46話 掌握
俺は母親の言葉を聞きながら、無意識に頭を巡らせていた。
(何か引き出せないか……どこかに綻びがあるはずだ)
「い、いきなりどうしたの?」
驚いたふりをして、少しずつ様子を探る。焦らず、自然に。
「私もね、昔は孤児だったの。だから、アキラの気持ち……少しはわかる気がするの。私が親として、ちゃんと責任を持つ。だから、私“だけ”は信じて」
“孤児だった”。
……それだけで、こうなるか?
(いや、それだけじゃない。何か裏がある。まさか……これも死神の思惑か?)
でも、表情も声も、本気にしか見えなかった。嘘をついているようには思えない。
だけど、それでも納得できない。
経緯があまりにも唐突すぎる。ついさっきまで俺を平然と殺そうとしていた側の人間だ。
それが、急に「信じて」だなんて。
(それに……“私だけ”って言葉。これはどう捉えるべきだ)
“だけ”は強調されたように聞こえた。他は信じるな、そういう意味か。
もしくは、他に信じてはいけない何かがあるという暗示か。
どこかに違和感がある。矛盾している、でも完全には否定できない。
(……やっぱり、信じるのは早い)
疑念を持ったまま進めるしかない。
相手の心の奥を探りながら、母親の感情に訴えかけて母親をコントロールする。
それが、今の俺にできる唯一の選択肢だった。
(やるか……。)
俺はスイッチを切り替える。
純粋な子供、母親をただ信じる
俺は、少しだけ目を丸くして、あえて間を置いた。
「……うん、ありがとう。お母さんがそう言ってくれて嬉しいよ!」
満面の笑顔。声のトーンも意識して明るく、無邪気な子供のように。
「ぼくもね、お母さんのこと、すごく大好きだよ。僕にとってはお母さんが本当のお母さんだから……ずっと一緒にいてほしいな!」
一歩踏み出して、自然にハグする。ぎこちなさは出さず、素直な子供らしさを全力で装う。
――演技だ。心からの言葉じゃない。
だが、ここで信頼を勝ち取ることが何より重要だ。
(母親が本気で俺の味方になる可能性があるなら、徹底的に手綱を握るべきだ。揺らぎがある今こそ、感情に入り込む)
これまでの言動の矛盾。計画と意思のねじれ。その理由が知りたい。なら、まずは“最高の息子”を演じて、自分の方に傾かせるしかない。
(信用してもらうんじゃない。俺がコントロールする)
俺はさらにもう一度笑顔を見せた。
「お母さんが味方でいてくれるなら、ぼく、きっと大丈夫だよ!」
その一言で、母親の罪悪感を刺激する。孤児に対しての保護欲、そして母性を煽る。
自分の中の良心にすがるように、俺を守らなければという思いに引きずり込む。
心の奥では冷めきったまま、俺は優しく母親に微笑み返した。
「ありがとう……アキラ……ほんとに、ありがとう……」
母親が俺を強く抱きしめてきた。声が震え、肩も微かに揺れている。
泣いていた。
……完全に、響いたようだ。
(勝ったな)
俺は表情を崩さないように気をつけながら、母親の肩越しに「にやり」と口の端をわずかに持ち上げる。
心の中では冷たく、確かな手応えを噛みしめていた。
(これで母親は、俺側に着く可能性はあがった。たとえ計画に矛盾があろうが、計画が途中で崩れようが、感情が先に動いた今、この瞬間からは俺のターンだ)
信用してはいない。
信じたフリをして、相手の“信じたい”という欲に寄り添っただけだ。
裏切られる可能性はまだある。
だが……。
(たとえ裏切られたとしても、こうして感情を引き出しておくのは無駄じゃない。やれることは、全部やっておくべきだ)
俺は少しだけ腕を回し、ぎゅっと母親を抱き返した。
最高の子供として。
最高の皮を被った、準備された獣として。
そして、そっと母親の耳元に顔を近づけて――
「……大好きだよ」
低く、優しく、囁くように。
その瞬間、母親の腕がぴくりと震えた。
抱きしめる力が少し強くなり、肩口に当たる呼吸が震えに変わった。
抑えていた涙が堰を切ったように溢れ出す。
その涙の意味が何であれ、俺にとっては利用価値がある。
感情は判断を鈍らせ、信念は迷いを生む。
(これで――条件は揃った)
口角をほんの僅かに吊り上げながら、俺は静かに目を閉じた。
ここからが、勝負の始まりだ。
「お母さん……僕の命を狙ってるの?」
母親を完全に掌握するために俺は勝負を仕掛ける事にした。




