43話 計画露見
リビングでは母親が洗い物をしていた。
俺の姿を見ると、ふっと笑う。
「ちょっと出かけてくる」
俺がそう言うと、キッチンで洗い物をしていた母親が手を止めた。
そのまま数秒だけ静止して、少し遅れて声が返ってくる。
「うん。あんまり遅くならないようにね」
笑顔。……だけど、どこか引っかかる。
一瞬だけ、言葉を選んだような、そんな“間”があった気がした。
気のせいかもしれない。
でも、この家にいると、どんな些細な変化にも神経が尖る。
俺はそれ以上何も言わず、玄関へ向かった。
母親の声も、家の空気も、背中に残したまま、俺はドアを開けた。
……冷たい風が、ひゅう、と頬をなでていった。
住宅街を抜け、線路跡を辿る。
あの使われなくなった小さな駅、今は、ただの廃駅。
誰もいないはずのその場所に、俺の“答え”がある。
足音だけが、静かに響いていた。
そして、いつもの場所――廃駅のホームで、俺は澪を待った。
しばらくして、制服姿の“あいつ”が姿を現す。
見慣れたはずのその姿に、なぜか胸の奥がじんわりと熱くなる。
ようやく、物語が一歩、動く。
「やっほ~。小学生っ。元気にしてた?」
いつも通りの、軽い調子。
その無邪気さに、張り詰めていた心が少しだけ緩む。
「僕は元気だよ。お姉ちゃんは?」
適当にあしらうように返す。
「ふふっ。やっぱ小学生が依頼者って、未だにピンとこないわ」
澪はいつもの調子で笑うが、その手にはスマホが握られていて、すでに何かを検索しているようだった。
軽口の裏で、確実に情報屋としてのモードに入っているのがわかる。
「こっちも、こうなるとは思ってなかったけどね」
俺は手すりに肘をつけながら、空を見上げた。
夕方前の空はまだ明るいのに、風だけが妙に冷たかった。
「で、確認。依頼は“伊集院家を狙ってる連中”について、で合ってた?」
俺は澪に鮫島について情報を伝えた。
伝え終わると同時に、パタ、とスマホの画面を閉じる音がして、澪の視線がまっすぐこっちを射抜いた。
冗談を捨てた目。
まるで「遊びはここまで」と告げるスイッチが入ったようだった。
澪の表情がわずかに変わる。
小さくつぶやいた。
「……それ、ニュースに出てたやつか。なるほど……あれ、伊集院家絡みだったのね」
一気に雰囲気が変わる。
さっきまでの軽さが消えて、澪は黙りこみ、考え始めた。
何かを探るように、澪の視線が泳ぐ。
その目つきは、もう“情報屋”のそれだった。
「ありがとう。じゃあ、私が調べた情報について伝えるね」
俺が軽く頷いたのを確認してから、澪は静かに口を開いた。
「まず、父親が所属している組織。前回は名前を出さなかったけど……“海景会”。そう呼ばれてる」
海景会——。
聞き覚えのある名前だった。
小規模ながら、過激な手口で知られる連中。
金のためなら子供を売ることさえ厭わない。
かつて、俺が裏社会の頂点にいたときは、あいつらも一応は大人しくしていたはずだが……。
やっぱり俺がいなくなって、秩序が崩れてきている。
静かに押し殺していた怒りが、胸の奥で熱を帯び始めた。
「ありがとう。……計画の内容までは分かった?」
「詳細までは無理だった。でもね、火災……たぶん放火の線が濃厚よ」
そう言いながら、澪はスマホをスワイプして、何かのメモを見せるような仕草をした。
「父親が、組織の部下に“ガソリン入りの一斗缶”を複数買わせてた。そしてそれを、本人が直接受け取ってるわ。さらに、その一斗缶を持って遠方から家に向かってる。……つまり、帰宅と同時に何かを起こすつもりじゃないかって、私は見てる」
その言葉を聞いた瞬間、スイッチが入った。
頭の中で、いくつもの点が線となって繋がっていくのを感じる。
……ガソリン。
……明後日の帰宅。
……火災。
恐らく、放火による事故を装うつもりだ。
それも、場合によっては時限装置を使って、本人不在のまま実行される可能性もある。
「……ありがとう、澪。助かった。ほかに何かわかったことは?」
「今のところは、これくらいね」
少し言いにくそうな表情を浮かべながら、彼女は続けた。
「ところで、伊集院家とはどういう関係? 私的な興味じゃなくて、情報屋として聞いてるの」
「……個人的な繋がりがある。それだけだよ」
澪は少しだけ目を細め、俺を値踏みするように見たあと、ため息をついた。
「……忠告しておくけど、伊集院家の力は“本物”よ。下手に近づけば、命がいくつあっても足りない。……子供だからって、すべて許されるわけじゃない」
その声には、明らかに軽口とは違う色があった。
「分かってる。ありがとう。気を付ける」
俺がそう返すと、澪はほんの少しだけ眉を下げ、視線を外す。
「……本当に、わかってるのね」
その目は、俺の過去も今も、全部を見透かしてるみたいだった。
「……伊集院家の力は、すでに目の当たりにしてる。甘くないってことも含めてな」
沈黙が一瞬流れる。
そのあと、澪は肩の力を抜くように笑った。
「あなたが死んだニュースなんて、聞きたくないからね。——ちゃんと、頑張って」
言葉は軽やかなのに、その瞳はまっすぐだった。
冗談めいた語調の裏に、確かな“想い”が透けて見える。
……澪は、俺を仕事の“客”としてしか見ていないと思っていた。
裏社会の情報屋。冷静で、抜け目なくて、誰にも心を預けない。
俺にとっても、それは都合がよかった。
感情に揺れるような存在じゃない方が、使いやすい。
けど——
この一言は、明らかに“それ”じゃなかった。
まるで、一瞬だけ仮面が落ちたみたいに。
……いや、落としたのか。わざと。
(信じるな。けど……見誤るな)
俺の中で、わずかに天秤が揺れた。
「だからこそ、まずは自分の親から身を守る。生き延びないと、何もできないから」
自分に言い聞かせるように呟いて、心を引き締める。
何があっても、冷静でなければならない。
感情に呑まれず、俯瞰で状況を捉える——それが、俺が生き残ってきた術だ。
「何か追加の情報がわかったら、SMSで送るわ。顧客に死なれるのも、さすがに後味が悪いからね」
澪はそう言って、いつもの軽い調子に戻ったように笑った。
けど、どこかその言葉には“気遣い”の色が混じっていた気がする。
彼女は周囲をさりげなく見回しながら、帰る準備を始める。
制服のスカートの裾を整え、バッグの中を一度確認し、何事もなかったように歩き出した。
その背中を、俺はしばらく黙って見送っていた。
廃駅に差し込む夕日が、彼女の影を長く伸ばしていく。
「……ほんと、得体の知れない女だよ」
ぽつりと、誰にも聞こえないようにつぶやく。
それでも、確かに思った。
この女の情報がなければ、俺は打つ手がなくて詰んでいたと思う。
背中が角を曲がって見えなくなったその瞬間、俺も静かに動き出した。
心には新たな覚悟を灯して——“生き延びて、全部暴いてやる”
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