04 「幸せになれる言葉」
ここは、会社の屋上にある温室庭園。都内だと思えないほど、新緑に溢れている綺麗な場所。わたしは、ここが大好き。すごく懐かしい気持ちになれる、落ち着ける場所――。近くにあった西洋風のベンチに座って深呼吸をしながら気合いを入れた。手元にある歌詞カードのタイトルを、言葉にしてみる。
「今回の新曲のタイトルは【Ein Klang】。確か、ドイツ語で“音”という意味だったよね。」
わたしは、イヤホンを耳に付けると、外の空気を肺一杯に溜めて、ゆっくりと吐き出した。そして、再生ボタンを押す。宗ちゃんのピアノの音が流れ始めた。わたしの声が宗ちゃんのピアノの音色に、負けそうになるぐらい綺麗で優しい音。前奏が終わりメロディ部分に入る。それと同時に、わたしは手元にある歌詞を目で追う。歌うわけではなく、詩を確かめるように声に出した。
* * *
広い空を見上げて
耳を澄ます
風が放つ音は
キミと出会える予感
この空どこかで
聞こえているだろうか
小さなハジマリの音
Everyone has own "Sound" in my heart.
* * *
みんな、心の中に自分自身の音を持っている、か。お兄ちゃん、だからこの前の雑誌の特集で言ったのかと納得した。宣伝に抜け目ないなと思いながらも、次のフレーズに目を向ける。
* * *
「スキ」
小さく囁くその声は
心を温かい光で
包んでくれる
いつだって
耳を澄ませば
聞こえてくる
新しい音
* * *
「『スキ』かぁ。幸せになれる言葉。」
歌詞とにらめっこしながら、曲は1週目を終えた。耳を澄ませば聴こえる。鳥の鳴き声、遠くから微かに聞こえる工事現場の音、車の音、話声。でも、この曲はそんな音も彩りもない無色透明な感じの曲。だから、わたしは聞く人によって、色やイメージをつけられるように、透明なまま伝える必要があると思う。そう、大切に――。
「よーし!とりあえず、ここまで歌ってみよう!!」
気合いを入れながら、また曲を頭に戻して再生ボタンを押した。この練習は、小一時間お兄ちゃんが呼びに来るまで続いた。
「そろそろ、いいか?」
「~♪――っ!!?お兄ちゃん!」
「ある程度、自分の歌に出来たみたいだな。宗の準備が出来たから、あとはお前だけだ。」
「えっ!?もう、そんな時間?・・・お兄ちゃん、この曲すごいよ。」
「あぁ、オレもそう思う。」
そう言うと、お兄ちゃんは優しい笑顔を見せた。そして、腕時計をわたしに見せると「遅れるぞ!」っと言った。腕時計は、ちょうど15時を回ろうとしていた。
「あっ!」
時間厳守なのにとイヤホンを片耳に残したまま、お兄ちゃんと全速力でレコーディング室へと向かった。
「遅くなりました?」
「ぎりぎりってとこだね。」
「あはっ!やっぱり!?」
社長は、にっこり笑って「桜庭くんは、もう入っているよ。」と言って、レコーディング室を指さした。透明なガラスで、中が見えるようになっているため急いでそこに目を移すと、音を確かめている宗ちゃんがピアノの前に座っていた。わたしは、急いでレコーディング室の中に入ると、宗ちゃんに向かって両手を合わせた。
「ごめん。練習に夢中になっちゃって・・。」
「大丈夫ですよ。私もこのピアノに慣れなければいけませんから。」
そうはいっても、新曲とは違う曲をサラッと弾いている。巧みなリズム感と流れるような旋律。でも、これは練習曲みたい。不思議に思いながらも、聞いていると宗ちゃんはわたしの顔を見るとニコッと笑った。そして突然、新曲に曲替わりした。このまま歌えという事なのだろうか。急いで、わたしはマイクの前に立つと、ちょうど目にとまった2番の歌詞から歌い始めた。
* * *
キミと出会った瞬間
聞こえる
心が放つ音は
キミとの距離が近づく証
キミには
聞こえているだろうか
色褪せない旋律
Everyone has own "Sound" in my heart.
* * *
誰もが、2人の奏でる音に聞き入っていた。さも当然のように、その曲は今までよりも空気に溶け込むような息のあった最高の旋律だったから。奏の力で創れるものではなく、宗一郎と奏だからこそ創れる旋律――そう、誰もが思った。葉月も律も心の中で思ったのは一緒だった。想像以上だと――。
* * *
「アイシテル」
とけるほど甘く
囁く声は
宝石のように輝く
永遠の宝物
* * *
ガラス1枚で隔たれた場所に彼女がいる。曲を聴いて思わず立ち上がってしまった。光は数分前の自分を呪いたかった。この曲を聴いていてモヤモヤする気持ちは、彼女と同じ空間にいるあの人に嫉妬しているのだろう。光は、モデルや俳優として奏の傍にいようと努力している。でも、あの人のように同じ仕事は出来ない。光は、その悔しさから自然と下唇を強くかみ締めていた。口の中に広がる鉄の味は、このモヤモヤを一層感じさせる。「負けたくない」と思わず口にしてしまったぐらい光の心の中は大嵐だった。




