名前
家に戻ってしまったオリーが笑いながら戻ってきた。
「大事な話してたのにごめんなさい、お鍋を火にかけっぱなしだったのを急に思い出して。」
エヘヘと可愛らしく笑っていた。
「急に戻ってしまうからこの子も驚いていたぞ。」
珍しくロニーがオリーを注意している、逆は何度も見ているのにと少し面白く思ってしまった。
「それでね、今も思ったんだけど、名前を決めない?あなたのことなんて呼んだらいいか迷っちゃうもの。」
オリーがボクを見ながら楽しそうに言った。
さっきの少し悲しそうな顔は気のせいだったのだろうかと思うくらいに。
「確かにな、キミとかあなたとかだと誰の事かわかりにくいしな。名前については何も思い出せないんだよな?」
ボクは頷いた。
「特に希望がなかったら私が考えてもいいかしら?」
オリーが言ったのでボクは頷いた。
じゃあ…と考えたと思ったらすぐに、
「テオっていうのはどう?」
ボクはビクッとして自分の顔や体が引つるのを感じた。
何故なのかはわからない、無意識にそうなってしまった。
「あまり良くないみたいね、もう少し考えましょう。」
オリーはボクの様子に気がついて次の名前を考えながら地面に書き出していた。
「うーん、名前を決めるのって難しいのねー。」
オリーが疲れきった声で言った。
いくつか提案してくれたが、ボクやオリーがなんとなく違うなという気持ちになりなかなか決まらなかった。
そうこうしていたら太陽が真上に来ていたので、お昼ご飯を食べることになった。
お昼ご飯を食べている間もオリーはずっと名前を考えているようで、うーんと何度か唸っていた。
「今日の家事はほとんど終わったんだろ?気分転換に木苺でも取りに行ったらどうた?」
とロニーがオリーに提案していた。
「この子も来たとこだし、甘い物も少しあった方がいいかもしれないわね。久しぶりにジャムを作ろうかしら。」
オリーは名前について考え込むのをやめてそう言った。
「それならそろそろ砂糖も買っておいた方がいいだろう。それにこの子の物も揃えた方がいい。と、いうことで、俺はこの子と買い物に行ってくる。」
とロニーが言った。
お昼ご飯を食べ終わったら早速行動開始。
ボクとロニーは家から一番近い町、サラスへ向かう。
それ程大きな町ではないが国境が近く地形的にも攻め込まれやすい場所のため兵士が常駐していて、色々なものが王都などから持ち込まれていて買い物に困ることはない。
ただ兵士に怪しまれるとスパイなどに間違われ捕まってしまうこともあるらしい。
まだ名前のないボクは怪しまれる可能性があるし、人混みではぐれてしまった時に探しにくいのでひとまず"ノア"と呼ばれることになった。
サラスまではロニーの足で1時間と少しかかるらしく、ボクもいるのでもう少しかかってしまうと思う。
「疲れたら背負うから言ってくれよ。」
ロニーが頼もしく言ってくれた。
でもこれからのためにも逞しくならないといけないから自分の力で歩き切りたい。
と思っていたのだけど…足が痛い、靴が固くて踵が擦れている、歩き方に気をつけてみてもやっぱり痛い。
裸足で歩いてしまおうか?などと考えていたら、歩くのが遅れてしまっていて、少し前でロニーがこちらを見て待ってくれていた。
「大丈夫か?」
ボクは頷いたけど、ロニーはたぶん気づいていた。
「悪いが少し急ぎたいんだ、町の手前まで背負ってもいいかい?」
と聞かれたので、素直に頷いた。
「オレが寄りたい店が早く閉まることがあって、町に行く時は見ておきたいんだ。」
ロニーとオリーの鋭さと相手を気遣う言葉選びには驚かされる。
ロニーに背負われていると少し眠くなってきてしまった。
よく考えてみれば湖で目が覚めたのはまだ薄暗い早朝、それからずっと起きているのは10歳の体には大変だっただろう。
「おーい、起きてくれ、もうすぐ町の入り口だぞ。」
いけない、ぐっすり眠ってしまっていた。
ロニーの声に驚いて飛び起きた。
「あんな朝早くに湖にいたんだ、それに見知らぬ人と一緒にいて疲れないはずはない。まだ眠いなら背負っているが?」
ボクは全力で首を振った。
「10歳にもなるとちょっと恥ずかしいよな。」
ロニーは笑いながら言った。
道が曲がっていてまだ見えないが、あと少し歩けば町の入り口で、門番に用件を伝えて町に入る。
国内側の門の警備はそこまで厳しくないみたいで安心した。
ロニーと話していた門番がボクの方を見た、何も悪い事はしていないけど少しドキッとしてしまう。
「あの子供は?隠し子か?」
門番が少し意地悪そうに言う。
「やめてくれ、この子はオレの親戚の子供で理由あって預かることになった。」
ロニーが言った。
「まあ、お前に子供がいるとは到底思えないけどな、ハハッ。」
門番が軽快に笑いながら言った。
2人は知り合いなのか、仲が良さそうだ。
それからまた少し話をして、最後に門番がロニーに耳打ちをしていた。
「よし、通っていいぞ。」
「ありがとう。」
ロニーの挨拶のあと直ぐにボクも門番にお辞儀をしてロニーに着いて町に入った。
「町に入るにはもっと厳しい質問をされるかと思ったか?あの門番は昔からの知り合いでな、昔からあんな調子で門番には向かないと思う。」
ロニーが笑いながら言った。
「さて、まずはキミの服から買おう。お前らは服装が違いすぎるってさっきの門番からの助言だ。な、向いてないだろ?」
確かにいくら知り合いとはいえその助言は門番がしていいことなのだろうか?
