表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死刑囚だった俺が小学生に転生!? 裏切られて死んだけど、ここからは俺のターン。裏切り者は詰みです。  作者:
4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/100

93話

 深夜の冷気が肌を刺すが、不思議と寒さは感じない。

 広大な庭園の隅、木立に囲まれた小さな「離れ」。


 本邸へ向かう足を、一度だけ止める。

 澪に会う前に、済ませておかなければならないことがある。


 (……寄っていくか)


 俺は砂利を踏みしめ、離れの玄関へと向かった。

 明かりは消えている。母さんはもう寝ているだろうか。

 起こさないように、そっとドアノブを回す。


 カチャリ、と小さな音がして、ドアが開く。

 静まり返った廊下。

 靴を脱ぎ、リビングの方へ目を向けるとそこには、薄暗い常夜灯の下で、ソファに座ったまま微睡んでいる母さんの姿があった。


 テーブルの上には、冷めた夜食と、読みかけの雑誌。

 俺の帰りを待っていたのだろう。


 俺は音を立てないように近づき、彼女の寝顔を見下ろした。

 目尻のシワ。白髪の混じり始めた髪。

 かつて組織の末端として俺を殺そうとし、そして俺と共に組織を裏切り、生き延びた女。


 血の繋がりはない。

 だが、この数年間、彼女は間違いなく俺の「母親」だった。


「……ん……」


 気配を感じたのか、母さんがゆっくりと目を開けた。

 俺の姿を認めると、寝ぼけ眼をこすりながら、ふわりと笑う。


「あら……おかえりなさい、アキラ。遅かったわね」


 いつもと変わらない、穏やかな声。

 それが、胸に痛い。


「……ああ。ただいま」


 俺は短く答えた。

 母さんは体を起こし、テーブルの上の夜食に手を伸ばそうとする。


「お腹、空いてるでしょう? 温め直すから……」


「いや、いい」


 俺は彼女の言葉を遮った。

 これ以上、日常を演じ続けることはできない。


「……また、出かけるんだ」


「え?」


 母さんの手が止まる。

 俺は、努めて平静を装い、いつもの調子で告げた。


「ちょっと、遠くで仕事が入ってさ。しばらく帰れないかもしれない」


「しばらく」じゃない。「二度と」だ。

 俺が過去へ飛べば、この世界線での俺たちの関係は消滅する。

 彼女の記憶からも、俺という息子の存在は消えるかもしれない。


 母さんは、俺の顔をじっと見つめた。

 その瞳が、わずかに揺れる。

 彼女は、俺が「普通の高校生」じゃないことを知っている。

 伊集院家の影で、何か危ないことをしていることも、薄々感づいているはずだ。


 止めるか?

 それとも、理由を聞くか?


 だが、母さんはどちらもしなかった。

 ただ静かに立ち上がり、俺の前に立った。

 そして、俺の襟元を慣れた手つきで整え始めた。


「……そう。わかったわ」


 その声は、驚くほど落ち着いていた。


「アキラが決めたことなら、止めない。……あなたは、いつだって自分で考えて、自分で道を選んできた子だもの」


 彼女の手が、俺の肩を優しく叩く。


「でもね、忘れないで。……ここが、あなたの家よ。いつ帰ってきてもいいように、鍵は開けておくから」


 帰る場所がある。

 その事実だけで、俺はどれだけ救われてきただろうか。

 前世では得られなかった、無償の愛と安らぎ。

 それをくれたのは、間違いなくこの人だった。


「……ああ。ありがとう、母さん」


 俺は深く頭を下げた。

 感謝と、謝罪と、別れの言葉をすべて飲み込んで。


「行ってきます」


 顔を上げ、告げる。

 母さんは、今までで一番優しい笑顔で、俺を送り出した。


「ええ。……行ってらっしゃい」


 俺は背を向け、玄関を出た。

 ドアが閉まる音が、俺たちの「家族ごっこ」の幕を下ろした。


 夜風が冷たい。

 だが、背中に残る母さんの手の温もりだけは、消えなかった。


 (……元気でな)


 心の中で呟き、俺は本邸の方角――澪の待つ場所へと歩き出した。


 迷いはない。

 もらった温もりを糧に、俺は最後の戦場へと向かう。


 地下室に向かう途中、廊下には、加賀が静かに控えていた。

 彼は俺の顔を見て、すべてを悟ったように目を伏せた。


「……加賀さん」


 俺は頭を下げた。

 これが、この男と交わす最後の言葉になるだろう。


「彼女を頼む。……あなただけが頼りだ」


 加賀は深く、長く頭を下げた。

 その背中は、どんな敵からも主を守り抜く鉄壁の盾のように見えた。


「お任せください。……この命に代えても、桜様をお守りいたします」


 その誓いを聞き届け、俺は歩き出した。

 廊下の突き当たり、地下へと続く隠し階段へ向かう。


 天井を仰ぎ、一度だけ深く息を吐いた。

 肺の中に残った未練を、すべて吐き出すように。


 (……さよならだ、桜)


