第43話 祝宴ー約束と初めての家族へ(終章)
● Scene1:ファーストバイト
ダンスが終わると同時に、スタッフが大きなウェディングケーキを運んできた。
司会者が明るく声を張る。
「それではここで、ファーストバイトを行いたいと思います!」
会場から大きな拍手と歓声が起きる。
エリックは少し照れながら、
ケーキをスプーンですくった。
「……リサ、はい」
リサは静かに微笑んで、そっと口を近づける。
ぱくり。
食べる姿は、上品で優雅で、可愛らしい。
「美味しい!」
その一言だけで、エリックの胸はまた熱くなる。
(ああ……リサ……僕、本当に……まだ、夢みたいだ……)
そして今度はリサが
「じゃあ次は、エリックの番ね」
と言ってスプーンを手に取る。
エリックは笑顔……のはずだった。
しかし、ケーキを見た瞬間——
「……うっ……」
「えっ?泣くの早くない?」
リサが驚き、目を丸くする。
「いや……なんか……
こんな幸せなことってあるのかなって……っ」
姉達もニヤリと笑いツッコミを入れる。
「ケーキ見て泣く新郎、初めて見たわ!!」
「この子、甘いものでも泣くの?(笑)」
会場が一気に笑いに包まれる。
リサは呆れ半分、愛しさ半分で言う。
「もー……泣きながら食べないの」
エリックは鼻をすすりながらケーキを受け取り、
「おいしい……」
と泣き笑いした。
会場中の人が幸せそうな二人を見て、暖かく笑っていた。
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● Scene2:ジョエル神父のスピーチ ― “司祭100%”
司会者が声を整え、会場に紹介する。
「続いて、本日の挙式を司式してくださった
ジョエル神父より、お祝いの言葉をいただきます」
一斉に視線が集まる。
エドガーは、司祭としての落ち着いた表情で立ち上がった。
さっきまでの友人の気配は一切消えている。
彼の声が、静かに、深く響く。
「エリック、リサ。
あなたたちは今日、神と皆の前で、互いを愛し支えることを誓いました。」
会場がしんと静まり返る。
「誓いとは、ただの言葉ではありません。
それは生涯を通じて守り続ける“祈りの形”です」
リサは胸が温かくなるのを感じた。
「涙も、喜びも、迷いも……
あなたたちが誠実に歩み続ける限り、
神は必ずその手を離しません」
エリックの手が震えた。
(エドガー……いや、神父様……
本当に、こんな素敵な言葉……)
「今日の涙は祝福です。
喜びの涙ほど、美しく尊いものはありません」
そこでエドガーの目が一瞬だけエリックを見た。
(……泣きすぎだ、エリック。水分ちゃんと摂れよ)
もちろん、表では微動だにしない。
「これから始まる道に、
神の導きが、豊かに注がれますように」
深く一礼すると、会場は温かい拍手に包まれた。
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● Scene3:新郎スピーチ ― 約束
司会者が促し、エリックが立ち上がる。
リサが心配そうに腕を支えた。
エリックは深呼吸をし、
震える声で言葉を紡ぎ始めた。
「きょ、今日は……
ぼ、ぼくたちのために……集まってくださって……
ありがとうございます」
すでに涙声。
会場がくすりと笑う。
「ぼくは……昔から……泣き虫で……
弱くて……すぐ不安になって……
でも……」
隣のリサを見て、言葉が深く変わる。
「でも……リサが一緒にいてくれることで……僕は、自信をもらえて……前に進むことが出来ました。」
リサは静かに泣いている。
「ぼく……リサに出会えて……
本当に……幸せです。
そして……お腹の赤ちゃんを守れるように……
強くなります……」
会場のあちこちで涙をすする音。
「これから……家族として……
ずっと……ずっと……
一緒に……歩いていきます……」
最後の一言は、涙で震えた。
リサは椅子から立ち上がり、
エリックの手を握ってそっと寄り添った。
その姿に、会場は静かに、深く拍手した。
● Scene4:締めのキス ― 新しい家族の始まり
司会者が柔らかく言う。
「最後に、新郎新婦より……愛の誓いのキスをお願いします」
エリックは照れながら、
でもまっすぐにリサを見つめる。
「リサ……」
「ええ」
ゆっくりと顔を近づけ、
二人はそっと、静かに唇を重ねた。
優しいキス。
だけど確かに“夫婦”のキス。
