02 「大丈夫」
「――っ・・頭が痛い。どうして?」
「どうしてだろうなぁ~。ソファーからでも落ちたんじゃねぇ~!?」
今、宗ちゃんの車で会社まで移動中。この雰囲気が微妙になじめない。だってトゲトゲして、居心地が悪いから。まだお兄ちゃんは、宗ちゃんを威嚇している。ここは、わたしが一肌脱がなくてはいけないのかも知れない。
「・・・ねぇ、お兄ちゃん!新曲ってどんなの?」
「んあ?新曲!?あぁ・・バラード系・・・歌詞は、オレの知り合いから借りた絵本を参考にした。」
「絵本?」
お兄ちゃんの口から、絵本という言葉が出てきたので驚いた。だって、お兄ちゃんは結構ホスト寄りの服装をしている。少し長めの髪に、少し大きめのグラサンが主だ。偏見かも知れないけど、そんな格好の男から絵本って単語が出ただけでも意外だった。お兄ちゃんには、悪いけど意外過ぎてちょっと笑えた。
「久しぶりにアイツに会ったときに、面白いから読んでみろ!って、読まされたんだけどそれが意外にも面白くってさ。今回の宗が作曲したメロディに、イメージにぴったりだったから書いた。」
「へぇ~なんて言う絵本?」
「【ハジマリの音】っていうやつ。お前は、絶対知らねぇーよ。だって、一般的に出版されてねぇーもん。非売品!非売品!」
「【ハジマリの音】」と小さい声で呟いた。一般的に世間に出ていない、つまり出版されてない絵本。お兄ちゃんの知り合いから借りたってどんな人なんだろう。お兄ちゃんの歌詞を見れば、どんな絵本でその雰囲気はどんな風なのか分かる。歌詞を見るのが楽しみになってきた。今では、すっかりプロ意識が目覚めている。デビューしたての頃は、こんな風に考えたことがなかった。だって、わたし歌手になるつもりは、1ミクロンもなかったから。ただ、お兄ちゃんの紹介で社長に会ったとき、わたしの不思議な能力に理解を示してくれて、是非所属して欲しいって頼まれたのだ。
わたしの能力とは、言葉を映像にできる能力。強く感情を込めて、放つ言葉には命が宿るって誰かが言っていた。それが、そのままわたしにあてはまっている。わたしは、小さい頃から、気に入った詩や歌を唄うと聴いた相手に、イメージを見せることが出来た。それを、初めて家族以外の人に使ったとき、とても気味悪がれてそれから人前では歌わなくなった。だから、あまり他人とは関わらないようにして、今では【深窓の姫様】みたいな変なあだ名がついている。でも、社長や会社の人たちは、わたしの力を素敵だと言ってくれた。その力で、人を幸せに出来るって――。
「律先輩、奏さん。もうすぐ着くので、準備をしてください。」
「あぁ。」
「うん。」
準備とは―・・“戦闘”のことである。つまりお兄ちゃんのファンが、入口で待っているから、突破するための準備だ。ファンの子の熱狂ぶりは、バーゲンセールで熱を上げているおばちゃん並みに怖い。綺麗に髪型を整えていっても、社内に入るまでにぐちゃぐちゃになっているし、押しつぶされて呼吸困難に陥る。それで、先週の土曜日は死にそうになった。それをいとも簡単にすり抜けちゃうのが、お兄ちゃんだ。キラキラオーラ全開で行くのに、気づいたら社内のソファーでくつろいでいる。だから、今度は少しお兄ちゃんが引き留めて道を空けてくれることになった。もちろん、わたしはファンになりすまして行くことは忘れない。
「流石・・・どうやって、調べているんだろう。お兄ちゃんのスケジュール。」
車の窓から見えるのは、人、人、人――だった。普通は、こういうのを想定して裏口からこっそり入るとか考えられるけど、Sky Sounds社には葉月社長の『何も、悪いことなんてしてないんだから、正面から堂々と入れ!』という前線送りのお言葉があった。だから、裏口からは入ることが出来ないし、ましてやおとりを使うなんて言うのは言語道断だった。それに、きちんと裏口は、内側からしか開かないようになっている。でも、どうしてなのか入口の前に止めた車は、きちんと地下の駐車場に運んでくれるのだ。
「奏、準備は良いな?」
「うん。」
自分の髪の毛をキャップの中に入れて、大きめなサングラスをかける。ヒールのある靴から、運動靴に履き替えていつでも走れるような準備をした。わたしの返答を聞くと、宗ちゃんはゆっくりスピードを落として、ファンが並んでいる目の前で車を止めた。ファンが車を囲む前に、入り口とは逆の反対側のドアをタイミングよく開けると人の間をうまくすり抜けていく。そして、もう呼吸が限界になろうとしたとき、目前にゴールである受付が見えた。そこには、きちんと警備員が待機している。つまり、そこまで行かない限り助けてくれない。誰かが、芸能人には体力が必要だと言っていたけど、まさかここで鍛えられているとは思いたくなかった。お願いだから、安心してたどり着きたいと思う。
「――っはぁ、はぁ・・・疲れた・・・。」
車から降りて、会社のロビーまでファン達に案の定押しつぶされながら全力で走った。入口の方を、急いで振り向くと、宗ちゃんが付いてきているはず。
「奏!行くぞ!」
「・・・ぇえ――!!どっどうして!?」
「何が?それにしても、今回はオレじゃなかったみたいだぞ!流石に、少しショックだなぁ。まぁ、毎週あんなだったら苦情くるもんな。まぁ~よかったじゃん!」
そう、居るはずのない人がわたしの後ろにいて、居るはずの人が人に潰されていた。宗ちゃん、まだプロじゃないのに人気があったんだぁ。へぇ~。会社の入り口の前は、宗ちゃんの姿形さえ見えないほどに――。そう、入口の前には女の子達の歓声と押し合いの声で救出する気にはならなかった。だから、両手を合わせて思わず呟いてしまったんだ。
「宗ちゃんなら大丈夫!」




