05 「拒絶」
宗ちゃんは、どんな気持ちで弾いているのだろうか。わたしと同じ気持ちだといいな。すごく自然に合わせやすい。初めてのセッションなのに唄いやすし、こんなにもすぐイメージが創れる曲なんて初めてだ。このイマージ、みんなにも届いているかな。
* * *
キミに出会えば
生まれる
新しい旋律
キミの音を
聞かせて
* * *
音に色がついた瞬間、奏の歌を聴いている者の頭の中にイメージが浮かんだ。そのイメージは、誰もが一緒ではない。だって、わたしが届けているイメージはあくまでも補助。受け取る側が受け入れることが前提で、かつ心の奥底に眠っている記憶のカケラから紡ぎだすものだから。
曲の終盤に差し掛かったところだった。最後まで、流れるはずだったピアノの音が中途半端に止まった。
「宗・・・ちゃん?」
宗ちゃんは、驚いた表情でわたしを凝視していた。その瞬間、わたしの力のこと知らないのだとすぐ頭に過ぎった。あの目、あの目は・・・宗ちゃんのあの目は、あの人と同じ。拒絶だ。
心のどこかで何かパリンとが割れた気がした。頭の中が真っ白になった。でも何か言わなきゃ、でもなにも浮かばない。
「あっ!まずい・・・宗に奏のこと言ってなかった。」
ガラス一枚隔ててお兄ちゃんが顔を真っ青にしていた。
「えっ!?」
「一緒に居るからてっきり・・・。」
「知っていると・・・思い込んでた。くそっ、奏!」
息ってどうやって吸っていたっけ。怖い。心臓がどくどく言っている。どうしよう。何が怖いなんてそんなの分からないけど、分からないけどとても怖い――。宗ちゃんは、わたし言葉を交わさないままレコーディング室を出て行ってしまった。お兄ちゃんと何か話しているみたいだけど、わたしには聞こえない。聞きたくない。光くんが、心配そうにわたしを見て慌ててレコーディング室の中に入ってきてくれた。
わたし、そんなに泣きそうな顔してた?
「気にしない方が良いよ!ボクも最初は驚いたけれど、それってそこまで重要なことじゃなくてさ、今なんてとっても仲良しじゃん!」
「うん、そうだね・・・大丈夫!慣れてるから・・・ホントだよ?」
自分でも大丈夫って言ったはずなのに、うまく笑えているか不安だった。かろうじて絞出すようにでた声が完全に震えていた。
そんなわたしを、光くんはそっと優しく抱きしめてくれた。そして、耳元で「大丈夫だよ。」ってただ、それだけだったけどすごく安心した。そのとき気づいたんだ。弟だと思っていた光くんは、しっかりした男の人だったってこと。そう思った瞬間、すごく恥ずかしくて、一瞬のうちに自分が心臓になったような錯覚を受ける。
やばい、めちゃくちゃ恥ずかしい。熱くなりすぎて、パンクしそうになっているときだった。コンコンっとドアを2回叩く音がすると、お兄ちゃんの声が聞こえた。
「邪魔して悪いね。・・・何してるわけ?マセガキ!」
「あ~ぁ、なんもしてないよ。律さん!奏ねぇちゃんが心配だっただけ!」
そういうと、ゆっくりわたしから離れて、両手を挙げると光くんはにっこり悪戯っぽく笑った。お兄ちゃんは、わたしの方に近づくと、光くんの頭をポカッと叩いてベーッと舌を出した。
「――っ!!律さん!何すんのさ!ボク、極度の過保護っていけないと思うよ。重度のシスコンも愛が過ぎると嫌われるよ。」
「「愛!?」」
わたしとお兄ちゃんの声が重なった。お互いの顔を何度も見ながら、目をパチパチさせた。
「なっなんだって?誰が、誰と愛なんだって?」
わたしの焦った声が、レコーディング室のマイクを通って外に流れる。ガラス越しに見ていた社長が、ぷっと吹き出した声が聞こえた。
「バカ光。」
「ひっひっひっひっひっひっ光くん!」
お兄ちゃんは、吐き捨てるように光くんの名前を呼んだ。だけど、わたしは言葉にするのがやっとだ。
「ひどいなぁ。律さん、そうだ!!奏ねぇちゃん、借りていい?」
ふてくされた声で、光くんはお兄ちゃんの名前を呼んだ。
「なんで、オレに聞くの!?」
「だって、シスコンの律さんに許可取らないとまた、バカ呼ばわりされるのは嫌だし!」
「ひぃ~かぁ~るぅ~!!」
地の底から沸き上がるような声と拳がゴリゴリグリグリと光くんの米神に落ちた。悲鳴なのか分からない「うにゃぁ~~」っという声が聞こえた。光くんは、お兄ちゃんの攻撃から逃れようと体をねじったり大変そうだった。小1分後、満足したお兄ちゃんに解放され光くんはぐったりして涙目でわたしを見ていた。
「うぇ~ん!ひどいよぉ~ひどいよねぇ?律さんが、いじめる。」
「ぶっあははは。ごめん、ありがとう。光くん。」
「どういたしまして!」
ちゅっ
その瞬間わたしの頬に、柔らかい何かが触れた。その音とそれを理解するのに、いったん現実逃避した。その後、ぎゅっと抱きしめられた気がしたけど、流されるまま抵抗もせず、体が思うように動かなかった。
「光!!お前ってヤツはっ!!」
無理矢理、剥がそうとお兄ちゃんはわたしと光くんの間に入ろうとした。でも、痛いぐらいにしっかりと光くんはわたしを抱きしめる。しびれを切らしたお兄ちゃんは、光くんの両頬を思いっきりつねって引きはがすのに必死だ。そしてついに「うにゃっ!!」っという光くんの悲鳴と共にわたしは解放された。
「モデルの顔に何するのさ!!」
「知らねーよ!しばらく、奏に近づくな!このエロガキ!」
「そんなこと言うから、重度のシスコンって言われるんだって!」
「どの口がいってんだ?ぁあ!?」
ついに、お兄ちゃんが壊れました。極度の過保護、シスコンといってもそんなことはわたしにとって当たり前。小さい頃からこんな感じなんだけど――ただ、このキレ具合は今日で2度目。
「お兄ちゃん、わたしは大丈夫だから。ねっ?それに、今日は元々光くんと約束があるの。」
「約束?」
「そうだよ!ボクと出かける約束!律さんは、桜庭さんのケリ付けて下さいね!」
「でも宗ちゃんをあのままにしていいのかな・・・。」
「あぁ・・でも今日お前は、アイツと関わらない方が良い。オレからきちんと話しておく。」
「お兄ちゃん。」
宗ちゃんはわたしのこと、気持ち悪いって思ったかもしれない。ちゃんと、歌う前に確認しておけば良かったと後悔した。そうすれば、こんな気持ちに・・・ここまで後悔する事なんてなかったと思うから。またどんどん暗い表情になっていく奏に気づいた律は軽く小突いた。
「大丈夫だ。心配するな。」




