45話 母の苦悩
昼食のあと、アキラは「ちょっと出かけてくるね」とだけ言い残して、部屋を出ていった。
どこへ行くのかは聞かなかったし、聞けなかった。
あの子の目を見れば、何を考えているか分かる気がして、けれど、何も分からない気もして、怖かった。
静まり返った家の中に、一人取り残されると、思考が急にせり上がってくる。
息苦しさすら感じるほどの焦りと、自分への問いかけ。
どうすれば、アキラを守れる?
カツン、とコップをテーブルに置いた。微かに震えていた。
あの子がこの家に来てから、ずっと私は「与えられた役割」を演じていた。
母親らしく振る舞い、笑い、優しい言葉をかけ、時には怒ってみせた。
それが全部、演技だったわけじゃない。
ただ、それ以上に「役目」があった。
私は“あの人たち”の一員として、アキラの監視と管理を担っていた。
そういう役目だった。
でも今は違う。
気づけば、アキラの何気ない言葉や、食事のときの顔、洗濯物の出し方まで——
全部が、私の中で「息子」として刻まれていた。
守りたい。
この子を守りたい。
でも。
私は誰よりも組織の恐ろしさを知っている。
裏切りは許されない。
ただの妨害なら、ギリギリできるかもしれない。
計画を少しだけずらす、証拠が残らないよう偽装する……
でも、その先が問題だった。
アキラを“助けた後”どうする?
組織は必ず気づく。そして、追ってくる。
私たち親子に待っているのは、逃亡生活か、それとも——…
「逃げ場なんて……どこにもないのよ……」
呟いた声は、誰に届くでもなく、虚しく消えていった。
通報する?
警察に保護を求める?
そんなものが意味を持たない相手だということくらい、嫌というほど分かっている。
法律の網の外にいて、それでいて堂々と人を操り、処分する。
それが、あの“組織”のやり方だった。
誰かに助けを求めれば、今度はその“誰か”が標的になる。
アキラの友達も、先生も、関わった人間全てが巻き込まれる。
そんなのは、嫌だった。
私は、アキラを巻き込んだくせに、今さら母親面している。
でも、それでも——この気持ちは本物だ。
私がどんな理由であの子に近づいたとしても、
今この瞬間、私の中にある感情は偽りじゃない。
「ごめんね……アキラ……」
うつむいて、目頭を押さえる。
泣いてはいけないと思っても、涙は勝手に溢れてきた。
私は弱い。
ただの一人の女で、母で、何か大きな力の前ではどうしようもない存在。
でも、それでも。
あの子の未来だけは、奪わせたくない。
少なくとも、計画だけは阻止する。
今までどおり、完璧にやる。
不自然に見えないように、でも確実にズラす。
そのための準備はもう整っている。
……ただ、その先が、怖い。
組織に目をつけられた瞬間、私たちはもう“詰み”になる。
アキラが、また一人で逃げようとするかもしれない。
私を置いてでも、生き延びようとするかもしれない。
でも——それでも、いい。
私の命が尽きるとしても、あの子だけは生きてほしい。
そのためなら、私はすべてを敵に回す。
覚悟を決めると、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。
涙を拭い、ふぅと長い息を吐いて、立ち上がる。
アキラが帰ってくるまでに、夕飯の支度をしておかないと。
いつもどおりの、母親として。
せめて、今日だけでも——安心して「ただいま」と言える場所を、残しておきたいから。
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