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太閤秀吉(架空歴史小説)

関白豊臣家体制下の日本の教育制度

作者: 恵美乃海
掲載日:2025/09/30

太閤秀吉シリーズの中で、「近代世界史(ダイジェスト版)」

という作品(下界に現れた亡き織田信長の委託により、豊臣秀吉と天海(明智光秀)が中心となって、芸能、スポーツ、経済の力で「明るく楽しい世界征服」を成し遂げたあとの世界をダイジェスト版で記した作品です)を投稿済なのですが、本日(2025年9月30日)

その作品の末尾に、「関白豊臣家体制下の日本の教育制度」を追記しました。

その追記分を独立した作品として、投稿しました。


(当初追記以降の随時追記も当作品に反映しております)

尋常小学校6年間(4月1日時点(以下同)で6〜11歳)が義務教育。

 但し尋常小学校卒業後、中学に進学しない場合は高等小学校2年間(12〜13歳)も義務教育となる。


 中学は5年間(12〜16歳)。

中学に進学するものは同学年人口の15%程度である。


 中学卒業後の進学先は、高等学校(17〜19歳)か、私立大学(18〜21歳、予科(17歳))か、高等専門学校(概ね17〜21歳)


 高等学校は、以下のナンバースクールと呼ばれる八校及びネームスクールと呼ばれる所在地を名称とする十八校のみである。

 なお、中学での成績優秀者は、4年終了時点での

 高等学校受験も可能である(四修)。


第一高等学校(東京)

第二高等学校(仙台)

第三高等学校(京都)

第四高等学校(金沢)

第五高等学校(熊本)

第六高等学校(岡山)

第七高等学校(鹿児島)

第八高等学校(名古屋)


山口高等学校

新潟高等学校

松本高等学校

松山高等学校

水戸高等学校

山形高等学校

佐賀高等学校

弘前高等学校

松江高等学校

大坂高等学校

浦和高等学校

福岡高等学校

静岡高等学校

高知高等学校

姫路高等学校

広島高等学校

旅順高等学校

富山高等学校


 高等学校出身者はよほど成績が劣悪でなければ、卒業後は帝国大学に進学する。

 帝国大学は3年間(20〜22歳)

 高等学校出身者以外も、学齢に達して以降は帝国大学受験は可能であるが、合格率はかなり低い。


 帝国大学は、以下の八校

 北海道帝国大学

 東北帝国大学

 東京帝国大学

 名古屋帝国大学

 京都帝国大学

 大坂帝国大学

 九州帝国大学

 台北帝国大学

 

 一般的には上記の中でも京都帝国大学が最優秀。

 それに準じるのが、大坂帝国大学と東京帝国大学と言われる。


 帝国大学は、以下の学部を持つ

 法学部

 経済学部

 教育学部

 社会学部

 理学部

 工学部

 医学部

 農学部


 なお、人文系、芸術系の学部は帝国大学には存在しない。

 上記を志す学生は、その種の学部を持つ私立大学か、人文系高等専門学校、芸術系高等専門学校に進学する。


これについては、日本が世界における主導的国家となっていく過程において、国家が国費をもって養成するべきは、実学を基盤として国家と世界に実際的実務的貢献。具体的な経済的効果、効用。具体的な生活の質の改善を将来もたらすであろうことが期待される優秀な人材である、という理念があったからである。


精神的なものに関わる教養をもたらす人文系学門。各人各様の美的感覚による創作活動、創造行為、各種パフォーマンスがその基調となる芸術系各ジャンル。

それらに秀でた才能を持つ人材に対しての補助は、貴族階級、富裕層、企業等の組織が、その趣味と必要に応じて行われたのであった。


高等学校に進学する者の割合は、同学年人口の1%に満たない。男女共学であるが入学者の男女比は概ね8対2である。

高等学校は日本人以外の他国籍人も入学を受け入れていたが、その比率は関白豊臣家体制の最晩期においても全学生の3%以内と定められていた。

高等学校において自宅通学者はわずかであり、大半は寮生活を送った。


高等学校においては入学試験が厳格に適用されており、貴族階級にも特権はない。この入学試験に合格しない限り、豊臣家をはじめとしてどんな高位の貴族階級の子弟といえども入学できない。


貴族階級の子弟の大半は、中学卒業後は貴族階級しか入学できない私立大学に進学した。

また陸軍士官学校、海軍兵学校に入学するものの割合もかなり高かった。


高等学校で、そして貴族階級しか入学できない私立大学で、先ず最優先で教えられたのは、

「ノブレス・オブリージュ、高貴なるものの義務」

「一般民衆と社会全体への奉仕」

の理念であった。


高等学校では、加えて

「清貧であれ」

ということも求められることになる。


高等学校、そして帝国大学の卒業生は、そのほとんどが社会に出てからは、各人が進路として選んだ各分野においてトップクラスのエリートとなった。

各年代で各々の職務において、多大な権限を持つことになる訳であるが、その報酬は国民全般の平均を上回ってはいたが、大きく超えてはいなかった。

40歳代、50歳代となり、各分野で、リーダー、トップとしての権限を持っても、経済的階級においては中の上の暮らしができる程度の収入しかなかった。

高等学校、帝国大学卒業生が、もし華美で贅沢な暮らしをしたならば、同じ経歴を持つその他卒業生たちから軽蔑

されてしまう。

そのような精神的風土があったのである。


高等学校、帝国大学卒業生にとって、ともに学んだ同窓生からの軽蔑こそ、彼らにとっては、最も大きな恥だったのである。


高等学校、帝国大学卒業生には、むろんその出自が富裕層である、あるいは貴族であっても入学試験に合格してその進路を選択するものもいたが、そのような出自で、裕福な家庭の出身者であっても、当の本人とその家族は、高等学校、帝国大学卒業生に相応しい暮らしをしたのであった。


