ゼロ
「お前など、我が◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎家に必要ない、出て行けっ」
魔力測定が行われる教会に大人の男の怒声が響き渡った。
国の外れの湖の畔でボクは膝を抱えて座った姿勢のまま眠ってしまっていた。
良い目覚めではないな、あまり覚えてないけどたぶん悪い夢を見た。
ボクがここに来た時は真っ暗だったが、眠っている間に辺りは薄ら明るくなってきていて、空は少しピンク色になっていた。
夜明けだ、夜の間は眠ることができてよかった、起きていたらきっと不安で泣いてしまっていただろう。
「ここにいれば優しい人があなたを迎えに来るわ。それまで少し眠っていてね。私の可愛い◾︎◾︎。」
ボクをここに置いていった女性が優しく震えた声で残した言葉を思い出した。
最後の方は聞き取れなかったのはたぶん睡眠魔法をかけられて眠ってしまったからだと思う。
その女性はフード付きのロングマントを被っていたので顔は口元しか見えず、服などもほとんど見えなかったが時々見えた袖は淡い緑色で白い花の刺繍がされているとても高そうな物だった。
あの女性は誰だったのだろう、とても優しそうな人だったのにどうしてボクをこんな人が住んでいなさそうな所へ置いていったのだろう。
目頭が熱くなり、視界がぼやけてしまった。
こんなことを考えるのはやめよう、それよりもこれからどうするか、どう生きて行くかが重要だ。
悲しくても生きていかなければいけない。
それに今のボクはまだ10歳だ、こんな短い人生は御免だ。
まずは自分について思い出したいと思う。
どうやらボクには自分についての記憶がほとんどないようで、名前やどこで生まれ育ったか、家族がいたかなどは思い出せないというか、思い出そうとすると頭が痛くなり目の前がチカチカする。
自分のことでわかることは10歳の男であることと魔力がゼロであることくらい。
自分のこと以外は案外覚えていて、今いる国や世界のこと、話の内容を理解したり読み書き計算もできるし、動植物の名前や身を守る術なんかもある程度はわかっている。
それと自分の身につけている衣服がシンプルではあるけど真っ白なシャツに黒い半ズボンに革靴を履いていてポケットには白いハンカチが入ってることから、もしかしたら結構裕福な家の子供だったのかもしれない。
まあ思い出せないのだけど。
捨てられた理由は魔力がゼロだからだろう。
この世界、特にボクのいるセオグリフィン王国は魔法をとても重要視している。
150年前に始まり10年ほど続いた世界中を巻き込む大戦争の時に魔法を駆使してセオグリフィン王国に勝利をもたらした兵士がいたそうで、それまでは魔法ばかりに頼らず農業で生計を立てていた国だったが多くの国民が魔法に興味を持ち多方面で使用するようになってからは魔法重視の国へと変わった。
魔法を使うこと自体は良いと思うが、使えない者を蔑んで良いことにはならない。
しかし現実はこうである。
それまでは魔力測定は何歳でもできたが、魔力の弱い幼い捨て子が増え国内で問題になり、親が子に愛着が湧くようにもしくは、自力で生きていけるように魔力測定を10歳にしたのは先々代の王様だ。
本当はこの国の成人の年齢である15歳にしたかったようだが、反対意見も多かったようで10歳になった。
それでも幼くして捨てられていた可能性があることを思うと、先々代の王様には感謝だ。
もう少し明るくなったら行動を開始しよう。
ボクを置いていった女性はここにいればいいと言ったいたけど、どこまで信じていいかなんてわからない。
それまでは湖の向こうの山の上に朝日が昇る様子でも見ていよう、新しい生活の始まりには持ってこいな気がした。
「君、どうしたんだ?こんな薄暗い時にこんな所で。」
突然の声にボクは驚いて声のした左後ろを見た。
そこには見知らぬ男性が立っていた。
「ハッ…ウー…」
そこで初めて気がついた、声が出ない。
どんなに喉に力を入れて息を吐き出しても、空気の通る音と微かな呻き声みたいなものしか出てこない。
焦って呼吸を荒くしていると、男性が落ち着くように言いながら暫く背中をさすってくれた。
「大丈夫かい?」
(ありがとうございます、落ち着きました)
どうにかして伝えたいのに、全く声が出ない。
それでもボクの様子を見て察したのか、男性は優しく微笑んでくれた。
「じゃあ、僕から質問させてもらってもいいかな?大丈夫なら頷く、ダメなら首を横に振ってくれ。」
ボクはコクっと頷いた。
「よし、じゃあ君はうーん…、君は自分の意思でここに来たのかい?」
「はい」か「いいえ」で答えられるように考えて質問もしてくれた。
ボクは首を横に振った。
「家出じゃないんだな、じゃあ、誰かと近くまで来ていてはぐれた?」
はぐれた訳じゃないから首を横に振った。
「じゃあ…」
少し間が空いて、男性は躊躇いながら質問をしてきた。
「もしかして、捨てられた?」
ボクはしっかりと頷いた。
男性の顔が悲しみの表情に変わりその後拳に力が入ったのがわかったが、ボクに話しかける時にはまた優しげな表情に戻った。
「行くあてはあるかい?」
ボクは首を横に振る。
「じゃあひとまずうちにおいで。綺麗ではないし、裕福でもないけど、君ひとりくらいなら一緒に暮らせるよ。」
少し悩んだが、ボクを置いていった女性の言葉を思い出して、この人が優しい人なのかもしれないと思い着いていくことにした。
あの女性もこの男性も悪い人ではなさそうだったので、このままひとりでいてもどうなるかわからないし信じてみることにする。
男性は湖の水を汲みに来たらしく、樽を担いでいた。
ちょっと待っててくれと言われたので水を汲んでいる彼を見つつ、太陽の位置を確認したらすっかり山の上に昇っていた。
彼の家に向かう道中、自己紹介をしてくれた。
彼の名前はロニーで湖の小さな丘の上に家があること、そこに奥さんと住んでいること、その奥さんがとても可愛いということをボクの緊張を解くかのように陽気な雰囲気で話してくれた。
ボクは言葉で返事ができない代わりに必死に頷いて返した。
言っていた通り湖からそんなに歩かずに家に着いた。
「ただいま。」
ボクは中に入るのを少し躊躇った。
ロニーはそれに気づいても無理に中に入れようとせずに、ドアを開けたまま家に入り奥さんを呼んでくれた。
「オリー、ちょっと来てくれないか?」
家の中で話をしているのがわかった。
しかし内容までは聞き取れないから奥さんに断られないか不安になった。
「あら、可愛い子ね。」
ドアから顔を覗かせた女性は笑顔でそう言ってフフッと笑っていた。
「あまり綺麗ではないけど、どうぞ入って。」
女性は可愛らしい笑顔で明るく言ってくれたから、安心してお邪魔することができた。
食卓と思われるテーブルに案内され、指示された椅子に座った。
女性が温かいお茶を出してくれてそれをゆっくりと飲んだ。
2人は向かい側の椅子に座り、ボクが飲み終わるまで優しく見守ってくれた。
体だけでなく、心まで温かくなった。
この人達なら大丈夫な気がして、お茶を飲み終わったボクはしっかりと頷いてから2人に笑顔を見せた。
言葉にできないありがとうの代わりの仕草だった。
2人も優しく笑い返してくれた。