第6.5話(番外編)植物園と同日の教会で-そして後日談-
※今回は番外編です。
植物園の研究と同じ日に、ジョエル神父は教会で新任神父の歓迎式典に出席していました。
本業である司祭としての姿と、後日の雑談を描いた二部構成です。
通常より短めなものですが、よろしければご覧ください。
その日、植物園でエリックとリサが研究を進めていた頃。
ジョエル神父は教会で、新任神父を迎える式典に臨んでいた。
聖歌が荘厳に響き渡り、色とりどりのステンドグラスが日差しを受けて輝く。
祭壇の上には白いロウソクが整然と並び、香炉からは静かな煙がゆるやかに立ち上っていた。
ジョエルは深く息を整え、ゆっくりと聖書を開く。
「主よ、今日ここに新たなる僕を迎え入れたことを感謝いたします。どうかその歩みを祝し、我らとともに導き給え……」
澄み渡る声は堂内に柔らかく反響し、信徒たちの胸に染み込んでいく。その表情は穏やかで、誰もが「若き新任神父を迎えるこの瞬間」を祝福していた。
だが、ジョエルの胸の奥には別の思いがよぎっていた。
(あいつら二人、ちゃんとやれてるかな……俺が抜けて大丈夫だっただろうか)
その一瞬の迷いで、指先が聖書のページを数枚飛ばしかけた。危うく別の聖句を読み上げそうになったところで、隣の神父の視線が合図を送る。冷や汗をかきながら正しい箇所に戻し、声を乱さぬよう祈りを続ける。
(……危なかった。絶対バレてないよな。)
彼の不安をよそに、祈りは滞りなく進んでいく。
参列者たちの表情は真剣そのもので、誰一人、彼の小さな過ちに気づく者はいない。
式の終盤、鐘の音が天井を震わせるように鳴り響いた。ジョエルは新任神父の肩に手を置き、力強く微笑む。
「これから、あなたの務めが主とともにありますように」
その声は確かな温もりを帯び、厳かな時間を締めくくった。
* * *
数日後、ラボの休憩スペース。机の上には書類とノートが散らばり、ホワイトボードには数式や図が残っている。エリックとリサが資料をまとめているところへ、白衣姿のエドガーが現れた。
「この間は、急に抜けて悪かったな。新任神父の歓迎式典があって、俺も参加しないといけなかったんだ」
「ああ……なるほど」エリックが頷く。
「で、その最中にな。お前らのこと考えてたら、聖書のページ間違えかけてさ。違う聖句を読み上げそうになったんだよ。危なかったぞ」
「……それって無事に終わったって言えるのか?」エリックは呆れ半分で返す。
「終わったんだから無事だろ?」エドガーは悪びれず笑い、次の瞬間にはわざとらしく声を低めて尋ねた。
「で――お前ら、俺抜きでちゃんとコルチゾール測定は出来たんだろうな?リサさん、エリックは植物園でもリラックスしすぎて、居眠りしてなかったか?」
「してない!」エリックは慌てて声を張り上げる。「ちゃんと真面目にやったし、データも取れた!……ねぇ、リサさん!」
リサは顔を少し逸らし、ホワイトボードに何かを書きつけるふりをしながら、涼しい声で言った。
「研究はうまくいきましたよ。そういえば……あくびしてたかもしれませんね。(嘘です)」
「いやいやいや!してませんよ!」
エリックは一気に赤面し、手をぶんぶん振る。
「リサさん!なんでそんなこと言うんですか!?ずっと一緒にいたでしょ!」
エドガーは腕を組み、口元をゆっくりと上げる。
「……ずっと一緒にいたんだなぁ……」
「ち、ちがっ……!な、なんにもない!」
エリックは声を裏返して必死に否定する。
リサはホワイトボードを見たまま肩を小さく震わせ、笑いをこらえていた。
「ま、いいけどな」エドガーは肩をすくめ、白衣の裾を直すと、ふと片目を細めてニヤリとした。
「……司祭の勘だと、ちょっと進展あった気がするんだよな。」
「な、なにもないってば!」
エリックの必死の声が休憩室に響く。
リサはついに笑いをこらえきれず、小さく吹き出してしまった。
エドガーはその様子を確認して満足げに頷き、軽く手を振って部屋を出ていく。
背中には、式典で見せた厳かな気配と、友人をからかう軽さとが同居していた。
残された二人は、顔を見合わせ、また同時にそらし、同時に笑った。
お読みいただきありがとうございました。
こちらは、番外編で主にエリックとリサの植物園での同日のエドガーの様子と、その後の後日談を書かせていただきました。
そして、突然の投稿すみません。
追記:冬の日差しの所を訂正しました。まだ秋の設定でした。あと、ややこしいですが、ジョエル神父=エドガーです。ラボではエドガーと統一します。こちらも訂正しました。
申し訳ありません。よろしくお願いします。




