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勇者の旅は終わらずに  作者: ネキア
第2話
13/35

大陸南西、国境の町及び町付近の森にて:終

※重要な事項が抜けているのに気付き、慌てて追加

「それはこっちの台詞だこの馬鹿! ふざけんな! お前どうしてこんな所に残ってるんだよ!」


 肩を掴む指の力を強めながら、怒気混じりの叫びでがなり立てる。何もかもが余りに唐突すぎて頭が回らず、目と口を開けて呆けてしまう。彼はそんなあたしの様子を見ているのかいないのか、まるで構わず言葉を続ける。


「前から苛つく奴だけど馬鹿じゃないと思ってた。でも間違いだったよこの馬鹿! お前が馬鹿な事をしてるせいでどれだけ他人に心配と迷惑かけたと思ってんだ! わかってんのか!」


 相も変わらず、自分の言いたいことだけ言ってきてくれる。その見るからに思慮の浅そうな顔と言葉に、ほんのついさっきまでまるで違うタイプの人間と話をしていたせいで感じていた戸惑いと違和感が少しずつ薄れていく。

 ……と、同時に胸中に込み上げてくるどろりとした赤黒い感情。


「おい! 聴いてんのかよこの馬鹿女!」

「うっさいわねこのバカ! あたしが何処で何をしようとあんたには何の関係もないでしょ!」


 見知らぬ他人。尋常ならざる強さ。現実離れした美しさ。等等、黒さんの発する近寄り難い空気から身を護るために貼り付けていた外面が全て剥がれ落ち、本来の自分の地が顔を出し、胸中の苛立ちをそのまま目の前の相手に吐き出した。


「だいたい人の事バカバカバカバカ連呼して、あんたそれしか語彙がないの?! バカはそっちでしょ!」

「お前を構成する要素が馬鹿しかないんだからそう言うしかないだろこの馬鹿! いいから、もう行くぞ! 来い!」

「やめてよ! 離して!」


 肩を掴む腕を振り払い、胸元を両手で突き飛ばす。久しぶりの大声に微かな喉の痛みと息切れを感じながら、目の前で険しい顔をしているそいつを睨み返した。


「勝手な事言わないでよ! あたしはあたしの考えでここにいるの! あたしがバカかどうかはあたしが決める! あたしが何を思ってるかなんて知らないくせに、無関係のあんたが口出ししないで!」


 つい先刻に言われた言葉を交え、思いの丈を全て吐き散らし、じっと瞳を見つめる。何か言えるなら言い返してみろ。そう目で訴えた。

 その私の視線に対し、彼は……。


「五月蝿ぇ!」


 たった四文字で、こちらの主張を全否定してきた。

 ただの勢いと声量に任せた、論理も筋も何も無いただの怒声に思わず体が強張り、腕を掴まれるのに抵抗するのを忘れた。


「お前が何考えてるかなんて知らねぇよ! 知るつもりもないし知りたくもない!」


 強く掴まれた腕が熱い。鋭くぎらつく眼が怖くて顔を伏せる。

 混乱していた。今までこんな口喧嘩なんて何度もしてきたはずなのに、どうしてか体が竦んで、震えて、言葉が支えて何も出てこない。いや、そもそも口にする言葉が浮かばない。

 何がなんだかわからない。でも、一つだけわかった。目の前の彼が、初めてあたしに対して本気で怒っているという事。それだけはなんとか理解できた。

 彼が腕を掴んだまま詰め寄ってくる。反射的に後ろに下がるが、背中が扉にあたりそれ以上逃げられない。彼は血走らせた目で宙を泳ぐあたしの視線を捉えると同時に、その口を開いた。


「どうして俺がこんな所にいるかって聞いたな。お前、それがどうしてかわかるか?」


 押し殺したような静かな声に、ふるふると弱々しく首を横に振った。


「昨日の夕方頃、この町の連中が俺の村に着いた。お前も知っての通り、町の端が戦場になるから。まず勝てないだろうって事でな、俺の親父や村の大人達と話し合って一緒に逃げ出す事にしたんだ」


 彼は言いながら苦渋に満ちた表情を浮かべる。だが、それが何だと言うんだ。自分は故郷を捨てる決断をしたからお前もそうしろとでも言うつもりか?

