表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死刑囚だった俺が小学生に転生!? 裏切られて死んだけど、ここからは俺のターン。裏切り者は詰みです。  作者:
3章 高校生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/74

71話

 離れに戻った時、時計の針は午前1時を回っていた。

 シャワーを浴びて体にこびりついた鉄錆のような血の匂いを洗い流しても、鼻の奥にはまだ、あの密室の澱んだ空気がへばりついている気がした。


 タオルで髪を拭きながら、俺は自室の椅子に深く腰を下ろした。

 窓の外は漆黒の闇。

 屋敷の方角からは、未だに微かなざわめきと、時折行き交う車の音が聞こえてくる。

 混乱は続いている。


 伊集院家の当主が消えた。

 生死不明。痕跡なし。

 残されたのは、主を失った巨大な組織と、震える少女、そして動揺する忠臣たち。


 普通なら、絶望する場面だろう。

 あるいは、巻き込まれることを恐れて逃げ出す場面かもしれない。


 だが――俺は、鏡に映った自分の顔を見て、口角が微かに吊り上がるのを抑えられなかった。


 手で顔を覆う。だが、指の隙間から漏れる熱は冷めない。

 脳内で弾けるシナプスは止まらない。

 思考が加速する。

 崩壊したパズルのピースが、音を立てて俺のために組み変わっていく。


 パズルのピースが、音を立てて組み変わっていく。


 これは、チャンスだ。


 千載一遇の、とびきりの好機だ。


 伊集院家という組織は、あまりにも巨大で、あまりにも完成されすぎていた。

 外部の人間である俺が、ただの「見習い」や「お嬢様の友人」という立場から中枢に食い込むには、途方もない時間と労力が必要だったはずだ。

 どんなに才能を示そうが、壁は厚い。


 だが、その頂点が、突然消滅した。


「王」の不在。

 それは組織にとって最大の危機だが、野心を持つ者にとっては、空席になった玉座へ続く階段が現れたことを意味する。


 俺は目を閉じ、脳内に相関図を描き出す。


 まず、桜。

 彼女は今、精神的に極限状態にある。

 父親を失った喪失感と、突然の事態に対する恐怖。

   だが、彼女は伊集院の血を引く唯一の後継者だ。

   組織を維持するためには、彼女が「象徴」として立つしかない。

 しかし、今の彼女にその覚悟も準備も足りていない。

 ならば――誰かが支えなければならない。

 誰かが、彼女の代わりに判断し、彼女の代わりに手を汚し、彼女を「女帝」として仕立て上げる必要がある。


 その「誰か」に、俺がなる。


 次に、加賀。

 彼は優秀な執事であり、最強の護衛だ。

 だが、彼は「守る」ことに特化しすぎている。

 主を失った今、彼の判断基準は「桜の安全」のみに収束するだろう。

 組織全体の運営や、敵対勢力との政治的な駆け引きにおいて、彼は迷う場面が出てくるはずだ。


 そこを俺が補う。


 桜を守るためという大義名分があれば、加賀は俺を利用することに同意するだろう。

 俺という異物を飲み込んででも、彼は桜を守ろうとするはずだ。


 そして、組織。

 トップダウンで動いていた巨大組織は、頭を失えば必ず混乱する。

 派閥争い、離反、外部からの侵食。

 その混乱を鎮める過程で、俺は自分の「手駒」を増やしていけばいい。


 力や頭脳。

 俺の息がかかったやつを組織の隙間に配置し、俺だけが動かせる「私兵」として機能させる。


 俺は、伊集院家を乗っ取るつもりはない。

 そんな面倒な名誉はいらない。

 俺が欲しいのは、復讐のための「力」だ。

 伊集院家という巨大なシステムを、影から操るフィクサー。

 桜を玉座に座らせ、その背後で糸を引く黒子。


 それが、最短ルートだ。


 そのためには、まず情報を確定させなければならない。

 今回の失踪劇が、単なる誘拐や暗殺なのか、それとももっと異質なものなのか。


