表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死刑囚だった俺が小学生に転生!? 裏切られて死んだけど、ここからは俺のターン。裏切り者は詰みです。  作者:
3章 高校生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/100

80話

 翌日。

 放課後の地下訓練場には、いつも通りの殺伐とした空気が満ちていた。

 サンドバッグを打つ鈍い音、怒号、床に叩きつけられる衝撃音。

 汗と鉄錆の混じった匂いが、地下特有の淀んだ空気に溶け込んでいる。


 だが、今日の俺に向けられる視線は、昨日までとは明らかに異なっていた。

 侮蔑や無視ではない。畏怖、あるいは値踏みするような視線。

 昨夜の「倉庫掃除」の噂が、どこからか漏れたのかもしれない。

 あるいは、篠原教官が意図的に情報を流し、俺を試しているのか。


「……精が出るな、アキラ」


 リングサイドに立つ篠原が、タオルを片手に声をかけてきた。

 その表情には、以前のような見下す色はなく、代わりに同類を見るような昏い光が宿っている。


「昨日の『仕事』、悪くなかったぞ。……現場を見た処理班がボヤいていた。『掃除が行き届きすぎていて、逆に気味が悪い』とな」


 彼女はニヤリと笑い、懐から一枚のカードを取り出した。

 黒一色の、無機質なプラスチックカード。

 表面にはICチップが埋め込まれているだけで、文字の記載は一切ない。


「約束のブツだ」


 放られたカードを、俺は空中で掴み取った。

 軽い。だが、その意味はこの上なく重い。


「権限レベルは『C』。一般の訓練生よりはマシだが、幹部クラスの情報にはロックが掛かっている。……それと、忠告しておいてやる」


 篠原は声を潜め、俺の耳元で囁いた。

 甘い香水の匂いの中に、火薬のような危険な香りが混じる。


「それは鍵だが、首輪でもある。お前がいつ、どの端末で、何のファイルを開いたか。……すべてのログは監視されていると思え」


 想定内だ。

 組織が新入りに全幅の信頼を置くはずがない。

 むしろ、監視されているという事実こそが、このカードが「本物」である証明だ。


「……肝に銘じておきますよ。飼い犬になるつもりはありませんが、餌は美味しく頂く主義なんでね」


 俺はカードをジャージのポケットに滑り込ませた。

 指先に触れる冷たい感触が、俺の復讐心を静かに煽る。


 これで、入れる。

 伊集院家の闇の、その入り口に。


 ◇


 深夜。

 母さんが寝静まったのを確認してから、俺は自室の机に向かった。

 カーテンを閉め切り、デスクライトの明かりだけをつける。

 支給された業務用端末に、今日手に入れたカードキーを差し込む。


 低い電子音と共に、画面にログインプロンプトが表示された。


 認証成功。

 画面が切り替わり、伊集院家暗部の情報が表示される。

 無機質なフォルダの羅列。


「任務報告書」「構成員名簿」「経費精算」「装備在庫」……。


 俺は息を殺し、マウスを操作する。

 監視されていることはわかっている。不自然な挙動は命取りだ。

 まずは適当な「過去の任務記録」を開き、勉強熱心な新人を装う。


 しばらく無難なファイルを閲覧した後、俺はふと思い立ち、検索窓に指を走らせた。


 『KUJO』『九条』『クジョウ』


 猛が最期に残した言葉。

 もし伊集院家の内部にその名を持つ者がいれば、あるいはプロジェクト名として存在していれば――。


 だが、エンターキーを押した直後に返ってきたのは、無慈悲な文字列だけだった。


 『No Results Found(該当データなし)』


 ヒットなし。

 ……まあいい。想定内だ。

 得体の知れない存在が、末端の検索で引っかかるほど甘くはないだろう。

 あるいは、俺の権限では表示すらされない「深層」にあるのか。


 俺は小さく息を吐き、気を取り直して本命のフォルダへとカーソルを合わせた。


 『構成員名簿』


 心臓の鼓動が早まる。

 俺が探しているのは、ただ一人。

 転生前、俺の死刑執行を見届けたあの看守。

 首筋に「鷹のタトゥー」を刻んでいた男だ。


 以前、桜から聞いた情報により、あのタトゥーが伊集院家の識別印であることは特定できている。  ならば、話は早い。

 この名簿の中にいる所属のメンバーを洗えば、必ずあの男に辿り着くはずだ。


 俺はしらみつぶしに確認することにした。


 画面にリストが表示される。

 数十人の顔写真と経歴。

 俺は食い入るように画面を見つめ、一人一人の顔を記憶の中の男と照合していく。


 ……違う。

 こいつも違う。

 年齢が合わない。

 目つきが違う。


 スクロールする手が止まらない。

 焦りが滲み始める。

 リストの最後まで到達した。


 だが――いない。  あの男が、いない。


「……どういうことだ?」


 俺は眉をひそめ、検索条件を設定した。

『除籍者』『死亡者』のリストも含めて再検索する。

 もしかしたら、既に組織を抜けているのかもしれない。あるいは、任務で死んだか。


 だが、結果は同じだった。

 数百人の顔写真の中に、あの男の特徴と一致する人物は一人として存在しない。


 椅子に深く背を預け、俺は天井を仰いだ。


 (……おかしい)


 あの男は、間違いなく「鷹のタトゥー」をしていた。

 そして、俺に立ち会えるほどの権限と、地位を持っていたはずだ。

 そんな人間が、名簿に載っていない?


