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蒼のプーペ 生きる人形 彼女の最後の主

作者: 小埜我生
掲載日:2026/06/16

かつてとある国に一人の人形師がいた。

彼は貧しくとも優れた業を持ち、数々の美しい人形達を生み出した。

そんな彼は顧客であった侯爵令嬢と恋に落ちた。

当然、平民と貴族の恋など認められるはずもなく令嬢は他国の公爵家へと嫁ぐ事になった。


人形師である彼に出来るのは人形を贈ることだけ。

飲まず、喰わず、命を削り作られた五体の娘達。

蒼、赤、緑、黄、白の瞳とそれぞれの色のドレスで彩られた人形は令嬢の元に贈られた。


誰もがその人形に目を奪われた。

美しい見た目?─否。

1メートルほどの大きさ?─否。

華美なドレスや装飾?─否。


彼女達はプーペと呼ばれ『生きている』からだ。


食事は必要ないが動き、喋り、眠る。

贈られた令嬢は最初は驚いたが彼女達を大層可愛がり愛でた。

結ばれる事こそ出来なかった想い人の愛そのものなのだから。


周囲は恐れる者、気味悪がる者、興味を持つ者と様々だったが老いず神秘的な美しさを持つプーペに次第に惹かれていった。

けれど彼女達は主しか愛さない。彼女の夫にすら冷たい態度だ。

常に令嬢の側に侍り、それ以外の時は眠っている。


「おはようプーペ」

主のその言葉がなければ彼女達はただの人形に戻ってしまうのだ。


多くの者達が令嬢にプーぺを求めたがその全ては断られた。

彼女にとってプーペは彼との子供も同然なのだから当然と言えば当然。

作成者も既に亡くなっているそうで新しく作るのは不可能だそうだ。

しかし諦めの悪い者達は少なくなくその熱が最高潮に達した時だった。

周辺国を巻き込んだ大戦が起こる。


さすがにそれどころでなく。令嬢も田舎に疎開した。

彼女の夫も貴族として招集された。

政略結婚といえどその頃にはそれなりの関係を築いており、子供もいた。


どうか無事でという願いも空しく夫は戦死した。

未亡人となったが祖国も戦時下の為帰れず、夫の親戚を頼り、子を守った。

プーペを起こすことも減っていった。


やっと戦争が終わった頃に手元に残ったのは蒼のプーペのみだった。

子を守るためにお金に換えたり、盗まれたりと理由は様々だったが。


その後彼女は息子を当主として戦後の疲弊した国で必死に家を盛り立てた。

時折失ったプーぺ達を探したが結局見つからずじまい。

彼女が亡くなると様々な国でプーペの噂が広がった。

主を亡くしたため眠っていたプーペが自身の意思で動き出したと蒼は語った。

新たな主を探すために。




それから幾星霜。

蒼のプーペは最初の主を先祖に持つフラシア公爵家に所蔵されていた。

主はいなかった。

彼女の死後、その息子や孫と主は何代も変わったがそのほとんどは家族同然として扱ってくれた。

しかしそれも長い時を経て家族から物珍しいただの人形として扱われた。


現当主夫妻にいたっては動く人形など気持ち悪いと近づく事を嫌い別棟に閉じ込めた。

それでも手放さなかったのはプーペの貴重さは理解していたからだ。


「退屈だわ」

蒼のプーペは己のベットで寝転がりながらそう呟いた。

この屋敷は彼女を閉じ込める為の檻。

人と違って食事や入浴などは必要ないがほこりや服などの身だしなみは最低限整える必要がある、為週に一度ほどは使用人が訪れるがそれ以外はこの屋敷はとても静かなものだった。