高等学校、帝国大学出身者は、名誉と権力を得るが、財産は得られない。

それは国民全般の間でも周知のことであったので、彼らエリートたちは、一般大衆からは無条件の尊敬を受けていたのである。

そして、それは世界の人びとの間でも周知のことであった。



高等学校生は、前述したように、将来国家と世界において指導的立場となるエリートであるが、歴史、思想・哲学、宗教、文学・芸術の高度な教養は不可欠なものとされた。

高等学校寮内においては、それらのジャンルに関して日常的に寮生の間で活発な議論がなされ、それが談論風発の高等学校的風土を形成していた。

高等学校生は、エリートとしての理念とともに、それらジャンルの高度な教養をも基調として、進学した帝国大学において各人が志望した実際的学問を学んだのである。


 高等小学校卒業後、進学を希望するものは、その時点で中学を受験することも可能であるが、ほぼ商業中学、工業中学、農林中学、水産中学等の実業中学(14〜18歳)に進学する。あるいは高等小学校卒業生を入学対象者とした私立中学(14〜18歳)に進学する。

実業中学、私立中学卒業後、さらに進学を希望する場合は、私立大学本科あるいは高等専門学校に進学する。


 尋常小学校、高等小学校の初等教育の教員を目指す者は、高等小学校卒業後、師範学校(14〜18歳)に進学する。

中学、実業中学、私立中学の中等教育の教員を目指す者は、さらに高等師範学校(19〜21歳)に進学する。


 幹部軍人養成機関として、陸軍士官学校(17〜19歳)、海軍兵学校(17〜19歳)がある。

 中学卒業生が受験可能である。

 さらに参謀養成を主眼とする陸軍大学校(20〜22歳)、海軍大学校(20〜22歳)がある。


注: 義務教育以外の表記年齢は現役合格の場合


文化と経済、そして各時代において、最先端技術、科学の発信地となることによって世界に君臨した関白豊臣家体制が何故、対日大同盟に抗しえず崩壊したのか。


それはその体制の最終完成形となるはずだった、体制のエリートたちの、名誉、権力と財産を分離する高潔な人格主義、そして高いレベルの教養主義。それらの精神主義が、日本以外の世界各地域では、結局主流的価値観となり得なかったこと。

そして日本国内であっても、その価値観が次第に綻んでいったから、というのが大きな理由であったろう。


(以下 2025年11月5日 記 以降随時追記)


関白豊臣家体制が崩壊した際、高等学校及び帝国大学は、誤ったエリート意識をもたらしたとの名目の下に廃絶された。

帝国大学は所在地である、札幌、仙台、東京、名古屋、京都、大阪(大坂から改称)、福岡の名を冠して、

法学部 → 法科高等専門学校

経済学部 → 高等商業学校

教育学部 → 教育高等専門学校

社会学部 → 社会高等専門学校

理学部 → 理科高等専門学校

工学部 → 工業高等専門学校

医学部 → 医科高等専門学校

農学部 → 農業高等専門学校

となった。


但し、東京帝国大学経済学部のみは上記の改称と異なり、東京経済高等専門学校となった。東京高等商業学校が既に存在していたからである。


尚、台北帝国大学は、帝国の名を外して台北大学となった。


高等学校。ナンバースクール八校及びネームスクール十八校の敷地、建物は、既存のその他教育施設として利用されるか、市民公園や、美術館、博物館、図書館などの文化施設に転用された。


そして尋常小学校(6〜11歳)から高等小学校(12、13歳)を経由することなく、直接進学する中学(12〜16歳)も廃絶となったのであった。


高等学校、帝国大学、中学(12〜16歳)廃絶後の各種学校進学率

(特別支援学校(福祉政策に基づく懇篤な支援あり)を除く。)

( )内の年齢は現役合格の場合


尋常小学校(6〜11歳) 100%

高等小学校(12、13歳) 100%

普通中等学校(14〜18歳) 18%

↓ ↓

大学(19〜22歳) 2% 高等専門学校(19〜22歳) 1%


中等学校

↓ ↓

陸軍士官学校(19〜21歳) 0% 海軍兵学校(19〜21歳)0%

一学年定員 800人 一学年定員 200人

↓ ↓

陸軍大学校(22、23歳) 0% 海軍大学校(22、23歳) 0%

一学年定員 60人 一学年定員 25人



高等小学校(12、13歳)

実業中学、専門系中学(14〜18歳) 42%

↓ ↓

大学(19〜22歳)2% 高等専門学校(19〜22歳)4%


高等小学校(12、13歳)

師範学校(14〜18歳)1%

高等師範学校(19〜22歳)0.2%


最終学歴

高等小学校(12、13歳)卒 39%

実業中学(14〜18歳)卒 36%

普通中等学校(14〜18歳)卒 15%

師範学校(14〜18歳)卒 1%

高等師範学校(19〜22歳)卒 0.2%

高等専門学校(19〜22歳)卒 5%

大学(19〜22歳)卒 4%


関白豊臣家体制下においては、中等学校(12〜16歳)進学者はほとんどが卒業後は大学等に進学したので、最終学歴が中等学校(12〜16歳)卒という者は稀であった。

が、高等学校、帝国大学さらに中等学校(12〜16歳)廃絶後は、普通中学と俗称されるようになった実業中学以外の中等学校(14〜18歳)は、卒業後の進学を前提としない入学者がむしろ多数となった。


