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死刑囚だった俺が小学生に転生!? 裏切られて死んだけど、ここからは俺のターン。裏切り者は詰みです。  作者:
3章 高校生編

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73話

 翌朝。

 俺はいつもより少し早く目を覚ました。

 カーテンの隙間から差し込む朝日が、網膜の裏に焼き付いた昨夜の光景を炙り出す。

 血の臭い、桜の涙、そして死神の嘲笑。

 それらを一度深呼吸で肺の奥へ押し込め、俺は仮面を貼り付けてリビングへと向かった。


 キッチンには、母さんの後ろ姿があった。

 トースターがチンと鳴り、香ばしい匂いが漂う。

 あまりに平和すぎて、昨夜の惨劇が悪い夢だったのではないかと錯覚しそうになる。


「おはよう、アキラ」


 振り返った母さんは、少しだけ心配そうな顔をしていた。


「昨日は遅かったわね。……大丈夫だった?」


 俺が夜中に抜け出していたことは知っているはずだ。

 だが、彼女は「どこに行っていたのか」とは聞かない。

 ただ「無事か」とだけ聞く。

 それが、今の俺たちの距離感だ。過干渉はせず、かといって無関心でもない、薄氷のような関係。


「うん。友達とちょっと話し込んでてさ。心配かけてごめん」


 俺は屈託のない、完璧な息子の笑顔を作って見せる。

 この家を守るためには、俺が「普通」でいなければならない。

 この日常という聖域を、俺の事情で汚すわけにはいかないからだ。


「そう……ならいいの。何かあったら、すぐに言ってね」


「わかってるよ。母さんも、何かあったらすぐ俺に連絡して」


 短く言葉を交わし、朝食を詰め込む。

 焼きたてのトーストも、淹れたてのコーヒーも、砂を噛んでいるように味がしなかった。

 思考はすでに、この家の外――伊集院家の屋敷へと飛んでいたからだ。


 身支度を整え、家を出る。

 通学路を外れ、伊集院家の正門へと足を向けた。

 桜に会わなければならない。

 昨夜の今日だ。彼女がどうしているか、そして組織がどう動いているか、肌で感じる必要がある。


 だが、俺の足は門前で止められた。


 立ちはだかったのは、加賀だった。

 その顔には隠しきれない疲労の色が滲んでいるが、背筋は剣のように鋭く伸びている。


「……アキラ様。お引き取りください」


 静かだが、鋼鉄のような拒絶の意志を含んだ声。


「桜に会いたいんだ。顔を見るだけでいい」


「できません。現在、お嬢様は本邸の奥で、幹部たちとの緊急会議に出席されています」


 加賀は事務的に、だが冷徹に告げた。


「当主不在の今、組織の動揺を抑えるために、お嬢様には“象徴”として座っていただかなければなりません。……部外者が立ち入れる場所ではないのです」


 部外者。

 その言葉が、棘のように胸に刺さる。


 昨夜、あれほど近くで心を交わし、鎖をかけたはずなのに。

 夜が明ければ、彼女は「伊集院家の当主代行」で、俺はただの「一般人の高校生」だ。

 巨大な壁が、音を立てて二人の間にそびえ立っている。


「……わかった。桜に伝えてくれ。『無理だけはするな』って」


 俺はそれ以上食い下がらなかった。

 ここで騒げば、加賀の立場を悪くするだけだ。

 それに、今の俺にそれを突破する力はない。

 加賀は一瞬だけ表情を緩め、深く頭を下げた。


「必ず、お伝えします」


 踵を返し、学校へと向かう。

 背中で感じる屋敷の気配は、昨日までとは比べ物にならないほど張り詰めていた。

 まるで、今にも爆発しそうな火薬庫のように。


 (……焦るな)


 歩きながら、自分を戒める。

 桜は今、あちら側の世界で戦い始めている。

 俺の手の届かない場所で、百戦錬磨の大人たちの欲望と陰謀に晒されている。


 今の俺には、それを止める物理的な力がない。

 加賀というパイプがあっても、組織の中枢には踏み込めない。

 絶対的に、「手札」が足りないのだ。


 (俺自身の力が要る。……加賀や桜に頼らない、俺だけの手足が)


 黒鉄牙。

 あの狂犬を飼い慣らす計画を、大幅に前倒しにする必要がある。

 暴力という単純かつ強力なカードがあれば、盤面を強引に動かすこともできる。


 思考を巡らせながら校門をくぐり、下駄箱で靴を履き替える。

 教室に向かおうと歩き出した、その時だった。


「みーつけたっ!」


 弾むような明るい声とともに、視界いっぱいに鮮やかな水色が飛び込んできた。

 廊下の真ん中で仁王立ちしているのは、小柄な女子生徒。

 特徴的な水色の髪に、抹茶色のカチューシャ。


 ――南雲ミナ。

 図書室で不破と一緒にいた、あの生徒会役員だ。


「えーっと、生徒会からの呼び出し? だよ!」


 彼女は俺の顔をまじまじと覗き込み、手元の生徒手帳らしき写真と見比べて一人で納得している。  周囲の生徒たちが、何事かと遠巻きに見ているが、彼女は全く気にする様子がない。


「……何の用ですか、先輩」


 俺はため息を噛み殺し、努めて「巻き込まれた不運な後輩」として振る舞う。

 だが、南雲はニカっと屈託のない笑顔を浮かべ、俺の腕をガシッと掴んだ。


「お迎えにあがりましたー! れーちゃん……あ、じゃなかった。生徒会長がお呼びです! 拒否権はないからねっ!」


 有無を言わせない勢い。

 小柄な体格からは想像できない芯の通った力強さで、ぐいぐいと俺を引っ張っていく。


 (……生徒会?)