防犯の為と出入り口には鍵を外からかけられ。

外へは一切出れなくされて。


屋敷内は好きに動き回れるが本などもう読み飽きた。

せっかく着飾っても喜ぶ人もいない。

かつての主達を思い出しながら再び眠りにつこうかとしていた。


「うあああああああああああ」

耳を劈くほどの声が部屋へと響く。

驚いて彼女は身体を起こすが声の主は部屋にはいなかった。

廊下へと顔をだせばそこには幼子が一人床に座り込んでいた。


「童こんな所で何を泣いておるのだ」


「う、う、うああああああああああ」

子供の相手など長いことしておらず彼女は戸惑った。


「こ、これ、泣くな泣くな」

彼女は慌てたように抱きしめ子の背中を軽く叩き落ち着かせる様に声をかけた。

かつての主が子にしていた姿を思い出しながら。


しばらくすると子は落ち着いたのか泣き疲れたのか眠そうにし始めた。

慌てて自室のベットへと連れて行き、寝かせる。

さすがに抱えるなど彼女には出来ない。


目元を赤くして眠りについた幼子は彼女の手元の裾を掴んだまま寝てしまった。

わざわざ起こすのも可哀想かと彼女はそのまま側に座る。

子の眠った顔を眺めながら。


朝日が昇った頃屋敷の扉が開く音がする。

今日は掃除の日だったか?と彼女は思ったがどうやらそうではないらしい。


ガチャ

ノックもなく部屋にツカツカと入ってきたメイドはテーブルにバンッと持ってきたトレーを置いた。

幼子は起きなくてホッとしたがあまりな態度に彼女は苛立ちを覚えた。

そもそも寝室に許可無く入ってくるなど使用人としてありえない。


「無礼者」


「え?」

メイドは声に驚いたようでこちらを振り返った。


「ここは妾の寝室ぞ。その無礼な態度どういうつもりか」


「え、人形がしゃべっ「黙れ。余計な発言は許しておらぬ」

メイドは彼女の威圧感に黙ってしまった。

どうやらここがプーペの部屋だとは知らなかった様子。つまりは幼子の関係者だろう。


「この童の世話係か?」


「い、いえ」


「・・・何故この子はここに?」

メイドが語ったのは何とも不愉快なものだった。


幼子の名は、アレフレド・フラシア。このフラシア公爵家の次男にあたるそうだ。

彼女は驚いた。

たしかに面影は現当主にどことなく似ている。だがそこにではない。

公爵家の子にも関わらず身体は細く、人形の彼女より着古した服だったからだ。


その姿はかつて最初の主とともに戦火を逃れる為、旅したときの彼女の子を思い出させた。

何故そんな扱いをと問えばメイドは言葉を詰まらせた。

しかし彼女が睨めば観念したように話し出した。


アレフレドは出生時の難産が原因で右目と右耳が使えないそうだ。

公爵家の子が障害を持っているなど体裁が悪いと思ったこの子の両親は別棟に隔離することを決定したそうだ。

昨夜突然ここに連れてきて部屋に放置したらしい。

食事はメイドなどが運ぶがそれ以外の世話は最低限しかしないつもりのようだ。


「ここなら泣いてもいるのは妾だけか」

あまりに非道。昨夜泣いていたのは当然だ。

夜に突然知らない場所に一人置かれるなんて幼子にはさぞ恐怖だっただろう。

あの泣き声は助けを求めていたのだ。


「ならばこの子は妾がもらってやる」

その日彼女は新たな主を得た。




「アレフ!また夜更かししたな!」


「い、いや。ちょっとだけだよ、本の続きが」


「それを夜更かしと言うのじゃ!」

あれから時が経ちアレフレドは、十五歳に成長していた。

目と耳は相変わらずだがちゃんとした生活を促す彼女のおかげもあってか体格は年相応に成長していた。


すでに彼の身長は彼女を優に超していたが幼き頃から母や姉の様な存在の彼女には今だ頭が上がらないようだ。

別棟の屋敷に閉じ込められた生活だがそれは彼にとって苦しいものではなかった。

彼女にとっても。


常に彼を忌々しげに見つめる両親も冷たい使用人もここにはいない。

体温のない彼女だけが彼に暖かさを教えた。


彼は様々な事を彼女から学んだ。

礼儀やマナー、美味しいスープの作り方、山でのサバイバル術など貴族としての勉強からどこでいるのかという知識まで。


「なんでそんな色んな事に詳しいの?」

彼の素朴な質問だった。勉強などの知識だけでなく、食事すら必要としないのに彼女は人間の生活というものに詳しい。


「妾の主たちは家族だった。この身では分からずとも彼らとともに過ごした日々で学んだのじゃよ」

楽しそうにかつての主たちとの時間を彼女は語った。


「残されてさみしくなかったの?」


「・・・・今はアレフがいるからさみしくない」


「僕はずっと君の側にいるよ」

彼女はそれ以上何も言わなかった。



そんな日常は突然崩れた。

アレフをこの屋敷に押し込めてから一度として会おうとしなかった両親が屋敷を訪れた。

目的は彼ではなかった。


「その人形を王太子殿下かお望みだ」

うんざりとした表情だった。


「彼女は僕の家族ですッ!!」


「たかが人形を家族などと・・・やはり出来損ないか。はぁ、それはフラシア家の物だ」


「物扱いしないでください!!」


「まぁ、人形を物扱いなど当然でしょう?貴方それに取り憑かれでもしているんでなくて?」

久方ぶりの両親の冷たい視線。彼はかつて彼らの愛を求めた。存在すらしないものを。

唯一家族としていてくれ、在ってくれたのは彼女(プーペ)だけだった。


「とにかくそれをよこせ」


パシッ


当主が彼の背中の彼女へ伸ばしたがその手は振り払われた。


「汚い手で妾に触れるな下郎」


「なっ、人形ごときが。だいたい貴様は我が家に仕えているのだろうが!従え!!」


「ふふっ、仕えるとは面白いことを言うものだ。妾は仕えぬ、ただ主の側にいるだけそれが(人形師)の願い。それも理解出来ぬのにアレフを、我が主を出来損ないなどととは・・・ふふふ、公爵殿は本当に『優秀』な方だ」


