24話 約束
全て見られている……。
この二人にはとぼけても無駄だな。全部バレてる。
このカメラは恐らく道にある普通のカメラ。
それにアクセスしているってことは伊集院家の力は厄介なものだ。
少しだけ相手の出方を伺ってみるか……。
「いや~なんか偶然うまくできたんだよね~」
ありえない回答をあえてする。相手が何を求めているのか引き出せないか……。
軽く肩をすくめてごまかす。加賀はそれ以上は詮索せず、ただ目を細めた。
その空気の中で、桜がふいに言った。
桜がふいに、小さな声で口を開いた。さっきまでの砕けた空気が、わずかに変わる。
「ねぇ、アキラくん」
声のトーンが、普段とは違っていた。軽口ではない。俺は目線を向ける。
「ん?」
桜は、一瞬だけ視線を伏せた後、俺の目をまっすぐ見た。
「……私の護衛になってくれない?」
一瞬、耳を疑った。
俺の中の時間が、一拍、遅れて流れる。
「は?」
なんの冗談かと思った。でも桜の表情は、本気だった。
ふざけている様子は一切ない。いたずらっぽい笑みも、皮肉っぽい口調も消えていた。
「加賀から聞いていると思うけど、私……狙われてるの。学校では直接的なことは起きてないけど、家の周りには気配がある。私も一応警戒はしてるけど、正直――外にも出られない状況なのよ」
言葉は落ち着いていたが、その奥にある“圧”のようなものを感じた。
緊張と、恐怖。そして、それでも怯えを見せない意思。
気づけば、桜の声はさらに小さく、周囲を警戒するようなトーンになっていた。
まるで、この話が他人に聞かれることすら許されないように。
俺と桜の間に、静かな緊張が流れる。
護衛。簡単に言ってくれるが、これは遊びじゃない。
桜自身がそれを理解していることは、目を見ればわかった。
その目は、いつもの強気とは少し違っていた。
プライドをぐっと飲み込んで、助けを求めている。そんな感じだった。
「……お嬢様」
張り詰めた静寂の中に、低く鋭い声が差し込んだ。
加賀だった。
ドア近くで控えていた彼が、わずかに身を乗り出すようにして、桜に釘を刺す。
「そのような重要なことを、軽率に頼むべきではありません。アキラ様が何者かも――」
その声には、護衛としての職務の枠を超えた、真剣な危惧がにじんでいた。
ただの反射ではない。加賀なりに、全力で“お嬢様”を守ろうとしているのが伝わる。
だが、桜はその視線を正面から受け止め、ゆっくりと首を横に振った。迷いは、なかった。
「わかってる。でも、だからこそよ」
視線を逸らさずに、今度は俺の方へと顔を向ける。
「アキラくんは“使える”と、私は思ってるの」
その言葉は、ただの信頼でも、賞賛でもない。“判断”だった。
冷静な計算と、自分の身を賭けた決意。
その奥に、微かだが確かな“希望”の色が滲んでいるのが見えた。
加賀が口を開きかけるも、次の言葉が出てこなかった。桜の意志の強さに、押し返されたのだ。
俺の中で何かが引っかかった。
“使える”。その言葉の冷たさは、妙にリアルだ。
「……保証はしないぞ。守りきれるなんて約束、俺にはできない」
俺は正直に言った。子供である以上、限界もある。
何より俺には――もっと別の目的がある。
「それでもいいの。頼むわ、アキラくん。あなたにしか、できないことだと思うから」
強い口調ではない。でも、その分だけ本気だった。
加賀は眉をひそめ、言葉を飲み込んだ。
桜の独断での発言。執事として、それが正しいとは思っていないはずだ。
でも――止めきれなかった。
「……やれやれ。こんな無茶な依頼、受ける奴いるかよ」
俺はため息をつきながら、わざとらしく視線を逸らした。
でも、桜はにやりと笑って言った。
「いるわよ。今、目の前にね」
……本当に、厄介な女だ。
桜が得意げに微笑んだあと、こちらに背を向けてTVのリモコンをいじり始めた瞬間――
加賀がそっと近づいてきた。小声で、ほとんど唇だけが動くような声で言ってくる。
「……アキラ様。少々、よろしいでしょうか」
加賀が低い声で静かに口を開いた。どこか探るような、それでいて決意を込めた響きがあった。
その唐突な丁寧語に、思わず俺は眉をひそめる。
「……なんすか、急に丁寧に」
軽く眉を上げながら肩をすくめて返すと、加賀は真剣なまなざしのまま俺に近づいてきた。
まるで、周囲の空気が一段冷えるような感覚。あの男が“仕事の顔”になったときの雰囲気だった。
その言葉には、明らかな緊張があった。
立場を超えたお願い。それでも彼は、俺を“戦力”として認めたということだろう。
「お嬢様の判断は、常に大胆です。……ですが、あくまで“お嬢様の意志”です。私は、あなたがどういう人間なのかを――知らない」
「じゃあ聞けばいい。聞かれても全部は答えないけど」
「それが問題です」
加賀の目が細くなった。敵意ではない。ただ、鋭く“見ている”。
二人の間で沈黙が流れる。
加賀は俺と視線を合わせたまま、少し声を落として言う。
「ただ……私はあなたのことを何も知りません。ですが――もし、学校などで“異変”があれば、すぐに知らせていただけますか。そして、可能であれば……その場で、お嬢様を守っていただけませんか」
加賀は真っ直ぐに俺を見据えながら言葉を重ねる。
眉間には深いしわが刻まれていた。
普段の冷静沈着な表情の奥に、焦りにも似た不安が見える。
その目は、執事としてではなく、一人の人間として“誰かに託す”覚悟を含んでいた。
「言いましたよね。保証はしませんよ。俺はヒーローじゃない」