中等学校卒業後、旧帝国大学系等難易度の高い高等専門学校、難易度の高い大学への進学を志すものは普通中学よりも、将来の志望学科に関連した実業中学あるいは専門系中学に進学する者のほうがむしろ多数となった。


関白豊臣家体制においては、エリートはその知識、教養において高度なゼネラリストであることが大前提とされた。が、関白豊臣家体制崩壊後の日本においては、その前提を求められる国家としての基幹、精神的風土もまた崩壊したのであった。



主な高等専門学校、大学


関白豊臣家体制下において独立した行政区域であった大坂府、京都府、東京府は、体制崩壊後、各々摂津国、山城国、武蔵国に併合され、市名は各々大阪市、山背市、江戸市となった。

以下に列挙する学校名。東京、京都が冠されている学校については、その正式名称は、東京→江戸、京都→山背となったわけであるが、通称としてはそのまま東京、京都が使われることのほうが多かった。


▽ 旧帝国大学系高等専門学校


札幌法科高等専門学校

札幌高等商業学校

札幌教育高等専門学校

札幌社会高等専門学校

札幌理科高等専門学校

札幌工業高等専門学校

札幌医科高等専門学校

札幌農業高等専門学校


仙台法科高等専門学校

仙台高等商業学校

仙台教育高等専門学校

仙台社会高等専門学校

仙台理科高等専門学校

仙台工業高等専門学校

仙台医科高等専門学校

仙台農業高等専門学校


東京法科高等専門学校

東京経済高等専門学校

東京教育高等専門学校

東京社会高等専門学校

東京理科高等専門学校

東京工業高等専門学校

東京医科高等専門学校

東京農業高等専門学校


名古屋法科高等専門学校

名古屋高等商業学校

名古屋教育高等専門学校

名古屋社会高等専門学校

名古屋理科高等専門学校

名古屋工業高等専門学校

名古屋医科高等専門学校

名古屋農業高等専門学校


京都法科高等専門学校

京都高等商業学校

京都教育高等専門学校

京都社会高等専門学校

京都理科高等専門学校

京都工業高等専門学校

京都医科高等専門学校

京都農業高等専門学校


大阪法科高等専門学校

大阪高等商業学校

大阪教育高等専門学校

大阪社会高等専門学校

大阪理科高等専門学校

大阪工業高等専門学校

大阪医科高等専門学校

大阪農業高等専門学校


福岡法科高等専門学校

福岡高等商業学校

福岡教育高等専門学校

福岡社会高等専門学校

福岡理科高等専門学校

福岡工業高等専門学校

福岡医科高等専門学校

福岡農業高等専門学校



▽高等専門学校


東京高等商業学校

神戸高等商業学校

東京物理学校

東京美術学校

東京音楽学校

京都美術学校

京都音楽学校

札幌文科高等専門学校

仙台文科高等専門学校

東京文科高等専門学校

名古屋文科高等専門学校

京都文科高等専門学校

大阪文科高等専門学校

福岡文科高等専門学校



▽ 国立大学


小樽商科大学

弘前大学

秋田大学

千葉大学

埼玉大学

お茶の水女子大学

東京工業大学

横浜国立大学

金沢大学

信州大学

静岡大学

和歌山大学

奈良女子大学

岡山大学

広島大学

徳島大学

熊本大学

鹿児島大学

琉球大学



▽ 公立大学


東京府立大学

京都府立大学

大阪府立大学

大阪市立大学

神戸商科大学



▽ 私立大学


青山学院大学

学習院大学

慶應義塾大学

國學院大学

駒澤大学

上智大学

専修大学

中央大学

津田塾大学

東海大学

東京農業大学

東洋大学

日本大学

日本体育大学

明治大学

法政大学

立教大学

京都産業大学

同志社大学

立命館大学

龍谷大学

大阪経済大学

関西大学

関西学院大学

近畿大学

甲南大学

西南学院大学

福岡大学



ある年の全国中等学校野球選手権大会出場校

( )内は地域予選の区域


・北海中学*(北海道、千島)

・弘前実業(陸奥、陸中)

・秋田中学(羽後、羽前)

・東北中学*(陸前、磐城、岩代)

・桐生中学(上野、下野)

・銚子商業(常陸、下総、上総、安房)

・慶應義塾普通部*(武蔵国旧東京府域)

・法政二中*(相模)

・甲府商業(武蔵、甲斐)

・静岡商業(伊豆、駿河、遠江)

・高岡商業(越後、越中、佐渡)

・敦賀中学(加賀、能登、越前、若狭)

・松本商業*(信濃)

・中京商業*(三河、尾張)

・岐阜商業(美濃、飛騨、伊勢、伊賀、志摩)

・平安中学*(山城、丹後、近江)

・和歌山中学(紀伊、大和)

・浪華商業*(摂津国旧大坂府域、河内、和泉)

・甲陽学院中学*(摂津)

・明石中学(播磨、丹波、但馬、淡路)

・岡山東商業(備前、備中、美作、因幡、伯耆)

・広島商業(備後、安芸)

