01 「筋金入りの低血圧男」
♪あっさだよん~♪
♪起きないとぉぉぉお!!♪
♪お父さん、来ちゃうぞvV♪
毎朝、この変な目覚まし時計で起きる。というのも、お母さんの声が吹き込んである目覚ましを高校入学のお祝いに貰った。自分でもなんで使っているのかって思うほどおかしいよ。この目覚まし時計。どうして、お父さんが来るんだよ。しかも、語尾にハートマークが付いて入るみたいに、可愛い声で言っている。お母さんの頭の中では、年頃の娘と父親嫌いはイコールで結んでいるらしい。
「おいっ!その変な目覚まし、いい加減使うの止めろよ!」
ドアの向こうで、眠そうに言うお兄ちゃんの声が聞こえた。そう言えば、お兄ちゃんのときも変な吹き込み目覚まし時計だった。お父さんの声で“朝だ、起きろ。起きないと、お前の耳元で、オーケストラだっ!!”とか鳴っていた。案の定、ただの置物になっている。でも、捨てないでいるのは、これが留守が多い両親の愛情表現だからだと、お兄ちゃんは言っていた。仕事上、小さい頃から両親は家にいないことが多かった。だから、淋しくないようにこの目覚まし時計をくれたらしい。そう考えたら、声が入っているプレゼント多かった気がする。くまのぬいぐるみを貰ったときだって、お腹を押すとお父さんの声が出てきた。でも、いきなり夜中になって怖い思いをしたときもある。本当にあの時は怖かった。
「だってぇ、目覚ましないと不便じゃん!」
「スマホを使え!スマホを!!――あっ!宗!廊下で寝るなっ!」
まだ、眠い目を擦りながら、廊下を伺うようにドアを開けた。すると、壁に頭をもたれかけながら、スースーッと規則正しい寝息を立てて、宗ちゃんが寝ていた。正直、寝にくそうだと思う。それを、大きなあくびをしたお兄ちゃんが支えていた。宗ちゃんって、低血圧だったんだと思いながら、ドア越しにじっと見ているとお兄ちゃんと目が合った。
「奏!手伝え!下まで運ぶぞ!この低血圧男をっ!!」
「うっ・・うん。お兄ちゃん、昨日遅くまで起きてたの?」
「まぁ~な。今日締め切りだし・・・今日は、宗も一緒にミーティングに出るから。」
「じゃっ!宗ちゃんが、伴奏してくれるの?」
「あぁ、もともと新曲作ったのは宗だし。それに、歌詞を付けたのはオレ。だから、頑張れよ!音!」
お兄ちゃんは、わたしの仕事の名前を呼ぶと宗ちゃんの腕を肩に回した。その反対側を、わたしが支える。完全に意識がない人って重いって言うけど、本当だったんだ。
リビングまで行くと、宗ちゃんをソファーに寝かせた。顔を洗いに、洗面所に行こうとしたとき、時計を見ると8時半になろうとしていた。
「うわっ!!急がなきゃ。」
会社まで1時間かかる。つまり、今からすばやく朝食作って、9時半には出なくてはならない。榊家の食事は、当番制で今週はわたしが担当なの。お昼は、わたしが学校だし、夕飯はお兄ちゃんが外食してくる可能性があるから、朝は一緒に食べる決まりになっている。
「お兄ちゃん、パンで良いかな?」
「んあ?いいんじゃね?ってか、お前が作るんだから、奏が食べたいものでいい。」
「だってぇ・・・宗ちゃんが居るし。」
「宗?ぁあ・・ほっとけ。こいつ、朝食べねぇから心配するなって。」
「そうなの?・・・わかった。急いで作るね!」
「ふあ~ぁ、よろしく。できたら、呼んでくれ。オレ、着替えるわ・・・ふあ~。」
まず、わたしは朝食を作る前に洗面所へ向かった。顔を洗ってから鏡を見て、寝癖を直した。化粧水や乳液を塗った頃には、完全に目が覚めていた。髪を1つ、横に束ねると、首に昨日の跡がくっきり残っているのに気づいた。
「あ・・・残ってるよぉ~黒崎龍人・・・あの変態・・・はぁ・・髪まとめるのやめよ。」
あざが浮かんでいる首に、手を添えて溜息をついた。そして、絆創膏をとりにリビングに足を運ぶ。今日は、暖かいからこの前買ったワンピ着て行こうとしたんだけどな。襟付きじゃないと聞かれるよね、ううん、コンシーラーとかで消えるかなとブツブツ呟きながらリビングのドアノブに手をかけた。