 もしそうなら聞く意味なんかない。彼自身の故郷の価値と私自身の故郷の価値は違うのだから、そんな的外れな指摘を聞く必要などどこにもない。


「出発の用意が終わって、さぁ出発するぞって時だった。道中で怪我したらしい人が起きて騒ぎ出してたんだ。何でも、いきなり集団から飛び出して道を戻ろうとして大兎に襲われたらしい」


 掴まれてる腕を引く。指がしっかりと絡まっており、抜けそうにない。振り払おうと自由な方の手を伸ばす。


「怪我事態は大した事なかったらしいけど少し血を流しすぎて丸一日寝てたそうだ。その人をなんとか落ち着かせて話を聞いてみたらその人が言ったんだよ。一人足りない。きっと両親の眠っているあの町に戻ったんだ。頼むから迎えに行かせてくれってな」


 ぴたり、と意図せず動きが止まった。

 何故だろう。何か、気に掛かる事を聞いた気がする。わからないけど、何か重要な事を。

 腕を下ろし、口を開く。


「ここに」


 喉から漏れた酷く掠れた声に驚き、一度唾を飲んだ。


「っ……あたしの他に誰かいるっていうの?」

「こんな危ないところに戻る馬鹿、お前以外にいるか」


 疑念が確信に変わっていく。でも、そんなはずはない。あるはずないんだ。


「嘘言わないでよ。あたしのためにそんな事する人いないわ」

「それ、本気で言ってるのか」

「そうよ。だってあたしの家族は、両親はもう……」


 言葉の途中で、腕の拘束が解かれた。変わりに、両手で襟元を掴み上げられる。

 思わず悲鳴を上げそうになった。殊更近付いた彼の顔が、先程よりも更に強い憤怒の色に染まっていたから。

 耐えるように奥歯を噛み締め軋む音を立てながら、彼ができる限り感情を押し殺そうとした、それでも隠し切れない怒りを込めた声が響く。


「嘘つくなってのはこっちの台詞だ。お前にはもう頭ん中に浮かんでる顔があるだろう」


 どくんと心臓が跳ね上がる。

 違う。違う。

 自惚れるな。そんな事はありえない。


「嘘。あたしなんかをそんな風に思うはずない。だって、あの人があたしを気にかけるのはそれが仕事だから――」


 頬に衝撃が走る。何が起こったのかわからず視線を泳がせ、彼の右手が襟元を離れ開かれているのを見てようやく横面をはたかれたのだと気付いた。


「ふざけるなよ。あの人は立ってるのもやっとの体で俺達に言ったんだ。『一緒にきてくれなんて贅沢は言わない。自分一人でも行かせてくれ。私の大事な娘なんだ』って」


 叩かれた頬を押さえる。さほど強く叩かれたわけでもないので痛みはなく、ただじんとした熱さが残っている。

 なんとか堪えようと、掌で何度か頬を摩った。だけど、どうにも無理だ。


「お前、あの人の前でもさっきの言葉が言えるのか? お前の抱えてる理由ってのは、お前をそこまで大切に思ってくれてる人の思いを踏み躙るほどの価値が――」

「ない」


 言葉を遮ると同時に、顔に添えた手が熱い液体で濡れた。顔を隠すように俯くと、ぐしゃぐしゃに歪んだ視界の中で零れ落ちた雫が地面に濡れた痕を残す。

 体の奥底から込み上げてくる物が、目から溢れて止まらない。

 ――自分が馬鹿なのかどうかくらい自分で決めろ。

 あの人が今、耳元で囁いたような気がして、あたしは鼻水を啜り上げながらそれに答えた。


「あたし、馬鹿だった。ごめんなさい」


 目から込み上げる涙で視界が見づらくて嫌。

 鼻を啜る音が五月蝿くて不快。

 止まらない嗚咽で息苦しい。

 こんなみっともない顔を嫌な奴に見られて恥ずかしい。

