12 バジリスク
二回の裏の攻撃は八番の恵美ちゃんから。
奥村先輩が投げたあからさまな緩いボールをセンター前に弾き返し、出塁する。
次私だ。
緊張する。
野球大会に向けて皆で一回集まってバッティング練習したんだけど、上手に打てるかなぁ。
「楓、思い切っていけよー」
佐倉君が大きな声で励ましてくれる。
「楓、がんばれー」
かのんちゃんも。
頑張ろう。
バッドに当たりますように。
奥村先輩が始球式みたいなふんわりした球を投げてくれたので、私でもヒットにできた。
ノーアウトランナー一塁二塁。
バッターは佐倉君。
三球目をバックスクリーンに放り込み、スリーランホームラン。
ダイヤモンドを一周し、佐倉君を出迎えようと待ち構える。
両手を出して佐倉君の手を待っていると、身体を後ろに引き寄せられる。
あれ?
私これ知ってる。
「皐月先輩、何してるんですか?つーか、瞬間移動?外野にいましたよね?」
佐倉君が大きな目をまん丸にしている。
てことは、私の背後にいるの皐月先輩確定だ。
こんな手大きい人いないもんね。
「お前が、楓にぶつかるかと思って」
あ、そうか。
設定のせいか。
私が怪我しちゃうかもしれないから、先輩転送されて来たんだ。
わー、なんか申し訳ない。
「ぶつかりませんよー、確かにホームラン打って超興奮してますけど、女の子に体当たりしたりしないですよー」
「まあいいや、楓、喉乾いたから、飲みもん買いに行こ」
「え、ベンチのクーラーボックスに沢山飲み物ありますよ」
「飲みたいのないし、炭酸が飲みたい」
「はぁ」
「行こ」
先輩が背を向けスタスタと歩き出してしまったので、追いかけた。
「好きなの押して」
先輩が自販機にスマホをかざしてくれたので、私はすみませんと言ってみかんサイダーのボタンを押す。
ジュースを取って振り返ると先輩がいて、自販機と先輩に挟まれている状態に。
先輩本当に大きいなぁ。
見上げないと顔見えないんだよね。
雲とかお星様とか空に浮かぶものを見ている感覚に一番近い、本当に唯一無二の人。
「コーラ押して」
「あ、はい」
自販機の前のベンチに先輩が座ったので、私も隣に座った。
「あ、ジュースありがとうございます」
「いいよ、別に」
屋根があるので太陽から隔絶されている。
他に誰もいない、静寂が私達を包み込む。
「すみませんでした、あの、転送」
「あー、俺が勝手にやったんだから気にしなくていいよ」
「あ、はい、すみません」
みかんサイダー冷たくて美味しい。
先輩コーラ好きなのかな。
先輩の黒ジャージ姿初めて見たな。
学校指定ので三年生は皆同じ物を着ているはずなのに、先輩が着るとなんてかっこいいんだろう。
足長過ぎる。
座ってても足長いのわかるの凄い。
先輩の凄い以外の部分が見当たらない。
先輩の凡庸な部分って何があるんだろう。
そもそもあるのかな?
あ、味覚、これはきっと私と変わらないはず。
だって私もコーラ好きだし。
「野球楽しいですね?」
「そう?」
「はい、点が入ると嬉しいですし、守ってても楽しいです」
「そう、俺はつまんない」
「あ、そうですか」
先輩からしたら退屈なのかな。
軽ーく場外ホームラン打てちゃうし、面白くないのかな。
「だって楓が全然俺のこと見てくれないから」
「え?」
「楓全然俺のこと見てない」
「え?えっと」
「俺六打席連続ホームラン打ったのに楓全然見てないし」
「え、見てましたよ」
「せっかく楓に取ってもらおうと思ってレフトフライ打ったのに、センターの奴が取っちゃうし」
「あ、あれは私が余りに鈍臭いから見かねて取ってくれたんだと、難しいですよね、フライ取るの、プロ野球選手って凄いんですね、だっていとも簡単に当たり前のように取るじゃないですか」
「楓こっち見て」
私は顔を先輩の方へ向ける。
先輩の緑色の目が私を見ている。
私の黒い目じゃとても太刀打ちできない。
なんて、綺麗な色。
こんな綺麗な緑色、私他に知らない。
「なんで目逸らすの?」
思わず下を向いてしまった。
だってこの美の圧に耐えられない。
普段は基本先輩の背中ばかり見ているし、見上げてしか先輩を見ることができないから、こんな距離で見ることほとんどないんだもん。
「すみません、先輩綺麗すぎて、見てると、その、目の中吸い込まれちゃいそうで」
「怖い?」
「怖いっていうんじゃないんですけど、なんていうか」
「見て」
声まで綺麗とか反則すぎると思う。
こんなの見ないではいられなくなっちゃう。
「楓、俺のこと見て」
私は恐る恐る顔を上げ先輩を見る。
「先輩の目見てると、もう先輩の目以外見れなくなるんじゃないかと思います」
「いいよ、それで」
「私が今いるこの世界がそもそも先輩の目の中なんじゃないかと」
「バジリスクってモンスターがいるんだけど」
「あ、はい、あの、目見ると石になっちゃうんですよね?」
「俺の体内に入り込んで爆死したモンスターがバジリスクでさ」
「そうなんですか、あ、じゃあ、先輩、人間を石にできるんですね」
「うん」
「えっと、今、私、石に、されちゃいます?」
「楓何でも信じちゃうんだね」
「え?」
「嘘だよ、バジリスクじゃないよ」
「あ、そうなんですか」
「楓は俺の言うこと何でも信じるんだ」
「えっと、すみません。でも先輩ならそういうこともあるかなーって、先輩が言うなら本当だろうなって」
「楓は俺が嘘つかないって思ってるんだ?」
「え?あ、はい」
楓と呼ぶ先輩以外の声がしたので、振り返る。
「打席もう回ってくるんだけど」
筧君だ。
「あ、ごめんね、今行く」
席を立つと、先輩が私の右手首を掴んだ。
「先輩?」
「代打出しといて」
え?
代打?
「もうちょっとここにいて」
わかりましたと言って、筧君は去っていってしまった。
私はもう一度ベンチに腰を下ろす。
先輩は私の手首から手を離す。
「先輩、具合でも悪いんですか?」
「嫌、元気だけど」
先輩、私には言わないだけで具合悪いのかな。
ダンジョン中毒だって言ってたし、今日は一日野球大会で潰れちゃうから、ダンジョン行けなくて、調子出ないのかも。
どうしたら先輩元気出るんだろ。
「行こっか?」
「え、あ、はい」
先輩のもうちょっとって随分短いんだ。
立ち上がり私に背を向け歩き出した先輩の背中を見て、この距離が一番いいなと思った。
私と先輩に相応しい距離。
見上げるのは、ちょっとしんどい。
近くで見つめるには耐性がついていない。
後ろからついていく。
この距離がいい。
この距離を保ちたい。
だってそうしないと、それこそ私の心臓がいくつあってももちそうにないから。




