01「溜息」
「はぁ。」
さっきから、わたしの口から出るのは、溜息ばっかりだった。あのあと、無言のまま光くんはわたしを家まで送ってくれた。何かが変わったと言えば、変わったかも知れないけどそれが、なんなのかいまいち分からない。
「はぁ。」
「おいっ!さっきから、51回目の溜息!あのガキとなんかあったのか?」
51回――お兄ちゃんは数えていたのだろうか。いつ間に、帰ってきていたのかわたしの隣にお兄ちゃんが雑誌を広げながら座っていた。時計を見ると、2時間も経っていた。どうやら、思考停止していたみたいだ。帰ってきてから、お兄ちゃんに声をかけられるまでの記憶が全くない。
「・・ううん、何も・・ないよ。」
キスされたなんて、言えない。いくらお兄ちゃんでも。明日のトップニュースになりかねない。音楽のニュースでもスポーツでも経済でも違う事件性のあるやつ。
「あっ!そうだ。明日、仕事が入った。悪いな、何か用事でもあったか?」
「ううん、ないよ。何の仕事?」
「宗とバイオリン演奏者のオキニスさんと音合わせ。」
初めて聞いた横文字名前に、色々想像を巡らせる。そして、バイオリンも今回の新曲に入れることにしたことが新鮮だった。確かに、バイオリンの音も入れば、もっと繊細で張りのある曲になるかもしれない。
「葉月が、いきなりバイオリンも入れたいって言ってきてな。急遽、彼女が呼ばれたんだ。」
女の人なんだ。どこの国の人なんだろう。でも、社長が呼んだと言うことは結構な実力者なんだと思う。もうわたしの中では、勝手にオキニスさん像が出来上がっていた。
「オレも、彼女と会うのは初めてなんだ。葉月の知り合いって言うのは分かっているんだけど。」
「素敵な人だといいなぁ。・・・あのさ。」
オキニスさんとは別に、もう一つ気になることがあった。わたしの声のトーンが低くなったことで、お兄ちゃんは察してくれたらしい。わたしが最後まで言う前から話をしてくれた。
「宗のことは気にするな。オレや葉月が、あの後色々話してさ。・・・たぶん、アイツなりの答えを持ってくると思うんだ。」
宗ちゃんの答え。それは、わたしの力を――ううん、わたしを受け入れてくれると信じたい。もう、この力のせいで失いたくない。わたしは、ソファーの上で膝を抱えた。そう、怖いんだ。この力のせいで、みんながわたしから離れていって独りになるのが怖い。今みたいな幸せが、崩れることが怖い。小さい頃は、この力のせいでたくさんのことをあきらめてきた。昔みたいな感じには戻りたくない。――前に進みたい。
「宗ちゃん、友達で居てくれるかな?」
「大丈夫だ。きっと、奏の傍に居てくれる。」
お兄ちゃんは、わたしを横からギュッと抱きしめてくれた。そのぬくもりは、とっても温かくって優しかった。そして、気がついたら今日、2度目の涙を流していた。それは、1度目とは違う涙だけど、わたしはお兄ちゃんの腕の中で、今できるだけの願いを込めながら泣いた。明日、笑っていられるように――。
「うん。そうであって欲しい。」