・下関商業(周防、長門、出雲、石見、隠岐)

・松山商業(讃岐、伊予)

・徳島商業(阿波、土佐)

・小倉中学(筑前、筑後)

・佐賀商業(肥前、対馬、壱岐)

・熊本工業(肥後、豊前、豊後)

・鹿児島実業*(薩摩、大隅、日向)

・沖縄水産中学(琉球)

出場30校


内訳

私立中学 10 *印が該当

公立中学 20

(以下公立中学内訳)

普通中学 6

商業中学 11

工業中学 1

実業中学 1

水産中学 1



優勝候補

中京商業

平安中学

広島商業

松山商業


第2グループ

慶應義塾普通部

法政二中

岐阜商業

浪華商業

甲陽学院中学

小倉中学


第3グループ

静岡商業

明石中学

和歌山中学

徳島商業

熊本工業



一回戦


1日目

桐生中学 2 - 3 下関商業

東北中学 2 - 5熊本工業

高岡商業 2 - 0 静岡商業


2日目

北海中学 3 - 6 甲陽学院中学

浪華商業 2 - 1 徳島商業

銚子商業 0 - 5 広島商業

弘前実業 1 - 8 佐賀商業


3日目

和歌山中学 7 - 2 沖縄水産中学

慶應義塾普通部 2 - 1 敦賀中学

秋田中学 1 - 3 平安中学


4日目

法政二中 6 - 5 鹿児島実業

松本商業 2 - 4 岐阜商業

甲府商業 0 - 1 岡山東商業


5日目

松山商業 4 - 3 小倉中学


二回戦

中京商業 0 - 1 明石中学

浪華商業 5 - 2 慶應義塾普通部


6日目

下関商業 2 - 0 高岡商業

甲陽学院中学 0 - 4平安中学

広島商業 4- 1法政二中


7日目

熊本工業 2 - 3 松山商業

佐賀商業 0 - 2 岡山東商業

和歌山中学 1 - 2岐阜商業


8日目 準々決勝

下関商業 0- 2 平安中学

明石中学 4 - 0 岡山東商業

浪華商業 3 - 5 松山商業

広島商業 1 - 2 岐阜商業


.9日目 準決勝

明石中学 1 - 2広島商業

平安中学 2- 4 松山商業


10日目 決勝

広島商業 4 - 3 松山商業





(以下 2026年1月9日 記 以降随時追記)


関白豊臣家体制崩壊後の日本


関白豊臣家体制崩壊後、日本においては、かつて世界を主導する国家であったその栄光の時代の否定的思潮が主流となった。

栄光に満ちた大日本帝国の歴史、その歴史を担った最上級階層の人たちのノブレス・オブリージュの概念も、誤ったエリート意識として否定的にとらえられるようになった。


が、平和で安全な社会。絶対的な貧困が根絶された社会。言論が自由な社会という概念は、世界の中で共通する普遍的な価値として守り続けられた。


必然的に日本は、日常生活を大切にした、ささやかな幸せを守っていく小市民的心情が重視される国柄となった。


関白豊臣家体制末期には、日本はすでに最先端科学技術を独占する国家ではなく、多くのジャンルで他の諸国家との逆転現象も起こっていた。

日本は第一次産業のウエイトが高くなり、国内でほぼ自足する一国完結的な経済・産業を基盤とする周辺的小国家となった。

日本は新たな世界における主要諸国の経済・産業の競争の場から自ら去っていったのであった。


時がさらに経過していくにつれて、日本国内における最優秀な学徒。頭脳だけではなく、将来は日本国内にとどまらず、世界を相手に広く活躍したいという気概をもつ学徒たちは、満洲帝国、台湾共和国、朝鮮王国、大華帝国、香港共和国、ベトナム共和国、フィリピン共和国、シンガポール共和国、オホーツク連邦(→北方連邦)、ハワイ共和国などに所在する大学に留学する者が多くなっていったのであった。


日本では廃絶された高等学校制度が、満州帝国、台湾共和国、朝鮮王国、大華帝国、香港共和国、ベトナム共和国、フィリピン共和国、シンガポール共和国、オホーツク連邦(→北方連邦)、ハワイ共和国において継承され、関白豊臣家体制下的エリート教育が存続した。

そして高等学校卒業後の進路として、


満洲帝国の

大連帝国大学

奉天帝国大学

吉林帝国大学

新京帝国大学

哈爾浜帝国大学


台湾共和国の

台北大学


朝鮮王国の

京城王立大学

平壌王立大学


大華帝国の

北京帝国大学

上海帝国大学

広州帝国大学

南京帝国大学

武漢帝国大学

重慶帝国大学

成都帝国大学


香港共和国の

香港大学


ベトナム共和国の

ハノイ国立大学

サイゴン国立大学


フィリピン共和国の

フィリピン大学


シンガポール共和国の

シンガポール国立大学


オホーツク連邦(→北方連邦)の

樺太国立総合大学(所在地:豊原)

太平洋国立大学(所在地:ハバロフスク)

極東連邦大学(所在地:ウラジオストク)


ハワイ共和国の

ハワイ大学


が、かつての日本において八帝大と称された、八つの帝国大学的ポジションを占めるようになったのであった。



(職業野球、大相撲)