しかし、ロニーとボクとでは服装が違いすぎるので確かに早めに着替えた方が良さそうだ。
早速服を扱っている店に向かいボク用の服を購入し、店内で着替えさせてもらった。
ロニーはこの店の店主のおじいさんとも親しげに話していた。
その後もボクの靴や日用品、食材なんかを買って回っていた。
いくつかのお店で広場に露店が出ていと教えてもらったので、少し見て行くことになった。
広場には真ん中に小さな噴水があり、その噴水を囲むように露店が並んでいた。
異国の物もあるのか見た事のない野菜や果物、カラフルなデザインのされた布製品や壺など様々な物が並んでいた。
沢山のお店、商品の中に気になる物を見つけた。
本なのだけど、この国では見たことがない感じで表紙には本物みたいな絵が描かれていた。
ロニーは隣の露店を見ていたが、ジェスチャーで見たいものがある事を伝えたらその店から動かない事を条件に見てきていい事になった。
ボクは早速本の前に来てじっくり見る。
(写真だ)
突然自分の中に自分の知らない言葉が出てきて驚いてしまった。
その言葉が本物みたいな絵のことを言っていると不思議とわかった。
「ハイお客さん、その本 気になる?」
他のお客さんと話していた店主がボクに話しかけてきた。
筆談用の道具を持っておらず困っていると店主は続けて話した。
「アイヤ、驚かせてスミマセン。お兄さんこう見えて優しいよ。」
ボクは店主の方を見て、伝わるかわからないけどジェスチャーで話せないことを伝えてみた。
「もしかして声出ない?ちょっと失礼しますよ。」
そう言って店主がボクのおでこの前に手をかざすとホワッと光ったと思った。
「これはこれは、まあなんと言ったらいいか。声はすぐに治るけど、記憶はどうかな…」
記憶のことなんて伝えてないのにと驚いていると店主が説明をしてくれた。
「アイヤー、また驚かせてしまったみたいだ。今のは鑑定魔法の一種だよ、キミの状態を鑑定したんだ。だから話してないことも少しわかってしまったんだ。」
もしかして、ボクのなくなってしまった記憶もわかるのだろうか?
「今は商売する上でワタシに必要な情報を見せてもらっただけだだから話したこと以上は見てないからね。もし他にも知りたいようなら別の日にしてね。お金もとるよ。」
ボクは記憶を取り戻したいかというとあまり思わないから首を振り、話を本物に戻すことにした。
本を指差し、ページを開くジェスチャーをしてみたら好きに見ていいと言われたので手に取ってみた。
やっぱりみたこともない文字、もちろん読めない。
でも、どことなくわかるような気もしなくもないなんだか不思議な感じがした。
何ページかめくったところでまた自分の中に言葉が浮かぶ。
(異世界スローライフ)
全く聞いた事のない言葉だ。
でも何故か意味はわかってしまう、さっきからあるこの現象はなんだろう?
