6 初めて言われた
先輩と初めてダンジョンに行った翌朝、目覚めは最高だった。
お天気も快晴。
四時間目の体育はバドミントンだった。
中学校では三年間バドミントン部だったので今日の授業はとても楽しいものとなった。
バドミントンだったら私も結構WAR稼げそうなのにな。
と、まあ、そう、とても爽やかな気分で昼休みを迎える予定だったのです。
教室に帰ると隣のクラスだと言う同級生の女子に話しかけられた。
「さっき、皐月先輩が教室来てて、佐藤さんいなかったから伝言頼まれたんだけど」
「あ、はい、なんですか?」
「今から図書室行くから、来てって」
「あ、はい、わかりました。あ、ありがとう、ございます」
冷静になって考えたら、先輩が一年の教室にわざわざ来て、見知らぬ女生徒に伝言を頼むはずなどないくらい私でもわかりそうなものだったのに、身体を思い切り動かして程よい高揚感を得ていた私は気づくことなく現在の状況に至るわけです。
「一年二組沢愛菜、学年三位よ」
「あ、はあ、えっと、初めまして、佐藤楓です」
学年最下位ですって言った方が良かったのかな、この場合。
でもどうせ皆知ってるわけだし、彼女の成績と違って誇れるものでもなんでもないので、言わなくていいか。
というか、わざわざ自分からは言いたくない。
今私は図書室で五人の女子に囲まれている。
私にとって有利な状況でないことは誰の目にも明らかだった。
沢さん以外の子はどうやら名乗らないらしい。
「顔だけは可愛いのね」
「ホント可愛い、超ムカつく」
「ちょっと可愛いからってあんた、調子乗ってんでしょ」
「ホントムカつく、ドブスだったらよかったのに」
「アンタさあ、今年の卒業試験、一位と最下位が組むって知ってたんじゃないの?」
「え、し、知らないです」
「どーだか、わざと最下位なったんじゃないの?」
「そんなことしてないです」
「ホント馬鹿みたい、入学試験頑張った私が三年のヒョロガリメガネと組まされて、アンタみたいな落ちこぼれのクズが皐月先輩と組めるなんて許せない」
「ホントよねー、努力した子が報われなくて、何の努力もしなかったアンタみたいなのが皐月先輩に構ってもらえるとか間違ってる」
「ホントあんたみたい女が一番ムカつく、男の陰に隠れて、守ってもらってそれに甘んじてる、だから男がつけ上がる、あんたみたいな女のせいで頑張ってる私達が割り食うんだよ、わかる?」
「あんたみたいな女が一番怖いんだよね。虫も殺さないような顔しちゃってさ、友達の彼氏取っちゃうタイプの女でしょ、あんた」
そんなこと初めて言われた。
友達の彼氏?
えー。
そんなこと絶対しないよ。
あ、どうしよう、お昼ご飯食べる時間なくなっちゃう。
なんとかしないと。
「皐月先輩に媚び売って、あわよくば彼女の一人にしてもらいたいんでしょ、でも無理だから。先輩は同じ学校の子には絶対手出さないんだって、残念でしたー」
「でもさ、皐月先輩と繋がっとくだけで人脈やばくない?」
「それそれ、A級ハンターとか大金持ちの男紹介してくれるかもしれないもんね」
先輩の彼女の一人とか厚かましすぎるんじゃ。
来世どころか来来来世くらいまでとんでもない重い荷物背負って生きることが義務化されそう、しかも短命。
そんなに私、厚顔無恥に見えるのかな。
どちらかというとこっそり控えめに目立たないように生きてきたはずなんだけど。
「取り敢えずめちゃくちゃムカつくから、弱みでも握っとこっか」
沢さんの手が私に伸びてくる。
肩には謎の重み。
顎に触れる指の感触。
「あれ、これ、どういう状況?」
この声わかる。
こんなかっこよくて綺麗な声、私世界に一人しか知らない。
心が震える、別次元。
皐月先輩。
私の知ってる一番強い人。
「こいつが危害を加えられそうになったら俺が転送されるように設定したんだけど、こんなすぐ発動するとはね」
先輩が私の顎を二本の指で挟みムニムニと動かす。
先輩の左腕で私の身体をガッチリ固められているので身動きが取れない。
着ぐるみに拘束されるってこんな感じかな。
「まあいいや、二度とこいつに近づかないでね、俺、自分のもの傷つけられるとか我慢できないから」