関白豊臣家体制崩壊時点では、野球、相撲ともに日本がまだ最強豪国、最強豪力士排出国家の地位を保っていたが、時の経過とともにその地位を失っていった。


職業野球について


野球においては、アジアの中で満洲帝国、朝鮮王国が二大強国。それに準じるのが台湾共和国。

日本はその強さにおいては、大華帝国、オーストラリア連邦とともに第2グループとなった。


日本には12の職業野球チームが存在するが、

それ以外に

満洲帝国 11

北方連邦 1

(以上 満洲・北方連邦職業野球連盟)

朝鮮王国 12

台湾共和国 8

大華帝国 6

オーストラリア連邦 6

ハワイ共和国 4

の職業野球チームが存在した。


各国の職業野球連盟にて、毎年各チーム100を超える試合数でのレギュラーシーズンの優勝争いが行われた。

そしてレギュラーシーズン前には、7連盟を形成する8ヶ国(満洲帝国と北方連邦は各々独立して参加)による国別での東アジア・太平洋カップ戦が実施された。

そしてシーズン後には、7連盟の各優勝チームによる東アジア・太平洋チャンピオンシリーズ戦が実施された。


日本の職業野球のトップクラスの選手、将来有望な若手選手が大挙して、満洲リーグ、朝鮮リーグ、台湾リーグ等に転籍した翌年、

日本職業野球のマイナーリーグ化元年とも言われたシーズンは、

ナショナルリーグは、甲子園球場を本拠地とする摂津ペガサスが、64勝41敗6引分で、

ジャパンリーグは、西宮球場を本拠地とする関西ナイツが、68勝39敗4引分で、

優勝した。

(同一リーグの他の5球団とは15回戦、他リーグの6球団とは6回戦のシーズン111試合制)


そのシーズンの両チームの主場選手、標準的なラインナップは、以下のとおりである。


(年齢は当該シーズン開始時)


摂津ペガサス


一番 ショート 椎葉 真幸 26歳 背番号4 右右

.267 5本(本塁打、以下同)


二番 セカンド 雨宮 鮎太 25歳 背番号6 右右

.274 1本


三番 レフト 平沼 速雄 26歳 背番号8 左左

.292 2本


四番 ライト 結城 正 28歳 背番号9 右左

.286 7本


五番 サード 芦名 清 28歳 背番号25 右右

.258 12本


六番 キャッチャー 朝倉 虎三郎 27歳 背番号2 右右

.253 4本


七番 ファースト 朝比奈 輝一 36歳 背番号10 右右

.225 2本


ハ番 センター 朝比奈 昇二 34歳 背番号12 右右

.196 1本


九番 ピッチャー 朝香 松彦 35歳 背番号22 右右

0勝6敗

当該シーズン後引退


ピッチャー 兼 バッター


秋月 槇 35歳 背番号26 右左

0勝2敗

.218 0本

当該シーズン後引退


神 光雄 35歳 背番号24 右右

0勝1敗

.185 0本

当該シーズン後引退


ピッチャー


飛鳥 祐造 36歳 背番号28 右右

6勝4敗


朝比奈 陽三 32歳 背番号18 右右

6勝3敗


斯波 義雄 31歳 背番号21 右右

1勝3敗


諏訪 頼親 31歳 背番号23 右右

4勝2敗


日高 順 31歳 背番号20 右右

18勝8敗


立原 実嗣 30歳 背番号16 右右

13勝7敗


秋里 了 28歳 背番号14 左左

16勝5敗


その他 出場選手


白鳥 忠 31歳 背番号29 右右

.125 0本

当該シーズン後引退


保科 信国 30歳 背番号27 右右

.222 0本



関西ナイツ


一番 センター 日夏 伸通 26歳 背番号7 右両

.259 13本


二番 ショート 賀集 正次 26歳 背番号2 右右

.280 5本


三番 サード 白鳥 明 35歳 背番号6 右右

.244 6本


四番 ファースト 秋葉 敏治 32歳 背番号4 左左

.295 14本


五番 キャッチャー 高梨 浩介 27歳背番号5 右右

.253 10本


六番 レフト 美馬 靖夫 24歳 背番号9 右左

.290 3本


七番 ライト 岩倉 正彦 31歳 背番号3 右右

.250 4本


ハ番 セカンド 遊佐 充 31歳 背番号1 右右

.212 1本


九番ピッチャー 真柴 輝幸 34歳 背番号18 右右

13勝8敗


ピッチャー 兼 バッター


沢渡 敬介 35歳 背番号24 右左

3敗

.234 0本

当該シーズン後引退


ピッチャー


真木 久司 23歳 背番号19 左左

12勝7敗


椎名 智清 30歳 背番号21 右右

15勝7敗


御厨 昌一郎 25歳 背番号16 右右

18勝6敗


南雲 泰輔 27歳 背番号15 右右

10勝8敗


その他 出場選手

朝比奈 稔 37歳 背番号8 右右

.226 0本

当該シーズン後引退



大相撲について


相撲は日本から、満洲帝国、朝鮮王国、台湾共和国、モンゴル国にも大きく普及していった。

そして上記4ヶ国を中心とするアジア相撲協会が結成された。

満洲帝国の首都である新京に、収容人員が1万4千人を超える常設の相撲競技会館が建設された。


1月 新京

3月 台北

5月 新京

7月 大連

9月 新京

11月 京城

を開催場所とする年6場所制(1場所15日制)の興行が実施された。


アジア相撲協会創設後5年を経過した時点で国籍別の力士数は

満洲帝国 411

朝鮮王国 86

モンゴル国 55

台湾共和国 50

大華帝国 19

北方連邦 12

ハワイ共和国 9

日本 31

その他の国 12

計 685

であった。


尚、大相撲における様式、所作、衣装、風俗等は、日本古来からの伝統が守られた。

力士の四股名、年寄名もほぼ漢字が使用された。


が、国家としての経済規模を起因とした収入格差により、アジア相撲協会がメジャー、日本相撲協会がマイナー的なポジションとなった。

日本相撲協会の中での強豪力士は、ほぼアジア相撲協会に転籍した。

また日本の学生相撲において顕著な成績を残し、将来有望とみなされる力士も、初めからアジア相撲協会に入門することが通常になったのであった。




日本相撲協会 年2場所開催(1場所11日制)