あと、その言葉の辺りから妙に気持ちがワクワクしている。
「お客さん、なんだか楽しそうだね。謎の言葉で書かれた本が気に入った?」
ワクワクが顔に出てしまっていたようだ。
「誰も見向きもしなかったし、今ならお安くしておきますよ〜。」
お安くと言われてもボクはお金を持っていない。
でもボクはこの読めない本が気になって手放せないでいた。
「どうした、欲しい物でもあったか?」
隣の露店を見ていたロニーがやって来てボクにそう聞いた。
ボクは頷いたけど、やっぱり大丈夫だという仕草で慌てて本を返した。
こんな読めない本なんかに大切なお金を使うなんて、ボクを迎えてくれただけでも有難いのに…
「お客さん、今なら安くしておきますよ!」
店主がロニーを相手に商売を初めてしまった。
「この本は仕入れをしている人物も仕入れた記憶がなく、仕入れの伝票や取引記録にも一切書かれてなかった代物で、謎が多い。しかし沢山取引をしていると稀にこういうこともありまして、これも縁だと思い商品にしました。」
店主が話し始めた。
「この本を仕入れてから数多の町で露店を開きましたが見向きもされませんでした。それが今日この少年が興味を持ってくれた、商人としてこれ以上嬉しいことはないですはい。」
ちょっと芝居じみて胡散臭い感じで店主が語った。
ロニーは完全に信じきっている様子で店主を労っていた。
まあ売れ残っていたことは本当で、それが売れるのなら嬉しいことだろう。
「それでいくらだい?」
ロニーが聞いた。
「他の書物と似たような値で売るつもりだったんですが、少年が興味を持ってくれたのも嬉しいから銅貨7枚でいいよ。」
「それは安いな。」
ロニーの言う通りで、他の書物は安いものでも銅貨10枚はするし、この本と同じ厚みのものは銅貨15枚前後のばかりだ。
(半額だ)
また謎の言葉が浮かんだとともに、得したという気持ちが湧いた。
「この本が気になるんだろう?何が書いてあるかはさっぱりだが、キミが気になるなら必要な物なんじゃないか?」
ロニーがボクの顔を見ながら言った。
ボクにも何故気になるのかはわからないけど、記憶をなくしたボクが興味を示すものだから記憶のある頃のボクに関係のあるものかもしれないし、ないにしても記憶や過去のことを延々と考え込んでしまうことから離れられるかもしれない。
ボクは改めて頷いて、買ってもらうことにした。
ひとまずは沢山手伝いをして、2人の迷惑にならないように立派になろうと決意した。
「お買上げ、ありがとうございまーす。」
ロニーがお金を払い、店主が本をボクに渡してくれた。
「コレとコレはオマケね。」
と店主が少し汚れた布袋と中に何か入った小さな巾着袋をくれた。
「布袋は本入れに使ってね、ワタシのは新調する頃だから気にしないで。巾着袋の方はラディッシュの種ね。その本は絵から察するに野菜を育てる本だから、この種も少し前に仕入れたけど、育つと思うよ。」
こんなにオマケしてもらっていいのかな?なんて思っていたら、
「暫くこの町にいるから、また来てね。」
と店主に言われ、これも商売方法のひとつなんだろうなと思った。
ボクは布に本と種を入れた。
「少しゆっくりしてしまったな、砂糖を買って帰ろう。」
ロニーとの買い物を終えて帰り道、空はすっかりオレンジに染まっていた。
行きより少し早く歩き、暗くなる前になんとか家に着いた。
夕ご飯の支度を終えていたオリーが出迎えてくれた。
3人でご飯を食べて、その日はそのまま眠ることになった。
2人の家は二部屋しかなく、台所ともう一部屋しかないので台所でない部屋で3人一緒に寝ることになる。
なんだか少し恥ずかしい気持ちがするがこれは仕方がない。
ボクが捨てられてこの家に迎え入れてもらった1日目が終わろうとしている。
2人の適応力と行動力が凄まじくてまだ1日目だということが信じられない。
でもそのおかげで考え込み過ぎないでいられて良かったと思う。
今日は本当に疲れた。
ボクはすぐに眠ってしまった。
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その頃、本を売ってくれた商人は、
「イヤー、面白い子供を見つけた。あれは噂に聞いていた"転生者"という者かもしれない。早く姐さんに報告しないと。」
と言いながら楽しそうに宿で文を書いていた。
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翌日、よく晴れている。
ボクは家の横の2本の木の間で昨日買った読めない文字の本をめくっていた。
やっぱり読めなくて上を見上げたら鳥が行ったり来たりと飛んでいた。
2本の木の片方に巣を作っている様だ。
「ハトが気になるの?」
ボクの様子を見に来たであろうオリーが言う。
なんとなく見ていただけのボクはどうとも返せないでいた。
「ふふ、なんとなく見てただけだったかな?」
返事に困っているボクを見てオリーは気がついたようだ。
でも、なんとなくハトは好きな気がする、どこがとも言えないけど本当になんとなく。
それからも暫くハトを観察していたら、隣に座っていたオリーが話し始めた。
「昨日、アナタの名前を決めようって話したじゃない?まだ決めてないけど、今閃いたからロニーを呼んでまた話してもいいかしら?」
ボクは頷いた。
オリーがロニーを読んできて、昨日と同じように座った。
そしてオリーが話し出した。
「昨日の続きなんだけど、アナタの名前、キャルムって言うのはどう?ハトって意味なんだけど、ハトは平和の象徴だから素敵だなと思ったんだけれど?」
ハトという意味、平和の象徴。
捨てられたボクはこの先は平和に暮らしたいと思っていたからピッタリかもしれない。
ボクは頷いた、名前が決まり安心することができたから少し表情も柔らかくなっただろう。
2人も微笑んでくれて温かい気持ちになれた。
名前も決まったボクはこれから2人への恩返しと平和な暮らしのために頑張ることに決めた。




