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勇者の旅は終わらずに  作者: ネキア
第2話
11/35

大陸南西、国境の町及び町付近の森にて:4

※微妙にいやらしい描写が入ります

※誤字修正

「……と、このような言語による意思疎通の不備を相手に伝える際に主に用いると言われている」

「それ、叩かないでただ口で言うだけじゃ駄目なんですか?」

「知らん」


 そう言って黒さんは手に持った『はりせん』をぽいと窓から投げ捨てた。

 大陸外から伝えられた謎の祭具によって盛大に叩かれた頭を手で摩る。音の割には痛くなかったが、快音と衝撃ですっかり眠気が全部吹っ飛んでしまった。


「大体、違うってどういうことですか。あの近くの村なんて言っても、一番近くて街道を馬車で丸三日、徒歩なら五日か六日はかかるくらい遠くにしかないはずなんですけど」 

「恐らくはその村だな」

「……そういえば聞き忘れてたんですけど、一体どのくらい森の中で迷ってたんですか?」

「迷ってなどいない。目的地を見失ったまま7日ほど歩いていただけだ」


 恐る恐ると尋ねた問いに、腕を組んだまま自信満々で即答する。


「道から外れてそれじゃ実質ほぼ最短距離をまっすぐ向かって来てるじゃないですか。戻る気全然ないでしょ」

「自分一人の状況で己の確信を疑う事ほど愚かしい事はない」


 頑固すぎる。彼女は省みるという言葉を聞いた事がないのではないかと思えるほど凄まじく頑なだ。一切迷いの無い目で(道には迷うくせに)凛と立つ黒さんの前で、あたしは小さく溜息をついた。


「それでもちょっとはおかしいかなぁ、とか思ってくださいよ。最初に言ってくれれば気付いたかもしれなかったのに」

「何を言うか」


 と、黒さんが不機嫌そうにふんと鼻を鳴らし、こちらを指差して口を開く。


「たとえ多少道が遠くとも、じきに戦場になるという場所に、野犬に追い立てられて泣いている弱々しい小娘が一人きりで戻ろうとしていると思うほうがおかしいだろう」

「っ」


 どきり、と心臓が跳ね上がったような気がして、息を呑んだ。黒さんは指を下ろし、冷ややかな目でこちらを見たまま、言葉を続ける。


「ここは国境の町だろう。西と睨みあいを続けている……いや、もう始まってるようだな。侵入者への警戒か、夜中に兵士が目をぎらつかせて町中を回っていた。そんな場所に、いくら腕が立つと言っても自分よりも小柄な女に対して、本当にそこでいいのかと問いもなしに戦地まで連れてくるお前がどうかしているのだ」


 言葉が何も出てこない。頭の中にすら浮かばずに、返す言葉がまるで無い。

 それは、確かに……いや、考えるまでもなく正論だった。道に迷ってようやく出会った人間が戦場まで道案内をしたら、それはもう殴られても文句は言えないだろう。

 そんな事は考えなくてもわかるはずだ。道案内を頼まれた時に真っ先に言うべき事のはず。

 呆然と立ち尽くすあたしの前で、黒さんは呆れたように溜息をつく。


「随分余裕の無い顔をしていると思った。あの犬に襲われたせいかと思っていたが、違ったようだな。いよいよもって戦の幕が上がり、故郷の危機に冷静さを欠いていたというわけか」