1月 大阪国技館

5月 大阪国技館


*大関以上の力士、優勝経験者、次代を担うとみなされた若手有望力士が大挙してアジア相撲協会に転籍した直後の番付(十両以上 力士総数392人)。


*三役は、関脇・小結在位場所数等の幕内力士としてのそれまでの実績に、直前場所の成績を加味して番付編成。


東大関 天藍(てんらん) 35歳 鳴尾部屋 北海道 184cm 112kg

西大関 神剣(みつるぎ) 31歳 学文部屋 摂津 177cm 104kg

東関脇 芙蓉峰 32歳 沢渡部屋 甲斐 180cm 117kg

西関脇 秋月 31歳 鳴尾部屋 筑前 175cm 92kg

東小結 初雁 29歳 鳴尾部屋 武蔵 178cm 111kg

西小結 夕霧 28歳 沢渡部屋 北海道 176cm 114kg

東前頭1 通し矢 27歳 飛騨部屋 山城 178cm 95kg

西前頭1 早蕨 31歳 志摩部屋 大和 170cm 95kg

東前頭2 神王 改名→神嶽(しんがく) 28歳 学文部屋 摂津 177cm 84kg

西前頭2 青翔 改名→青輝光(せいきこう) 29歳 白鳥部屋 北海道187cm 105kg

東前頭3 村雨 27歳 吉井川部屋 摂津 173cm 106kg

西前頭3 早桜舞(はやおうぶ) 29歳 朝桜部屋 武蔵 179cm 112kg

東前頭4 神優 改名→神龍(じんりゅう) 28歳 学文部屋 大隅185cm 118kg

西前頭4 神翔 改名→神洋(しんよう) 26歳 学文部屋 摂津 178cm 91kg

東前頭5 安曇野 29歳 出雲部屋 信濃 175cm 92kg

西前頭5 村里 33歳 柵原部屋 美作181cm 93kg

東前頭6 雪桜(せつおう) 33歳 朝桜部屋 磐城 174cm 106kg

西前頭6 月桜(げつおう) 33歳 朝桜部屋 磐城 174cm 108kg

東前頭7 松風 28歳 吉井川部屋 津軽 170cm 88kg

西前頭7 浅縹(あさはなだ) 27歳 壱岐部屋 肥前 171cm 105kg

東前頭8 初雪 28歳 鳴尾部屋 羽後 169cm 86kg

西前頭8 獅子王 改名→獅子勇(ししいさみ) 25歳 飛鳥部屋 越中 177cm 97kg

東前頭9 白光(びゃっこう) 35歳 白鳥部屋 駿河 180cm 118kg

西前頭9 光静(こうせい) 34歳 若草部屋 薩摩166cm 90kg


東十両1 飛鳥王 改名→飛鳥川 29歳 飛鳥部屋 大和 172cm 85kg

西十両1 野分(のわけ) 22歳 志摩部屋 豊後 171cm 107kg

東十両2 立葵(たちあおい) 21歳 久賀部屋 伊予165cm 82kg

西十両2 光将(こうしょう) 35歳 若草部屋 越前183cm 142kg

東十両3 芦刈 28歳 久賀部屋 周防 175cm 96kg

西十両3 北斗王 改名→北斗志(ほくとし) 24歳 飛鳥部屋 北海道 181cm 128kg

東十両4 萌黄野(もえぎの) 26歳 出雲部屋 出雲178cm 109kg

西十両4 光遊(こうゆう) 31歳 若草部屋 肥後 168cm 112kg

東十両5 朝香王 改名→朝香山 35歳 飛鳥部屋 周防 177cm 90kg

西十両5 秋ノ里 30歳 柵原部屋 備前 173cm 108kg

東十両6 高千穂 30歳 出雲部屋 日向 172cm 78kg

西十両6 紅桔梗(べにききょう)31歳 久賀部屋 美濃170cm 122kg

東十両7 檜扇(ひおうぎ) 25歳 津山部屋 山城 168cm 120kg

西十両7 杜若(かきつばた) 30歳 久賀部屋 三河172cm 104kg

東十両8 青海波 23歳 沢渡部屋 讃岐 174cm 120kg

西十両8深縹(ふかはなだ) 26歳 壱岐部屋 若狭167cm 97kg

東十両9 梅ヶ枝 24歳 志摩部屋 陸中 172cm 114kg

西十両9 印南野(いなみの) 31歳 出雲部屋 播磨 174cm 115kg

東十両10 射干玉(ぬばたま) 25歳 沢渡部屋 肥前 167cm 116kg

西十両10 上総洋(かずさなだ) 23歳 出雲部屋 上総 180cm 107kg







東大関 天藍てんらん 35歳 鳴尾部屋 北海道 184cm 112kg

初日 神剣 ○

二日目 芙蓉峰●

三日目 夕霧 ●

四日目 通し矢●

五日目 早蕨 ○

六日目 神嶽 ●

七日目 青輝光●

八日目 村雨 ○

九日目 早桜舞○

十日目 神龍 ●

