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死刑囚だった俺が小学生に転生!? 裏切られて死んだけど、ここからは俺のターン。裏切り者は詰みです。  作者:
4章

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91話

 足が勝手に動いていた。思考などない。目的もない。

 ただ、身体に染みついた「記憶」だけが、抜け殻になった俺を運んでいた。


 たどり着いたのは、廃駅だった。


 錆びついた鉄骨。

 ひび割れたコンクリートの隙間から伸びる雑草。

 そして、世界を赤く焼き尽くすような夕焼け。


 何も変わっていない。

 小学生の俺が、背伸びをして情報屋と取引をしたあの日と、同じ情景。


 ただ違うのは俺の中身が、空っぽだということだけだ。

 かつては復讐という熱病に浮かされていた。

 だが今は、その熱源だった心臓が、冷たい灰になって胸の底に沈んでいる。


 (……俺は、何をしたかったんだ)


 ホームのベンチに座り込む。

 冷たい風が吹き抜け、錆びた鉄の臭いを運んでくる。

 目を閉じると、まだ瞼の裏に焼き付いている。

 ガラスの向こうで揺れる、自分自身の死体が。


 終わりだ。

 物語は、最悪のバッドエンドで幕を下ろした。


 そう思っていた。


「おひさ~。……元気してた? 死刑囚さん」


 不意に、声が降ってきた。

 軽やかで、場違いなほど明るい声。

 俺は顔を上げた。

 逆光の中、ベンチの背もたれに腰掛け、足をぶらつかせている少女のシルエット。

 夕陽を背負い、顔は見えない。

 だが、その声と佇まいは、俺の記憶にある「あいつ」そのものだった。


「……澪?」


 俺の声は、枯れ木のように掠れていた。

 彼女はひらりと地面に降り立つと、制服のスカートを直しながら、にっこりと笑った。

 あの日と同じ。何一つ変わらない、得体の知れない笑顔。


「……なんで、ここにいる」


「待ち合わせしたでしょ? 『いつもの場所』でって」


 彼女は事もなげに言う。

 だが、俺の意識はそこにはない。

 さっき、彼女が口にした言葉。

 それが、凍りついた脳に遅れて突き刺さる。


「……今、なんて言った?」


 俺は震える唇で問い返した。


「『死刑囚』……? 誰のことだ」


 澪は小首をかしげ、いたずらっぽく目を細めた。


「あなたのことよ。……影山アキラさん」


 心臓が、早鐘を打った。全身の血の気が引いていくのがわかる。

 知っているはずがない。

 俺が転生者であることも。

 前世の名前も。誰にも話していない。

 墓場まで持っていくはずの秘密だ。


「……なぜ」


 喉が詰まる。


「なぜ、それを知っている」


 澪は人差し指を唇に当て、楽しげにステップを踏むように俺に近づいてくる。


「ん~どこから話そうかな。……ん~っと」


 彼女は俺の目の前で立ち止まり、覗き込むように顔を近づけた。

 その瞳は、夕陽の色を吸い込んで、底知れないほど深く輝いていた。


「全部、知ってるから」


 背筋に、氷柱を突き刺されたような寒気が走った。


「全部……?」


「ええ。転生していることも。あなたが影山アキラだってことも。……そして、あなたが『自分自身』を殺して、絶望の底にいるってことも、全てね」


 言葉が出ない。

 呼吸すら忘れて、俺は彼女を見つめた。

 人間じゃない。

 この女は――情報屋なんて枠に収まる存在じゃない。


「……お前は、何者なんだ」


 恐怖と畏怖が混ざり合った声で問う。

 澪はふふっと笑い、軽やかにくるりと回った。


「ん~、企業秘密。……ただの『観測者』とでも思っておいて」


「観測者……?」


「それよりさ」


 澪は急に真顔になり、俺の胸元……心臓のあたりを指差した。


