第31話 司式の打ち合わせージョエル神父との対話ー
Scene 1:教会・控室にて
週明けの午後。
古い木の香りが残る小さな控室に、エリックとリサは並んで座っていた。
妊娠がわかってから、二人の生活は自然と同じ屋根の下へと移っていた。
お互いに“同棲しよう”と言葉にしたわけではない。
ただ、体調を気遣い合い、寄り添うように過ごすうちに、
気がつけば――朝も夜も、同じ家に灯りがともるようになった。
その延長線上に、今日の「結婚式の打ち合わせ」がある。
二人とも、どこか落ち着かない気持ちで座っていた。
テーブルの向こうでは、ジョエル神父──エドガーが
聖典と式次第を丁寧に広げている。
その姿は、友人としてのエドガーとはまるで別人だった。
完全に“神の前に立つ司祭”の顔。
エリックは自然と背筋を伸ばした。
「本日は結婚式についての打ち合わせをしましょう。」
静かな声が部屋に響き、二人はこくりと頷く。
(……落ち着け、オレ。絶対に顔に出すな。
エリックの告解を思い出したら終わる。)
神父は心の中で深呼吸した。
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Scene 2:簡略婚の提案
ジョエル神父は資料をめくりながら、静かに口を開く。
「お二人の結婚は、大切な秘跡です。
本来の婚儀ミサは荘厳で長い儀式ですが……」
リサは緊張した表情で耳を傾けている。
「今回は、“簡略婚”をお勧めします。」
リサが驚いたように目を瞬かせた。
「簡略婚……ですか?」
「はい。形式を削るという意味ではありません。
お二人の心の状態にとって、最も良い形を選ぶという考えです。」
ジョエル神父は、あの告解室での
エリックの震える声を思い浮かべる。
(……あれは本当に重かった。
婚前交渉、妊娠、後悔……
それでも必死に赦しを求めていた。)
だからこそ、彼は確信していた。
「今、お二人に必要なのは“誠実な誓いがまっすぐ届く式”です。
長い儀式よりも、心への負担が少ない形式の方がふさわしいでしょう。」
リサは胸に手を当て、小さく息をついた。
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Scene 3:エリックの微かな違和感
説明を聞くふたり。
その途中で、エリックはふと胸の奥がざわつくのを感じた。
──なんか……この言い方、エドガーに似てる気が。
(いや、気のせい、気のせい。
声も響きも違うし……友人とあの時の司祭様を重ねるとか失礼だし。)
でも“似てる気がする”という曖昧な感覚だけが残る。
(まさか……いや、偶然だろ。考えすぎだ。)
自分に言い聞かせ、疑念は胸の奥へ押し込んだ。
隣ではリサが、真剣な表情で説明を聞いている。
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Scene 4:式次第の読み合わせ
ジョエル神父が誓約文のページを開く。
「誓いの言葉はこちらです。
“健やかなる時も、病める時も──”」
その言葉に、リサの目が潤む。
エリックはそっと彼女の手を握り返した。
「……大丈夫だよ。」
ジョエル神父は穏やかな微笑みを浮かべる。
「恐れる必要はありません。
互いを思う心があれば、言葉は自然に出てきます。」
(お願いだからオレを見るなエリック。
告解思い出したら表情が崩れる……!!)
顔は完璧に司祭だが、内心は悲鳴。
Scene 5:簡略婚の理由
ジョエル神父は書類を閉じ、ふたりに向き直った。
「リサさんは妊娠されていますし、
結婚という大きな節目に、過度な緊張や負担を
かける必要はありません。」
リサはすぐに納得したように頷いた。
「そういう意味なら……安心です。」
エリックも同意を示しながら、
また胸の奥が少しざわつく。
(今の“安心していい”って言い方……
エドガーっぽい気が……いや、違う違う!)
疑念はあるが、確信には至らない。
ジョエル神父は続ける。
「大切なのは、式の豪華さではありません。
お二人が心から誓い合える環境 です。
簡略式でも祝福の大きさは変わりません。」
リサは安堵したように微笑んだ。
「……ありがとうございます、神父様。」
エリックも静かに礼をした。
(大丈夫、まだバレてない……はず……!
