39話 情報提供
俺は大豪邸に足を踏み入れると、加賀に防音性能があると思われる部屋へ案内された。
廊下を進む途中、加賀以外にも数人の使用人たちが目につく。
そのどれもが無駄のない動きで、それだけで伊集院家のレベルの高さが窺えた。
それと同時に、俺は無意識に背筋を伸ばしていた。まるで場違いな自分を意識するように。
「こちらです」
加賀に促され、指定された部屋へ入る。
防音室というよりは、豪華な応接室といった雰囲気だ。
ただ、その壁や扉には特殊な素材が使われているのだろう。外部に音が漏れる心配はなさそうだった。
つまり、誰にも聞かれたくない話ってわけか。
「アキラも早く座って」
桜に促され、向かい合う形で席につく。
俺が腰を下ろすと、桜は興味津々といった表情で口を開いた。
わかりやすい奴だな、と少し笑いそうになる。
「それで、襲ってきた人たちの情報があるって聞いたけど……詳しくわかってるの?」
「詳細ってほどでもないけど、リーダー格のやつの情報はある」
俺が答えると、加賀の表情が一瞬だけ鋭くなった。
その目は、瞬時に状況を読み取る戦場の兵士のようだった。
「どのような情報でしょうか?」
「免許証に載ってた情報を全部覚えてる」
「全部……名前以外も?」
桜が驚いたように聞いてくる。
その目には素直な好奇心が浮かんでいて、こういうときは年相応の女の子だなと思う。
「ああ。免許番号や住所まで。見た瞬間に頭に入ったからな」
俺は淡々と、だが少しだけ誇らしげに言った。
加賀が小さく頷いたのを横目で見ながら、鮫島という男の情報を一通り伝える。
「ありがとうございます。あとは私たちの方で調査・対応いたします」
(よし、これで一つ貸しができたな)
「にしても、あんたってすごいわね」
桜が感心したように言う。
でもその目には、ただの賞賛だけじゃなく、何か考えているような色も感じた。
「まあ、ある程度の情報なら一目見れば記憶できるタイプだから」
自慢げに言ってやると、桜はニヤッと笑いながら頷いた。
まるで、欲しかったおもちゃを手に入れた子供みたいな顔で。
「気に入ったわ。やっぱりあなた、使える」
(……“使える”って本人の前で言うか?ホント加減知らねえな)
「お嬢様って、デリカシーって言葉知らないの?」
からかうように言うと、桜はぷいっとそっぽを向いた。
だが、すぐに思い出したように言葉を続けた。
「そういえばね、お父様にあなたのことを話したら“友達としてなら構わない”って」
胸の中に違和感が湧いた。
(……孤児の俺を? しかも家族の関係が怪しい可能性すらあるのに?)
加賀の普段の慎重さを思えば、俺の存在は明らかにリスクでしかないはずだ。
だからこそ、その言葉の裏にある“何か”を探してしまう。
その疑問が顔に出ていたのか、加賀が口を開いた。
「お嬢様が相当に粘って、ようやくお父様が渋々了承したという次第です」
「ちょ、加賀!?」
突然の裏切りに、桜が慌てて加賀を止めにかかる。
顔を真っ赤にしていて、普段の冷静な彼女とのギャップに思わず笑いそうになる。
「へえ~……桜がね? 俺のために?」
俺は調子に乗ってわざとらしく言ってみせる。
からかい半分だったが、桜は視線を逸らして答えた。
「私は、欲しいものは全部手に入れるの。だからあなたを使えるって思った。それだけよ」
口を尖らせるその姿には、ほんの少しの照れが混じっていた。
「何かあれば、私が守ります。……アキラ様、くれぐれもお気をつけください」
加賀がやや低く、重みのある声で言ってくる。
その声音には、本気の感情がにじんでいた。
「はは……伊集院家に敵対するつもりなんてないさ」
俺は軽く笑ってごまかした。
だけどその笑いの裏では、自分の立ち位置を何度も確認していた。
そのあとは軽い雑談が続いていたが、ふと俺のスマホが鳴った。
画面を見ると、澪からのSMSだった。
『完了した。明日』
それだけの短い文。時間も場所も、きっといつも通りだ。
ついに情報が手に入る。これで少しは奴らより先を行けるかもしれない。
「何よ。スマホ見てニヤけて」
思わず口元が緩んでいたらしい。
桜がからかうように言ってきた。
たぶん、俺にもう少しここにいてほしいんだろう。そういう顔だった。
「いや、母さんが昼飯作ってるから帰ってこいってさ」
「……ふーん。あんた、もしかしてマザコン?」
明らかな挑発だったが、その中にほんの少し寂しげなニュアンスが混ざっていた。
俺がそれに気づいていることに、桜は気づいていない。
「いや、体調崩してるから様子見に行かないとって感じ」
少し嘘を混ぜて、そう返した。
「ふーん。……分かったわ。加賀、送ってあげて」
桜はしぶしぶといった感じで、加賀に命令を出す。
その目は少しだけ、名残惜しそうだった。
それに反応した加賀が一礼をする。
「悪いな、またゆっくり話そう」
俺は桜の方を見ると、やけに寂しそうな顔に見えた。
そんな桜に軽く頭を下げ、加賀と共に屋敷を後にする。
車に乗り込むと、加賀がふと口を開いた。
「アキラ様」
「ん?」
加賀の表情は真剣そのものだった。
「以前もお伝えしましたが……お嬢様の敵にはならないでください。それだけは、どうか」
「……敵になる理由なんてないよ」
俺がそう返すと、加賀は少しだけ、安心したように微笑んだ。
「気を悪くしないでください。これが私にできる最大限です。……お嬢様を傷つけることだけは、何があっても避けていただきたい」
その本気の眼差しに、思わず俺も、大人びた口調で答えていた。
「……あぁ、わかったよ」
「本当に、不思議な方ですね。……だからこそ、お嬢様がお選びになったのでしょう」
そう言いながら、加賀は車を静かに発進させた。
その言葉の重みが、しばらく車内に残っていた。
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