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勇者の旅は終わらずに  作者: ネキア
第3話
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大陸南西、国境の町及び戦場にて:3

 路地から恐る恐る顔を出すと、苛立った顔つきの兵士がいつもより多めに町を巡回している。やはり町中に響き渡るほど大声で叫んだのがまずかったようだ。

 『あの野郎、今度という今度は見つけ次第縛り付けて森に放り込んでやる』とでも言いたそうな殺気立った兵士達が去って行くのを眺め、肺腑に溜まっていたものを吐き出した。


「いやー、正に間一髪だったねー」

「誰のせいだと思っている」


 可憐だが低く怒りの篭る、どこか獣の唸り声のような印象の声が投げかけられる。振り向くと、血塗れの真っ黒なローブ1枚だけを身につけその下は全裸の美少女が眉根を寄せてこちらを睨んでいる。あのまま勝手に出歩かれて兵士にでも見つかられたら困るので、半ば無理矢理抱えて逃げてきたのだ。

 俺はその少女を横目で見ながら、ふっと笑みを漏らした。


「確かに兵士に見つかったのは俺のせいだ。だがあんなものを見せられて大王陛下万歳と言わない男がいるだろうか!」


 小声で叫びながら、その額にびしっと指をつきつける。そして片手の甲で鬱陶しげにぺしっと払いのけられた。


「普通の人間が大王陛下万歳と叫ぶのは大王を讃える時だけだろう」

「それはそーかもしれないがそんな事はどうでもいいんだ! これの前にはそんな事はどうでもいい!」


 座り込み、おもむろにローブの裾を両手でがばっと捲り上げ中に頭を突っ込む。


「血で汚れた漆黒のローブとそれを身に纏ったまだ幼さの残る美少女! およそ世界の常識では結びつかないアンビバレンスな両者が織り成す魔性の色気! 更にはそこから覗く白く細くハリのある脚線の根元はなんとまだ毛がふごっ!」


 鼻の頭に硬い物が捻じ込まれ、喉の奥に鮮烈な血の味が広がった。暗くてよく見えなかったが、恐らく膝を叩き込まれたのだろう。豚のような嗚咽を漏らしながら地面をのた打ち回る。


「……今までさほど気にした事はなかったからわからんが、貴様に見られるのは特別癪に障る気がする」

「何だと……この後に及んで羞恥心。幼い少女に訪れた初めての性の芽生えとか、まだ戦闘力が上がるってのか……!」


 立ち上がった瞬間、真っ直ぐ伸びてきた踵が鳩尾に突き刺さり、鼻から血の塊を噴出して再び地面を転げまわった。少女は蔑んだ目を一度俺に向け、背を向けて町の中心に向かって歩き出す。


「あ、おーい待って待ってー!」


 腹を摩りながら立ち上がりその背を追った。追ってくる俺の気配を感じたのか、少女は振り返らず無言のまま露骨に足早に遠退く。それを追ってこちらも足を速めると、それよりも更に。


「待ってってさー、えーっと……名前なんてーの?」


 だがまぁ、体格が全く違えば歩幅も違う。意地でも張っているのか、俺相手に走って逃げるつもりはないようで、振り切れないと悟った少女は速度を緩める。


「……貴様の好きに呼べばいい」

「あ、じゃあさ『貧乳』と『美脚』と『痴女』と『生えてない』どれがいい?」

「今の言葉は撤回する。貴様は二度と私を呼ぶな」


 横顔にも声色にも現れていないが、ぎりりと力強く握られた小さな拳の甲に薄らと血管が浮き出ている辺りに多大な怒りを堪えているのが見て取れる。たぶんなんとなくわかっているのだろう。まともに相手をしたら負けだという事を。


「それでさ貧ちゃん」

「呼ぶなと言ったのが聞こえなかったのか」

「痴ーちゃんはどうしてこんなとこいんの?」

「呼び方を変えろと言ったわけではない。何処となりに消え失せて二度と私に関わるなと言ってるんだ」

「おぉ、はっちゃん怒った顔も可愛いねぇ」


 かけられる言葉も向けられる感情も全てオールスルーしていると、少女は不意に立ち止まり、大きく溜息をついて振り返った。普通なら怒り一色に染まっているはずのその顔は、むしろ当惑の色が濃く自分で自分がどう思っているのかわかっていないように見て取れた。

 自らの恥部を他人に晒して顔色一つ変えなかった事から予想はついていたが、恐らくはあまり人と関わらずに生きてきたのだろう。彼女には感情の表現方法がよくわかっていないのだ。どこのお嬢様だかは知らないが、かなり浮世離れした生活を送ってきたと見える。


「……黒と呼べ。この前会った奴はそう呼んでいた」

「えー、でも」

「呼べ」


 苛立ちをぶつけるような強い語気。これ以上遊んでこじらせても仕方ない。底の無い闇のような瞳から目を逸らす。少女はそのまましばらくこちらを睨んでいたが、また視線を前に戻して歩き始めた。


「んで、くーちゃんは一体何しにこんな誰もいない町にいんの? 逃げ遅れ?」

「……道案内をさせた相手が行き先を間違えたんだ」


 その呼び方にまだ納得しかねるものを感じたのか、少女は一泊遅れてそう答えた。その回答に俺はぷっと吹き出す。


「あっははは、ばっかでー。こんなご時世に行き先も確認しないとかどんだけ世間知らげふぅ」


 どうやら感情表現の方法として口ではなく手を出す事を思いついたらしく、少女のローブの下から伸びた爪先が脇腹に突き刺さり、俺は腹を押さえ奇声を発しながら地面をのたうつ。


「お、お腹はやめて……産めなくなっちゃう……」

「貴様は男だろう」

「うぐぅ、痛い所を……あ、そっちは今の時間見回りの兵士さんがいるから通っちゃ駄目よ。町からつまみ出されちまうからね」


 よろよろと立ち上がりながら大通りに出ようとした少女に注意すると、少女はぴたりと脚を止め、振り向いた。その目には今までと違い、色濃い警戒の色を浮かべている。


「そう言う貴様こそ何者だ。誰もいない、戦地のすぐ隣の町で兵士の動向まで把握して何を企んでいる」


 ただ振り向いただけに見えて、その実は重心をやや後ろに残しこちらから見える面積を減らすために体を斜に構えている。まだ子供に見えて、中々に場数を踏んでいるようだ。

 脇腹から手を離し、はぁと溜息をつく。まぁ、こんな所で(自分で言うのも何だが)不審な男に会えばそうなるだろう。むしろ逃走後でゴタゴタしてたのを踏まえても遅かったくらいだ。

 視線を少女に向けると、見た目はそのまま僅かに重心が落ちた。下手な事を言えばその瞬間に蹴りが跳んできそうだ。瞼を閉じ、ふふふと笑いを漏らす。


「それはほぅら! 見ての通り!」


 そして商売道具の詰まった鞄を開き、その中身の剣や槍(嵩張るので穂先のみ)、弓や投擲用のナイフを曝け出す。

 少女は、ぐっと右手の親指を天に向けて立て歯を見せて笑う俺の姿と、その鞄の中身を何度か見比べて口を開いた。


「家を無くし家族からも捨てられて行き場を無くした浮浪者か」

「あれぇ?!」


 あまりにもあんまりな言葉に気が抜けて、ずるっと足元が滑り大事な鞄の中身を地面にぶちまけた。

書きやすいと思ったら今度は勝手に暴走を始めてまともに進んでくれません

どうしたらいいの……

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