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死刑囚だった俺が小学生に転生!? 裏切られて死んだけど、ここからは俺のターン。裏切り者は詰みです。  作者:
3章 高校生編

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68話

 夜の帳が下りきった道を、俺は一人歩いていた。

 黒鉄牙という強烈な個性を目撃した高揚感は、夜風に冷やされてすでに静かな計算へと変わっている。


 (……さて、次は情報の整理だ)


 ポケットからスマートフォンを取り出す。

 画面の明かりが、暗がりに青白く浮かび上がった。  

 連絡先リストから『M』の一文字をタップする。澪だ。


 『少し話したいことがある。近いうちに会えるか』


 短いメッセージを送信する。  

 返信はすぐに来た。

 相変わらず、スマホに張り付いているのかと思うほどの速さだ。


 『珍しい。そっちから誘うなんて。いいよ。明日いつもの場所、時間で』


 いつもの場所――あの廃駅か、彼女との接触は必要だ。

 黒鉄のこと、学園の空気、そして伊集院家の動き。

 知りたい情報は山ほどあるし、彼女から引き出したいネタもある。


 『了解』


 短く返し、スマホをしまう。  

 これで明日の予定は決まった。


 伊集院家の敷地内にある「離れ」が見えてくる。

 窓から漏れる暖かなオレンジ色の光が、ここが俺の“帰る場所”であることを示していた。


 玄関を開けると、出汁の香りがふわりと漂ってきた。


「おかえりなさい、アキラ」


 母さんがキッチンから顔を出す。

 エプロン姿で微笑むその表情は、かつての怯えや影が嘘のように穏やかだ。

 あの火事の夜、俺たちは一度死んで、そして生まれ変わった。

 今のこの生活は、俺が勝ち取った“平穏”の形だ。


「ただいま。……いい匂いだね」


 俺は学生鞄を置きながら、自然に“息子”の顔になる。


「今日は肉じゃがよ。アキラの好きな、少し甘めの味付けにしたの」


「そっか。楽しみにしてる」


 母さんは嬉しそうに鍋をかき混ぜに戻る。

 この何気ない会話。温かい食事。

 それは、俺が前世で決して手に入れられなかったものだ。


 だが、今の俺には、この温もりに浸りきっている時間はない。


「……母さん、ごめん。これからちょっと、用事があるんだ」


 俺の言葉に、母さんの手が止まる。

 振り返ったその瞳には、一瞬だけ不安の色が過った。

 俺が“夜の仕事”――伊集院家の訓練に行っていることを、彼女は詳しくは知らない。

 だが、何か危険なことに関わっていることは、薄々感づいているはずだ。


「……そう。夕飯は?」


「帰ってから食べるよ。だから、先に食べてて」


「わかったわ。……気をつけてね」


 それ以上は何も聞かない。

 それが、母さんなりの覚悟であり、信頼なのだろう。


「行ってきます」


 俺は短く告げると、制服からジャージに着替え、再び夜の闇へと飛び出した。

 離れを出て、屋敷の裏手へと回る。

 砂利を踏む音が、俺の中のスイッチを切り替えていく。

 優しい息子は、家に置いてきた。

 ここからは、伊集院家の暗部見習いの時間だ。


 地下訓練場への重い鉄扉の前に立つ。

 冷やりとした金属の感触が、掌に伝わる。


 篠原教官の顔を思い出し、俺は口元を歪めた。

 だが、悪くない。

 肉体を極限まで追い込み、技術を研ぎ澄ませるこの時間だけが、俺に“力”を実感させてくれる。


 黒鉄のような怪物を従えるためにも、俺自身が弱いままでいるわけにはいかない。


 大きく息を吸い込み、俺は扉を開けた。

 ムッとするような熱気と、汗の匂い。そして、怒号と打撃音。


 俺の戦場が、そこで待っていた。


 中に入ると、すでに数人の訓練生がスパーリングを行っていた。

 俺は誰とも視線を合わせず、更衣室のロッカーに荷物を放り込む。

 バンテージを巻き、軽くシャドーをしながらフロアへ出ると、視界の端で手招きする人影があった。


 リングサイドのパイプ椅子に座り、つまらなそうに煙草をふかしている女。


 篠原美琴だ。


 俺が近づくと、彼女は煙を天井に吐き出し、顎で部屋の隅をしゃくった。


「準備運動は済んだか? アキラ」


「ええ、一通りは」


「ならいい。少しツラ貸せ。……湿っぽい話がある」


 彼女の声は低く、周囲の喧騒を遮断するように冷えていた。

 ただの訓練の呼び出しじゃない。

 その目には、明確な“任務”の色が浮かんでいた。


 俺は無言で頷き、彼女の後について訓練場の隅、コンクリートが剥き出しになった柱の影へと移動した。


 そこは、他の訓練生の声が遠く聞こえる死角だった。

 篠原は壁にもたれかかり、俺を見下ろすようにして口を開いた。


「お前に、最初の『仕事』をやってもらう」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中の空気が一段深く沈み込んだ。

