2話 第二の面談者:猛(タケル)
ドアの向こうに、バカみたいな声が響いた。
「兄貴ィッ! 兄貴ィィィィッ!!」
案の定、うるさいのが来やがった。
ガラス越しに現れたのは、金髪をツンツンに立てた男。
俺が拾って、面倒を見てきた舎弟だ。
真っ白なトレーナーに、妙に派手なチェーンをジャラつかせて、
まるでここをクラブかなんかと勘違いしてる。
「よお、兄貴! 元気っすか!? いや元気じゃねえか、ははっ!」
表情はいつも通りのアホ面。こいつはいつもそう。
「……テンション下げろ。おまえ、ここがどこかわかってるよな?」
本題に早く入りたいため、凄んだ。
「す、すんません……でも会えてマジで嬉しいっすよ。オレ、兄貴のことずっと……」
今にも泣きだしそうな猛。
「いいから座れ」
しぶしぶ着席した猛は、落ち着きなく足を揺らしながら、テーブルの上に両手を置いた。
いつも通りの軽さ。でも……視線が妙に泳いでる。手が汗ばんでる。
こいつにしては、挙動がおかしい。
「おまえ、最近……誰とつるんでた?」
今は、まず内情を探る……。
「え?あー、まぁ……みんな変わらず、って感じっすよ?」
曖昧な返事だ。昔の猛なら、もっと細かく話したはずだ。
何かを隠してるというより、何を言わないべきか探ってるような口ぶり。
澪の言葉が頭によぎる。
『アキラが逮捕されてから、組織は崩壊の一途を辿っている。私が知っているだけで3~4つの組織が独立に向けて動いているわ』
(猛……お前も)
「聞いたんだ。組織に裏切り者が出たって」
猛には悪いがカマをかける。
「……へ?」
唐突な質問に対して、猛は唖然としている。
「その裏切り者、最近おまえと一緒にいたらしい。……なあ、猛、おまえ、何か知ってるよな?」
無言。
猛の顔から一気に血の気が引いた。唇がわなわなと震え出す。
俺は黙ったまま、じっとその反応を観察していた。
こいつは馬鹿だが、嘘をつくときは決まって無言になる。
うまく言い訳ができないから。
「兄貴、オレ……ちょっと、喉、乾いちゃって……」
震える手で、目の前の紙コップに手を伸ばす。
その動きも、どこかぎこちなかった。
「……そいつ、面談の前に誰かが持ってきたのか?」
猛はそう言い、いつの間にか置かれているコップに手を伸ばす
「えっ……? あ、あぁ、そうっす……たぶん、看守の人が」
ガラス越しの向こうに座っている猛は、紙コップに口をつけた。
「兄貴、マジでさ……オレ、ずっと考えてたんだけどさ……」
その言葉が途切れた瞬間、猛の体がピクリと震えた。
次の瞬間、彼の手元の紙コップがカチャンと落ち、猛の目が見開かれ、顔色が一気に蒼白になる。
「……猛!?」
俺は立ち上がり、ガラスに手をつけたが、届くわけがない。
猛は椅子から崩れ落ち、そのまま床に転がる。
息も絶え絶えに、猛は震える唇で必死に何かをつぶやいた。
「……クジョウ……」
その言葉が、まるで命を振り絞るかのように漏れ出した。
猛は白目を剥き、口から泡を吹き、全身をびくびくと痙攣させる。
まるで“毒殺”そのものの症状だった。
そのとき、スピーカーが無機質に鳴った。
『面談中の接触行為を確認』
「は?」
ありえない。ガラス越しに、どうやって接触するというんだ。
俺が呆然とするより早く、外の看守たちが一斉に動き出した。
「面談者が倒れた! 医療班、急行!」 「両手を掲げろ!」
流れるような連携。まるで最初から準備していたかのように。
俺は両手をゆっくり上げた。
ガラスの向こうでは、看守が手袋をつけ、
猛の倒れた席の紙コップを拾い上げていた。
「……底に細工があります。針。毒針ですね。注射痕一致。仕込み型か。注射痕確認。即死性の高い劇薬の可能性。毒物調査班、急行」
ひとりの看守が、小さく呟いた。
「おかしいな……ガラス越しなのに」
その呟きを無視するように、別の看守が無線を取って報告する。
「面談中の外部攻撃は、重犯罪として即時処刑が認められている。法改定第72条による……」
俺の中で、ピースがハマった。
毒針。仕込まれた証拠。明らかに俺が仕込んだように見せかけられる角度。
ガラス越しで仕込みようがない。だが、それを問う暇すら与えず、スピーカーが告げる。
『囚人に対して即時執行とする。再審査の猶予は認められない』
俺は静かに、笑った。
完全に仕組まれていた。
猛を始末するために。
俺を口封じするために。
もう笑うしかなかった。
ここまで手際よく、しかも俺の手の届かないところで全てが整っている。
完全な出来レース。
(これが……本命ってやつか)
猛が握っていた情報。それに俺が手を伸ばしかけていたこと。
誰かがそれを察し、口封じとして俺を巻き添えにした。
ガラスの向こうに床に倒れたままの猛を見ることが出来なかった。
(すまない……猛)
だが、確実に言えることがある。
どうにも敵さんは俺を早急に消したいらしい。
それは俺が持っている情報に奴の急所となるものがある。
気づかぬうちに触れた何か。
それが、奴らにとっての地雷だった。
また、猛も最後に何か伝えようとしていた。
今回の件だが…相手もかなりの力を使って無理やり行ったと考えるべきだ。
この一連の動きにきっと綻びが出ているはず。
看守から独房に無理やりもどされる。
「死刑執行準備まで部屋で待機しろ」
俺は看守に腕を掴まれ、引きずられるように独房へ戻される。
ドアが閉まりかけた、そのとき……。
「観念しろ。お前は終わりだ」
看守がにやりと笑った。
その一瞬、襟の隙間からちらりと覗いた。
首筋、耳の下あたり。肌に馴染むように、だが確かに見えた。
鷹のタトゥー。
それを見た瞬間、背筋を冷たいものが這い上がった。
看守がタトゥー? そんな馬鹿な。
だが、それは見間違いなんかじゃない。
猛の死、毒針、即時執行
すべてが計画通り。
そして、俺はすでに駒として盤上に置かれている。
ドアが閉まる寸前、もう一度看守の顔を見ようとした。
だが、わずかな暗がりにその表情は溶け、消えた。
一つ明確に分かったことは
あと一手で、俺は詰まされる……って事だ。
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