確かめるための。
そいつの右手が飛来する短刀に伸びる。避けずに払いのけるかと思いきや、回転する短刀の柄を掌で受け止めた。そしてその顔が一瞬驚愕の色に染まった。同時に、俺も驚く。こいつは、俺が剣を振りぬいていた事にまったく気付いていなかった。
まさか、これで決まるのか?
掴んだ短刀を手放し、左手で剣を握るが、今更間に合うはずがない。剣先はもう既にそいつの首筋から拳ひとつ分ほども離れていない距離まで迫っている。
それでもそいつは下げていた左手を振り上げた。その瞬間、全身に悪寒が走り、全ての毛穴から汗が吹き出た。反射的に剣を手放したと同時に、爪の先と剣の柄の間を鞘に収められたままの剣だと思われる、目にも留まらぬ速さの何かが通り抜けていった。
馬鹿げている。いくらなんでもそれは速すぎるだろう。
胸中で毒づいている内に、目の前の男がまた驚いている。恐らくは自分の攻撃が外れた事になのだろう。その目線が俺の肩口に向けられるのを見て、宙空に残した自身の剣を手に取ると同時に身を伏せる。髪を暴風が撫で、後から風を切裂く爆音が響く。伏せた勢いを利用して背後に飛ぶと、一瞬遅れてその場所に奴の剣が突き刺さった。鞘に収められたままの切れ味の存在しない鉄塊が石造りの床に鍔までめり込んでいる光景はとても非現実的で、思わず笑いさえこぼれてくる。
「ほう、3手凌ぐとは思ったよりも強いじゃないか」
感心したような声が投げかけられるが、それに反応している余裕はなかった。
対峙している男のあまりのでたらめさに背中をじっとりと汗が伝う。豪傑だとか天才だとか、そういう類の連中は山ほど見てきたが、こいつはそのどれとも違う。特別知恵が回るわけでもなく、戦術や絡め手、意表を突く攻撃には素直に驚き相手の先を読むなんて行為もまるでしない。技術にいたっては剣を振る動作が斬る動きではなく棍棒でも振るっているかのように叩きつけるだけと素人同然、所作から見る限りそれは鞘をつけたままだからというわけではなく斬り方を知らない風でまったく論外と言っても何の問題もないだろう。
なのに、ただ見てから適当に振るった剣が何よりも速く誰よりも力強い。神速で振り切った剣の勢いを力で捻じ伏せて一瞬の内に斬り返す斬撃などは真面目に修練を積んできた人間を馬鹿にしているとしか思えない。
こいつは天才なんかじゃない、人の皮を被った化物だ。
その化物が深く深く床に突き刺さった剣を易々と片手で引き抜く。
「凄いや、どうやったら今のを避けられるんですか?」
剣を腰だめまで持ち上げながらそう口にした表情に嫌味はない。本当に、ただ素直にこちらの技量に感心している。最も、その感心事態が当人の超越的な駆動に基づいているのだから、こちらとしては素直に喜べず、漏れてくるのは苦笑だけしかない。
「……おたくほどじゃないさ、勇者様」
「気付いてたんですか?」
「まぁ、初めて見た時に勘でな。あぁ、俺より強いって事はこいつがか、ってな」
だから戦場に来られる前にどうしても仕事を片付けたかったのだが、と今更言っても栓の無いことか。
「それがわかってるなら剣を納めてください。あなたがいくら強くても僕を倒すのは絶対に無理です」
「断固断る」
「何故」
「理由は言わないっつったろ」
一瞬、そいつの顔がまるで泣いているかのように歪み、そして僅かに俯き、顔を上げた時には全ての表情は消えていた。対話を諦め、頭の中の全ての余分な感情を全てはじき出し完全に集中している。もっとも、それだけをとっても常人ではそう狙って出来る事ではないのだが。
ただ立っているだけで、こちらの意識を刈り取りそうなほどの凄まじい威圧感。気を失うか、跪いて許しを請うか、背を向けて逃げ出すか。そのどれかを選べればどれだけ楽な事か。
「……それに負けるって決まったわけでもないさ」
それでも、唾と一緒に弱音を飲み下し、己の逃げ場を無くすため右手に握る相棒を掲げ、笑いながら減らず口を叩いた。
恐らくもうこいつは聞いてはいないし、きっと察してはいる事だろう。だから他人に言い聞かせるためではなく、己を鼓舞する為に、あえてそれを口にする。
「武と剣に名高き西王国で一の剣を持った、西王直属兵団の一の戦士ってのは、要するに大陸で1番強い人間って事なんだからさ」
――あんたを除けば、だけどな。
誰も聞く者のいない心中でのみ、小さくそう唱えて、かれこれ10年来になる自分より格上の存在との闘争に飛び込んだ。
ストーリーに関わる部分を書こうとすると作者の都合と物語上の流れがぐちゃぐちゃになって何言ってるのかわからなくなる
才能と技術が欲しい……寝てるだけで突然開花しろ俺の文才