第24話 一つの鼓動、ふたりの涙
今回は、リサが初めての妊婦健診を受ける場面です。
エリックも同席し、ふたりが“命の鼓動”を初めて耳にする大切な回です。
学生でありながら親になるという現実、
そして、ひとつの小さな命に涙するふたりの姿を、
書きました。
リサは、初めての妊婦健診を迎えた。
「絶対に行く。赤ちゃんのこと、一緒に見たいんだ」
エリックはそう言って、ゼミを休んででも付き添った。
朝の光がやわらかく差し込む車の中で、リサが呟く。
「ちゃんと育ってるかな……」
エリックはハンドルを握りながら、彼女の手を取った。
「大丈夫。僕たちの赤ちゃんだ。きっと元気だよ」
その言葉に、リサの表情が少しだけ和らいだ。
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産婦人科の待合室は明るく、やさしい音楽が流れていた。
呼ばれて入ると、女性医師が穏やかな笑顔で迎えてくれる。
「初めての健診ですね。緊張されてますか?」
「はい。でも……少し楽しみです」
医師は問診票を確認しながら言う。
「妊娠八週ほどですね。つわりはありますか?」
「朝が少しつらいです」
「普通のことですよ。無理せず休んでくださいね」
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「では、赤ちゃんを見てみましょうか」
リサが診察台に横たわり、エリックはその隣で手を握った。
ジェルが塗られ、プローブがあてられる。
白黒のモニターに、ぼんやりとした影が浮かび上がる。
「ここですよ」
医師が画面を指差した。
小さな白い点。
けれど確かに、そこに“命”があった。
「これが……赤ちゃん?」
「はい。小さいけれど、心臓もちゃんと動いています」
医師が音量を上げる。
トクトク、トクトク、トクトク――。
小さくても、力強い鼓動。
その瞬間、リサの目から涙がこぼれた。
「これが……」
「赤ちゃんの心音ですよ」
エリックも息を呑み、目頭を押さえたが、涙を堪えきれなかった。
「すごい……本当に、生きてる……」
ふたりの涙が重なった。
モニターの中の小さな鼓動が、静かにふたりの未来を照らしていた。
「心拍も正常。大きさも順調ですね」
医師の声がやさしく響く。
リサは深く息をついて微笑んだ。
「よかった……」
「次の健診は四週間後です。それまで無理をしないでくださいね」
「はい」
エリックは真剣な表情で口を開いた。
「先生、僕たちはまだ学生ですが……家族に報告して、必ず結婚します。
リサと、この子を守ります」
医師は穏やかに頷いた。
「その気持ちがあるなら大丈夫。おふたりで力を合わせてくださいね」
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外に出ると、秋の風がやわらかく頬を撫でた。
リサはエコー写真を見つめながら、小さく呟く。
「こんなに小さいのに、ちゃんと心臓が動いてた……」
「命って、本当にすごいね」
リサはお腹に手を当てた。
「この子、ちゃんとここにいるんだね」
「うん。僕たちの子どもだ」
エリックはリサをそっと抱き寄せる。
「この子を幸せにしよう」
「絶対に」
帰り道、ふたりは小さなカフェに立ち寄った。
「お祝いしよう」
「お祝い?」
「今日、初めて赤ちゃんに会えた記念日だよ」
ホットチョコレートを注文し、向かい合う。
窓の外には、午後の光がやさしく差し込んでいた。
「心臓の音、まだ耳に残ってる」
「うん……あの音、一生忘れられないと思う」
テーブルの上に置かれたエコー写真を見つめながら、
リサは小さく微笑む。
「ねえ、男の子かな?女の子かな?」
「どっちでもいいよ。元気なら」
「うん。でも、少し楽しみ」
ふたりは静かに笑い合い、カップを重ねた。
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その夜。
エリックは机にエコー写真を置き、じっと見つめていた。
小さな白い影が、未来の希望に見えた。
いつしか、涙が頬を伝っていた。
「僕たちの子ども……」
同じ頃、リサも祈るように胸に手を当てていた。
「今日、初めて会えたね。元気に育ってね」
リサもまた、喜びの涙を流していた。
小さな鼓動は、静かな夜の中でも確かに響いていた。
ふたりを結ぶ命の音。
そして、未来への約束。
――その日、ふたりは「恋人」から「家族」へと歩き出した。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
ふたりが初めて「親になる実感」を得た回でした。
小さな鼓動を前に流した涙は、きっとこれからの人生を支えてくれるもの。
――そして次回、エリックは「神父様」に話を聞いてもらうことを決意します。
誰よりも先に、命のことを伝えたかった。
けれどその告白が、思わぬ“再会”を呼ぶことに――。
静かな教会で行われる、真剣な告解の時間。
そしてその後に訪れる、ジョエル神父の小さな動揺。
次回、「第25話 祈りの声、告白の涙」。
どうぞお楽しみに。