 嫌な予感が背筋を走る。

 このタイミングで?

 俺が最も目立ちたくない、この時期に?

 側近を直接寄越しての強制連行。

 これは、ただの呼び出しじゃない。


 俺は抵抗するふりをしながら、自分を引いていく少女を観察する。

 南雲ミナ。

 一見するとただの明るい賑やかしだが、俺の腕を掴む位置は関節を極めやすいポイントを押さえている。

 歩く速度、視線の配り方、重心の安定感。

 すべてに無駄がない。

 この女、ただの使いっ走りじゃない。相当やる。


「……わかりましたよ。行きますから、そんなに引っ張らないでください」


「あはは、ごめんごめん! でも急がないと、れーちゃん機嫌悪くなっちゃうからさー」


 彼女は悪びれもせず笑いながら、それでも俺の逃げ道を塞ぐような絶妙な位置取りで並走する。


 俺は舌打ちを一つ腹の底でし、観念してついていくことにした。

 向かう先は、校舎の最上階。

 この学園の「表の頂点」が鎮座する場所だ。


 生徒会室の重厚なドアの前で、南雲が足を止める。

 ノックもせずに、いきなりドアを押し開けた。


「連れてきましたー!」


 元気な声と共に背中を押され、俺は部屋の中へと放り込まれる。

 中は広かった。

 壁一面の本棚、高級そうな革張りのソファ。

 そして、部屋の中央にある巨大な執務机。


 その奥に、彼女はいた。


 不破蓮。

 この学園の生徒会長にして、図書室で俺に興味を示した女。

 彼女は組んだ手の上に顎を乗せ、眼鏡の奥から冷ややかな瞳で、入ってきた俺を射抜いた。


 南雲は手際よく俺の後ろに回り込み、ドアを閉めて鍵をかける音がカチャリと響いた。


 逃げ場なし、というわけか。


「……失礼します。呼び出しと聞いて来ましたが」


 俺は努めて「平凡な生徒」の仮面を被り、殊勝な態度を見せる。

 だが、不破は挨拶も返さず、手元のタブレットを指先で弾いた。


「座りなさい」


 絶対的な命令口調。

 俺は無言でソファに腰を下ろす。


「単刀直入に言うわ」


 不破は立ち上がり、ヒールの音を響かせてゆっくりと俺の前に歩み寄ってきた。

 その足取りには、迷いも、揺らぎもない。


「あなたの成績。……作為的すぎるのよ」


 心臓が、とくんと跳ねた。


「入学試験、全教科平均点プラスマイナス2点以内。小テスト、提出物、授業態度。すべてにおいて『学年中央値』を完璧にキープしている。……まるで、目立たないことが至上の目的であるかのように」


 彼女は俺の目の前で立ち止まり、顔を近づけてきた。

 整った冷たい美貌。だが、その瞳にあるのは異性への好意ではない。

 解剖台の上のカエルを見るような、冷徹でサディスティックな知的好奇心だ。


「図書室でのあの行動もそう。あなたは一瞬で梯子を『黄金比』の位置に直した。……あれは、偶然じゃないわね?」


 (……見られていたか)


 やはり、この女は侮れない。

 俺が必死に隠してきた「爪」を、彼女は断片的な情報から正確に透かし見ている。


「……買いかぶりすぎですよ、会長。たまたまです」


 俺は苦笑いで誤魔化そうとした。

 だが、不破は目を細め、さらに一歩、俺のパーソナルスペースに踏み込んでくる。


「私はね、退屈しているの」


 彼女の声が、熱を帯びる。


「この世界は、計算可能な数式ばかり。人の行動も、社会の動きも、すべて予測の範囲内に収束する。……つまらない、予定調和の箱庭」


 彼女の手が伸び、俺の胸元に触れそうな距離で止まる。


「でも、あなただけが違う。……あなたには、私の計算式でも解けない『ノイズ』が混じっている」


 彼女の瞳が、俺の奥底にある闇を、あるいはその下にある「何か」を覗き込もうとする。


「だから、決めたわ」


 不破蓮は、氷のような微笑を浮かべて宣言した。


「あなたを調べ尽くす。あなたが何を隠し、何を企み、何に怯えているのか。……丸裸になるまで、徹底的にね」


 それは勧誘ではない。

 獲物を追い詰め、解体しようとする捕食者の「宣戦布告」だった。


 後ろでは、南雲が「あーあ、れーちゃん本気だ」とでも言いたげに肩をすくめている。


 俺は、凍りついたふりをしながら、腹の底で笑った。


 (……面白い)


 伊集院家の当主が消え、俺が必死に足場を固めようとしているこの瞬間に、まさか正面からライトを当ててくる奴が現れるとは。


 最悪のタイミングだ。

 だが――同時に、最高の素材でもある。


 こいつの洞察力と情報収集能力。

 もし俺が望むレベルにあるのなら、俺の計画は一気に加速するかもしれない。


 俺はゆっくりと顔を上げ、不破の視線を真っ向から受け止めた。

 もう、下手な演技は通用しない。

 ならば――交渉のテーブルに着いてやる。


「……調べられるものなら、やってみればいい」


 俺は口角を吊り上げ、挑発的に言い放った。


「ただし、深入りすれば火傷するぞ。……会長」


 不破の目が、驚きと、そして隠しきれない歓喜で見開かれる。

 彼女が求めていた未知の「ノイズ」が、確かにそこにあったからだ。


「……ふふ。望むところよ」


 火花が散るような視線の交錯。

 部屋の隅で、南雲ミナが楽しそうにニヤリと笑ったのが見えた。


 伊集院家の混乱、黒鉄という暴力、そして生徒会。

 役者は揃いつつある。


 俺の高校生活は、やはり平穏とは程遠いものになりそうだ。

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