 俺は篠原の視線を真っ直ぐに受け止め、静かに次の言葉を待った。


 地下訓練場の冷たいコンクリート壁に背を預け、俺は篠原教官の言葉を反芻していた。


「……他所のシマの偵察、ですか?」


「ああ。隣町を仕切っている『荒川組』のシマだ。あそこは昔気質の武闘派で、ウチとも長年、不可侵条約を結んでいる」


 篠原は苦虫を噛み潰したような顔で、煙草の灰を落とした。


「だが最近、妙に静かなんだよ。以前なら週に一度は聞こえてきた怒号や小競り合いの報告が、ぱったりと止んだ。……まるで、別の何かにすり替わったみたいにな」


 荒川組。

 武闘派の古臭いヤクザ組織で、かつて俺が支配していたはずだ。

 それが急に大人しくなった? 内部抗争か、あるいは警察の介入か。


「上が代わった可能性がある、と?」


「あるいは、もっと悪い状況か、だ。……だが、下手に刺激してするわけにはいかない。正規の部隊を動かせば、向こうも警戒する」


 篠原の視線が、俺を射抜く。


「だから、お前だ。顔の割れていないガキなら、ただの客として紛れ込める。……火種は起こすなよ? あくまで『事前調査』だ。空気を感じ取ってくるだけでいい」


「……了解。空気読みは得意なんでね」


 俺はジャージのジッパーを上げ、訓練場を後にした。


 夜の繁華街。

 俺は黒のパーカーにキャップを目深に被り、荒川組のシマへと足を踏み入れた。


 そこは、以前の記憶では、客引きの怒号と割れたビンの破片が散らばるような、殺伐としたエリアだったはずだ。


 だが――


 (……なんだ、この空気は)


 通りは清潔で、客引きの姿もない。

 代わりに、スーツを着た男たちが数メートルおきに立ち、無言で周囲を監視している。

 威圧感はない。だが、その目は通行人の動きを完全に把握していた。


 (……統制が取れすぎている)


 俺は、荒川組の資金源と言われていた大型クラブ『バベル』へと向かった。


 だが、店の前に立っていたのは、屈強だが品の良いドアマンだった。

 俺が近づくと、彼は丁寧すぎるほどの会釈をした。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


「あ、ああ……」


 俺は一般客を装い、店内へと入る。


 フロアを見渡して、息を呑んだ。

 客層が一変していた。

 チンピラの姿はなく、代わりに身なりのいいビジネスマンや学生たちが、安心して酒を楽しんでいる。  


 暴力の匂いが、完全に消臭されていた。

 俺はカウンターの隅に座り、ジンジャーエールを頼んだ。

 そして、耳を澄ます。


「……いやぁ、ここ最近、本当に雰囲気が良くなったよね」

「前は怖くて近づけなかったけど、オーナーが変わったって噂、本当かな?」


 隣の席の客たちが話している。


 オーナーが変わった? 荒川組が店を手放したのか?俺が統治していた時もこのクラブは大きな資金源だったはずだ。


 実際に俺が見たわけではないが、部下からの報告で聞いていたからわかる。


 その時、店の奥から一人の男が出てきた。

 仕立ての良いスーツに、銀縁の眼鏡。

 ヤクザには見えない。インテリヤクザとも違う、もっとドライなビジネスマンの雰囲気だ。


 男はバーテンダーに短く指示を出すと、タブレット端末で店内の状況を確認し始めた。


「……A卓、空調を一度下げて。客の代謝が上がっている。B卓は追加オーダーのタイミングだ、アプローチしろ」


 的確で、無駄のない指示。

 感情論ではなく、データと効率に基づいた店舗運営。

 俺は、グラスを持つ手が震えるのを抑えた。


 (……荒川組が、こんな真似をできるわけがない)


 あの脳筋集団に、こんな緻密なマネジメントは不可能だ。


 ならば、誰が?

 男がふと、インカムに手を当てた。


「……ああ、『本部』か。……はい。ええ、今月の粗利は目標比120%で着地します。……はい。旧体制派のガス抜きも完了しました。」


 旧体制派のガス抜き。

 その単語が、パズルのピースのようにカチリと嵌まる。


 (……乗っ取られたんだ)


 暴力による抗争ではなく、内部からの構造改革と、圧倒的な経済合理性によって。

 荒川組の看板はそのままに、中身だけが別の“システム”に書き換えられている。


 血を流さず、音もなく、組織を侵食し、支配権を奪う。

 構成員には「利益」と「規律」を与え、反乱の意志すら奪う完璧な統治。


 それは――かつて俺が、影山アキラとして理想とし、体現していた組織論そのものだった。


 (……嘘だろ)


 この手口。この美学。

 俺以外に、これを実践できる人間がいるのか?


 スーツの男が、満足げにフロアを見渡し、奥へと戻っていく。

 その背中には、暴力団特有の虚勢ではなく、巨大なシステムの歯車として機能する者特有の、冷たい自負があった。


 俺は伝票を掴み、席を立った。

 これ以上ここにいるのは危険だ。

 正体不明の「何か」に、飲み込まれそうな錯覚に陥る。


 店を出て、路地裏の暗闇に紛れる。

 心臓が、早鐘を打っていた。


 篠原の懸念は正しかった。

 シマの主は、いつの間にかすげ替えられている。

 それも、伊集院家のような「王」とは対極にある、見えない「支配者」によって。


「……火種どころか、もう火は回ってるじゃないか」


 俺は低く呟いた。

 これは、侵略だ。

 音のない、透明な侵略。


 そして何より――俺のやり方に似すぎている。


 (……まさか、本当に)


 俺を模倣する何者かか?


 どちらにせよ、放置はできない。

 この「組織」は、俺がいなくなった統率の取れていない組織を乗っ取り、もっと影響を広げていきその静かな波で全体まで飲み込もうとするだろう。


 俺はスマホを取り出し、篠原への報告メッセージを打ち込んだ。


『調査完了』


 送信ボタンを押すと同時に、俺は決意した。


 伊集院家がどう動こうと、俺はこの組織を追う。

 これは、俺の「過去」と向き合う戦いになるかもしれない。


 夜風が、不穏な匂いを運んでくる。  俺はフードを深く被り直し、その場を去った。


 見えない敵の輪郭が、少しだけ見えた気がした。

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