 モグリか?

 いや、伊集院家の規律でそれが許されるはずがない。

 あるいは――もっと深い、俺の権限(レベルC)では閲覧できない「極秘部隊」に所属しているのか?


 だが、それにしては違和感がある。

 名簿には「部隊長」クラスの人間も表示されていた。

 これ以上「上」の存在がいるとしても、完全にデータが存在しないというのは不自然だ。


 まるで、最初から“存在していない”かのように。


「……消されているのか?」


 呟いた声が、静かな部屋に吸い込まれる。


 意図的な隠蔽。

 あの男は、記録に残せないような「汚れ仕事」専門の幽霊なのかもしれない。

 あるいは、俺の権限ではアクセスしたことすら悟らせない領域に隔離されているのか。


 俺の指が、キーボードの上で止まる。

 正規のルートでは、これ以上進めない。

 監視された表層のデータではなく、もっと深く、隠された領域に踏み込む必要がある。


 削除されたログ、隠蔽された人事ファイル、あるいは――最高機密のサーバー領域。


 だが、俺一人では無理だ。

 物理的な潜入ならともかく、電子の海に潜るスキルは俺の専門外だ。

 監視の目を欺き、システムをハックし、深層の情報を引きずり出すための「鍵」が要る。


 (……頼むしかないか)


 俺はスマホを取り出し、連絡先を呼び出した。


 ――澪だ。


 彼女なら、伊集院家のセキュリティに風穴を開ける術を知っているかもしれない。

 あるいは、すでに俺の知らない情報を持っている可能性もある。

 小学生の頃からの付き合いだ。

 情報は等価交換、それが俺たちのルールだが、彼女の実力は信頼に値する。


 コール音は二回。すぐに出た。


『……今度は何? 夜這いの誘いならお断りよ』


 軽口を叩く声。だが、俺は構わずに切り出した。


「仕事だ。……伊集院家のサーバー、もっと深いところを見たい」


 一瞬の沈黙。

 電話の向こうで、澪が何かを計算する気配がした。


「報酬は弾む。……頼めるか?」


 だが、返ってきたのは、予想外に軽い拒絶だった。


『わっる〜い。それ、パスだわ』


 拍子抜けするほどあっさりとした声。


「……は?」


『だって、リスクが大きすぎるでしょ。伊集院家の“深層”よ? そこらの企業のサーバーとはわけが違うわ。侵入した瞬間に逆探知されて、私の居場所ごと消される未来しか見えない』


 澪は、くすくすと笑いながら続ける。


『命あっての物種だしね。……今回は、見送らせてもらうわ』


「……お前でも、無理か」


『無理とは言ってない。ただ、割に合わないってだけ。……諦めるか、別の方法を探すことね』


 じゃあね、と一方的に通話が切れる。

 ツー、ツー、という電子音が虚しく響いた。


 (……チッ。食えない女だ)


 スマホを机に放り投げる。


 リスクが大きすぎる、か。

 確かに正論だ。

 だが、あの澪がそれだけで引くとは思えない。

 何か別の理由――彼女自身がそこに関わることを避けているのか。


 どちらにせよ、澪という最強のカードは使えなくなった。

 俺は椅子に深く沈み込み、天井を仰いだ。

 手詰まりか?  いや、まだだ。


 (……別の方法、か)


 澪の言葉がリフレインする。

 プロの情報屋がリスクを恐れて手を引くような案件。

 まともな神経をした人間なら、誰も手を出さないだろう。


 ――まともな人間なら、な。


 ふと、昨日手に入れたばかりの顔が脳裏に浮かんだ。


 退屈を持て余し、計算可能な世界に絶望していた天才。

 未知の刺激を渇望している女。


 不破蓮。


 彼女ならどうだ?

 リスク?

 むしろ好物だろう。

 伊集院家という巨大なシステムに挑むスリル。

 そして、その先にある「誰も見たことのない真実」。

 それを餌にすれば、彼女は喜んで手伝うだろう。


 (……試してみる価値はある)


 俺は再びスマホを手に取り、画面を操作した。

 昨夜交換したばかりの連絡先。


 『不破蓮』


 メッセージを打ち込む。


 『極上のパズルがある。……解いてみるか?』


 送信。

 返信は、秒で来た。


 『場所と時間は?』


 俺は口元を歪めた。

 予想通りだ。彼女は飢えている。


 俺はカードキーを引き抜き、端末の電源を落とした。

 暗転した画面に、自分の顔が映り込む。


「……役者は揃いつつあるな」


 まだバラバラなピースだが、これを俺が繋ぎ合わせれば、巨大な絵が完成する。

 見えない敵――名簿にすらいない亡霊を炙り出すための、最強の包囲網が。


 俺はベッドに倒れ込み、目を閉じた。

 焦ることはない。

 違和感の正体は、いずれ必ず尻尾を出す。


 その時こそ、俺が狩る番だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