08 「新しい音」
「ちょっと、光くん!!」
10分ぐらいずっと小走り状態なわたしの足は、ブーツのヒールのせいで限界状態だった。つま先が走るたびに痛みを発している。息を切らせながら、何度も何度も光くんの名前を呼ぶ。でも、ずっと彼は口を閉じたままだった。
「わっ!!」
家の近くの、公園に着くと光くんは急に立ち止まった。案の定、わたしは光くんの背中にぶつかってしまった。急に、光くんは振り向いてサングラスを外すとわたしの両手を掴んだ。わたしと光くんとの身長差は5cmぐらいある。ヒールを履いているわたしの方が高い。だから、光くんはわたしを見上げる形になっていた。
「奏。」
すごく優しい声で、わたしの名前を呼んだ。今、目の前にいる光くんはわたしの知らない彼。綺麗な瞳で、真剣にわたしを見つめる光くん。
「ねぇ、ボクのことどう想ってる?・・・ボク、奏のこと好き。」
「えっ!?」
「弟とかじゃなくて、男としてボクを見て!」
「何・・言って・・えっ・・ん――っ。」
温かい何かがわたしのそれと重なったとき、さっきまで聞こえていた回りの音が静まりかえった。きちんと聞こえていたのに、今自分の心臓の音が太鼓を叩いているみたいに大きな波を打っている。そのぬくもりは、少し震えていてそれでいて熱く優しい――。光くんの顔がゆっくり離れる。そんなに長い時間していたわけじゃない。でも、とても長い気がした。
「嫌・・だった?」
嫌とかそう言う感情ではないはずなのに、わたしの視界はぼやけてきて、自分でも訳が分からないまま涙が溢れてきた。そんなわたしの頬に、光くんは壊れ物を大切に扱うように優しく触れた。そして、次々溢れる涙を優しく拭いてくれた。光くんは、小さな声で何度も何度も「ごめんね。」って呟いていた。悪くなんかないのに――悪いのは、わたしの方だ。わたしが、少し落ち着くと光くんはわたしに背を向けて言った。その行動はわたしが、また泣いてしまうことを恐れているみたいだった。
「キミの音が好き。キミの声が好き。キミの全てが好き。だから・・・キミと一緒にいたい。」
そう、静かに呟く光くんの声は、優しい海のさざ波のように澄んでいて心地よかった。
「・・光・・くん。」
「さっき、アイツに会って焦ったんだ。・・・その首のあざ、アイツなんでしょ?」
そういうと、またわたしの方に向き直した。でも、わたしの返事を聞かずにまた、話を続ける。
「驚いちゃったよね。あっ・・返事は、今じゃなくていいよ。・・・待つから。奏がボクを選んでくれるまで、待つから。」
すごく大人びた笑顔をした光くん。さっきまで、わたしの頬を伝っていたものはいつの間にかなくなっていた。そのとき、小さな音を聴いた。その音は、優しくて温かい日だまりのような音――。
「わたし・・・分からない。光くんは、光くんで・・その・・。」
「いいよ。待つって言ったでしょ?」
「でもっ―・・・。」
静かにわたしのそれを塞ぐように、人差し指を添えた。
いつからだろう。変わってしまったのは――。もう、弟として見ることはできない。こんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。彼は、いつもわたしにとって弟だったから。初めてみた。彼の優しくて温かいまなざし。どうして気づかなかったのだろう。
わたしはバカだ。彼の瞳は、いつも真剣だったんだ。