(ああ……僕たち、本当に……)
エリックは胸がいっぱいになり、
キスが終わった瞬間にまた涙がこぼれた。
会場が温かい拍手で包まれる。
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● Scene5:写真ラッシュ ― 未来へ
カメラマンが声を上げる。
「では、新郎新婦、こちらお願いします!」
二人は向かい合い、
リサのお腹の上にそっと手を重ねる。
エリックは涙を流しながら微笑んだ。
「リサ……大好きだよ」
「私も。ずっと一緒よ」
カシャ。
人生の宝物のような一枚が撮られた。
続いて両家で。
友人たちと。
エドガーとも(司祭モード100%)。
泣いたり笑ったり、忙しい撮影会が続く。
やがて、夕暮れの光が会場に差し始めた。
——今日、ひとつの家族が誕生した。
その中心にいたのは、
泣き虫で優しくて、
でも誰より強く愛せる青年エリックと、
その涙を受け止め、
支えることを選んだリサだった。
二人の未来は、まっすぐで、温かく、
静かに輝いている。
司会者の声が柔らかく響いた。
「それでは、これをもちまして本日の披露宴をお開きといたします。
本日は、新郎新婦の新たな門出を祝福していただき、
誠にありがとうございました!」
会場全体が大きな拍手に包まれた。
エリックはリサの手をぎゅっと握り、
涙に濡れた目のまま、深く頭を下げる。
(みんな……ありがとう……
ぼくたちのことを、こんなに……)
リサはエリックの横顔を見つめ、
そっと指を絡めた。
(エリック……もう、泣きっぱなしね……
でも……その涙は全部、優しい涙……)
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● Scene6:控室 ― 二人だけの静けさ
スタッフに案内され、
二人は少し薄暗い控室に入った。
扉が閉まった瞬間、
レセプションの喧騒がすっと遠くなる。
「……ふぅ……」
リサはそっと腰を下ろし、
ドレスの裾を整えた。
エリックはまだ胸がいっぱいで、
落ち着きなく歩き回っている。
「エリック、座って?」
「……あ、うん」
隣に座ると、
さっきまでの緊張が一気に溶け出す。
「なんか……夢みたいだな……」
「ふふ、どのあたりが?」
「全部……
リサが歩いてきたときも……
誓いの言葉も……
レセプションで……
ぼくが……泣いてばっかりで……ごめん」
リサは優しく微笑んだ。
「謝る必要はないわ。全部、本物よ。
あなたの涙も……今日の“私たち”も。」
エリックの喉が詰まる。
「リサ……ありがとう。
本当に……ぼくと結婚してくれて……」
リサはエリックの両手を包むように握った。
「エリック。
私はね、今日ずっと思ってたの。
——あなたでよかったって。」
その言葉は、
静かに、けれど深くエリックの胸に落ちた。
(……ああもう……無理……)
次の瞬間、エリックは
リサの肩にそっと額を押し当てた。
「……好きだよ、リサ……
本当に……大好きだよ……」
「ええ……私もよ、エリック」
リサの手が、エリックの髪に触れ、
そっと撫でる。
控室は薄明かりで、
まるで二人だけの世界みたいだった。
● Scene7:控室・小休憩 → 夜への導線
スタッフがノックをした。
「お疲れ様でした。
お二人のお荷物はホテルのスイートルームに運んでおります」
「ありがとうございます」
「お帰りの際は、こちらから外へ——」
一通りの説明が終わると、スタッフはそっと退出し、
また静けさが戻る。
エリックはリサの手を取って立ち上がった。
「……行こうか。
この続きは……二人だけで。」
リサは少し頬を染め、
「ええ」と頷いた。
エリックはそっとリサの腰に手を添え、
ゆっくりと控室を出る。
廊下にはまだ、
レセプションの余韻がほんのり漂っていた。
でも——
これから先にあるのは、
ふたりだけの静かな夜。
結婚式という大きな一日を乗り越え、
新しい家族として迎える
“最初の夜”。
エリックはリサの手をしっかり握りしめた。
(……大切にしたい。
今日の夜も、これからの毎日も。)
リサはその横顔を見て、
そっと微笑んだ。
(エリック……今夜、ゆっくり話しましょうね。
これからのこと……家族のこと……)
二人の影が重なったまま、
ホテルへ向かう扉が静かに閉まった。
――ここから、
“夫婦”としての新しい夜が始まる。