「えーっと、絆創膏・・・絆創膏・・・。」
宗ちゃんが寝ているソファーの隣にある棚の引き出しを開けた。
「・・・あれ?確か、いつもは此処にあるはずなのに・・・ないや。」
「・・・奏?」
「――っ!!」
突然わたしの名前を呼ぶ声が、近くで聞こえたと思ったら、気づくといきなり背後から伸びてきた手によって、覆うように抱きしめられていた。
「――っ!宗ちゃん?」
心臓が破裂しそうになるぐらい、バクバクしている。寝ぼけているんだよね、と何回も心の中で、自分を落ち着かせるために繰り返した。でも、今では恥ずかしいやら何やらで、体が言うことがきかない。意外にも、宗ちゃんの腕は、力がこもっていてわたしの力じゃ外せそうにもなかった。
「そっ宗ちゃん。」
「・・・暖かい。」
そう呟くと、規則正しい寝息が聞こえた。
「はぅ~~どうしよう・・。」
ちょうど、その時タイミング良くわたしの名前を呼びながら来る足音が聞こえた。その足音は、リビングのドアを開けると、ピタリと止まる。ゆっくりとその足音の方に顔を、向け助けを求める。
「・・かな・・・で?」
「――っ!・・にぃ~~!」
お兄ちゃんは、わたしの腰をもってゆっくり立たせると、反対に宗ちゃんはずり落ちていった。そのお陰で、腕から抜け出せるぐらいの隙間が出来たとき、お兄ちゃんが宗ちゃんを蹴り上げて踏んだ。
ゴトンッ
宗ちゃんの頭が軽快な音を立てて、床に打った。
「おいっ!!宗!!オレの妹に何してるわけ?」
すごく冷気が漂うぐらいの怖い声が、リビングを包む。正直お兄ちゃん、怖い。仕事している時よりも怖い。お兄ちゃんは、仕事になるとプロ魂が目覚めるらしく鬼になる。厳しすぎて、お兄ちゃんの曲を使うアイドルの子を泣かせてしまうぐらい。それを上回るぐらい今回は本当に怖い。
「お兄ちゃん。」
「大丈夫か?奏。宗に何もされてない?」
お兄ちゃんは、心配そうにわたしの顔をのぞき込んだ。そして、頭を優しく撫でるとわたしを持ち上げて、宗ちゃんから遠ざけるように、お兄ちゃんの背後に下ろされた。
「うっ・・うん。宗ちゃん、寝ぼけていただけだから。」
「ホントに?その首のあざは?」
「えっ!?あっ、これ?むっ虫に刺されたの!」
今のお兄ちゃんには、死んでも言えない。普通の人でも言えないのに、今のお兄ちゃんに言ったら明日の新聞のトップ記事になってしまう。だって、今でさえ宗ちゃんを見る目が据わっているから。
「そうか、よかった。てっきり――。」
「んっ?てっきり?」
わたしは、首をかしげた。すると、お兄ちゃんが気まずそうに自分の首の後に手を回し、ポリポリかきながら、気にするなという表情をして、話の話題を変えた。
「いや、いいんだ。絆創膏、貼った方が良いぞ?」
「うん、そのつもり。探していたんだけど、いつもの所にないから・・・。」
「そっか・・。じゃあ、宗っ!!出せ!絆創膏!お前、いつも持ち歩いんでんだろ!?おいっ!!」
さっきまで笑顔だったお兄ちゃんは、再び怖い顔に戻って乱暴に宗ちゃんを足蹴りした。それでも、宗ちゃんはびくともしない。ただ・・ただ、心配だったのは、宗ちゃんが死んでいるのではないかってこと。だって、お兄ちゃんにあんなに蹴られていてもビクともしていないから。すると、お兄ちゃんは深いため息をついて、呆れたように言い放った。
「だから、嫌なんだよ!この、筋金入りの低血圧男!・・・絆創膏は、あとで貰うとして、さっさと朝飯食べちまおうぜ!そんときには、こいつも起きる頃だろうからな。」
「あっうん。」
わたしは、心配そうに床に寝そべっている宗ちゃんを見た。さっきは、いきなり抱きしめられて、ドキドキしたけど今は、なんだか悪いことしたな。だって、そう思えるぐらい痛そうだったから。わたしは、うつぶせになっている宗ちゃんの綺麗な顔に傷がないのを願いながら、朝食の準備に取りかかった。なんか、朝から疲れた。




