そんなことよりも、お腹がすきません?
「お腹がすきましたわ…」
学園の学食がタダであることを一番喜んでいるのは、この世で私であると言う自負がある。
「おばさま、Aランチを一つお願いしますわ!」
「あらあら、また来たのかい?お嬢ちゃんは、よく食べるね〜」
「この学食は何を食べてもおいしくて最高ですわ!」
「貴族の子は、ほとんど学食で食べないというのに」
「だからこそ、私が1日に何食食べてもお咎めなし!最高です!」
「まあ、そんだけ食べてくれればこちらとしても嬉しいよ。はい、Aランチお待ち」
「ありがとうございますわ!」
トロトロのオムライスとサラダの載ったプレートを受け取って、私は席に着いた。
ここは、王立の貴族学校。
稀に優秀な平民が通うこともあるけれど、それは本当にたまにのことだ。
基本的に、生徒は皆貴族。
その学園にある学食は、ティータイムで時々使われることもあるが、利用する人間はほとんどいない。
ありきたりな平民の食堂のようなものに通うなど、考えられないそうだ。
じゃあ、なんでそんなもの置いているのか。
それこそ知ったことではないが、令嬢であるヘンリエッタとしてはお菓子の城より素敵な場所だった。
だって、制限なくご飯が食べられるのだから!
「はあ〜、とろとろ…、うちの料理人として雇いたい…」
ヘンリエッタはオムライスを食べながら、今日も大満足だった。
ご令嬢というものは、少食で、体型をキープしながら優雅に食べるのが好まれるらしい。
とにかく食事にがっつくことなく、決まった量を食べる。
ヘンリエッタはというと、真逆と言っていいほど大食いである。
男性よりもよく食べ、1日5食をしっかり食べてもお腹が空く体質だった。
空腹でキッチンをうろちょろしては怒られてきた。
今や家族からは、食費が嵩むからと1日5食までとお達しが出ている。
もはや令嬢らしく振る舞うことなど求められてもいなかった。
そんな彼女に訪れた好機は、入学した学園の学食がタダであることだった。
初日は恐れて2食で留めたが、翌日は抑えきれなくて4食食べたが、誰にも何も怒られなかった。
「ここは天国か…!?」と、その日以来、授業以外は食堂に入り浸っている。
食べ過ぎて、他の貴族には距離を置かれているため、いつも1人だが、ヘンリエッタは何も気にしていない。
美味しいものが目の前にあれば、幸せというものだ。
「ここでご一緒してもいいかな、ヘンリエッタ嬢」
オムライスをもぐもぐしながら顔を上げると、見覚えのある顔があった。
「…ふっ、ふぐふぐ、むっ!」
「返事は、口の中がなくなってからでいいよ」
「お、王太子殿下…!どうぞ、私はもう行きますので!」
「おや、そうなのかい?一緒に食べられたらと思ったのだが」
「おわー、それは、えっと、婚約者がいるので、まずいかと…」
そう答えると、殿下は不思議そうに首を傾げた。
「婚約者がいたのかい?」
「一応?」
「それは知らなかった、失礼をした」
「い、いえっ」
「いつもここでご飯を食べているようだから、勝手にまだ婚約者はいないものかと」
「そうですね、いつもいますもんね私」
「ここのご飯は美味しいかい?」
「とっても!!!」
「それはよかった」
殿下は微笑むと、ヘンリエッタと同じAランチを持っていた。
向かいの席に座ると、優雅に食べ始めた。
ヘンリエッタがまずいと思うと言ったのは、スルーされたらしい。
「ここの食堂はね、貴族に平民の食べているものを知るきっかけになったらいいと作られたものなんだよ」
「へえ!?」
「それなのに、誰も居つかない」
「そ、そうですね」
「ヘンリエッタ嬢だけ、毎日通ってくれるから嬉しくてね。お礼を言いたかったんだ」
トロトロのオムライスを食べている殿下を見て、お腹が空いてくる。
…Bランチを頼んでこようかしら。
「私の方こそお礼申し上げますわ!毎日美味しいご飯が食べられて最高です!」
「それはよかった。これからも毎日来てくれるといいよ」
「はい!」
殿下がそう言ったわけはわからなかったが、ヘンリエッタは笑顔で頷いた。
そんなことを言われなくても、毎日足繁く通うというものだ。
「ヘンリエッタ!貴様とは婚約破棄させてもらう!」
ある日の食堂で、珍しく人が集まっているかと思うと、婚約者であるハワード様にそう怒鳴られたのだった。
「こ、は、はい?」
「貴様だろう!私の愛するエイヴァをいじめたというのは!」
