第4話 図書館での共同研究
【研究について】
エリックは、体の“細胞”がどうやって修復されるのか。
リサは、“脳や心”が体にどう働きかけるのか。
二人が取り組む共同研究は、
「祈りや瞑想って、本当に体に効くの?」という、
ちょっと不思議で、でも真剣なテーマです。
今回は、共同研究チームとして、初めての図書館での打ち合わせを行います。
図書館で、いつも居眠りするエリックを見ているリサ、エリックは果たして、集中できるのでしょうか(笑)
翌日の午後2時。
エリックは約束の15分前から図書館で待っていた。昨夜は興奮と緊張で、あまりよく眠れなかった。
リサ・ホイットニー先輩との初めての研究打ち合わせ。失敗は許されない。
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時間ちょうどに、リサが現れた。
白いシャツにグレーのスカート、知的で上品な装い。表情はいつものようにクールで、感情をあまり表に出していない。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様。」
エリックの丁寧な挨拶に対して、リサは簡潔に答えた。
二人はいつものエリックの席から少し離れた、より静かなエリアに座った。
「まず、研究テーマについて話しましょうか。」
リサが手帳を開きながら言った。
「私は神経系の修復、あなたは細胞レベルのストレス応答ですね。」
「はい。」
「共通点を見つけて、何か新しいアプローチができるかもしれません。」
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リサが説明を始めた。
「私の研究では、精神的介入が神経回復に与える影響を調べています。」
「精神的介入、ですか?」
「祈りや瞑想、前向きな思考などが、実際に脳の修復プロセスに影響するかどうか。」
エリックは興味深そうに聞いていた。
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「それって、すごく面白いテーマですね!」
「科学的根拠はまだ少ないですが、可能性はあると思っています。」
リサの口調は事務的だったが、研究について語る時は少し熱がこもっていた。
「エリックさんの細胞ストレス応答も、似たような要素があるのでは?」
「確かに…細胞も外的ストレスに対して適応しようとしますから。」
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30分ほど話し合った後、エリックが資料を取りに本棚へ向かった。
戻ってきて再び教科書を開くと、細かい文字を追っているうちに、いつの間にか瞼が重くなってきた。
(だめだ、眠くなってきた…)
エリックは必死に目をこすったが、疲労には勝てなかった。
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気がつくと、エリックは静かに寝息を立てていた。
リサは最初、彼が集中して本を読んでいるのだと思っていた。しかし、5分経ってもページをめくる音がしないことに気づいた。
(やはり…)
リサは内心でため息をついた。
(研究パートナーとしてどうなのかしら)
重要な打ち合わせの最中に居眠りするなんて。
でも、エリックが一生懸命話を聞いていたのも事実だった。真剣な質問もしていたし、研究への興味も本物のようだった。
(疲れているだけかもしれない)
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リサは迷った。
起こすべきか、それともそのままにしておくべきか。
時計を見ると、まだ約束の時間の半分も経っていない。
(10分だけ休ませてあげましょう)
そう決めて、リサは自分の本を読み始めた。
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でも、時々エリックの寝顔を見てしまう。
ブラウンの髪が少し乱れ、眼鏡がずれている。テニスでの活発な姿とは対照的な、穏やかな表情だった。
(本当に疲れているのね)
少しだけ、表情が和らいだ。
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10分後、リサは静かにエリックの肩に手を置いた。
「エリックさん。」
小さく声をかける。
「あ…えっと…。」
エリックは慌てて身を起こし、顔を真っ赤にした。
「すみません!また寝てしまって…」
「研究の打ち合わせ中ですよ。」
リサの口調は冷ややかだった。
「本当に申し訳ありません。もう絶対にしません!」
エリックが深々と頭を下げた。
「…疲れているなら、今日はここまでにしましょうか。」
「いえ、大丈夫です!続けてください!」
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リサはエリックの必死な様子を見て、少しだけ表情を緩めた。
「無理は禁物です。体調管理も研究者の大切な仕事ですから。」
「はい…気をつけます。」
「来週また打ち合わせをしましょう。それまでに、今日話した内容を整理しておいてください。」
「わかりました。」
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二人が荷物をまとめ始めた時、エドガーがやってきた。
「よお、エリック。打ち合わせ、どうだった?」
「あ、エドガー。」
エリックが少しほっとしたような表情を見せた。
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「リサさん、お疲れ様でした。」
エドガーが丁寧に挨拶した。
「お疲れ様です。」
リサも短く答えた。
「エリックの奴、居眠りしませんでした?こいつ、図書館だとすぐ寝ちゃうんですよ!」
エドガーの軽い冗談に、エリックは恥ずかしそうに俯いた。
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「少し休憩されていました。」
リサが率直に答えた。
「やっぱりな。すみません、リサさん。」
「研究者としては改善が必要ですね。」
リサの言葉は厳しかったが、完全に突き放すような口調ではなかった。
「でも、テニスの時は集中力抜群なんですけどね。」
エドガーがフォローした。
「そうなんですか。」
リサが少し興味を示した。
「ええ、あの集中力を勉強にも向けられれば…」
「それは本人次第でしょうね。」
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エドガーが去った後、二人は図書館の外に向かった。
「エリックさん。」
リサが振り返った。
「はい。」
「研究は真剣に取り組んでください。私も時間を割いているのですから。」
「もちろんです。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
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「でも…」
リサが少し躊躇った。
「研究への興味は本物のようですね。今日の質問、的を射ていました。」
エリックの目が輝いた。
「本当ですか?」
「ええ。きちんと取り組めば、良いパートナーになれるかもしれません。」
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その言葉に、エリックは心が軽くなった。
まだ距離はあるが、リサ先輩が自分を完全に見限ったわけではない。
「頑張ります。絶対に期待に応えます。」
「期待します。」
リサが小さく頷いた。
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夕日が西に傾く中、二人は別々の方向に歩いて行った。
リサはエリックのことを考えていた。
(確かに居眠りは問題だけれど…)
研究への情熱は本物のようだった。質問も的確だったし、理解力もある。
(もう少し様子を見てみましょう。)
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エリックも同じように考えていた。
(リサ先輩、厳しいけれど的確だ。)
今日の居眠りは本当に恥ずかしかった。でも、完全に見捨てられたわけではなさそうだ。
(今度は絶対に眠らない!)
そう心に誓いながら、エリックは家路についた。
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まだよそよそしい関係だが、研究パートナーとしての最初の一歩は踏み出せた。
リサの心の氷は、まだほとんど溶けていない。
でも、エリックという人間に対する評価は、「ただの居眠り学生」から「可能性のある研究者」へと、わずかに変わり始めていた。
長い道のりの、最初の小さな一歩だった。
お読みいただきありがとうございます。
打ち合わせ中に、いつも通り居眠りしてしまった、やらかしたエリック、リサさんも大変戸惑ったでしょう(笑)
しかし、エリックを10分は寝かせてあげたり、ちょっと気になってきたり、リサの心境にも少しずつ変化が現れてますね。
スローなペースでの展開ですが、続きが気になる方は、お付き合いをよろしくお願いします。




