第12話 湖畔での告白
今回は、映画館でのデートの際、エリックが眠ってしまい、リサが埋め合わせのため、お気に入りの湖畔に行くことをエリックに提案しました。でも、映画館での彼の寝顔を見れたのも、リサにとっては少しの呆れと、愛おしさも感じました。
今回は、リサの告白回になります。そして、エリックにも秘めている気持ちがーー
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2月の学内発表が成功に終わり、4月を迎え春の暖かな日差しが戻ってきた頃、リサがエリックに提案した。
「今度の週末、湖に行かない?」
研究室でのコーヒータイムのことだった。
「湖?」
「ええ。映画館では…申し訳ないことしちゃったから、今度はもっとゆっくりできる場所で」
リサの言葉に、エリックは慌てた。
「あ、いえ、あの時は僕が…リサは悪くないよ。」
「とても綺麗な場所なの。エリックなら、きっと気に入ってもらえると思うの。」
⸻
週末の午後、春の柔らかな陽射しが水面に反射し、湖畔の公園には穏やかな風が吹き抜けていた。
遠くで子どもたちがアヒルにパンを投げる笑い声が、風に乗ってかすかに届く。
エリックとリサは並んでベンチに座っていた。
二人の間には、紙カップの紅茶と、少し照れた沈黙。
「……こういう日、久しぶりだね。」
沈黙を破ったのはエリックだった。
「うん。研究室にいない週末なんて、不思議なくらい」
リサが微笑みながら答える。
「学内発表は、無事に終わってよかったよ。ありがとうリサ……。でも、僕と湖に来ても退屈にならない?」
「ならない。今日は……あなたといられるなら、それだけでいいって思ってる」
リサの言葉に、エリックは少し目を見開いた。
「……そんなふうに言ってもらえるなんて……」
思わずうつむきかけた彼の横顔に、リサはやさしく微笑んだ。
湖のそばの水面に広がる波紋のように、二人の心も静かに揺れていた。
湖は、風ひとつなく穏やかで、水面は鏡のように空を映していた。
青空と水の境界が溶け合い、世界がやわらかな光に包まれている。
エリックとリサは並んでベンチに座り、しばし無言でその景色を眺めていた。
静けさの中、鳥の声と、遠くで水面に跳ねる小魚の音だけが響く。
リサはそっと横目でエリックの横顔を見た。
彼の眼鏡に映る湖面の光がきらめき、柔らかな表情に見えた。
「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」
静かな声でリサが切り出す。
「ん?」エリックが視線を向ける。
「エリックって……どうして、細胞修復の研究をしようって思ったの?」
その問いに、エリックは少し驚いたように目を瞬かせ、そしてゆるやかに微笑んだ。
「……ああ、その話か。……昔、僕、スポーツばっかりやってたんだ。テニスとかサッカーとか。」
「知ってる、上手だったって聞いたことある。」
リサが頷く。実際、彼女は去年エリックのテニスを見ており、改めてその実力を目の当たりにしていた。
エリックは小さく肩をすくめ、目の前の湖を見つめながら続けた。
「高校の時、試合で怪我してさ。長い間リハビリして……そのとき、思ったんだ。
――どうして人の体って、自分で治ろうとするんだろう、って。」
リサは黙って耳を傾けていた。
「それがずっと頭に残ってて。仕組みがわかれば、もっと早く回復できるんじゃないかって思った。
もし僕以外の誰かが怪我したときも……役に立てるかもしれない、って。」
そう言ったエリックの声には、柔らかな熱が宿っていた。
その横顔を見て、リサは小さく笑みを浮かべる。
「……エリックらしいね。」
「え?」
「優しいなって思っただけ。」
エリックは少し耳まで赤くなり、慌てて目をそらした。
「……そんなことないよ。ただ、知りたかっただけ。昔から、ずっとね。」
二人の間に、柔らかな沈黙が流れた。
夕方になる頃、湖面には、寄り添う二人の影が静かに揺れていた。
やがて、リサが小さな声で切り出した。
「ねえ、エリック。私……恋愛ってよく分からないの。」
「えっ?」
エリックが驚いた表情で振り向く。
「今まで、人と付き合ったこと、ないの。ちゃんと好きって思ったのも……たぶん、初めて。」
リサの頬が少し赤くなった。この告白は、彼女にとって大きな勇気を必要とするものだった。
エリックは驚いたように彼女を見つめたが、すぐにその瞳を細め、何かを噛みしめるように頷いた。
「……そっか。リサが、僕を選んでくれたってこと、改めてすごく……嬉しい。」
「だから、私、不器用かもしれない。でも、ちゃんと向き合いたいの。あなたのこと」
その言葉に、エリックの胸に小さな痛みが走った。
自分には、まだリサに言っていない過去がある。
――10代の頃、初めての恋と別れを経験した、あの記憶。
(……でも、今は、今だけは――)
「ありがとう、リサ。……僕も、うまく言えないけど、ちゃんと気持ちを伝えていきたい。」
「うん…」
それ以上、言葉は要らなかった。
湖面に映る夕日が、二人を優しく照らしていた。
しばらくして、エリックがたずねた。
「……来月もまたここに来ない?」
「うん、でも、来月ってどうしたの?」
リサはエリックの急な誘いに、首を傾げた。
「確か、来月……5月ってリサの誕生日だったよね?14日だったっけ?時間はある?」
リサは少し驚いたように目を丸くし、それから柔らかく笑った。
「……ええ、たぶん大丈夫」
エリックの提案に、リサの心は躍った。二人だけでまた来れるなんて、考えただけで緊張した。
「リサのお気に入りのここで、ピクニックでもしながら、誕生日祝いたいなって思って」
エリック自身も、唐突な自分の提案に彼自身も内心驚き、思わず照れていたが、リサのためにお祝いしたい気持ちは本物だった。
⸻
その後、二人はゆっくりと湖畔を歩いた。
風が吹くたび、リサの髪が揺れ、エリックの袖が彼女の指先にそっと触れる。
手をつなぐには、まだほんの少し勇気が足りなかった。
けれど、その”触れそうで触れない距離”が、今は心地よかった。
歩きながら、エリックは心の中で思った。
(僕には、まだ言えないことがある。でも、いつかきっと――全部を伝えたいと思う。彼女となら、ちゃんと向き合える気がするから)
夕日が湖面を金色に染める中、二人の影は寄り添うように伸びていた。
リサの初恋の告白、そして次のデートへの約束。
この日は、二人の関係にとって大きな転換点となった。まだ手をつなぐことはできなかったが、心の距離はこれまでになく近づいていた。
「途中から来ちゃった方、こっそりこちらへどうぞ」
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