表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の旅は終わらずに  作者: ネキア
第3話
18/35

大陸南西、国境の町及び戦場にて:5

 翌日。俺はまた街中を駆けていた。いつも通り仕事の途中で罵声を吐いていたらとうとう門から出てきた兵士に殴りかかられそうになり急いで逃げ出してきたのだ。

 追跡を撒くのは慣れたもので、屋根の上に伏せて駆け抜けていった兵士の背中を見送り、そこから地面に飛び降りた。


「うーん、これなら次あたりいけるかなー。怒ってたけど剣は抜かれなかったし」


 腕組みをして、確たる根拠のない呟きを漏らしながら町を歩き始める。さすがに追い立てられてすぐに出向くような真似はできない。

 どこか適当に時間を潰せる事はないか考えながらぶらついていると、ふと身に覚えのある気配を感じた。丁度いいのでそちらに向かって行くと、やはり昨日出あった全身黒尽くめの少女がいて、こちらの顔を見るなり眉根を寄せた。

 それに向かって手を振って声を掛けようとして、全身が硬直する。少女の背中越しに見えるそれを目にした瞬間、掌がじっとりと汗ばみ心臓が大きく跳ね上がった。

 動揺するな。心中で何度も何度もそう呟いたが、それはとうとう押さえきれず、わなわなと震えながら声を張り上げる。


「くーちゃん誰よその男?! ひどいわ! アタシとの事は遊びだったのね!」


 そして、少女の背後にいた穏やかな顔つきの若い男をびしっと指差した。

 当の本人達は、片や曖昧な笑みを浮かべながら首を傾げ、片や無表情のままにつかつかとこちらに歩み寄り、遠慮の無い前蹴りで俺の腹部を蹴り抜いた。悲鳴も上げずに前のめりに崩れ落ちると、背中に強い圧力を受けて喉から潰れた蛙のような呻き声が漏れた。


「お前が何を言っているかはさっぱりわからんが、とりあえずこうするのが正しいと判断した」

「ご、ごめんなさい……」

「こら、イヴ。暴力は駄目だよ」


 遠くで呆けていた若い男がそう言いながら慌てて近付いてくると、少女は見るからに苦々しい表情を浮かべ不機嫌そうにふんと鼻を鳴らすと、背中に乗せられていた足をどけた。

 背中を摩りながら起き上がろうとすると、目の前にすっと掌が差し出される。視線を上げるとその若い男はにこりと暖かな笑みを浮かべた。その余りの眩しさに、その手を掴みながらも思わず目を伏せた。


「こうした細かい気配りがモテる秘訣……そうやってくーちゃんの事を手篭めにしたのね畜生羨ましい……ていうかくーちゃんそんな名前だったんだ」

「何を勘違いしているかわからんが、私とそいつとはお前が考えているような間柄ではない」


 俯き目元を拭う俺にやけに嫌そうな顔をした少女の声が届く。視線を向けるとやはり非常に不機嫌そうに腕を組み、壁に背を預けてつんとそっぽを向いている。目の前の若い男は何がどうなっているのかわかっていないようで、情けなさすら感じる弱々しい笑みを浮かべながら頭を掻いた。


「てっきり昨日のうちに二人で式を挙げて熱く激しくいやらしい初夜を過ごして少女から女になったからそんな貞淑を絵に描いたような服装してんのかと思ったけど、違うの?」

「貴様はやはり昨日の内に縛り上げて兵士に突き出して置いたほうが良かったようだな」


 血塗れの黒いローブからやや丈の余った修道服姿になっていた点についての考察はさっぱり外れていたようで、最早殺意すら篭った禍々しい視線が飛来してくるのを気付かぬ振りして視線を逸らす。

 その俺達のやりとりを見ていた若い男は、何度か互いの顔を交互に見てから合点が言ったという風に手を打ち、口を開いた。


「昨日……ってことはイヴ、この人がさっき言ってた浮浪者の?」

「浮浪者違ーう?! くーちゃんどんな説明したのさ! 冗談はいいから本当の事教えてあげてよ!」

「冗談も何も事実貴様は浮浪者だろう」

「ち、違わい! 確かに住所不定だけどちゃんと職を持った立派な大人だ! ほら!」


 寒々しい侮蔑の視線を受けながら慌てて鞄を開き、覗き込んでくる若い男に対し、昨日少女にした説明をそのまま繰り返す。


「というわけで俺はさすらいの武器商人なのさ! お兄ちゃんも一本どうだい?!」

「いえ、僕剣とかよくわからないんで」


 僅かな間すら挟まずに向けられたその言葉に、思わず希代の名剣が地面に落ちて乾いた音を上げた。それを追って膝から崩れ落ち、地面に四つんばいになる。


「うぅ……男だったら……男だったら剣に心躍らせてしかるべきだろうよぅ……ぐすっ……」

「あの……なんかすいません……」

「いちいち相手にするな。放っておけ。お前は先を急ぐのだろう」


 少女が疲れた声色でそう言うと、俺の前に屈み込んでいた若い男は一度こちらに視線を向け、申し訳なさそうに目を逸らしてすっくと立ち上がった。


「何? 兄ちゃんどっか行くの?」


 少しばかり気になって、小芝居を中断して尋ねてみる。少女は背を向けたまま無視したが、若い男は振り返り、えぇ、と頷く。


「ちょっと、あの向こう側まで」


 それに視線を向けながらそういった。

 思わず、眉を顰める。その若い男が指し示した方角は、国境側。ようするに戦場だ。今の時期にそこに向かうという事は、やる事はひとつ。


「ちょっと正気なの? やめといたほうがいいんじゃないかなー。兄ちゃん、どう見ても戦う人じゃないよ」


 口から飛び出したのは少なからず本心から飛び出した言葉だったが、若い男は何も言わず、ただ黙って困ったような笑みで頷き、先を歩く少女の背を追って駆け出した。

 一人ぽつんと取り残され、地面に大の字になって空を仰いだ。濁った青色を目に映し、先程別れた男の顔を思い浮かべる。少女よりも一回りは年上のはずのその顔が、どうしてか幼い無邪気な子供のようにしか思えず、脳裏に自分の故郷にいたそれらの顔が次々と過ぎっては、考えたくない光景を連想し、堪えきれずに溜息が漏れた。


「あーもう、やだなぁここ。やなもんばっかり見てる気がするよ」


 ずっと胸の内で留めていた事がついに喉から漏れ出て、空に放たれた。しかし胸が軽くなることはなく、むしろ更に澱みを増して気分に陰鬱な翳りをもたらす。


「あぁ、嫌だ。あんなのの戦うとこなんか見たくないわ」 


 体を起こし、鞄を掴んで立ち上がる。予定よりもずっと早いが、仕方が無い。それよりはずっといい。

 重い足を引き摺って、またいつもの場所へ歩き出す。そして口には出さずに心中で呟いた。

 もう、この仕事を終わらせて、早くここから立ち去ろう。

グダグダやがな……

次回の投稿はちょっと時間がかかるかもしれません

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