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カッコつけたい男

作者: ニッカ
掲載日:2026/02/01

 室内は無機質な白で統一されている。

その白さが、午後二時という中途半端な時間を、やけに浮き立たせていた。


 店内には姿勢の正しい店員が一人。手持ち無沙汰に掃除をしている姿が見える。今がチャンスだ。男は店の前で立ち止まり、大きく深呼吸をする。


 ガラス扉を押し開けると、わざと少し大股で歩いた。少し目立つように、店員に気づかれるように。


「いらっしゃいませ」


 店員は掃除用具を隅に置くと、落ち着いた足取りで男に近づく。自然で上品な礼は店員の経験の深さを感じさせた。

「いや、ちょっとオシャレ、っていうのをしたくなってさ……」

 男は曖昧な態度を取りながら辺りを見回す。


「ただ、こう、あまりそういうのに慣れてなくて。アドバイスをくれないか?」

「なるほど、かしこまりました。それではどのようなものをご所望でしょうか?色々な種類をご用意しておりますが」

「そうだな……。ちょっとカッコつけたいんだよな。目立つ感じがいい」

「目立つ感じ……なるほど」

「ああっ、でも本当にこういうのに慣れてないんだ!無難なやつからがいい!」

「なるほど、かしこまりました。必ず、お客様にお似合いのものをご用意いたします。お任せ下さい」


 きっと彼はこういった状況に慣れているのだろう。彼の態度には安心感のようなものが感じられた。

「ああ、助かるよ」

「それとお客様、オシャレに絶対必要なことは試着でございます。面倒くさがらず、試してみること。それが重要でございます」

「ああ、そうだな。とにかく色々試してみることにするよ」


「それでは手始めにこちらなんていかがでしょうか?」

「なるほど、確かに無難ながら今つけてるものよりワンランク上な感じがする。」

「是非、ご試着を」

「ああ、ちょっと待っててくれ」



『どうだ?似合ってるか?』



「ええ、とてもお似合いでございます。ベースはシンプルですが程よく主張が出来るアイテムですね。初心者の方には必ずオススメしております」

『確かに派手過ぎないし、手軽な感じがするな』

「普段使いからフォーマルまで、必ず持っておいて損はないアイテムとなっております」

『いいね、気に入った。ただこれだけだと少し無難過ぎるかもしれない。他のものも試着したいんだが、どれが良いだろうか?』

「それでしたら、こちらなんていかがでしょうか?」


《どうだろう、少し目立ちすぎじゃないか?》


「いえいえお客様、大変お似合いですよ。クールさもありながら目を引くデザインとなっております」

《確かに目立つな。うーん、他にも試してみたい。これよりもう少し普段使い出来そうなやつがいい》

「かしこまりましたお客様、それではこちらがオススメでございます。普段使いにちょうどいいアイテムでございます」


(確かに使いやすそうだ。でも何というか、静か過ぎるというか、あまり主張がないな)


「主張としては弱めですが、様々なシチュエーションでお使いになれる便利なアイテムでございます。持っておいて損はないかと。」


(そういうものか……?)


「こちらのアイテムを効果的に使うことが出来れば、思慮深さや冷静さのアピールにもなります。それに、活かし方次第では違った印象を与えることも出来ます」


(違った印象?)


「失礼、少々手直しを」


(((こんな感じであってるか?)))


「はい、素朴さを残しながらもインパクトがある形に仕上がっております」

(((なるほど、使い方を変えると印象も変わるな)))

「ええ、全ては活かし方次第でございます」

(確かにその通りだ。よし、これも貰う。これに近い感じのアイテム、もう少し見たいな)

「それではこちらをどうぞ」


“……なんだか地味じゃないか?”


「お客様、活かし方次第ですよ」

“活かし方……活かし方……オシャレってのは難しいな”

 男は視線を宙に泳がせたまま、その場を動かなかった。店員が手助けをしようと手を動かしたそのとき、男は背筋を伸ばし、店員のほうへ向き直る。



「なるほど、“アイテム”ってのはこう使うのか!」



「流石でございますお客様!ご自分でお気づきになるとは!」

「俺も“オシャレ”ってのが分かってきたんじゃないか?」

「ええ、お見事でございます!ただしこちらのアイテム、ドレスコードによっては使わないほうがよい場面がありまして……」

「“フォーマルな場”では使わないほうが良いってことか?」

「ええ、その場合はこちらを代用するのが良いかと」


「なるほど、〝印象〟はあまり変わらないが……。こっちの“アイテム”のほうが自然に見えないか?」


「確かにその通り、よくお分かりで。こちらは環境によって見え方が変わるアイテムでございます。ドレスコードによってお使い分け下さい」


「なるほど……。よし、自信が出てきた。次は俺が選んでみる。店員さん、評価してくれ!」

「かしこまりました。それではどちらのアイテムを?」



【どうだ、似合ってるか!?】


「うーん、そうですねぇ……」

 店員は言葉を選ぶように首を傾げる。

「確かにとても目立つ、主張の強いアイテムではあります。ただ、やや主張が強すぎるかと……」


「これもさっきの【アイテム】のような使い方のほうが似合うかな」


「ええ、ただしかなり個性的なアイテムにはなっておりますので、使い所は選んだほうが良いかと……」

「なるほど、【オシャレ】は難しいな。」

「ですがお客様、オシャレはチャレンジでございます。」

「ああ、次はこれにしてみよう」


[どうだ、印象結構違うんじゃないか?]