千秋楽 安曇野●

4勝7敗


西大関 神剣みつるぎ 31歳 学文部屋 摂津 177cm 104kg

初日 天藍 ●

二日目 秋月 ○

三日目 芙蓉峰○

四日目 初雁 ●

五日目 夕霧 ○

六日目 通し矢 ●

七日目 早蕨 ●

八日目 早桜舞 ○

九日目 安曇野 ○

十日目 青輝光 ●

千秋楽 初雪 ●

5勝6敗


東関脇 芙蓉峰 32歳 沢渡部屋 甲斐 180cm 117kg

初日 秋月 ○

二日目 天藍 ○

三日目 神剣 ●

四日目 早蕨 ●

五日目 初雁 ○

六日目 青輝光 ●

七日目 通し矢 ○

八日目 神嶽 ○

九日目 月桜 ○

十日目 浅縹 ●

千秋楽 松風 ○

7勝4敗


西関脇 秋月 31歳 鳴尾部屋 筑前 175cm 92kg

初日 芙蓉峰●

二日目 神剣 ●

三日目 通し矢 ●

四日目 夕霧 ○

五日目 神嶽 ○

六日目 早蕨 ●

七日目 村雨 ●

八日目 神龍 ●

九日目 雪桜 ○

十日目 早桜舞○

千秋楽 神洋 ○

5勝6敗


東小結 初雁 29歳 鳴尾部屋 武蔵 178cm 111kg

初日 夕霧 ○

二日目 通し矢●

三日目 早蕨 ○

四日目 神剣 ○

五日目 芙蓉峰●

六日目 村雨 ●

七日目 神嶽 ○

八日目 安曇野○

九日目 松風 ●

十日目 雪桜 ●

千秋楽 浅縹 ○

6勝5敗


西小結 夕霧 28歳 沢渡部屋 北海道 176cm 114kg

初日 初雁 ●

二日目 早蕨 ○

三日目 天藍 ○

四日目 秋月 ●

五日目 神剣 ●

六日目 早桜舞○

七日目 神龍 ○

八日目 村里 ○

九日目 獅子勇●

十日目 初雪 ○

千秋楽 雪桜 ●

6勝5敗


東前頭1 通し矢 27歳 飛騨部屋 京都府 178cm 95kg

初日 早蕨 ●

二日目 初雁 ○

三日目 秋月 ○

四日目 天藍 ○

五日目 青輝光○

六日目 神剣 ○

七日目 芙蓉峰●

八日目 浅縹 ○

九日目 村雨 ●

十日目 月桜 ○

千秋楽 獅子勇○

8勝3敗


西前頭1 早蕨 31歳 志摩部屋 大和 170cm 95kg

初日 通し矢○

二日目 夕霧 ●

三日目 初雁 ●

四日目 芙蓉峰○

五日目 天藍 ●

六日目 秋月 ○

七日目 神剣 ○

八日目 光静 ○

九日目 神龍 ○

十日目 神洋 ●

千秋楽 青輝光●

6勝5敗


東前頭2 神王 改名→神嶽しんがく 28歳 学文部屋 摂津 177cm 84kg

初日 青輝光●

二日目 村雨 ●

三日目 早桜舞○

四日目 雪桜 ●

五日目 秋月 ●

六日目 天藍 ○

七日目 初雁 ●

八日目 芙蓉峰●

九日目 光静 ●

十日目 村里 ○

千秋楽 白光 ○

4勝7敗


西前頭2 青翔 改名→青輝光せいきこう 29歳 白鳥部屋 北海道187cm 105kg

初日 神嶽 ○

二日目 早桜舞 ○

三日目 村雨 ●

四日目 安曇野 ○

五日目 通し矢 ●

六日目 芙蓉峰 ○

七日目 天藍 ○

八日目 獅子勇 ●

九日目 浅縹 ○

十日目 神剣 ○

千秋楽 早蕨 ○

8勝3敗


東前頭3 村雨 27歳 吉井川部屋 摂津 173cm 106kg

初日 早桜舞○

二日目 神嶽 ○

三日目 青輝光○

四日目 浅縹 ●

五日目 初雪 ●

六日目 初雁 ○

七日目 秋月 ○

八日目 天藍 ●

九日目 通し矢○

十日目 白光 ○

千秋楽 月桜 ○

8勝3敗


西前頭3 早桜舞はやおうぶ 29歳 朝桜部屋 東京府179cm 112kg

初日 村雨 ●

二日目 青輝光 ●

三日目 神嶽 ●

四日目 神洋 ○

五日目 安曇野●

六日目 夕霧 ●

七日目 松風 ●

八日目 神剣 ●

九日目 天藍 ●

十日目 秋月 ●

千秋楽 村里 ○

2勝9敗


東前頭4 神優 改名→神龍じんりゅう 28歳 学文部屋 大隅185cm 118kg

初日 安曇野●

二日目 村里 ○

三日目 雪桜 ○

四日目 獅子勇●

五日目 浅縹 ○

六日目 月桜 ○

七日目 夕霧 ●

八日目 秋月 ○

九日目 早蕨 ●

十日目 天藍 ○

千秋楽 光静 ●

6勝5敗


西前頭4 神翔 改名→神洋しんよう 26歳 学文部屋 摂津 178cm 91kg

初日 村里 ●

二日目 安曇野●

三日目 月桜 ●

四日目 早桜舞●

五日目 獅子勇●

六日目 光静 ●