 スマホを取り出し、澪の番号を呼び出す。

 こんな真夜中だ。普通なら出ないだろうが、あいつなら起きている気がした。


 コール音は三回。すぐに繋がった。


『……珍しいわね、こんな時間に。愛の告白以外なら手短に頼むわよ』


 眠気を含んだ気だるげな声。

 だが、その奥には常に覚醒している情報屋の鋭さがある。


「悪いな。どうしても確認したいことがあって」


 俺は声を潜めて切り出した。


「単刀直入に聞く。……伊集院家と、正面から戦争をして勝てる組織は、この国にあるか?」


 電話の向こうで、衣擦れの音が止まった。

 澪の気配が変わるのがわかる。


『……どういう意味?』


「仮の話だ。もし伊集院家を潰そうとする勢力がいるとしたら、それはどこだ?」


 少しの沈黙。  

 恐らく澪が頭の中にある膨大なデータベースを検索している間だ。


『……ないわね』


 断定的な答えだった。


『部分的なら、あるわよ。例えば、金融資産だけで言えば外資系のファンドとか、武力だけで言えば海外のマフィアとか。特定の分野で拮抗する勢力はいくつかある。でも、“総合力”で伊集院家と全面戦争をして、勝算がある組織なんて存在しないわ』


「……やっぱり、そうか」


『伊集院家は、この国のインフラみたいなものよ。政治、経済、裏社会……根が深すぎる。彼らを潰そうとすれば、国ごと共倒れになるリスクがある。相互確証破壊ってやつね。だから、まともな頭をしている組織なら、手を出そうなんて思わない。精々、おこぼれを貰おうと擦り寄るくらいよ』


『……ふーん。まあいいわ。何かあったら、一番に教えなさいよ。』


 澪の言葉で、状況は絞り込まれた。

 外部からの攻撃ではない。あんな芸当ができる組織は、この国には存在しない。


 ならば、残る可能性は――内部犯行か。


 伊集院家の内部に、当主を消し去るほどの力を持った裏切り者がいる?

 あるいは、派閥争いの果てに起きたクーデターか?

 加賀の動揺を見る限り、彼ら正規の護衛部隊も予期していなかった事態だ。

 だとすれば、もっと深く、もっと暗い場所に潜む何者かの仕業ということになる。


 だが、それでも引っかかるところがある。


 あの密室。

 血痕だけで死体がなく、侵入の痕跡すらないあの状況。


『……ねえ、アキラくん』


 澪の声が低くなる。


『何か、あったの?伊集院家の周辺で、奇妙なノイズを拾った気がするんだけど』


 さすがだ。情報の断片から、違和感を嗅ぎ取っている。


 だが、今はまだ言えない。


「……いや、ちょっと嫌な予感がしただけだ。確認できて安心したよ。ありがとう、澪」


『……ふーん。まあいいわ。何かあったら、一番に教えなさいよ。それじゃ』


 通話が切れる。

 俺はスマホを放り投げ、天井を見上げた。


 外部犯ではない。


 俺は立ち上がり、窓の外を見た。

 夜明けはまだ遠い。闇は深く、世界を覆っている。


 思考を切り替え、ベッドに入ろうと振り返った。


 その時だった。


 ――ゾワリ。


 背筋を、氷の指で撫でられたような感覚。

 気温が下がったわけではない。


 空気が、変質したのだ。

 重く、粘りつくような、それでいて絶対的な静寂が部屋を支配した。


 この感覚を、俺は知っている。

 忘れるはずがない。


 部屋の隅。

 月明かりも届かない闇の中に、その影は立っていた。


 黒い外套。

 フードの下から覗く、この世のものではない美貌。

 そして、すべてを見透かすような赤い瞳。


 ――死神。


 小学生の頃、俺の前に現れて以来、気配はすれども姿を見せることはなかった「契約者」。


 それが今、なぜ。


 言葉を失う俺の前で、死神は楽しそうに目を細めた。


 音もなく一歩、俺の方へ踏み出す。


 それは、混沌の本当の始まりを告げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