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死刑囚だった俺が小学生に転生!? 裏切られて死んだけど、ここからは俺のターン。裏切り者は詰みです。  作者:
3章 高校生編

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67話

 放課後の喧騒が遠ざかり、空が赤黒く濁り始める頃。

 俺は、聖条学園の生徒たちが向かう駅とは逆方向へ足を向けていた。


 ターゲットは、黒鉄。


 かつて学年主席を取り、生徒会入りも確実視されていた神童。

 だが今は、見る影もなく落ちぶれた「学園の汚点」。

 

 以前、図書室で見た学内報のバックナンバー。

 そこに載っていた理知的な顔立ちの少年と、今、前を猫背で歩く男が同一人物だとは誰も思わないだろう。


 だが、俺にはわかる。

 その背中から滲み出る、隠しきれない「苛立ち」と「力」の気配。


 彼は繁華街のメインストリートを抜け、迷うことなく路地裏へと入っていった。

 ネオンの光が毒々しく明滅し、腐った生ゴミと安っぽい香水の匂いが混ざり合うエリア。

 名門校の生徒が立ち入るべき場所ではない。


 やがて、彼は廃ビルが立ち並ぶ一角にある、小さな空き地にたどり着いた。

 錆びついたフェンス。落書きだらけの自販機。そして、そこにたむろする数人の不良たち。


 (……なるほど。憂さ晴らしのサンドバッグを探しに来たか)


 俺は路地の角を曲がったところで足を止め、あえて身を隠さずにその様子を眺めることにした。

 隠れる必要はない。

 どうせこの距離なら、一般人は気づかないし、気づかれたところで今の俺はただの通りすがりだ。


 空き地の中央で、黒鉄が足を止める。

 不良たちの視線が一斉に彼に突き刺さる。


「おいおい、見ろよ。エリート様のお出ましだぜ」


 リーダー格らしき男が、煙草を地面に吐き捨てて笑った。

 派手なスカジャンにピアス。年齢は高校生くらいか。

 獲物を見つけたハイエナのような下卑た光が、黒鉄に向けられる。


「何の用だ? 勉強のしすぎで頭がおかしくなって、道に迷ったか?」


 周囲の取り巻きたちが、ケラケラと下品な笑い声を上げる。

 だが、黒鉄の表情に変化はない。

 恐怖も、怒りすらも見えない。

 ただ、死んだ魚のような目で、ぼんやりと相手を見上げているだけだ。


「……どけよ」


 低く、掠れた声。覇気がない。


「あぁ? なんだその口の利き方は。ここが誰のシマかわかって……」


 男の一人が、黒鉄の胸倉を掴もうと手を伸ばした。


 ――その瞬間だった。


 ゴッ。


 鈍く、重い音が響いた。


 手を伸ばした男が、白目を剥いてその場に崩れ落ちる。

 黒鉄の拳が、男の顎を正確に撃ち抜いていた。


 (……速いな)


 俺の目は、その軌道を完全に捉えていた。

 ノーモーションからの右ストレート。

 予備動作が一切ない。

 格闘技の型ではない。喧嘩慣れした、実戦特化の暴力だ。


「……ッ!?」


 仲間が倒されたことで、残りの連中が色めき立つ。

 ナイフを取り出す者、鉄パイプを構える者。殺気が膨れ上がる。


 だが、黒鉄は動じない。

 むしろ、その死んだ目に、わずかにどす黒い光が灯ったように見えた。


「……うるさいな」


 彼は首をコキリと鳴らし、ゆらりと前に出る。


 そこからは、一方的な蹂躙だった。


 黒鉄の戦い方に、型などない。

 格闘技のセオリーも、美学もない。

 あるのは、純粋な暴力への衝動と、相手を「壊す」ことへの執着だけだ。


 ナイフを持った相手が切りかかってくる。

 素人目には速く見えるだろうが、俺から見れば大振りで隙だらけだ。

 黒鉄もそれが見えているのか、最小限の動きで避けた。


 そして、すれ違いざまに相手の手首を掴み、逆方向へとねじり上げる。


 ボキリ。


 乾いた音が響き、ナイフが落ちる。

 悲鳴を上げる間もなく、黒鉄は男の顔面をコンクリートの壁に叩きつけた。


 ドンッ!


