03 「渡さない」
今、Sky Sounds本社の12階会議室にいる。わたしの両脇には、お兄ちゃんと宗ちゃん。宗ちゃんの隣には、昨日電話した光くんと数人のスタッフ。そしてわたしの向かい側に、社長が座っていた。疲れた表情を見せている宗ちゃんは、光くんのお陰で助かったらしい。つまり、わたしとお兄ちゃんがここに向かっていた後、すぐに光くんが現れてその隙に逃げたと言っていた。光くんは、今、連ドラとかCMとかすごく出ているから、お年寄りからお子様まで人気があるみたい。笑った顔が、胸きゅんするんだとか。この前、Sky Soundsが刊行している雑誌の特集のアンケート結果に書いてあった。
「Good morning!諸君!」
軽快な靴音をたてて、薄いピンクのスーツを着た女性が会議室に入ってきた。彼女は、下條茜さん。国際的にも有名なデザイナーさんだ。彼女の娘、下條明は、わたしの幼馴染み。2人とも性格が似すぎていて、わたしもお兄ちゃんもいつも振り回されていた。一緒に遊ぶ約束をしても、途中からAkaneデザインブランドショーとかになっているし、着せ替え状態になっていた。だから、お兄ちゃんには苦手な人種に入るみたい。
「おはようございます。朝から・・元気ですね。」
「律!!相変わらず、綺麗ね!モデルになりなさいよ!モ・デ・ルに!!」
「遠慮します。」
「まぁ!ダメよ!あなたならトップになれるわ!」
お兄ちゃんは、食い気味に断りながらも、いつの間にかげっそりした顔でわたしに助けを求めてきた。すると、隣で宗ちゃんが「どうして、先輩は嫌がっているんですか?大学の学祭イベでは、やっていましたよ?」と小声で耳打ちしてきた。それに答えようとしたとき茜さんの声がヒートアップする。
「昔は、あんなに可愛かったのに!私のブランドを可愛く着てくれたじゃない!」
「あっ茜さん・・。」
「あのワンピースなんて、あんなには着こなせる子なんていないわ!」
「「「・・・ワンピース?」」」
その場に、いた誰もが同じ疑問を頭に浮かべたり、声にしたりしたに違いない。だって、Akaneブランドは女の子の服が有名だから。男の子の服を手がけるようになったのは、ごく最近だ。つまり、お兄ちゃんは小さい頃から、同い年の男に子にも告白されるぐらい女の子っぽかったんだ。よく2人で居るときも姉妹だと思われていたから。
「律に、そんな趣味があったとわねぇ。」
「葉月!!」
「あっはは、冗談!冗談!・・・茜さん、律はMelodieに重要だからね。あきらめてください。」
「う~ん、葉月くんがいうなら、仕方がないわね。気が向いたら連絡頂戴ね。」
そうお茶目にウインクしながら言う茜さんに、お兄ちゃんの頬がピクピク震えていた。気がけば目が、「助けろ」って言っている。でもその様子に、わたしは気づかないふりをする。その時、彼女のキラキラした声が降ってきた。
「きゃ~~!奏ちゃんじゃない!」
「おっおばさん。お久しぶりです。」
お兄ちゃんにちょうど隠れていたわたしは、ひょこっと顔を覗かせた。どうやら、お兄ちゃんの目線の先を追って茜さんはわたしの存在に気づいたようだ。
「見ない間に綺麗になっちゃって!初音に似てきたわね。まぁ~奏ちゃんのお隣はどなた?奏ちゃんの彼氏かしら?」
「「えっ!?」」
わたしと宗ちゃんの声は、お互いハモってしまった。おばさんは、目をキラキラさせて期待しながらわたしを見る。茜さんが期待している答えは返ってこないよと思いながらもどう答えて良いのか迷っていた。
「そうなの!!?奏ねぇちゃん!!」
今度は、その真意を確かめたいと言う必死な顔をして、光くんが身を乗り出しながら聞いてきた。
「そうなる予「ビジネスパートナー!」」
宗ちゃんが何か言いかけたと思ったら、それを遮るようにお兄ちゃんが言った。しばらく沈黙が流れた。驚いたわたしは、びっくりした表情でお兄ちゃんから回りの様子を見渡す。表面化しないしていないけど、何かが動いているようだった。だって、光くんは宗ちゃんを睨んでいるし、宗ちゃんは残念そうな表情で、お兄ちゃんを見ている。
「まぁ~まぁ~奏ちゃん!罪作りね。」
「えっ?」
「会社としては、別にかまないよ。本人の自由だしな。」
「えっ!?何・・何ですか?」
「もぅ!奏ちゃんたら、とぼけちゃって。本当に、可愛い!」
「だから、一体―・・。」
あの訳が分からない空気から、一転して今は、歌詞が入ってない新曲を試聴している。これを聴いて、みんなの意見を聞こうってことらしい。つまり、これで大丈夫だったらレコーディングのためのプロジェクトが始動する。それにしても、宗ちゃんはすごいと思う。こんな綺麗な旋律を創るから。ピアノの音は優しくて、1音1音に体が包まれるような温かい音。それに、鳥のさえずりが聞こえる森の中で、光のカーテンがピアノを包み込んでいるようだ。また指先から奏でるリズムは、森が歌う唄――そんな感じがする。とても、特別なメロディだと感じた。曲を最後まで聴くと、名残を惜しむかのように沈黙が続いた。もう、答えは決まっている。
「これで行こう。早速、各自打ち合わせに入ってくれ。」
社長が、そう告げると案の定、反対する者は誰一人いなかった。すぐイメージが浮かぶ曲なんて、初めてだった。どうやらこの曲には、とっても大切な想いが入っているみたい。
「宗ちゃん!わたし、この曲・・スキだよ。」
突然、言い出したわたしの言葉に、宗ちゃんはにっこり笑い返してくれた。そして、みんなが会議室から出ようと片付けをし始めたとき、わたしの耳元で囁いた。
「私の大切な人を想って創ったんです。とってもね――。」
その声は、大人っぽくてすごく優しい声だった。それなのに、わたしの心はどこか淋しかったように感じた。まだ、分からない―・・この気持ち。とても不思議な感覚で心の奥からじわりじわりと温かくなる。そんな余韻に浸っていると、突然光くんに話しかけられた。
「奏ねぇちゃん!今日、合わせてみるんでしょ!?ボクも聞いていい?ねぇ~。」
「光くん!!え~っと・・・。」
今日貰ったばかりの歌詞とにらめっこをしていたら、隣で宗ちゃんが音源が入ったデータを渡してくれた。そして、「少し、合わせましょうか?」と言ってくれた。
「宗ちゃん・・じゃあ、15時にレコーディング室で!光くん、大丈夫だよね?」
「もちろん!今日茜さんがいるから、ジャケットの衣装の寸法を測るだけだから、早く終わるし。」
「うん!じゃ、わたし屋上で練習するね!」
そう言って、2人に手を振りながら会議室を出て行った。
「宗一郎さん、ボク負けませんよ。」
「何のことですか?」
「奏は、渡さない。」
そう、はっきりと言う光と宗一郎が火花を散らせていたなんて、当の本人は知らない。なぜなら、一番自分のことに鈍いのは奏、本人だから――。