先輩がどんな顔をしているのか私には見えないけど彼女達の表情は恐怖というより、それを超えた圧巻という言葉が相応しかった。
それはとても美しい見たこともないものだったに違いない。
だって普通ならこの人のことこんな近くで見れるはずないんだもん。
「行くよ、楓」
先輩がこのままの態勢で移動しようとする。
二人羽織してるみたい、したことないけど。
「先輩、歩きづらいです」
「ごめんごめん、じゃあ、行こ」
先輩が私の手首を掴んで歩き出す。
先輩は図書室を出ると校舎には戻らず庭に出た。
花壇の色とりどりの花が風に揺れているけれど、先輩の色の花はない。
「楓、泣かなかったね」
先輩が振り返る。
ああ、なんて綺麗な瞳。
この人こそ生きているのが不思議なほどの奇跡。
何度も見たい、巻き戻して、何度でも見たい。
この信じられないような感動を。
「大丈夫?泣きたかったら泣きなー」
先輩が私の顔を覗き込む。
この人の前では絶対に嘘なんてつけないんだろうな。
だって全部見透かされそう。
この光る世界に。
「大丈夫です」
「ホントに?泣きたい時は我慢せず泣いた方がいいよ」
「本当に大丈夫です」
「ホントに?」
「はい。色々言われてちょっとびっくりしたんですけど、呼び出されたのなんて初めてですし」
「そっか、楓は中学までいい人に囲まれて育ったんだね」
「そうですね、でもなんか本当に全然平気です」
「そう?」
「はい。色々言われて悲しい気持ちになったとしても、それを上回るくらいの貴重な体験をさせてもらっていますから、本当に大丈夫です」
「貴重な体験?」
「はい」
「それは俺といること?」
「はい、そうです」
「でも、俺のせいで怖い目にあったんじゃないの?」
「怖くなかったですよ。先輩が助けてくれましたから、昨日先輩とダンジョンに行ったじゃないですか?」
「うん」
「私すごく楽しかったんです、モンスターがバラバラになって怖いはずなのに、青くて、とても綺麗で、本当に魔法にかけられたみたいに、ワクワクしました、だから、えっと上手く言えないんですけど、あ、先輩S級ハンターだからダンジョンほとんど一人でいきますよね?」
「うん」
「先輩にダンジョン連れて行ってもらえるだけで特別じゃないですか?この経験できるの、この学校の一年生で私だけなんですよ、これって凄すぎませんか?私世界一の体験をしているんですよ。最下位だったのに」
「楓、意外と前向きなんだね」
「そうですか?」
「うん。泣いたら甘いもんお腹いっぱい食べさせて慰めてあげようと思ってたのに」
「本当ですか?あー、甘いもの食べたかったです」
せっかくだから今から泣けないかな、そんな器用なこと私には無理か。
「ま、元気で良かったよ」
「はい。元気です。助けてくださってありがとうございました」
「ま、卒業するまでは俺が守ってあげるから安心して学校おいで」
「はい」
先輩もお昼を食べてなかったので、二人で学院から出てすぐのところにある喫茶店に入り、カウンター席しか空いてなかったので並んで座り、カレーを食べた。
デザートに私はベイクドチーズケーキを頼み、先輩は苺のパフェを頼んだ。
「先輩甘いもの食べるんですね?」
「寧ろ甘いのしか食わない、しょっぱい系のお菓子は食べない」
「そうなんですか、甘いものでは何が一番好きですか?」
「クレープ。楓、苺好き?」
「はい、大好きです」
「口開けて」
私が口を開けると先輩はスプーンでパフェの一番上に乗っている苺を私の口に入れてくれた。
「素直に開けちゃうんだ」
「へ?」
「嫌、俺に慣れてくれたのかなって」
「うーん、それはわかんないですけど、苺美味しいです。ありがとうございます」
「そう、良かった。じゃあもう一口」
餌付け。
先輩私のことペットみたいに思っているのかな。
先輩くらいの大きさだと私くらいの大きさないとペットとして見えないのかも。
だってワンちゃんも猫ちゃんも先輩からしたら私でいうグッピーくらいの大きさしかないだろうし。
先輩が卒業するまでにもう少しだけ身長伸びるといいなぁ。




