34話 再び
昼を少し回った頃。太陽は高く、風も穏やかだった。
会話が一段落したところで、俺はもう一歩、核心に踏み込む。
「……加賀って、俺の両親のこと、どこまで調べてるんだ?」
なるべく何気ない口調を装って訊いたつもりだったが、桜は少しだけ眉を寄せた。
「一応、それなりにね。でも、そんなに詳しくはないわよ。どこに住んでて、職業がこれで……って、表向きの情報ばかり」
「裏は?」
「一応、なんかの組織に関係してるらしいってとこまでは把握してたみたい。でも、何の組織かとか、どう関わってるのかまでは調べてないと思う」
桜の表情がわずかに曇る。加賀の慎重さが、言葉の端々から伝わってきた。
となると、鮫島の件と合わせて父親を調べさせるのは現実的じゃない。
父親の名前を知られている以上、加賀に父親の情報を抱き合わせで調べさせたら、俺の父親と把握されてしまい、警戒される可能性がある。
「……じゃあ、別の手段を考えるしかないな」
言葉にしてみると、思った以上に重く響いた。
自分でも気づかないうちに、眉間に力が入っていたらしい。唇の端がわずかに引き締まる。
「って、なに深刻な顔してんのよ」
桜が肩をすくめながら、俺の前に回り込む。
軽く体を傾けて、俺の表情を覗き込んできた。
「ねえ、明日、土曜日でしょ? うち来る? 加賀にも会わせるし、直接話した方が早いんじゃない?」
言葉の調子は軽い。けれど、その奥に“本気”が見えた。
悪戯っぽい笑顔の奥に、ちゃんと状況を考えた上での“提案”があった。
ありがたい申し出だ。加賀と話せる機会は貴重だし、得られるものもあるかもしれない。
けれど、俺はほんの一瞬、迷った。
「……今日じゃダメなのか?」
今この瞬間の方が、動くべきだという直感があった。
桜は小さくうーんと唸り、風になびく髪を指でまとめる。
「今日は無理。お父様の予定で、夕方から食事会があるの」
そう言って、彼女は微妙に顔をしかめた。
唇を突き出しながら、憂鬱さを隠そうともしない。
「着替えとか、準備もしないといけないし……ああいうの、本当に面倒なのよ。誰も話なんて聞いてくれないし、笑ってればいいって思われてるし」
その言い方には、ほんの少しだけ本音がにじんでいた。
伊集院家という立場が、どれだけの制約とプレッシャーを与えているのか。
俺には正確にはわからない。けれど、桜のその顔を見て、少しだけ想像できた。
「……そうか。なら、明日行くよ」
そう言って、俺は気持ちを切り替える。
今日中にやれることは、別のルートで進めよう。
澪に連絡をとる。
桜には言えないが、俺にとってはもう一つの手札だ。
桜の視線が、ふたたびこちらに戻ってくる。
「あんた、なんか別のこと考えてない?」
桜はまるで俺の思考を読んでいるかのように、言葉を投げてくる。
「いや……。今日は何を調べるか、ちょっと考えてただけだよ」
桜は少し考え込むようにして、首を傾げる。
「確かに、計画の実行が近いなら、早めに動いた方がいいわよね」
彼女なりに、俺のことを気にしてくれているのが表情から伝わってきた。
「とりあえず、俺は俺で、もう少し探ってみるよ。何かわかったら、連絡する」
その言葉を聞いた瞬間、桜の顔がぱっと明るくなる。
「あ、そうだ。あんたのスマホ、アプリって自由に入れられる? それならメッセージアプリ、入れてよ」
そう言って、桜はくすっと笑った。
「確かに、いちいち電話するのは面倒だもんな。いいよ。どのアプリ入れたらいい?」
俺は桜に指定されたアプリをダウンロードし、彼女と連絡先を交換する。
「オッケー。何かあったら、これに連絡してね!」
これで桜とは、いつでも連絡が取れるようになった。
うまく付き合っていくことで、これからも利害関係を一致させられるだろう。
──さて。
今日のうちに、澪と連絡を取る。
こっちはこっちで、静かに動いておく必要がある。
鮫島の組織のこと。それが伊集院家を狙っている情報。
そのあたりを“材料”にして、澪から引き出せる情報があるか確認しよう。
チャイムの音が屋上に響いた。
昼休みの終わりを告げる、少し間延びした電子音。俺と桜は顔を見合わせ、小さく息をついた。
「……戻ろっか」
名残惜しそうな口調だったが、桜の足取りは軽かった。
俺はそれにあわせて並んで歩き出す。
階段を下り、廊下を通って、再びいつもの教室へ戻る。
午後の授業は、教科書を開き、ペンを持つふりをしながら、思考は別のところにあった。
明日、桜の家に行く。加賀と会う。けれど、それまでに確認すべきことはまだある。
そして、放課後。
チャイムが鳴ると同時に、教室の空気が緩む。
机を片付け、何気なく立ち上がる俺のそばに、桜がすっと近づいてくる。
「ね、送ってくれるんでしょ? 今日も」
「当たり前だろ」
軽く返しながら、俺は一歩先に教室を出た。
桜と並んで昇降口を抜け、校門を越えて、迎えの車が待つ路地の角まで歩く。
周囲に視線を巡らせる。
特に怪しい動きは──ない。今日は、例の用務員も見かけなかった。
路上に停まっている黒塗りの車の横に、加賀の姿が見えた。こちらに小さく会釈するが、表情はいつも通り無機質だ。
「……今日も大丈夫だったね」
桜がぽつりと呟く。
「ああ。今のところはな」
それでも油断はできない。
明日に備えて、俺も俺のやり方で動いておく必要がある。
「じゃ、また明日ね。メッセージを送るから明日はそこで集合で」
桜は軽く手を振って、車に乗り込んだ。ドアが静かに閉まり、車が発進する。
その姿をしばらく目で追ったあと、俺はポケットの中のスマホに手を伸ばした。
よし。
澪に交渉して、父親の情報や組織の事を少しでも引き出さないとな。
俺には時間がない。
そう思うと自然にスマホを持つ手に力が入っていた。
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