俺はゆっくりと肩をすくめた。
視線は逸らさず、あくまで冷静に、けれどわずかに皮肉を込めて返す。
言葉の裏に、“本音”と“逃げ道”の両方を忍ばせる。
俺にだって、背負える荷物とそうでないものがある。
「ええ、それでも構いません。――ですが、お嬢様の判断は“信用の第一歩”です。それを私は否定できません。……万が一の時だけでも、動いていただければ」
加賀の声音は静かだったが、その目の奥にあったのは信頼とも懇願ともつかない光だった。
彼なりに、必死なのだ。
桜という少女を守るために、あらゆる手段を捨てずにいる。
たとえ相手が、正体もわからぬ“俺”であっても。
一瞬の沈黙。
それから、俺は静かに息を吐いた。
「……わかりました。“万が一の時だけ”ってことで」
加賀は深く、静かにうなずいた。口にはしなかったが、それが彼なりの礼だった。
「二人で何こそこそ話してるのよ。気になるじゃない」
桜がリモコンを手に振り返ってきた。
「いや、男の秘密だよ。いろいろあるのさ」
軽くかわすと、桜は「ふーん」と小さく鼻を鳴らしながら、それ以上は追及しなかった。
その背後で――加賀の視線だけが、最後まで俺の背中を見ていた。
「……お嬢様」
加賀が口を開く。その声音には、わずかにためらいがにじんでいた。
「この件、お父様にはどうご説明を?」
「説得するわ。私が」
桜は迷いなくそう言い切った。言葉に一切のブレはない。
「私が決めたことだもの。誰かの承認を待つ必要なんてないわ」
「……ですが……」
加賀が食い下がろうとするのを、桜は軽く手を上げて制した。
「いいの。責任は私が取るって言ってるの。加賀は黙ってて」
その目は冗談ではなく、本気の意志を宿していた。加賀は深く息を吐くと、黙って頷いた。
「……そこまで言うなら、お任せします。ただし、いざという時の対応は私に判断させていただきます」
「もちろん。それはあなたの仕事でしょ」
言い合いのようで、どこか信頼を感じるやりとり。
俺はそのやりとりを聞きながら、苦笑するしかなかった。
「じゃあ、アキラくん。連絡先、交換しましょ」
「……いきなりだな」
「当然よ。何かあったとき連絡取れないとか、意味ないもの」
桜がスマホを差し出す。俺も、今朝手に入れたばかりのスマホを取り出した。
苦笑しながら、桜と連絡先を交換する。
「じゃあ私、さっそく“非常連絡先”に登録しておくわ。下から三番目くらいに」
桜は少し楽しげに微笑みながら、手元のスマホをいじり始める。
彼女の指先がスクリーンを軽く滑るたび、その動きにはどこか慣れた様子が感じられる。
何事も手際よくこなしてしまうところは、さすがだと思う反面、どこか遊び心も見え隠れしている。
「順位低くねぇか?」
俺は軽く眉をひそめて、桜の顔を見た。何となく、予想外だった。
こんな重要な依頼をされた以上、もう少し上位に置かれると思ったのに、まさか三番目とは。
桜は、そのまま俺を見つめながら、無邪気に肩をすくめた。
「これでも上位なのよ」
その言葉に、俺は思わず溜息をついた。
桜はいつも、少しだけ余裕を持っている。
それが少し、憎たらしいけれど、どこかで頼もしく感じる瞬間でもある。
そんな軽口を交わしていると、横から加賀が一歩前に出てきた。
「私からも……何かあればすぐに知らせていただきたい。お嬢様に危険が及ぶ兆しがあれば、あなたの判断で構いません。可能であれば、守ってください」
「……保証はできないけどな」
「それでも構いません。……頼みます」
真剣な目だった。加賀という男の中にも、葛藤があるのはわかった。
「……あんたがそう言うなら、考えとくよ」
俺が言うと、桜がすかさず言葉を挟む。
「報酬は――伊集院家の“信用”ってことでどうかしら?」
桜は少し意地悪な笑みを浮かべながら、言葉を放った。
彼女の顔には余裕が感じられ、何となく遊びの要素が含まれている。
俺の反応を見て、楽しんでいるようにも見える。
「へぇ、重そうだな」
俺は少し驚きながらも、冗談めかして答えた。
だが、桜の目は真剣だった。
軽い言葉を交わしながらも、その瞳の奥に隠された思いが感じ取れる。
彼女にとって、その“信用”はただの言葉以上に重みのあるものだとわかっている。
「重いわよ? だからちゃんと受け止めて」
桜の声は少し強く、だがどこか優しさも感じさせる。
彼女がそれを言うと、自然と背筋が伸びるような気がする。
真剣に受け止めろと言われた気がして、俺は少しだけ、彼女の言葉の重さを感じ取った。
そして俺は一つ、嫌な予感を感じていた。
全てが順調すぎる……。
まるで、俺はレールの上に乗ったように、決められた道を歩いている感覚だ。
その感覚に、ふと死神の顔が頭をよぎる。
あいつは一体、俺に何をさせたいんだ?
俺が望む展開、ありえないような、まるで漫画のような展開。
全てが作られたギミックのように思える。
(死神が言っていた舞台……。死神が俺の命運を握っている以上、必ず俺に何かさせたいはずだ)
死神を満足させつつ、その裏であいつの台本を読み解ければ、次第にその目的が見えてくるはずだ。
まずは伊集院家を狙う組織を特定して、情報を渡す方向でいく。
きっと伊集院家の力であれば正体さえわかれば何か手を打てるだろう。
そこまでやれれば伊集院家との繋がりは確固たるものになる。
俺は次の一手を練りつつ、桜と加賀の二人との関係をどうやっていくのか考えた。
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