 俺は暗い階段を降りていく。

 その先には、澪と、そして転生する装置が待っている。

 これが、俺の選んだ道だ。


 ◇


 地下への階段は、深く、暗かった。

 一段降りるごとに、空気は冷え、密度を増していく。

 かつて父――いや、未来の俺が消えた場所。

 伊集院家の最深部、「開かずの間」。


 最下層にたどり着くと、そこには異様な光景が広がっていた。

 コンクリートの壁に囲まれた広い空間。

 その中央に鎮座するのは、時代錯誤なほど巨大で、複雑な紋様が刻まれた石造りの台座と、それに接続された最新鋭の電子機器の群れ。

 古代の祭壇と、未来のテクノロジーが、歪に融合している。


 その装置の前に、澪が立っていた。

 モニターの光に照らされた彼女の横顔は、どこか神聖で、近寄りがたい雰囲気をまとっていた。


「……遅かったわね」


 彼女は振り返らず、キーボードを叩きながら言った。


「いろいろと、片付けがあったんでな」


 俺は台座へと歩み寄る。

 空気がビリビリと震えている。


「準備はいい?」


 澪が手を止め、こちらを向いた。

 その瞳には、万感の思いが込められていた。

 数万回のループ。果てしない絶望の繰り返し。

 それを終わらせるための、最後の一手。


「ああ。……いつでもいい」


 俺は台座の上に立った。

 視界が高くなる。

 澪がコンソールに手をかける。


「座標固定。……時代伊集院家が創設されるより前の時間軸よ」


 機械的な音声と共に、部屋全体の空気が重くなる。

 空間が歪み始め、視界の端がノイズのように揺らぐ。

 耳鳴りがキーンと響き、世界が遠ざかっていく感覚。


「さあ、行きなさい。時間がな――」


 その時だった。


 ガンッ!!


 背後で、衝撃音が響いた。

 何重にもロックされていたはずの重厚な鉄扉が、こじ開けられるようにして開く。

 けたたましい警報音が鳴り響く中、土煙の向こうから飛び込んできたのは――。


「アキラッ!!」


 悲鳴のような叫び声。


 そこにいたのは、ドレスの裾を埃で汚し、裸足で駆け込んできた桜だった。

 髪は乱れ、肩で息をし、その瞳は鬼気迫るほどに見開かれている。

 後ろには、止めようとして止められなかったのか、苦渋の表情を浮かべた加賀が立ち尽くしている。


「……なっ!?」


 俺は言葉を失った。

 なぜ、ここに?

 俺は完璧に嘘をついて、別れを告げたはずだ。

 あの部屋で、彼女は納得して俺を送り出したはずだ。


「来るな! ここはもう――」


 俺の制止など、彼女の耳には届いていなかった。

 桜は迷うことなく、光が渦巻き始めた危険地帯へと飛び込んでくる。

 転移のエネルギーが風となって吹き荒れる中、彼女は一歩も引かない。


 そして――


 ドンッ!


 俺の背中に、強烈な衝撃が走った。

 桜が、背後から俺に勢いよく抱きついたのだ。


 転移の前兆である突風が吹き荒れ、二人の髪を乱暴にかき乱す。

 光の粒子が舞う中、彼女は俺の背中に顔を埋め、叫んだ。


「嘘つき!『遠く』なんてレベルじゃないでしょ!?」


 その声は涙で濡れていたが、怒りに満ちていた。

 俺の嘘など、最初からすべてお見通しだったのだ。


「桜、離れろ! お前まで巻き込まれるぞ!」


 俺は彼女の腕を引き剥がそうとする。

 だが、桜の腕は鋼のように固く、俺の腰に回されたまま微動だにしない。

 震えているのに、凄まじい力だ。


 彼女はさらに力を込め、俺の背中に爪を立てるようにしてしがみつく。

 その痛みが、彼女の実在を俺に刻みつける。


「あなたがどこへ行こうとしてるのか、私には分からない!でも、これだけは分かる!……あなたは、一人で全部背負って、二度と戻らないつもりなんでしょ!?」


「ッ……」


 図星だった。

 彼女には、何もかもが筒抜けだった。

 俺の嘘も、覚悟も、そしてこれが永遠の別れであることさえも。


「行くんでしょ。……行きなさいよ!」


 矛盾した言葉。

 抱きしめたまま、彼女は俺の背中を押すように叫ぶ。

 行かせたくない。

 でも、行かなければならない俺の背中を、誰よりも強く肯定するように。


「でも、絶対に忘れないで!」


 背中越しに、彼女の心臓の鼓動が伝わってくる。

 激しく、速く、命を燃やすような鼓動。

 そして、燃えるような体温。


「あなたがどこに行っても……たとえ、違う世界でも、違う時間でも!」


 桜は顔を上げ、俺の耳元で、魂を削るように宣言した。


「私は、あなたを見つけ出す!伊集院家のすべてを使ってでも、絶対にあなたを迎えに行くから!!」


 それは、愛の告白ではなかった。

 運命に対する、伊集院桜という人間の宣戦布告だった。

 時空さえも超えて、必ず俺を捕まえるという、執念の誓い。


 俺の目頭が熱くなる。

 言葉が出ない。

 ただ、背中に感じる彼女の熱だけが、俺の存在を現世に繋ぎ止めている。


 (……ああ。やっぱり、敵わないな)


 俺は、彼女の腕にそっと手を添えた。

 その感触を、記憶の最深部に刻み込むために。

 この温もりさえあれば、俺はどこの地獄へ行っても、自分を見失わずにいられる。


 澪が、悲しげに目を細めた。


「……時間よ」


 彼女は静かに告げ、桜を俺から引きはなし、スイッチに手をかけた。


 光が炸裂する。

 視界が真っ白に染まり、重力が消失する。

 世界が崩壊する轟音の中で、周りの背景がふっと消える。


 俺の背中には、最後まで桜の体温が焼き付いていた。


 その熱だけを道標に、俺は時空の彼方へと弾き飛ばされた。

 意識が溶ける寸前、俺は心の中で誓った。


 (待っていろ。……必ず、世界を変えて、また会いに来る)


 光の渦が俺を飲み込み、九条アキラの物語は、ここで幕を閉じた。


 そして――


 新たな過去での戦いが始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