第3話ゼミでの出会い-初めて交わす言葉
【研究について】
エリックは、体の“細胞”がどうやって修復されるのか。
リサは、“脳や心”が体にどう働きかけるのか。
二人が取り組む共同研究は、
「祈りや瞑想って、本当に体に効くの?」という、
ちょっと不思議で、でも真剣なテーマです。
……とはいえ、物語の中では血液検査も脳スキャンも出てきません(笑)
ふたりのすれ違いや、少しずつ深まっていく関係を、
ゆるく、静かに描いていきます。
秋学期が始まって数週間。
エリック・コールは「分子細胞生物学特論」のゼミに参加していた。博士課程に進学したばかりの彼にとって、このゼミは専門性の高い内容で、毎回ついていくのに必死だった。
「今日は新しいメンバーの自己紹介から始めましょう」
ロバート・ウィリアム教授が穏やかに言った。
「では、博士課程から参加の方から順番に。」
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エリックは緊張しながら立ち上がった。
「エリック・コールです。今年から博士課程に進学しました。細胞のストレス応答と修復メカニズムに興味があります。まだ勉強不足ですが、よろしくお願いします。」
丁寧にお辞儀をして座る。
「ありがとうございます。では、先輩方もお願いします。」
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数席離れた場所から、見覚えのある女性が立ち上がった。
明るめの髪にヘーゼル色の瞳。図書館でよく見かける、あの美しい女性だった。
「リサ・ホイットニーです。博士課程3年になります。脳神経系の修復と可塑性について研究しています。特に、精神的介入が神経回復にどのような影響を与えるかを調べています」
クールで知的な話し方。エリックは、彼女が自分よりも上級生だったことを知った。
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(あの人の名前は、リサ・ホイットニーさんなのか)
エリックは心の中で繰り返した。
そして、彼女の研究分野が自分の興味と近いことにも驚いていた。
リサも、図書館でいつも居眠りしている学生が「エリック・コール」という名前で、同じ分野に興味を持っていることを知った。
(やはり同じ研究室だったのね)
でも、表情には特に変化を見せなかった。
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自己紹介の後、ロバート教授が言った。
「今年は研究プロジェクトをペアで進めてもらいます。先輩と後輩でチームを組んで、互いに学び合ってください。」
「リサさんとエリックさん、お二人は研究分野が近いようですね。いかがでしょうか?」
突然の提案に、二人とも少し驚いた。
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リサは内心迷っていた。
(この人と組むことになるの?)
エリックのことは図書館での居眠りしか知らない。真面目に研究ができるのか不安だった。
でも、教授の提案を断るのも失礼だろう。
「…はい、よろしくお願いします。」
リサが控えめに答えた。
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「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
エリックの方は嬉しそうに答えた。
あの美しい先輩と一緒に研究できるなんて、夢のようだった。
「それでは、ゼミの後で顔合わせをしてください。今後のスケジュールなど、相談してもらえれば。」
ロバート教授が微笑んで言った。
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ゼミが終わった後、二人は廊下で向き合った。
「改めまして、エリック・コールです。」
「リサ・ホイットニーです。」
初めて正式に挨拶を交わす二人。
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「あの…」
エリックが少し躊躇いながら口を開いた。
「図書館でお見かけしたことがあるような気がするんですが…」
「ええ、私もです。」
リサが素っ気なく答えた。
「いつも真剣に勉強されていますね。」
「あなたは…よく休憩されているようですが。」
リサの言葉に、エリックの顔が赤くなった。
「すみません…疲れているとついつい…」
「別に謝る必要はありません。ただ、研究は集中力が必要ですから。」
リサの口調は、決して意地悪ではないが、どこかよそよそしかった。
「頑張ります。」
エリックが真剣に答えた。
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「とりあえず、今度図書館で打ち合わせをしましょうか?」
リサが提案した。
「はい。いつが都合よろしいですか?」
「明日の午後2時はいかがですか?」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
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その時、ラボの入り口から背の高い金髪の男性が現れた。
「エリック!ゼミ、どうだった?」
エドガー・マッツァンティが手を振りながら近づいてくる。
「あ、エドガー!」
エリックが少しほっとしたような表情で答えた。
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「おや、どちらかは?」
エドガーがリサに気づいた。
「あ、エドガー、リサ先輩だよ。同じラボの。」
エリックが紹介した。
「リサ・ホイットニーです。以前からラボでお世話になっています。」
リサが丁寧に挨拶した。
「ああ、リサさん!俺はエドガー・マッツァンティ。研究員として参加させていただいています。エリックとは大学時代からの付き合いです。」
エドガーが気さくに自己紹介した。
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「エドガーさんは司祭の勉強もされているんですよね?」
リサが言った。
「実は、既に司祭叙階を受けていまして。科学と信仰の両立を目指して、こちらで研究をさせていただいているんです。」
「興味深いですね。」
リサの表情が、わずかに和らいだ。
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「リサさん、今度テニス見に来ない?」
エドガーがリサに声をかけた。
「こいつのプレー、なかなか見ものですよ!」
「え、僕そんなに…」
エリックが慌てた。
「考えてみます。」
リサが淡白に答えた。
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エドガーが去った後、二人は少し気まずい沈黙に包まれた。
「それでは、明日の午後2時に。」
「はい。よろしくお願いします!」
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別れ際、エリックが振り返った。
「あの、リサ先輩…」
「何ですか?」
「一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします!」
エリックの真摯な表情を見て、リサは少しだけ表情を緩めた。
「…こちらこそ。」
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その夜、エリックは興奮していた。
あの美しい先輩と一緒に研究できるなんて。名前も「リサ・ホイットニー」だということも分かった。
明日の打ち合わせが楽しみで仕方なかった。
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一方、リサは複雑な気持ちだった。
エリックという名前の後輩と組むことになったが、彼がちゃんと研究に取り組んでくれるのか不安だった。
(でも、真面目そうではある)
テニスでの活発な姿も思い出しながら、リサは少しだけ期待を抱いていた。
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翌日から始まる二人の共同研究。
まだよそよそしい関係だが、これが長い物語の始まりになることを、この時はまだ誰も知らなかった。
ゼミでの出会いが、運命の歯車を回し始めた。
ご読了いただき、ありがとうございました。
※今回から新しく登場したキャラクターについて、少し補足します。
エドガーはイタリア出身の司祭で、神学校を卒業後、助祭を経て司祭に叙階された人物です。
洗礼名は「ジョエル」で、信徒の方々からは“ジョエル神父”と呼ばれています。
ただし、彼は科学にも強い関心があり、現在は研究補佐としてラボに所属しています。
司祭のときは真面目ですが、ラボではかなりフランクな性格です。
少し変わった経歴の持ち主ですが、本編ではあくまでラボの補佐的な立場で登場します。
※ちなみにエリックより年上ですが、大学時代は同じ学年だったという設定です。
今後も時々彼も登場します。よろしくお願いします。