頼むから疑わないでくれ、エリック。)
神父の内心は相変わらずパニックだった。
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Scene 6:誓約文の確認
「式は短くても、誓いの重さは変わりません。
むしろ、短い式の方が言葉に集中しやすいでしょう。」
リサは息をのむ。
「……シンプルな方が、心を込められそうです。」
エリックも頷いた。
「リサの負担にもならないし、僕もそう思います。」
ジョエル神父は柔らかく目を細めた。
そして、心の中では司祭と友人との狭間で、改めて、司式への決意も感じている。
(……この二人、やっぱり尊い。
友人として、オレの責任は重大すぎる!!これは、二人の大事な式でもあり、オレの試練だ……!!)
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Scene 7:入場と進行の説明
「当日の進行ですが──」
ジョエル神父はページをめくりながら説明を続ける。
「リサさんはお父様と入場していただきます。
その後、エリックさんをお迎えし、誓約へと進みます。」
リサは緊張した面持ちになる。
「……お父さん、入場で泣きそう。」
エリックは苦笑する。
「うん……僕もたぶん泣く。」
ジョエル神父の指先がわずかに震えた。
(……エリック、お前は涙もろすぎる!!脱水で倒れないか心配だが……それに、リサの体調もな……
簡略婚にしておいて良かった……!!)
だが表情は落ち着いている。
「涙は祝福です。
その日感じた想いを、隠す必要はありません。」
その言葉にエリックは温かい気持ちに包まれた。
(涙を肯定する感じ……やっぱりエドガーっぽいけど……
いやいや、告解の時の神父様なわけないよな……?)
疑念はあるが、まだ「まさか」で留まっている。
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Scene 8:リサの質問
「神父様……ひとつお伺いしてもいいですか?」
リサが遠慮がちに口を開いた。
「簡略にしてしまって、本当にいいのでしょうか?
神様に……ちゃんと届きますか?」
ジョエル神父は揺るぎない声で答えた。
「もちろんです。
神は、形式の華やかさではなく、
お二人の誠実な心をご覧になります。」
リサは胸に手を置き、ほっと微笑んだ。
エリックも深く頷く。
(……すごい。エドガー。普段は少しふざけてるけど、さすが、司祭兼研究補佐。僕たちのこと全部わかってくれてる。)
でも、その片隅で、告解の日の神父の声に、ほんの少しだけ“エドガーの声の残響”が揺れていた。
(まぁ……偶然だよな。たぶん。)
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Scene 9:最終確認
ジョエル神父は資料を閉じ、穏やかに言った。
「当日は、心を整えて臨んでください。
神の祝福が、お二人の上に豊かにありますように。」
リサもエリックも深く頭を下げた。
ジョエル神父は微笑み──
その裏で、心の底からこう祈った。
(……どうか式本番、オレの精神が持ちますように。)
教会からの帰り道、リサはエリックを見つめながら言う。
「さすが、ジョエル神父様ね。私の体を気遣ってくれて……そのための簡略化なら、助かるわ。
あと、エリック……あなた、時々何か考え事してたように見えたけど、何か相談事があったの?」
エリックは、一瞬ビクッと肩が震えたが、落ち着いて答えた。
「いや、何でもないよ!当たり前だけど、やっぱりエドガーは本職は神父様だけあって、説明も分かりやすかったよね……式は、エドガーに、いやジョエル神父にお願いして良かった。」
「そうね。ジョエル神父様にお願いして良かったわ。これで、結婚式までまた一歩進んだね。」
リサはほっとしたように笑顔で微笑む。
(あの場では聞けないよな……。それに、仮に告解の事、聞いてもきっとエドガーは何も言わないと思う。ラボでは、変な神父さんだけど、教会ではすごく真面目な司祭様って言われてるし……)
エリックは、何事もなかったようにリサに尋ねる。
「リサ、今日は何が食べたい?今日は僕が作る日だから、遠慮なく言ってね。」
「同居してから、料理の腕も少しずつ上がってきてるし、あなたに任せるわ、エリック……」
「じゃあ!クラムチャウダーにしようかな?」
エリックはリサと手を繋ぎながら、リサとお腹の子どもの家族になる日が近づいている事に、喜びを感じていた。