七日目 雪桜 ●

八日目 松風 ●

九日目 白光 ○

十日目 早蕨 ○

千秋楽 秋月 ●

2勝9敗


東前頭5 安曇野 29歳 出雲部屋 信濃 175cm 92kg

初日 神龍 ○

二日目 神洋 ○

三日目 村里 ●

四日目 青輝光●

五日目 早桜舞○

六日目 松風 ●

七日目 白光 ●

八日目 初雁 ●

九日目 神剣 ●

十日目 光静 ○

千秋楽 天藍 ○

5勝6敗


西前頭5 村里 33歳 柵原部屋 美作181cm 93kg

初日 神洋 ○

二日目 神龍 ●

三日目 安曇野○

四日目 白光 ●

五日目 月桜 ●

六日目 獅子勇●

七日目 光静 ●

八日目 夕霧 ●

九日目 初雪 ●

十日目 神嶽 ●

千秋楽 早桜舞●

2勝9敗


東前頭6 雪桜せつおう 33歳 朝桜部屋 磐城 174cm 106kg

初日 松風 ●

二日目 浅縹 ●

三日目 神龍 ●

四日目 神嶽 ○

五日目 光静 ○

六日目 白光 ●

七日目 神洋 ○

八日目 初雪 ●

九日目 秋月 ●

十日目 初雁 ○

千秋楽 夕霧 ○

5勝6敗


西前頭6 月桜げつおう 33歳 朝桜部屋 磐城 174cm 108kg

初日 浅縹 ●

二日目 松風 ○

三日目 神洋 ○

四日目 光静 ○

五日目 村里 ○

六日目 神龍 ●

七日目 初雪 ○

八日目 白光 ○

九日目 芙蓉峰●

十日目 通し矢●

千秋楽 村雨 ●

6勝5敗


東前頭7 松風 28歳 吉井川部屋 津軽 170cm 88kg

初日 雪桜 ○

二日目 月桜 ●

三日目 浅縹 ●

四日目 初雪 ○

五日目 白光 ○

六日目 安曇野○

七日目 早桜舞○

八日目 神洋 ○

九日目 初雁 ○

十日目 獅子勇 ○

千秋楽 芙蓉峰 ●

8勝3敗


西前頭7 浅縹あさはなだ 27歳 壱岐部屋 肥前 171cm 105kg

初日 月桜 ○

二日目 雪桜 ○

三日目 松風 ○

四日目 村雨 ○

五日目 神龍 ●

六日目 初雪 ○

七日目 獅子勇○

八日目 通し矢●

九日目 青輝光●

十日目 芙蓉峰○

千秋楽 初雁 ●

7勝4敗


東前頭8 初雪 28歳 鳴尾部屋 羽後 169cm 86kg

初日 獅子勇○

二日目 白光 ○

三日目 光静 ○

四日目 松風 ●

五日目 村雨 ○

六日目 浅縹 ●

七日目 月桜 ●

八日目 雪桜 ○

九日目 村里 ○

十日目 夕霧 ●

千秋楽 神剣 ○

7勝4敗


西前頭8 獅子王 改名→獅子勇ししいさみ 25歳 飛鳥部屋 越中 177cm 97kg

初日 初雪 ●

二日目 光静 ○

三日目 白光 ○

四日目 神龍 ○

五日目 神洋 ○

六日目 村里 ○

七日目 浅縹 ●

八日目 青輝光○

九日目 夕霧 ○

十日目 松風 ●

千秋楽 通し矢●

7勝4敗


東前頭9 白光びゃっこう 35歳 白鳥部屋 駿河 180cm 118kg

初日 光静 ○

二日目 初雪 ●

三日目 獅子勇●

四日目 村里 ○

五日目 松風 ●

六日目 雪桜 ○

七日目 安曇野 ○

八日目 月桜 ●

九日目 神洋 ●

十日目 村雨 ●

千秋楽 神嶽 ●

4勝7敗


西前頭9 光静こうせい 34歳 若草部屋 薩摩166cm 90kg

初日 白光 ●

二日目 獅子勇●

三日目 初雪 ●

四日目 月桜 ●

五日目 雪桜 ●

六日目 神洋 ○

七日目 村里 ○

八日目 早蕨 ●

九日目 神嶽 ○

十日目 安曇野 ●

千秋楽 神龍 ○

4勝7敗



翌場所の番付


東大関 芙蓉峰(新大関)

西大関 通し矢(新大関)

東関脇 青輝光(新関脇)

西関脇 村雨 (新関脇)

東小結 初雁

西小結 夕霧

東前頭1 早蕨

西前頭1 神剣 (陥落) 翌場所前引退

東前頭2 秋月 (陥落) 翌場所前引退

西前頭2 天藍 (陥落) 翌場所前引退

東前頭3 松風

西前頭3 神龍

東前頭4 浅縹

西前頭4 初雪

東前頭5 月桜

西前頭5 獅子勇

東前頭6 神嶽

西前頭6 安曇野

東前頭7 雪桜

西前頭7 飛鳥川(再入幕)

東前頭8 北斗志(新入幕)

西前頭8 立葵 (新入幕)

東前頭9 野分 (新入幕)

西前頭9 青海波(新入幕)














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