表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死刑囚だった俺が小学生に転生!? 裏切られて死んだけど、ここからは俺のターン。裏切り者は詰みです。  作者:
3章 高校生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/100

76話

 図書室を出て、校舎を背にする頃には、空はすでに群青色に沈んでいた。

 夕方の喧騒は遠ざかり、代わりに冷たい夜気が足元から這い上がってくる。


 俺は帰宅路を外れ、人気の少ない路地裏へと足を向けた。

 古びた自販機のモーター音だけが響くその場所で、スマホを取り出し、短縮ダイヤルをタップする。

 コール音は二回。すぐに繋がった。


『……どうしたの?少年』


 澪の声は、少し呆れたような響きを含んでいた。

 彼女もまた、俺が今どこで何をしているか、ある程度は把握しているらしい。


「確認だ。……外はどうなってる?」


 俺は単刀直入に問うた。

 昨夜、伊集院家の当主が消えた。

 その事実は、この街の裏側にとって巨大な爆弾だ。

 もし導火線に火がついていれば、今頃どこかで爆発音が聞こえていてもおかしくない。


『……静かね。気持ち悪いくらいに』


 澪の声が、一段低くなる。


『ハイエナたちが鼻をひくつかせているのは感じるわ。色々な組織が妙にソワソワしてる。何かが起きていると勘付いてはいるみたい』


「だが、確証は掴めていない?」


『ええ。情報の壁が厚すぎるわ。伊集院家の本邸からは、鼠一匹漏れ出していない。……正直、不気味よ。トップが消えたっていうのに、組織としての脈拍が一切乱れていないんだから』


 その言葉に、俺は口元を緩めた。

 やはり、そうか。


「さすがだな。……澪は気づいているんだな。」


『誰だと思ってるの?逆に煽りに聞こえるんだけど』


「とりあえず、状況が知りたかった。ありがとう」


『はいは~い。あんたのおかげで、情報を得られているからこの前の依頼の件調べておくから』


 短く言って通話を切る。澪が何か言いたげだったが、折り返し

 スマホをポケットに滑り込ませ、俺は路地を抜けた。


 伊集院家は揺らいでいない。

 少なくとも、外からはそう見えるように完璧に装っている。

 だが、その張り詰めた糸がいつまで保つか。それは中にいる人間にしかわからない。


 (……帰るか)


 俺は伊集院家の敷地へと向かう坂道を登り始めた。


 重厚な正門が見えてくる。

 いつもなら静寂に包まれているその場所に、今日は数台の高級車が停まっていた。

 門の前には、スーツを着た数人の男たち。分家の人間か、あるいは提携企業の幹部か。

 その表情には隠しきれない焦燥と、苛立ちが滲んでいる。


「だから、一目だけでも会わせてくれと言っているんだ!」

「急ぎの決済がある。当主の承認がなければ動かせない案件なんだぞ!」


 男たちの怒号が、夜気に響く。

 その前に立ちはだかっているのは――加賀だった。


 いつもの執事服。背筋を剣のように伸ばし、微動だにしない。


「申し訳ございません。当主は現在、体調不良につき療養中です」


 加賀の声は、氷のように冷徹だった。


「医師の指示により、ご家族を含め一切の面会は謝絶となっております。決済案件につきましては、規定通り、代行の承認を経て処理されます」


「代行だと!? 桜お嬢様にか? あんな子供に何がわかる!」


「お言葉ですが」


 加賀が一歩、前に出た。

 ただそれだけの動作で、男たちが気圧されて後ずさる。


「当主の決定は絶対です。……これ以上騒がれるようであれば、不法侵入として対処させていただきますが」


 加賀の背後で、警備員たちが無言で配置につく。

 男たちは顔を見合わせ、舌打ちを残して車へと戻っていった。


 俺は木陰からその様子を見ていた。

 完璧だ。綻びひとつ見せない鉄壁の守り。

 だが、俺には見えた。車が去った後、加賀がふっと小さく息を吐き、一瞬だけ疲労の色を見せたのを。


 (……無理をしているな)