「黙れ!!・・・もういい、おい!さっさと連れて行け!」

側に控えていた騎士が彼らににじり寄る。


「来るな!」

彼が手をかざすと騎士の間に見えない壁が出来た。


「これは・・・公爵様、ご子息様が結界を張られたようです」


「魔法が使えたのか?」

それはとても綺麗な術式の結界だった。

この国の貴族は魔力を有している者はそれなりにいるが行使出来るのは限られており、彼が使った結界はかなり高度なものに分類される。

魔法のしかも結界を行使できる者は貴族の中でも僅かだ。

そんな事を出来損ないのましてや碌な教育すら施さなかった存在が使えるなど。

公爵は目の前の事実に固まってしまった。



「彼女に教えて貰ったんだ」


「アレフが真面目で努力も惜しまないからよ。妾はきっかけにすぎぬ。とても『優秀』な生徒だったわ」


「ッ!!」

彼女からの分かりやすい挑発と嫌味に公爵は耳まで赤く激昂してしまった。


「他の者を連れてこい!!あの人形を傷つけなければあのゴミなどどうなってもいい!!さっさとしろ!!」


その後複数の騎士が結界への攻撃を始めた。

攻撃が届くことはなかったが防戦一方で徐々に押される。


「アレフ、妾の事はいいから逃げよ」


「嫌だ!!」

それはアレフが彼女に対して初めての反抗だった。


「・・・主に残されるのはもう嫌じゃ」


「でもっ!!・・・僕は・・・「いい加減にしやがれ!!」


パリンッ


ついに結界が破られその刃は再度結界を発動させようとしたアレフに向けられた。


「アレフ!!」


「うあぁぁぁぁぁぁぁ」


刃は身体を二つに裂いた。

アレフの叫び声が響く。腕の中には刃から彼をその身をもって守ったプーペがいた。


「何をしている!人形には傷を付けるなと言っただろうが!!」

献上予定のプーぺを傷どころか大きく壊してしまい公爵は慌てて騎士に詰め寄った。


「い、いえ、いきなり飛び込んで来たので」


「言い訳はいい!!どうするつもりだ!!」


無理に奪えと言ったのは公爵本人であるのに騎士のせいだと声を荒げた。

騎士もさすがに不味いと思ったのかもごもごと言い訳する。

そのせいで彼らは気付けなかった。

自分たちの足下で魔力が暴走していることに。


「ヒール、ヒール、ヒール」

アレフはプーペに意味が無いと分かっていても治癒魔法を何度もかけた。

しかし当然ながら傷は消えない。


「・・・妾は人形じゃ、それに父以外には直せない」


「でもっ、それじゃあ」


「良い、お主を守れたのじゃから満足よ」


「やだ、おねがい、ぼくを置いていかないで」

アレフは初めて彼女と出会った日と同じように大粒の涙を流した。


「ほんにお主は泣き虫だ・・・アレフに見送られてしあ・・わ・・せ」

プーペはそっとアレフの涙を拭い、そのまま手から力が失われダラリと垂れる。最後の表情はとても満足げだった。


彼女の瞳から生気が失われた。

アレフ以外はその変化に気付いていないのか未だ言い争っている。


「...........せいだ」


「あ?」

そこでやっと公爵はアレフに視線を移した。

しかしもう遅い。


「お前らのせいだ!!」


その日フラシア公爵家で魔力暴走による爆発が起こった。

近隣に飛び火するほどの爆発は王都に響きをたたった。

救援も空しくフラシア公爵夫妻、騎士数名は遺体で見つかり公爵の次男にいたっては遺体すら見つからなかった。

魔力暴走により粉々に砕け散ってしまったのだろう。


その場にいなかった嫡男と他使用人は軽度の怪我で救出された。


これは王国史に残るほどの魔力暴走の事故として記録された。




目が開かない。

これが微睡むという感覚なのだろうか。

妾は死んだのか。

生きる人形としてあまりに長い年月を生きてきた。

それが終わったことに悲しさよりもやっとと思ってしまった。


悲しんでいるであろう最後の主には申し訳なさはあるがこればかりは仕方ない。

父は愛した人の為に妾を含め姉妹達を作った。

自身の代わりにでもしたかったのかは分からない。