「はあ、そちらがエイヴァさんと言うのですか、はじめまして」
「白々しい!貴様がやった証拠は揃っているんだ!白状しろっ!」
そう言って、ハワード様が手を叩くものだから、今日頼んだCランチが床に落ちた。
「あああっ、ビーフシチューがあああ!!!」
「こんな庶民のものなんか食べて、貴様には貴族の矜持もないのだな!まあ、人をいじめるようなやつにそんなものあるわけがないかっ!」
「食べ物を…」
「はあ?」
「食べ物を無駄にするなああああ!!!!」
ヘンリエッタは叫ぶと、食堂のおばさんのところへ駆けて行った。
「おばさま、ごめんなさい!タオルか何かいただけますか!?」
「おやおや、新しく作るかい?」
「…いいえ、せっかく作ってもらったのに、無駄にしてしまいましたので」
「いいんだよ、あんたのせいじゃないじゃないか」
「…ごめんなさい」
ヘンリエッタは雑巾を受け取って、床のうえにぶちまけられたビーフシチューを片付けはじめた。
「おい」
「あああ、もったいない…」
「おい!」
「ビーフシチュー…」
「おいと言っている、無視するな!」
「食べ物を粗末にする人の話なんて、興味ありません。というか、婚約破棄したらいいじゃないですか、面倒くさいですね」
「はあああああ!?!?」
「ちょっといいかな」
ハワードが怒りに狂い、周りも思ったような展開にならず首を傾げていると、1人が手を挙げて割り込んできた。
「ヘンリエッタ嬢がいじめていた証拠というのを、私にも見せてくれないかな?」
そこに現れたのが、王太子殿下で周囲はざわついた。
「き、昨日の午後3時に、私の愛するエイヴァを階段から突き落としたのです!他にも、教科書を破り捨てたり、ドレスにシミを作ったり、あと」
「昨日の午後3時で、間違いないのかい?」
「はっ、はい!証言もございます!」
ハワードがベラベラと喋ると、王太子はにこりと笑った。
「それはおかしな話だね?その時間、ヘンリエッタ嬢はこの食堂にいたと思うのだが」
「そ、そんなこと…!」
「食堂のご婦人たち、いかがだったかな?」
「そうですね、そのくらいの時間にはお嬢ちゃんはいたかと…」
「平民の言うことをお聞きになるのですか!?」
「私が質問して、答えてもらったんだよ?何か勘違いしているのでは?」
「えっ、あ、いや」
王太子に笑顔で詰められて、ハワードは言葉を詰まらせる。
その間、ヘンリエッタはビーフシチューを片付ける手を止めなかった。
「そうだ、ここは王立機関だからね、一つ面白い魔石が設置されているんだよ」
「魔石…?」
「ああ、その場を記録して映像に残すことのできる魔石さ」
その言葉に、ハワードはもちろん、それ以外も顔色を悪くしていく。
「もちろん、食堂にも常時作動している。昨日の午後3時、だったかな?」
王太子の言葉で、お付きのものが操作をするとあっという間に天井に日付入りで映像が流れた。
そこには、オムライスを食べているヘンリエッタと、その彼女に声をかけている王太子の姿が映っていた。
食堂がざわめいていく。
「ちなみに、階段から突き落としたというのは、これかな」
その一言で映し出されたのは、エイヴァが1人で階段から落ちる姿と、その横にハワードがいて何やら歪めた顔で頷いている姿だった。
全員が息を呑んだのは言うまでもなかった。
ただ、ヘンリエッタだけは相変わらず掃除を続けている。
「…で、君たちはどう言い訳をするのかな?」
王太子は、笑顔でそう言った。
ハワードが腰を抜かしてもお構いなしに、連れていくように命じられた。
「さて、見ている君たちはこれ以上何かあるのかな?」
その言葉で、断罪の場面の高みの見物どころか、自分たちのこれまでの行いは大丈夫だったかと慌てて逃げる者でいっぱいとなった。
「…ヘンリエッタ嬢、その、大丈夫そうだね?」
「え?何が?」
「君は無実の罪を着せられそうだったみたいだけど…」
「そんなことよりも、ビーフシチューがですね!?」
「ふふっ、本当にそんなことよりだね。お腹が減っていないかい、ヘンリエッタ嬢」
「ペコペコですっ!!!」
「では、私とご飯にしよう」
「はい、お嬢ちゃんたちCランチ2つ、お待ちを!」
ヘンリエッタは目を輝かせて、ビーフシチューを受け取るのだった。
了
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