「なるほどそう来ましたか。確かに知的なシャープさが際立っております。普段使いというよりはフォーマルな場で似合うアイテムですね」


[公私での使い分けってのも考えられるわけか。真面目さの演出にも使えるか?]

「ええ、以前そちらのアイテムを使われたお客様は、なんでも結婚前の挨拶に行かれるときに使用なさったとか」

[確かに印象が真面目になるな]

 男は次に試着するアイテムを探している。


◇◆これなんかよいんじゃないか?◆◇


「うーん、お客様、なかなか派手なものをお選びになりましたね」


◇◆その様子を見ると、あまり似合ってないか?◆◇


「いえ、何といいますか。そちらのアイテムなのですが、以前いらっしゃったお客様が使い方をお間違いになられたようで……。扱いを間違えるとたいへんお下品になってしまう上級者アイテムとなっております」


「やめよう」


「賢明かと」


 そこから彼らのアイテム選びは難航してしまう。


「⊇れレよー⊂″ぅナニ″?」


「流石に読み取れないかと」


「これはッ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」


「些か古いかと」


「☡ኪꪽ᭻"ᑑ⨧"?」


「何かしらの法に抵触する可能性が」





「わかってはいたが、派手なら何でもいいわけじゃないんだな。そうなると……迷ってしまう」


 男の手が止まり、時計の針だけが進む。何かを考え込むように上を見上げ、腕を組んだまま動かなくなってしまった。


 そこに突如、店員が割り込むように男の視界に入ってくる。


「お客様、少しよろしいですか?」


「ああ、すまない。少し迷っていた」


「差し出がましい質問かもしれませんが、お客様がオシャレをして、それを見せたいお相手はいらっしゃいますか?」


「……ああ。大切な人だ」


「それでは、その方に自分がどう見られたいか。というのが重要になると考えます。いかがです?その方を想像して、アイテムを選んでみるというのは?」


「カッコいい俺を、見せたい相手、か。店員さんの言う通りだ。そうしてみよう!」





「いやー、本当に助かった!これで俺も少しは個性的になれたかな?」


「お役に立てて良かったです。是非、今後ともごh




「おいおい店員さん、モニターの電源が落ちてるぞ?」


 男は店員の胸の前に付いたモニターを指さしで笑うような態度を取った。店員は慌てた様子でモニターを充電し始める。


「Mounting system partitions

/system OK

/data OK

/cache OK

Starting core services

Graphics subsystem ready

Power management active

Restoring user environment

Checking notifications

Synchronizing data

System ready………



失礼致しました、すっかり充電を忘れておりまして」


「いや、悪い悪い、俺がずっと話しかけ続けてしまったからな。そっちに気を取られたんだろう」


「それではお客様、改めまして。本日はお買い上げありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」


 店員が深々と礼をする。男はそれに軽い仕草で答え、ガラス扉を押し開ける。時間はまだ夕方前だ。空を見上げると一面の星空、そして大きく浮かぶ地球が見える。




―――まだ地球が無事ならこんな服、着なくて良かったのにな。


 男の独り言はモニターには映らない。


 人類が地球を捨て月に移住してから既に100年が経過した。それでも依然月面での生活は過酷である。

 彼のような下級市民は政府から支給された無骨な宇宙服を脱いで生活することは出来ない。効率のためデザインが画一化された宇宙服は人々から個性を奪ったのだ。

 宇宙服と胸に装着されたモニター。人はみな一様に同じ姿をしていた。


 大規模な太陽フレアの影響で電波が遮断された月面では音声による通信が出来ない。人々のコミュニケーションはモニターで行われる。腕に装着されたデバイスで文字を打ち込み、モニターに映し出す。単純な仕組みだ。


 下級国民にはフォントの変更すら許されない。皆、同じ文字で会話をする。


 だがそれでも、人々は個性を捨てようとしなかった。同じフォントでも様々な文字と記号の組み合わせで個を主張しようとしたのだ。そう、彼のように。




 居住区、広場には複数の宇宙服の姿が見て取れる。下級市民にとっての数少ない憩いの場だ。男の視線の先には大きなモニュメント、その下にも宇宙服の人の姿が見て取れる。どうやら男に気づいたようで手を振っている。


『お待たせ、待った?例の【アレ】、買ってきたぜ』


{**遅い**。でも、今日の貴方、ちょっと“括弧”いいんじゃない?}


『だろ?』

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