 でも、それ以上に人の思いを踏み躙った自分の行いで、胸が痛くて堪らない。

 あたしは、馬鹿だ。どうしようもない。

 あたしを引き取って育ってくれた神父様を、自分の事を家族だと思っていてくれた人を何の躊躇もなく裏切った。あの人そんな事を思っているなんて、考えもしなかった。そんな人間が、どうして両親があたしを思っていてくれたのかわかるはずがない。馬鹿丸出しだ。

 そんな姿を見られたくなくて、顔を覆う手と逆の手で目の前のそいつを弱々しく押し返そうとした。でも、そいつはあたしの意志に抗うように、逆に手を振り払い、片手をあたしの首に回して自分の体に引き寄せた。


「わかったならもう言わないし、近くて何も見えないから。しばらくこうしてろ」


 あいつは自分の胸をあたしに押し当てながらそう言った。

 やっぱり、こいつは嫌いだ。人の嫌がる事を平気でする。

 瞳からまた涙が零れるのを感じながら、あたしはそれを押さえつけるように、両手を彼の背中に回した。









「おー、見つけたか」

「あぁ」


 しばらくして、村の入り口で馬車の番をしている彼の父親の元へ連れて行かれた。彼の父は以前見た時と変わりなく、逞しい体付きをした人相の悪い、でも不思議と人の良さそうな空気を纏っていた。

 ……が、重要なのはそこではなく、あたしはそれを見て顎が外れるほど口をだらしなく開いていた。


「手なんか繋いじまって、随分仲良しなとこ見せ付けてくれるぜまったく」

「五月蝿ぇよ。また勝手にどっか行かれたら困るだろ」


 そんなあたしの様子には気付いていないのか、気付いていて知らん振りをしているのか、二人は普通に会話をしている。横にいるそれとは全く似つかわしくないごく普通の親子の会話だった。

 とそこであたしの様子に気付いたらしく、彼の父が怪訝な顔をする。


「どうした?」


 続いて、彼もこちらに目を向け、それと同時にあぁ、と声を上げた。


「馬の事だろ」

「あー、まぁ珍しいからな。俺も始めて見たし」

「いやいや」


 暢気な声を聞いてようやく頭が周り始める。軽い眩暈すら覚えながら、なんとか目の前のその馬……というよりも、その一点を指差して、口を開く。


「珍しいって言うか、あの、その……それ、魔獣じゃないですか」


 指差した先、その白馬の頭部には、立派な一本の角が生えていた。

 一角獣(ユニコーン)。魔王が降り立つ前には神として崇める村もあったと言われる希少な魔獣。脚力は通常の馬の十数倍に及び、その角で水流や雷雲をも操ると言われている極めて強力な怪物だ。

 その怪物が、目の前で馬車に繋がれて気だるそうに干し草を食べている。何が何だかわからない。


「いや、俺らも驚いたけどな。勝手に走り出したこの馬鹿追いかけて、なんとかあのあんちゃんに追いついて事情を話した馬から角が生えてくるんだもん」

「おい親父、余計な事まで言うなよ」


 あのあんちゃん……というのはもしかして、黒さんを迎えに来た若い男の人の事だろうか。魔獣をこうまで飼いならすなんて、一体あの男の人は……いや。


「あなたは、何者なんですか黒さん……」


 ぼそりと呟く言葉に応えるかのように、角の生えた白馬は大きく嘶いた。

ようやく2話終わり。前座が終わってようやく話が進み始める頃かと思いきや3話もそこまで重要な話じゃなかった事に気付き愕然とするのであった。

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