けれどその役目を終えても妾達は死ねない。

いや、正確には身体を壊せば死ねるのだろうが寿命はない。


最初の主が自身の子を、その子が更に自身の子をと見守ってと妾に最後に頼むのだ。

主の願いは叶えねばならない。

それは散り散りとなってしまった妹たちの代わりにも成さねば。


見送る度に何かが漏れて、心がすり減る。

いっそ最近の当主の方が都合が良いくらいだ。彼らは私を家族として扱わない。

ただの人形(モノ)としてたくさんの思い出を思い出す屋敷で眠るだけでいいから。


アレフとは思い出を作りすぎたな。孤独なあれにとって妾は姉であり母であり友だったのだろう。家族の真似事とはいえ過ごした時間は幸せであった。

終わりが恐ろしいほど。


アレフを見送ったらどうなってしまうのか。

育って(変わって)いく彼を喜ぶとともに変わらぬこの身体は恨めしく。


「妾を置いて行かないで」

そう投げかけてしまいそうなほど。

だから守って先に逝けたのは幸せなのだ。ともに生き、ともに老いたいなど過ぎた願いよ。





「........てよ」

誰かの声が聞こえる。


「お.........てよ」

遠いな。


「お願いだから、起きて!」

目を覚ませばそこには涙を流しながら妾を抱える男がいた。


「・・・ん?お主はアレフレドか?」

髪や瞳の色もかつてと違う。顔には大きな傷。

けれどその泣き顔には見覚えがあった。


妾が目を覚ましたことに男は言葉にならない声をあげ、さらに泣いてしまった。

何故再び起きたのかは分からないが今はそっと泣きつくアレフの頭をそっと撫でた。





「つまりアレフは妾を蘇らせるために人でなくなったと?」

やっと泣き止んだアレフに彼女は説明を求めた。

その内容はとんでもないものだった。


魔力暴走で爆発を起こした彼は気付けば彼女の身体を抱え異国に転移していた。

言葉も通じぬその地での生活は大変だったが彼の魔法の素質を見込まれ後の師匠にあたる人物に保護されたそうだ。


師事を受け入れたのは生活の為でなく彼女の為。

人形師はプーペの情報は残しておらず魔法は使われた形跡はあれど解析はこれまで不可能とされていた。

多くの人間が作成に試みたが、その全てが失敗に終わっている。

だからこそ奇跡の生きる人形なのだった。


作成、ましてや再び彼女を蘇らせるなど道標すらなかった。

けれど彼は諦めなかった。

それを彼女自身が望まない事も理解していたがそれでも諦めきれなかったのだ。


魔法を極め、その身体が人外になろうとも。

目的以外の全ては彼にとっては塵芥。

もとより全て彼女から教えられたものだから。


そうして数えきれない犠牲と途方もない時間を費やし再び彼女を取り戻したのだ。


「妾はもう主を失いたくないのだがなぁ」

彼女は呆れつつも再び会えたのは嬉しそうであった。


「大丈夫、僕はもう人の理から出ている。ずっと変わらず側にいるよ。もしもの時は君も道連れに死ぬと誓う・・・・だから僕と結婚してください」

差し出されたのは青い花束。

アレフは耳を赤くしてぷるぷると震えている。


彼女は驚いた。かつての幼子だった頃を思い出す。

照れる顔は変わらないなと笑みを浮かべ、差し出された花を受け取る。


「この花の名はブルースター。妾の真の名じゃ」


「え!?」

予想外の言葉に彼は驚きを隠せなかった。

それはそうだ。彼女の名は本人と父である人形師のみが知っている秘め事。

ブルースターの花言葉は「幸福な愛」と「信じ合う心」。

人形師が愛おしい人への想いを込めた名。

まさかその花を遠い未来でプーペがその想いとともに贈られるなどとは。


「妾とともに生きてくれるか?・・・旦那様」


蒼のプーペ・・・いや、ブルースターは最後の主を守り命を失った。

そして愛おしい旦那様を得て真の意味で再び生き返った。


これから彼らは二人で一つの存在としていつまでも・・・・・。

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