「このままでいいの? 死神に弄ばれて、抜け殻のまま終わるつもり?」


 図星だった。

 今の俺には、生きる意味も、気力もない。

 ただ死ぬのを待つだけの、人間だ。


「……終わったんだ。何もかも」


 俺は力なく首を振った。


「俺は、俺を殺した。……復讐なんて、最初から茶番だったんだ」


「そうね。あれは酷い喜劇だったわ」


 澪は淡々と同意した。

 慰めなどない。

 事実を、突きつけてくる。


「でも、まだ終わってない」


 彼女の声が、低く、熱を帯びた。


「……『死神』を倒せるって言ったら? どうする?」


 俺の目が、大きく見開かれた。


「……は?」


「あいつはこの世界のバグよ。理不尽で、傲慢なシステム。……でも、どんな完璧なシステムにも、必ず穴がある」


 澪の瞳に、狂気にも似た強い意志の光が宿る。


「殺すのよ。……神様気取りのあの女を」


 死神を殺す。

 あの絶対的な存在を。

 理そのものを。そんなことが、可能なのか?

 混乱する俺を見て、澪はふいに、話題を変えるように問いかけた。


「……ねえ、アキラ。あなた、自分が最強だと思った?」


 虚ろな目を向ける俺に、彼女は心を見透かすような冷徹な声で続ける。


「なぜ、都合よく伊集院桜が同じクラスにいたの? なぜ情報屋の澪は小学生のあなたに情報提供をしたの? なぜ、あんなにも都合よく不破蓮のような頭脳が、南雲ミナのような技術が、黒鉄牙のような暴力が、あなたの周りに集まっていたの? なぜだとおもう?」


 彼女の言葉が、俺の記憶を見透かす。

 確かに、順調すぎた。

 俺が欲しいと思った能力を持つ人間が、まるで用意されていたかのように配置されていた。

 俺の実力だと思っていたものが、全て誰かの手のひらの上だったというのか。


「あなたは全知全能ではないわ。……ただ、歩かされていただけ」


「……違う!」


 俺は掠れた声で否定した。認めたくない。

 俺の意志で選び、俺の力で手に入れたものだと思いたかった。

 だが、すぐに別の考えが頭をよぎる。


「……恐らくそれは、死神が用意した舞台であり役者だ。あいつが、俺の復讐という喜劇をうまく成立させて楽しむために……」


 そうだ。あの女ならやりかねない。

 俺を踊らせるために、最高の舞台装置を用意したんだ。


「違うわ」


 澪は、俺の推測をバッサリと切り捨てた。


「死神に対抗するために……あなたのこの喜劇が、1ミリもズレることがないように、伊集院アキラがセットアップしたんだよ」


「……は?」


 思考が、物理的に停止したような感覚だった。

 聞き慣れない名前。

 だが、その姓には聞き覚えがありすぎる。


「伊集院……アキラ? 誰だ、それは」


 俺の声は震えていた。

 怒りではない。得体の知れない「異物」を突きつけられたときの本能的な拒絶だ。


「俺は影山だ。九条だ。……伊集院アキラなんて名前、知るわけがない」


「いいえ。……未来のあなたよ」


 澪は一歩踏み出し、俺の目の前で立ち止まった。

 夕陽を背負った彼女の顔は影になり、表情が見えない。

 ただ、その声だけが冷徹に、残酷な真実を紡いでいく。


「未来のあなたが、過去のあなたのために配置したの。あなたはこの強固なレールに沿うことで、復讐が失敗することもなく、順調に力をつけ、迷うことなく『自分殺し』を完遂する」


 ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。

 胃の底から、熱い鉛のようなものがせり上がってくる。

 レール? 完遂?

 俺が必死に足掻き、血を吐く思いで積み上げてきた全てが、あらかじめ決められた「予定調和」だったと言うのか?


「……ふざけるなッ!!」


 俺は愕然とした。俺が自分を殺したことさえも、未来の俺が仕組んだことだと言うのか?