 そう言って踵を返し、こちらに背を向けた。

 あ、と反射的に(何かを言えるわけでもないのに)声を掛けようとした所を、黒さんの声が制する。


「何はともあれ、これからどうするにせよ水と食料が必要だ。町の様子を見るついでに集めてくる。お前はその間に少しは落ち着きを取り戻しておけ」


 そう言い残し、黒さんは足早に去っていった。

 伸ばしかけた手を胸に抱き、それから足の震えを思い出してベッドに腰掛け、勢いのまま横になる。


「少しは落ち着け、か……」


 そうは言われても、これ以上は少し難しい。だって、正面からあれだけはっきりとぶつけられたら嫌でも落ち着かざるを得ない。

 誰にも迷惑をかけなければ大丈夫。そう思っていた矢先のこの自分の有様に、胸の内で渦巻く自己嫌悪を吐き出すように大きく息を吐いた。








 寝てる間に運び込まれたのはあたしが住んでいた教会だったようだ。おかげで置いてきた水や食物の場所、着替えを置いてある場所等、何が何処にあるかで困る事はなかった。また、日が落ちて暗くなっても蝋燭を灯さずに歩く事もできる。誰もいないはずの町で明かりを灯すわけにはいかないから、これは随分助かった。他の家に運ばれてたら、暗くなってから慌てておっかなびっくり夜闇と兵士に気をつけながら教会まで歩く羽目になる所だった。

 まぁ、つまりはとにかく便利でよかったという事。暗闇の中、しけったパンを明かりが漏れないようにびくつきながら沸かしたお湯で流し込み、温まった吐息を漏らして、そして呟いた。


「遅い……」


 『少し町の様子を見てくる』。そう言って出て行って、まぁ直ぐ戻ってくるとは思わなかったが、まさか日が落ちるとも思っていなかった。普段であれば外に探しに出ている所だが、外を見回っているという兵士に見つからないように、また帰ってきた時に行き違いにならないように、ここでじっと待っているしかない。暗闇の中ただ待つしかないという状況に、つい不安が脳裏を過ぎる。

 まさかまた道に迷ったんじゃないか。

 兵士に見つかって不審者扱いされて捕まったんじゃないか。

 はたまたあの容姿、妙な男に目を付けられ、連れ去られてその肢体を……。


「……後ろ二つはないか」


 凶暴な野犬を一方的に撲殺した勇姿が、身なりの汚い小太りの男に黒いローブを剥ぎ取られ両手を押さえられながらも、きっと強く相手を睨み、しかし目尻に滲んだ涙を隠せずにいる黒さんの姿を頭から叩き出す。

 どうせまた町の中で迷ったに違いない。間違いない。

 そんな失礼ではあるものの正直仕方ないと思える妄想をしていると、外から誰かの足音がした。音からして、鎧を着込んだ兵士ではない。

 それでも細心の注意を払い、扉を少しだけ開けて外を覗き見る。両脇に荷物を抱えたような小柄な人影が道の真ん中を歩いているのが目に入った。


「誰かに見つかるとか考えないのかな……」


 何はともあれ、扉を開けて手を振り、おーいと声を掛けようとして、固まった。その隙に、微かな月明かりに照らされるその人影……やはり黒さんだった……はこちらの姿に気付き、薄ら暗い中であたしの顔をじっと見つめてきた。


「ふむ、少しは落ち着いたようだな」


 黒さんが脇に抱えていた荷物を手渡してくる。反射的にそれを受け取るが、未だに頭はまるで働かない。

 そんなあたしの様子に気付いたのか、黒さんは怪訝そうな表情を浮かべ、申し訳程度に膨らんだ薄らとあばらの浮き上がる胸板の前で組み、首を傾げた。


「どうした?」

「こっちの台詞ですよ! なんで全裸なんですか?!」


 思わず叫びながら視線を逸らす。

 まずい。妙な趣味に目覚めそうだ。月明かりに照らされて全身余すところなく真っ白なのを見てしまった。いや、黒と白以外にも胸元に二つだけ薄桃色に色づいている部分があるのを見てしまった。