 壁に赤いシミが広がり、男がズルズルと崩れ落ちる。

 殺してはいない。

 だが、確実に意識を断ち切っている。

 手加減という概念が欠落している動きだ。


「ば、バケモノ……!」


 リーダー格が震える声で叫び、無茶苦茶に鉄パイプを振り回す。

 黒鉄はそれを避けることすらせず、腕で受けた。


 ガンッ!


 骨が軋む音が聞こえたはずだが、黒鉄は眉一つ動かさない。

 痛みを感じていないかのような虚ろな目で、そのままリーダーの懐に飛び込む。


 膝を突き刺し、くの字に折れ曲がった相手の髪を掴む。 そして、地面に叩き伏せた。


 ドカッ。


 土煙が舞う。リーダーは呻き声を上げて動かなくなった。

 

 一瞬の静寂。

 足元には、ピクリとも動かない男たちの山。

 全員、息はある。だが、骨の何本かは確実に折れているだろう。


 黒鉄は乱れた呼吸を整えることもなく、血で汚れた手を制服で拭った。

 その瞳には、勝利の喜びも、興奮もない。  ただ、底なしの虚無だけが広がっていた。


「……つまんねぇ」


 吐き捨てるように呟き、彼はふと顔を上げた。


 そして――俺と目が合った。


 距離は十メートルほど。  薄暗い路地の入り口に立つ俺を、黒鉄の虚ろな目が捉える。

 普通の人間なら、この惨状を見て悲鳴を上げるか、逃げ出すか、あるいは通報するだろう。

 だが、俺は逃げなかった。  ポケットに手を突っ込んだまま、ただ静かに彼を見つめ返す。


 黒鉄の目が、わずかに細められた。

 俺に、“何か”を感じ取ったのかもしれない。

 あるいは、ただの野次馬ではないことを本能で悟ったか。


「……何見てんだよ」


 低い声が飛んでくる。殺気混じりの、拒絶の言葉。


「別に」


 俺は短く答えた。声色は変えない。


「いい喧嘩だと思っただけだ」


 黒鉄は鼻で笑った。

 嘲笑のようでもあり、自嘲のようでもあった。


「……物好きだな。消えろ」


 そう言い捨てると、彼は興味を失ったように背を向け、足を引きずりながら去っていった。

 腕の傷からは血が滴り続けているが、気にする様子もない。


 俺はその背中を見送りながら、確信した。


 ――使える。


 伊集院家の暗部にも、これほど純粋な「暴力装置」はいない。

 加賀のような洗練された強さとは対極にある、制御不能の破壊衝動。

 痛みを感じず、躊躇いを持たない。


 だが、今の彼はただ暴れているだけだ。目的もなく、エネルギーを浪費している。

 もしこれに「首輪」をつけることができれば。


 そして、正しい「標的」を与えてやることができれば。


 彼は、俺にとって最強の矛になる。


 (……黒鉄。お前のその絶望、俺が買い取ってやる)


 俺はポケットからスマホを取り出し、今の惨状を数枚写真に収めた。

 何かの交渉材料になるかもしれない。あるいは、ただの記録として。


 そして、俺自身も気配を消したまま、その場を離れた。

 接触はまだ早い。

 彼がさらに堕ち、完全に孤立し、誰かの救い……あるいは破滅への導きを渇望するタイミングを見計らう。


 その時こそ、俺が彼にとっての「飼い主」になる時だ。


 夜風が、血の匂いを運んでいく。

 俺の心臓は、久々に心地よいリズムで高鳴っていた。


 手駒は見つかった。

 あとは、どうやって盤上に配置するかだ。


 家に帰るまでの道すがら、俺は脳内でシミュレーションを繰り返す。


 黒鉄への接触方法。暗部での立ち回り。

 すべてが複雑に絡み合い、一つの巨大な絵を描き始めている。


 面白くなってきた。  この学園生活は、やはり俺を退屈させない。


 明日は忙しくなりそうだ。

 表の顔で授業を受け、裏の顔で情報を喰らい、そして夜にはまた一つ、未来への布石を打つ。


 俺は、夜の闇に溶け込むように、静かに家路を急いだ。

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