 俺は加賀に声をかけることなく、裏口から敷地内へと入った。

 離れに戻ると、温かな光と匂いが出迎えてくれた。


「おかえりなさい、アキラ」


 キッチンから母さんが顔を出す。

 テーブルには、湯気の立つ煮物と焼き魚が並べられている。


「ただいま。……いい匂いだね」


 俺は鞄を置き、洗面所で手を洗って食卓につく。

 母さんと向かい合って食べる夕食。

 いつもなら他愛のない会話が続く時間だが、今日の母さんは箸を動かす手が遅かった。

 時折、窓の外――本邸の方角を気にするように視線を向けている。


「……何かあったの?」


 俺が水を向けると、母さんは少し迷うように口を開いた。


「ねえ、アキラ。……桜お嬢様のことなんだけど」


 声を潜め、心配そうに眉を寄せる。


「最近、本邸の雰囲気がすごく重いの。分家の方や、背広を着た怖い顔の人たちがひっきりなしに出入りしていて……使用人の休憩室でも、みんな不安がっているわ」


「……そうなんだ」


「それに、加賀さんも……いつもよりピリピリしているわ。昨日なんて、新人のメイドさんがお茶を出すタイミングを間違えただけで、叱責されていたって」


 母さんの目は、裏社会の末端にいたからこその「不穏な空気」を敏感に感じ取っていた。


「一番心配なのは、桜お嬢様よ。……厨房の子が言ってたんだけど、ここ数日、お食事をほとんど残されているみたい。お部屋に篭りきりで、顔色も優れないって噂よ」


 母さんは、祈るように両手を組んだ。


「あんなに小さな体で……何か、大変なことを背負い込んでいらっしゃるんじゃないかしら」


 俺は味噌汁を口に運びながら、心の中で冷静に分析する。


 (……思ったより限界が近いな)


 加賀が使用人に当たるなんて珍しい。それだけ余裕がない証拠だ。

 桜も、気丈に振る舞ってはいるが、悲鳴を上げ始めている。

 本邸という密室の中で、彼女は孤立し、摩耗している。


「そっか……。最近忙しそうだったからな。俺もそれとなく様子を見てみるよ」


 俺はあくまで心配する友人の顔でそう答えた。

 だが腹の底では、焦燥感が燻り始めていた。


 伊集院家が崩れる前に、俺が外堀を埋める必要がある。

 加賀の手が回らなくなる前に、俺が別の手を用意しなければならない。


 食事を終え、自室に戻った頃には日付が変わろうとしていた。

 部屋の明かりを消し、ベッドに横たわる。


 枕元のスマホが、短く震えた。

 通知を確認する。表示された名前は『桜』。


『まだ、起きてる?』


 短いメッセージ。

 俺は迷わず返信を打った。


『ああ。起きてるよ』


 すぐに既読がつき、入力中のマークが表示される。

 しばらくして届いた言葉は、母さんの言っていた通りの状況を物語っていた。


『……会議が終わったわ。今日は、なんとか乗り切れた。でも、やっぱりまだ実感がわかない』


 弱音。

 当主代行としての仮面を外せるのは、俺の前だけだ。


 俺は体を起こし、カーテンを少しだけ開けた。

 暗闇の中に浮かぶ本邸。その二階、角部屋の窓に、微かな明かりが灯っているのが見える。


 俺は小さく息を吐き、指先を動かした。


『俺はここにいる。離れから見てるよ。……そっちから明かりは見えてるか?』


 送信と同時に、部屋の電気を一瞬だけ点け、また消した。


 合図。


 闇の中で瞬いたその光は、確かに彼女の元へ届いたはずだ。


 しばらくして、返信が来た。


『……うん、見えた。ありがとう、アキラ』


 文字だけのやり取り。

 けれど、この冷たいガラス板を通した繋がりが、今の彼女にとっては唯一の安らぎなのだろう。


 俺はスマホを置き、天井を見上げた。


 桜のケアも十分じゃないが、今俺が会いに行くのはリスクが高くなる。

 どうにか安定して会えるようにしないとな。

 それに明日の放課後には、もう一つの「戦い」が待っている。


 不破蓮。

 学園を支配する頭脳。計算高き女王。

 今頃、彼女は血眼になって俺の出した「宿題」と格闘しているはずだ。


「 不破蓮……」


 暗闇に向かって、やつの名前をつぶやく


「お前の自慢の脳みそで、この世界の裏側にあるノイズに気づけるか?」


 もし彼女が正解に辿り着けたなら――その時は、彼女もまた「こちらの世界」の住人になりえる資格がある。

 桜を守り、組織を掌握するための布陣。

 そのピースが、明日一つ埋まるかもしれない。


 俺は深く息を吸い込み、眠りへと落ちていった。

 静寂の檻の中で、獣たちが目を覚ます時を待ちながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