「意味がない……! なぜ、自分殺しを確定させるんだ! そんなことをして何になる!」


「死神を殺すためよ」


 澪の瞳が、剣呑な光を帯びる。


「今は分からないと思う。ただ……不確定な要素をすべて排除し、歴史を『固定』することで、気まぐれな死神の動きもまた『固定化』され、ズレがなくなる」


 彼女は夜空を見上げならつづけた。


「そうすることで……神出鬼没の死神を、必ず倒すための『土俵』を作り上げるの」


 俺は言葉を失った。

 俺の絶望も、後悔も、すべては「死神を殺す」というたった一つの目的のために計算された一部だったのか。

 あの生活。桜や不破との駆け引き。組織を作り上げる事すら……。

 そのすべてが、俺を「ここ」へ連れてきて、絶望させるためだけの餌だったというのか。


「……は、はは」


 乾いた笑いが漏れた。止めようとしても止まらない。

 腹の底から、空虚な笑いが込み上げてくる。


「傑作だな……。俺の人生、全部茶番だったってわけか」


 笑いはすぐに、激情へと変わった。


 ドゴォッ!!


 俺は近くにあった錆びた看板を、思い切り蹴り飛ばした。

 金属がひしゃげる音が、静寂を切り裂く。

 足に走る痛みが、かろうじて俺の正気を繋ぎ止める。


「ふざけるなッ!! 俺は……俺は……。」


 理屈ではない。魂の叫びだった。

 運命への、死神への、そして自分自身への猛烈な怒り。


「あなたは今、出口のない『螺旋』の中にいる。……ねえ、知ってる?」


 澪が、冷たく告げた。

 その声は冷たかったが、その響きには、長い時間を共に歩んできた者だけが持つ、痛々しいほどの親愛が滲んでいた。


 彼女はさらに一歩近づき、俺の顔を覗き込んだ。

 その瞳の奥には、数万回分の絶望を見てきたような、昏い光が宿っていた。


「今回が初めてじゃないのよ。……あなたはこれまで、何回も、何回も……何回もあいつに負けて、魂をいたぶられてきた」


「……な、に?」


「あいつにとって、あなたは対等な敵じゃない。……何度も味わえる、ただの『極上の餌』よ」


 澪の声が、呪いのように鼓膜にこびりつく。


「ここで逃げても、また同じよ。……少し前に死刑台に送られたあなたがまた、小学生からやりなおして、そしてまた、絶望を美味しく食べられるだけ」


 俺の脳裏に、あの死神の恍惚とした表情が浮かぶ。『ごちそうさま』と言った、あの口元が。


 (……ふざけるな)


 体中の血が沸騰するような感覚。恐怖よりも先に、猛烈な屈辱が込み上げてくる。

 俺は……餌だったのか。あいつの退屈を紛らわせるための、使い捨ての玩具ですらなかったのか。


「でもね、そのなかであなたと私でずっと紡いできたの……。わかる? 少しずつ、少しずつ死神を倒すためにズレを調整して、舞台を整えてきた。何人ものあなたを犠牲にして、今のあなたはここに立っている。そして今ようやく、全てがそろった。あいつを殺すための舞台が……」


 澪は、続けて言う。


「あの地下室。『開かずの間』にあった装置。あれは転送装置よ。あなたと私が何度もやりなおして、協力して作り上げた転送装置と密室」


 俺の脳裏に、あの血まみれの部屋が浮かぶ。桜の父親が消えた場所。


「……あれを使えと?」


「ええ。転生して、伊集院家を創りなさい。そして、死神を殺すための『完全なる密室』を完成させるの」


 澪は俺の目を見据え、はっきりと言い放った。


「そして、伊集院家の創設者として、創設者が消えたあのタイミングで、再度『死神』と対峙する必要がある」


 その言葉が、俺の思考を貫いた。

 桜の父親……伊集院家の当主。

 あれは、未来の俺自身だったのか。


 ――だとすれば。


 俺の脳裏に、桜の笑顔が浮かんだ。

 初対面の時から、俺に異様なほど執着し、懐き、無償の信頼を寄せてくれた少女。


 (……そういう、ことか)


 だから、あいつは……桜は、あんなにも俺に懐いていたのか?


