59話
入学式の会場は、静けさの中にどこか張り詰めたような緊張感が伝わってきた。
講堂の天井は高く、床は磨き抜かれて光を反射している。
まるで、ここが「選ばれた者」だけが立ち入れる領域だとでも言わんばかりの重厚さだ。
壇上には、学園の職員たちが整然と並んでいる。
その中央、マイクの前に立つ進行役が、やや芝居がかった口調で言った。
「それでは、生徒代表よりご挨拶をいただきます。新入生代表、伊集院桜さん、前へ」
その瞬間、ざわめきが起きた。
誰もが知っていた。
いや、知っていなければおかしい。
伊集院家の名を、この学園で知らぬ者などいないだろう。
「うわ、本物だ……」
「やっぱり来てたんだ」
「写真より綺麗じゃない……?」
視線と声が一斉に集中する中、壇上に現れた少女は、そのすべてを当たり前のように受け止めていた。
姿勢は美しく、制服の着こなしにも隙がない。
柔らかくも張りのある声が、講堂中に心地よく響く。
彼女の名は、伊集院桜。
日本有数の名家に生まれ、財界・政界・医療・教育──あらゆる分野に影響力を持つ一族の令嬢。
俺は、その桜と並んでこの入学式に出席していた。
彼女の堂々たるスピーチを黙って聞いていると、ふと視線を感じた。
(……やりすぎだっての)
その美貌、気品、完璧な言葉選び──
演出にすら見えるその“完成度”は、まるで絵画のようで、逆に浮いていた。
あれはあれで、彼女なりの“牽制”なのだろう。
この学園の全員に向けた、静かな宣戦布告だ。
式が終わると、拍手の余韻の中で桜はすっと立ち上がり、何の躊躇もなく俺の隣に寄ってきた。
「じゃ、行こっか」
それだけ言って、自然に歩き出す。
廊下を歩く間も、視線はついてくる。
そのほとんどが俺にではなく、桜に向けられている──はずなのに、
俺が彼女と一緒にいるという事実だけで、視線のベクトルが変わるのが分かる。
(ああ、もう知られてるのか……)
この学園は、表向きこそ進学校を謳っているが、実態は「選ばれた者」のための育成機関。
名家、財閥、影響力のある企業の跡取り、官僚の子息──そういった背景を持つ生徒が多数を占めている。
つまり、伊集院家の名前がこの場で知られていない方が不自然だ。
教室に入ると、拍子抜けするほどに静かだった。
けれど、その静寂は“無関心”から来るものではない。
むしろ、明確な“関心の裏返し”だ。
隣に並ぶ桜が目立ちすぎるせいで、俺もまた強制的に注目の輪に引き込まれている。
(この距離感、まずいな……)
少し離れようと半歩後ろに下がったその瞬間──
「ダーメ」
袖を引かれる。
見上げた先には、にやにや笑いの桜がいた。
「アキラは私の隣。……でしょ?」
(……俺がこういうの苦手って、わかってるくせに)
桜とは小学生の頃からの付き合いだ。
表向きは仲良しを装い、裏では必要最低限の会話だけで済ます。
だが桜は、ことあるごとに“距離”を縮めようとする。
それが演技なのか、それとも単なる気まぐれか──いまだに掴めない。
そのまま席に着くと、間もなく担任らしき中年教師が入室してきた。
「それでは、今日から一緒に学ぶ仲間として、まずは自己紹介から始めましょう。席順にお願いします」
一人目が立ち上がる。
どこかぎこちないが、真面目さの伝わる声。
二人目、三人目──それぞれが個性を出そうと、精一杯の言葉を並べる。
やがて俺の番になる。
「よろしくお願いします」
簡潔にそうだけ言って、すぐに腰を下ろす。
「……え?」「それだけ?」
前の席から、小さくささやく声が聞こえた。
(……めんどくさいな)
そう思った矢先、桜の番が回ってくる。
「伊集院桜です。アキラとは、昔からの仲なんです」
その一言で、教室の空気が再びざわついた。
(また遊んでやがる……)
俺が何か言い返す前に、次の自己紹介が始まった。
以降も俺は、一人ひとりの声と雰囲気を冷静に観察する。
目的はただ一つ──
(将来、駒として使える人間がいるかどうか)
だが、同じクラスの中にはそれといった人物はいなかった。
知識はあっても経験がない。意欲はあっても芯がない。
組織の核となるような人物はいない。
(まあ、こんなものか……)
少し肩の力を抜きながら、俺は視線を教室の窓の外へと移した。
この学園で何かを築くなら、“もっと上”に目を向けるべきだ。
たとえば──生徒会。
もしくは、教師たちの信頼を集めている実力者。
そういった人間はなんらかの力を持っているはずだ。
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