 とにかく血の気が昇っているのを気付かれぬよう、必死に背を向けてしゃがみこみ、両手で顔を隠した。


「いや何、服が余りにも血の臭いが酷くてな。兵士には気付かれなかったが不審者に見つかってしまった。不味いと思って帰り道に川で濯いできたが、もう駄目だなこれは」


 言われて気付いたが、渡された荷物の中に湿った黒い布が一枚入っている。言われてみれば確かにまだ血の臭いがする。


「だ、だからって裸……え?! というかこれの下何も着てなかったんですか?! これ一枚?!」

「丈の合うのがそれしかなかったからな」

「変態じゃないですか!」

「失礼な事を言うな。私は倒錯した性的思考によって服を着ていないわけではない。よって健常だ」


 思わず振り返った隙に、両手を腰に当てて胸を張っているのを見てしまい、鼻から何かが込み上げそうになるのを必死に耐えた。


「あぁもう、とにかく入ってください! あたしの服持ってきますから!」

「黒くない服は着んぞ」

「何ですかその大雑把な拘り?!」


 急いで中に駆け込み、衣装棚を漁る。元々黒い服など数えるほどしか持ってなかったし、そもそもここを発つときに怪しまれないよう私物はほとんど荷馬車に詰め込んでしまった。そう都合よく黒い服なんて……。


「あった!」


 その都合の良い服を掴み、急ぎ黒さんの下へ駆ける。あたしのベッドの上で全裸で寛いでいるその姿を出来るだけ見ないようにしながらそれを突きつけた。


「これは修道服ではないか。襟元に白い部分があるし私はこの教会の信徒ではないぞ」

「そんなのフード下ろしとけば見えませんから! いいからはやく着てください! あと下着も持ってきましたからこれも!」

「黒くないぞ」

「どうせ外から見えないんだから気にしない!」

「どうせ見えないなら穿かずともよかろう」

「うるさい!」


 細かい理屈を全部置き去りに、有無を言わさず力技で言い聞かせる。黒さんは不満そうな声でいくつか文句を言いながらも、『恩を受ける側なら多少の妥協は仕方が無いか』と呟き、気が乗らないといった風にのろのろと着替えた。


「……以前のローブに比べたら動きづらいが、仕方ないか」


 口ではそう言っているが、実際は動きづらさよりも首元の白い布地のほうが気になっているのが態度から見え透いている。

 ようやく刺激の少ない格好になって直視できるようになったが、修道服を着た黒さんはそれはそれでまた別の意味で見づらくもあった。(くだらない事情にとはいえ)憂いを秘めたその顔は、下手な神像よりも神々しく、思わず跪いて両手を合わせたくなる。


「それで、黒さんはどうするんですか?」


 わなわなと震える両手を腰の後ろで組んで誘惑に耐えながらそう告げた。


「少し戦場に侵入して様子を見てきたが、既に戦が始まっているようだ。向こうの村へも報せが入っている頃だろうし、連れが迎えに来るのをここで待つ」


 そこで、黒さんが一人旅をしていたわけではない事を知る。……何故だか、凄く嫌そうな苦々しい顔で溜息をついているのが気になるが。


「さて、それよりだ」


 首元の布地を隠すのを諦めた黒さんが、すっと視線をあたしに向けた。反射的にごくりと喉が鳴る。


「お前はどうして、今まだこの町にいる? 何故出て行かない……いや、出て行きながら戻ってきた?」


 とうとう訊かれた。答えたくない事を、答えなくてはならない事を。

 言えばきっと馬鹿だと思われるだろう。自分でも馬鹿な事をしてる自覚があるのだから、他人から見ればそれ以上に馬鹿げて見えるに違いない。

 視線を避けるように、天井を仰ぎ、瞼を下ろす。このまま黙っていれば、その内気が変わってしまわないか? 元からそこまで気になっている様子でもない。多分、天井のシミでも数えている内にどうでもよくなるだろう。


「あたしの、父さんと母さん。この町で生まれたんです」


 だから、そうならない内に語りだす。

 馬鹿な自分の都合で人を巻き込んでしまった馬鹿の、最低限果たすべき責任のため。


「それで、この町で死んだんです。あたしが生まれた時に」

本筋をスムーズに進める能力を誰かください

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