 初対面の俺に、理屈抜きで惹かれていたのは、俺が『父親』だったからなのか?


 俺が守ろうとしたのは、そして俺を守ろうとしてくれたのは、未来の俺自身の娘だったのか。


 ――胸が張り裂けそうだった。


 この事実は、俺たちがこれから永遠に離れ離れになるという決定的な宣告でもあった。


「……また、負けるのか? 今までのループのように」


 俺が問うと、澪は強く首を横に振った。

 その瞳には、かつてないほどの確信の光が宿っていた。


「今までは負けた。……けど、今回は違う。無駄じゃなかったのよ、アキラ」


 彼女は一歩踏み出し、俺の手を握った。


「あなたが『自分自身』を殺して深い絶望に落ちたからこそ、死神は満足して油断して追跡を止めている。その一瞬の『隙』を作るために、この悲劇は必要だったのよ」


 無駄じゃなかった。

 俺の絶望すらも、死神を欺くための最強のブラフだったというのか。


「完全な密室を作り上げるための条件は、今回ですべて揃ったわ」


 条件は、揃った。

 その言葉が、俺の背中を押す。

 これは敗北の歴史をなぞる旅ではない。

 勝ち目のない賭けに、初めて「勝算」というカードが配られた状態でのリベンジだ。


 ――それは、今の生活との決別を意味していた。


 桜。加賀。母親。不破。南雲。黒鉄。俺がこの世界で築き上げた関係、手に入れた居場所。


 それらすべてを捨てて、過去へ飛び、孤独な戦いを始めろと言うのか。


「……俺が行けば、ここの連中はどうなる」


「あなたがいない世界のまま進行するわ。別の世界線にいく」


 澪は残酷な事実を告げる。


「あなたが過去を変えれば、今の彼らとの関係はリセットされる。桜の心も、仲間の忠誠も、すべて無かったことになる」


 ――胸が痛んだ。


 桜の「絶対に帰ってきてね」という言葉が蘇る。俺は、また裏切るのか。


 いや、娘である彼女の未来を守るために、父親である俺が消えなければならないのだとしたら。


「……それでも、行くの?」


 澪が試すように問う。

 俺は拳を握りしめた。爪が皮膚を裂き、血が滲む。


 このままここにいれば、俺は桜たちに守られて生きていけるかもしれない。


 だが、死神は生き続ける。

 俺は一生、あいつの手のひらの上で飼われる家畜だ。

 そんなのは、死んでいるのと同じだ。

 死神がいる限り、本当の意味で誰も守れない。

 彼女たちの笑顔すら、死神のコレクションの一部に過ぎないのだとしたら。


 俺が本当の意味で自由になり、彼女たちを守る未来を作るにはこの狂った円環を断ち切るしかない。


 たとえ、今の彼女たちとお別れになったとしても。

 その業を背負ってでも、俺は進まなければならないのか。


「……」


 俺は顔を上げた。涙も、迷いも、怒りすらも消え失せていた。


 あるのは、凍てつくような殺意だけ。


「行って、死神を殺す。……そのために必要な代償なら、いくらでも払ってやる」


 澪は、にっこりと笑った。それは初めて見せる、心からの笑顔だった。


「……合格よ、アキラ。待ってたわ、その言葉を」


 彼女は背を向け、歩き出す。


「今夜。伊集院家の地下で待ってる。……遅れないでね」


 その背中を見送りながら、俺は立ち上がった。足取りは重いが、もう迷いはない。



 さよならだ、この世界。そして、待っていろ、死神。


 ――俺は必ず、お前を殺す場所へ辿り着く。


「……上等だ」


 俺は拳を握りしめた。傷ついた皮膚に痛みが走る。

 その痛みが、俺がまだ生きていることを教えていた。

 俺は廃駅を後にした。

 向かう先は、伊集院家。

 すべての始まりであり、終わりの場所。

 螺旋階段を降りるように、俺は更なる深淵へと足を踏み入れた。

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